2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
今日は月に一度のレッスン日。今日は教則本に加えて3月の部内発表会用の独奏曲を見てもらいました。教則本でスケールのアップダウンを弾くときに、指示がないと自己流で上りと下りで違う指使いをしています。「無意識に弾いた指番号が自分に一番弾きやすいてことがあるよね~。無理に教科書通りの運指じゃなくていいんじゃない?」とのお答えでした。でも納得いかないので、教則本に指番号を書き込んでもらいました。薬指、弱いんだよねぇ・・・。独奏曲はいきなり「じゃ、ひとりで弾いて」と言われてどぎまぎしながら弾きました。先生はマンドリンで伴奏パートを弾いてくれました。気持ちよかった~。途中でつっかかって、(それはまるでランニング中に靴が脱げかかったように)転倒ストップ寸前でしたがなんとか持ちこたえ、何事もなかったかのような顔をして音楽は続けられるのでした。「伴奏の人にちゃんと言っておくように、途中で何があっても止まらないでって」・・・はい、わかりました(^^;)伴奏者には一番最初に伝えます。1小節の中に4分と8分の連続のとき、8分をダブルノートで弾くのであれば4分とトレモロの速さを変える。これができない!「この部分は、楽譜通りに弾いちゃ面白くないどころか、耳障りにきこえるから、こういう風に弾くとしゃれてるよね」とお手本を示してくれた音のカッコイイこと!すぐには真似できないけど、本番までにもう1度レッスンがあるので猿マネぐらいはできるようになりたい・・・。伴奏はピアノとギター、どちらがよいでしょう?と尋ねたら「好きな方にすれば」・・・という一見冷淡な、ま、でも当たり前なお答え。いや、ですから。自分が弾けていないところをカバーしてもらえるのはどちらかな?と言う意味です、と質問の趣旨を伝えたところ「そりゃ、ピアノの方が音が厚いし音量あるから隠してもらえるよね。でも本来のきかせどころまで隠れちゃうかもしれないから音量は極力抑えてもらわないとね」というお答えでした。わかりました。音量の打合せも綿密にします。ギター伴奏も捨てがたいなあ。それにしても。難行苦行のような無伴奏の独奏曲に比べて伴奏付きの独奏曲はたのしーい。
January 30, 2006
コメント(8)
今日は、能楽堂で行われる尺八のコンサートへ行きました。会場にも、コンサートにも興味津々。ここはかつて、福田進一氏のリサイタルが行われた会場でもあります。尺八:ジョン・海山・ネプチューンプロフィールギター:直居隆雄プロフィールまずはジョン氏が作務衣に赤いバンダナという出で立ちで花道から「鶴の巣籠」を吹きつつ登場、渋いっ!1曲終えて「on guitar 直居隆雄!」と紹介すると、直居氏はベロアのジャケットに革パンツで登場。「今日はこんな素晴らしい会場で演奏できてとても嬉しいデス。ギターの直居さんとはもう何度もステージを共にしていますが、花道から登場というのは初めて、デスヨ?しかも、足元を見てクダサイ、足袋です足袋!旅はたびたびしていますが、革パンに足袋姿の直居サンは初めてデス」とセイン・カミュ似の彼はつかみのトークもバッチリ。尺八のみで聴いた音は、空間を漂っている感じでしたが、ギターが加わったとたんに、音が流れていく感じがしました。ギターはギブソン。荒城の月、五木の子守歌、さくらさくらを、ジャズのエッセンスを加えたメドレーで演奏。彼の尺八のパワフルさに圧倒されましたが、尺八というのはスゴイ息の量が必要な楽器だと思いました。でも聴いているとアレンジも、音もすごく自然なのです。尺八を聴いているとは思えないほど。「ワタシはハワイ大学民族音楽科で尺八に出会いました。とてもシンプルな楽器なのにとても深く、そして持ち運びに便利。背中がかゆいときにも使えマス(笑)日本で直居さんに出合い、彼にジャズを教えてもらいました。そのかわりワタシが彼に邦楽を教えてマス、逆デスね」というトークの後、ギターが刻むリズムは「これは『テイクファイヴ』じゃん」と思っていたら始まったのはなんとソーラン節!もちろん途中でそのメインメロディは始まりましたが。「尺八の音階はブルースの音階と同じなので無理なく演奏できるのデス」と解説をした後に今度はこぶしをきかせて「サマータイム」。彼の演奏する曲を聴いていると、すべてがこの楽器のために作られているかのように思えてきて、オリジナルは何だったっけ?と思い出せなくなります。彼は自分で尺八やその他いろんな楽器を作っているそうです。アイヌのムックリのような楽器や、孟宗竹の節を使ったコンガみたいな打楽器を披露。「自分で作っていると竹を切ったときに節が余ったりするのでそれを使えないかと作ってみまシタ、失敗したら爪楊枝立てにナル」と言って5cmほどの竹をミニミニ尺八に仕立ててしまった彼。上下二つの穴の押さえ方と息の加減だけで音程を作り、ハイトーンでオリジナル曲を1曲演奏してくれました。「今日はせっかく長い尺八も持ってきているのでムードのある曲を」といって演奏したのは「虹の彼方に」。・・・もう、今日は裏切られっぱなしで嬉しくなっちゃった。こんな風にジャンルやカテゴリに関係なく楽しめるようになって改めてその楽器の良さに気付くことが多いです。藤原道山サマがフロックコートで奏でた、凛とした尺八もステキでしたが、あめりかんが奏でるジャジーな尺八はすごく楽しかった。次回があれば是非また聴きたい!って思いました。今日の客席は平均年齢60台、しかも男性7割。珍しい。皆さん尺八の愛好者なんでしょうね。でもリズムに合わせて手拍子していたし、コンサート終了後もロビーでミニミニ尺八が奏でていたメロディを口笛で吹いているおぢさまを見かけたし、素直にお楽しみになったようです♪知り合いの尺八奏者にお誘いをしたところ「彼の尺八は流派が違うから」と頭ごなしに断られてしまった。ダメでしょ~そういうオカタいことにこだわってちゃ。
January 28, 2006
コメント(4)
ほりえもんは、堀江貴文「容疑者」と呼ばれるようになってしまった。この流れは速い、速すぎる。刺客として担ぎ出された選挙はこの間のことじゃない?小泉首相は「選挙で応援したこととは別問題」と相変わらずのコメントをしていたし、今後責任追及されても開き直ってかわすだろう。「時代の寵児」ともてはやされた大胆な行動派だからそりゃ、反感もかっただろうし、彼については人の数だけ意見があるだろう。わたしは、彼に対してどうのこうのとは思わないが、ここに至るまでのジェットコースターのようなスピード感、それを作り出した人たちの動き(ライブドア側も、地検特捜部も)には、空恐ろしさを感じている。明日の世の中、ホントにどうなっているかわからない。難しいとこはわからないけど、一番正直なところは「あの人、一体どこまで世間を騒がせば気が済むの!?」とマイクに向かって怒ってたおばさんに激しく同感。庶民には庶民にふさわしい生活をするのが一番。「みえることとそれができることは べつものだよと米を買う」と歌った中島みゆきの「時刻表」を思い出すのでした。
January 23, 2006
コメント(12)
「あなたの家のルール、べからず集を400字から800字で教えてください」ただいま募集中のこのキャンペーン、応募数が全然足りないので、そちらの職場の人たちに協力をお願いできないだろうか?と知人から職場に電話があったので、早速尋ねてみました。「働かざるもの食うべからず」と口火を切ったのは私。私が小さい頃から共働きだった母をお手伝いしなくては大変だったからという意味で言ったのですが、これがいけなかった。「えー、そんなでいいの?だったら、『立ってるものは親でも使え』」「うちの家庭の会話は事務連絡のみ。無駄口はたたかない、よって『沈黙は金』」「即断即決」「子はかすがい」「早寝早起き門限8時」「一日一善」(それご飯のこと?と私が突っ込んだら)「本当は二膳だけど今は一膳、ダイエット中。」ああ、なんというか・・・北風ぴいぷう吹いている・・・寂しすぎます。そんなに殺伐としているのですか!?「嘘をつかない」「挨拶をする」「ご飯は好き嫌いを言わない残さない、みんなで楽しく食べる」「ありがとうとごめんなさいはちゃんと言う」ぐらいが基本的模範的な回答だと思うのですが。このブログを読んでくださっている皆様のおうちではいかがですか?
January 19, 2006
コメント(12)

昨夜、アンサンブル仲間8名と新年会。幹事を任された私は、誰とでも行けるようなところではなく、このメンバーじゃないと楽しめない地鶏&もつ鍋を選びました。お店は あじとみ といいます。仕切がなく狭いお店なので煙がモウモウ、においがしみつく・・・でもそれらを補ってあまりある旨さと安さなので、このお店はいつも大賑わいです。まずは地鶏焼き。ふたをするように乗せているのは、オーナー自らが名水で育てた新鮮なクレソン。鶏には秘伝のタレで味が付いているので一緒に食べます。辛いのが好きな私はゆず七味をまぶして。これが、んまーい! 以前日曜日に予約をしようと電話をしたら「ごめんなー、日曜日はクレソン摘みに行くからお休みもろてるんだわ」と言われたのも納得です。これをつつきながら今年の方針を話しました。・・・あら、なんだったっけ・・・?追加をしておなかが満たされた頃にもつ鍋登場。 この山盛りキャベツがしんなり煮えたら甘いこと甘いこと。家では切って捨てちゃう芯の方が甘いのです。・・・この時点でもう誰も音楽の話などしていません。しあげにチャンポン麺を投入。さすがに完食はできず。デザートにクレソンのアイスとお茶をいただきました。このコースで2,400円の大充実。そして二次会のバーにはこんなオススメの板書。 貝柱とオクテの和え物・・・?ここではK氏が岩城宏之のベートーベン交響曲全曲演奏を聴きに行きたいと言い、私とN嬢は「夢が叶うならリヒテルのナマ演奏が聴きたい」と、M嬢は「パユ様」Y嬢は「ユンディ・リ様☆」とそれぞれの思いを語ったのでした。
January 15, 2006
コメント(16)
昨日は今年初めてのマンドリンおけすとらの練習。新しい曲の練習に入りました。やっぱり、嬉しいな。リサイクルの曲ばっかりじゃやる気も出ない。マイ楽器に、ネットショッピングで手に入れたアメリカ製BD社の弦をおそるおそる、張ってみました。異様にキラキラ光っているので、お隣に座った人も気づいて「それ、どこのメーカーの?」と尋ねられてしまいました。ひとことで言うと、すべりがヒジョーに悪く、左手はきゅっきゅっ、としょっちゅう音を立てちゃいました。音質と弾いた感じは柔らかかったです。今まで、オ○ティマ(赤・緑)、ド○ール、ア○スを使ってみましたが、私としては音も、弾き心地もぴーんと張りがあるア○スが好きです。発売当初は1弦のすべりが悪く、すぐサビたりしてましたが、最近は改良されたみたいです。さて。3月におけすとらを3グループに分けた内輪のアンサンブル発表会が行われます。既にグループ分けとそれぞれの演奏曲は決定し、次回の練習からはグループごとになります。この発表会にはソロ部門もあり、1stはソロ必修!と言い渡されているので、曲も、伴奏者も考えねば。。。
January 12, 2006
コメント(7)
今年の母の年賀状にこの写真のぽちを登場させたところ、「かわいい!凛々しい!」「いつかぽちに会いたい」「美女というか美男というか。。。ほれぼれします」「うちのネコの方が可愛い」等々の反響をいただき、彼女だけがスタアになっております。飼い主の目から見てもこの写真はよく撮れすぎ、ホンモノより賢そうです。カメラマンの愛情ですね。先日の3連休に咲き誇る山茶花とグラビアクイーンぽちの撮影会をしようと公園に連れだし、チーズでカメラ目線ゲット作戦を目論んだのですが、山茶花の木の下で3人組のちびっ子達につかまってしまい、作戦はあえなく失敗したのでした・・・。
January 11, 2006
コメント(9)
聲明(しょうみょう)のステージレクチャーコンサートを聴きました。(詳しくはこちら解説をご覧ください)今日の客席はステージ上。パフォーマー(僧侶4名)と同じ高さで講義を聞き、ワークショップとして「散華」の一節を参加者が一緒に唱えるというものでした。今日のステージレクチャーのもう一つの目玉は、いつもは見上げるステージに、自分が立てること。誰も座っていない客席をステージから見ることができました。そこにはホールの案内写真そのままの絵があって改めてステキなホールだと感動したのでした。さて。講義は聲明とは何か、にはじまり、その歴史、音楽的見地等々、あっという間に時間が過ぎていきました。経典に関して音楽的な考察がこんなに深く、広く、学問として研究をされているとは知りませんでした。「聲明とは仏教讃歌の声であり、自己反省の懺悔であり、自らの信仰から出た報恩感謝の声であり、その法悦の境地から表現したもの」だ、そうです。考えてみると、お堂というのは楽器がいっぱい。きらびやかな衣装がいっぱい。お香がたきしめられていて、人がたくさん集まってそこで僧侶がお経を唱える・・・一種のパフォーマンスの場なのでした。今日は、その空間がステージに引越。お経というよりはユニゾンの男声声楽が濃密で凝縮された空間に流れていました。前半の講義の後は実技。願我在道場香華供養佛文字にするとこれだけなのですが、これに音程や揺れの記載(ソリ、マクリ、ハネル等)を付けた譜面のようなものと講師の声を頼りに「散華」を唱えると軽く5分はかかります。いっぱい息を吸って、みんな一斉に、大きな声で同じ高さの音を出すのは気持ちよかったです。今日の七聲会は、国内よりもむしろ、イギリスやフランスの公演が多く、かつ、どこでも盛況だそうです。単に東洋の文化に対する興味だけではなく、洋の東西を問わない文化の源流にひきつけられるのでしょうか。私は、ざわついていた心が鎮められていく感じがしました。自らの仏に対する思いや気持ちを込めて伝えるのがお経です、と説明されていました。終わりにはすがすがしい気持ちになり、寒風もなんだか心地よくて、帰り道の商店街で目にとまった大粒の真っ赤なイチゴ、ちょっとフンパツして買ってしまいました。
January 7, 2006
コメント(6)
君が笑ってくれるなら・・・「僕は悪にでもなる」と歌ったのは中島みゆきさん。(空と君のあいだに)「(せめて笑顔が救うのなら)僕はピエロになろう」と歌うのはさだまさしさん。(道化師のソネット)ある時、このふたつの詞に気づいたとき、お二人のキャラクターを顕著に表している!と大発見したような気になり、自己満足に浸ってしまいました。私がそんな辛い立場になったときにはさださんの哀しいまでの優しさよりみゆきさんの強さがほしいと思うだろうな。逆の立場になったときは、ピエロには多分なれない。「悪」になれるまでの強さはないにしても「ポプラの枝」ぐらいにはなりたいもんだな。と、こんなことを思いだしたのは、みゆきさんがNHKーFMの番組で「“空と君のあいだに”は、犬(家なき子のワンちゃん)の気持ちで書いたんです。犬の目線で上を見ます。空が見えます。君が見えます。そのあいだに何かがあります・・・って気持ちで書いたんです」と膳場さんを相手に、おしゃべりしてたのを聞いたからです。犬の気持ちと視線でこの曲を聴いてみました。「憎むことでいつまでも あいつにしばられないで」「ここにいるよ うつむかないで」恋人同士でも友達の間柄でも親子でもない。それよりもはるかに誠実でけなげで一途な犬の気持ち。そしてこれ、「君が笑ってくれるなら 僕は悪にでもなる」・・・この曲の世界は、痛いほど切ない!
January 4, 2006
コメント(11)
昨夜は紅白で今夜はウイーンフイルのニューイヤーコンサート。このギャップは何?と思いつつ観てました。華やかで優雅な気持ちになれる衛星中継を退屈せず、途中で投げ出さずに鑑賞できるようになったのは、ここ何年かのこと。今年、ワクワクして聴いたのは「歌劇“フィガロの結婚”序曲」 「新ピチカート・ポルカ 作品449」「芸術家のカドリーユ 作品201」「ポルカ“クラップフェンの森で” 作品336」「ポルカ“電話” 作品165」「山賊のギャロップ 作品378」でした。カメラワークがきちんと音楽の構成を把握していてその時々のメロディを奏でる楽器をアップにするので、「ほおぅ」と声をあげてしまいます。これはリアルタイムで見ているコンサートでは気づかないこと。とくにファゴットとか、その瞬間には目が届かないし。曲中で引用されていた「こうもり」、素晴らしい曲だと改めて思いました。「クラップフェンの森で」ではカッコウ笛が何度もアップになり、そのメカニズムに感動。以前「おもちゃの交響曲」のカッコウ笛を担当した私としては和洋の文化の差をここで再認識。私が吹いたカッコウ笛は竹の節を使って作られた、押さえた手をずらすアナログ式だったので毎回ビミョーに音程がずれて「音痴なカッコウ」と言われてたのは仕方ないことだったんだな(!?)ポルカ「電話」では最後に電話の呼び出し音が。指揮をしていたヤンソンス氏「え、私?」と、おどおどしつつポケットからケータイをとりだしてスイッチオフ、したはずなのに再度響き渡り、慌てる慌てる・・・。山賊のギャロップでは指揮者自ら鉄砲を撃つし、でも演技者になりきれてなくてどことなくオドオドしてるところが可愛かった。ニューイヤーコンサートでは本当にシャンペンで乾杯しちゃったり、演奏しながら歌ったり、そういうお茶目な趣向が毎回楽しみ~。いつも写っていたコントラバスの右端のお兄さん、とっても楽しそうに弾んでた。ベースの皆様、弓さばきが鮮やかできれいだった。新しい年にひとときの夢心地をありがとう。春を感じさせる黄色のお花をメインに飾られた劇場で客席と一体になって演奏されるラデッキーマーチが終わり、「ニュースです」の画面に切り替わったとたん、リビングには日本の風が吹きました・・・。
January 1, 2006
コメント(17)
全10件 (10件中 1-10件目)
1

![]()
![]()