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李氏朝鮮時代:
寒冷地となる冬季の冷え込み対策として、蒙古〔もうこ:モンゴル≒旧元朝〕の文化であった「温床〔オンドル〕」を採用した為、多くの薪木〔まきぎ〕が必要となった朝鮮半島。王宮の裏山は、当時撮られた写真にも有る様に、李氏朝鮮時代末期には殆ど木が無くなって白い山肌が剥き出しとなっていたが、匪賊や王朝狙いが潜伏する危険回避もできる為、そのまま放置されていた。更に、大陸の清朝北部領域もまた、オンドル採用の為に、山の木が少なくなっていたそうだ。
オンドルに薪木を取られた形となっていた。
そうして、冬季の薪木温存の為に、
・動物の肉を生で食べる「ユッケ」
・きちっとした「陶磁器」は上層部の人達用だけ
・割れ難く整形し易い「金属食器」の採用
等の制限や工夫が出来ていた。
「ユッケ」
加熱する為の薪木不足により、肉の生食文化が出来た。
動物の肉は、生では噛み切るのには硬く、肉を細かく切ったり叩いたりして柔らかくして食べていた。
「陶磁器」
大量の薪木が必要となる「陶磁器」は、民間人用に焼く時には軽く焼いた物となり、釉薬がヒビ割れていたりした。「高麗青磁」と呼ばれるものの中には、細かなヒビがある焼き方が有った。
オンドルによる薪木不足の為に「陶工〔とうこう〕」は殆〔ほとん〕ど上層部御用達の人達だけとなり、金属食器の採用によって庶民の食器を賄う様になった。
大日本帝国時代には、
「金属食器」
陶磁器や硝子〔ガラス〕では割れ易く、再生が効き難い。
その為、金属食器を採用した。
金属食器は、穴が開く事が有るが、叩く事によって穴が塞〔ふさ〕がるし、歪んでも叩いて整形できるし、割れないので、長持ちする。