*娘の声


自分の納得のいかないことにであったら、
「どうして?」「なんで?」
なんて、しつこいくらいに聞いた。
それなのに、大人になるにつれ、争いごとを嫌うようになり、
多少のことは、
「私が我慢すればいいんだ。」
なんて思い、本来の自分をココロの奥深いところに
押し込んじゃってた。そして、いつの間にか、それが、
自分の本当の姿のように思い込むようになっていた。
結局、誰に対してもいい子だった・・・。

でも、それは違う。
娘が、それを、‘いのち’をかけて教えてくれた。
たった、16年しか生きられないのを承知で、
娘はわたしの子として生まれることを選んでくれた。
もしかすると、前世では、わたしのほうが、
彼女(彼だったかも)の子だったのかもしれない。
‘いのち’は、永遠ではないから、
「自分の思うとおりに生きて!」
「自分が、亡くなるときに、納得のいく生きかたをして!」
そんな、声が聞こえてきそう・・・。

娘は、亡くなる1年くらい前から、自分のやりたいことをやって、
自分の大好きな人たちと過ごす時間を、とても大切にしていた。
苦しかったときを、乗り越えて、明るく前向きに、
精一杯に生ききった。
亡くなったときの娘の顔は、
穏やかで、とてもやさしいほほえみをうかべていた。

ほんとは、親が子の見本になるのだろうけれど、
うちの場合は、逆だった。

わたしは、わたし。
だれもわたしにはなれない。
わたしは、わたし。
わたしが、わたしになる。
       (・・・やっぱり、理屈っぽいのはかわってないようだ。)



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