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銀の月の孤城
第11章火の海に泳ぐ
(by マーロー)
1
事件の真相は、青年が音楽家の青年を婚約者から奪い返す事だった。地位と名誉を求め、兄の仮面を外し、青年を泣かせて、貴族の女性と出て行こうとした。音楽家の青年の亡霊をルドルフと重ねて、自分の家に火をつけて自殺した。数年後、その婚約者は庶民の銀行家と結婚し、幸せに生きていた。
と、世間的にはそうなっている。
しかし、音楽科の青年は家の中の醜い像の中に眠らされていた。
薄暗い・・・。
あまりにも、この皇太子の心は深くて見えない。人を誘惑し、傷つき、欺き、貶める。
「アーディアディト・・・」
細い手が自分の背中に回される。あまりにも冷たすぎる手だった。アリスは顔を青くする。宮殿の中で、ルドルフ皇太子は、いろんな顔を待っていた。男も女も惑わしていた。
「貴方、何してるの」
「私は、これで・・・」
若い青年将校が草叢から慌てて出て行く。
「―--君も僕の玩具になるかい?」
綺麗な、人の何かをしびれさせるような声。青い瞳にアリスは身動きできなくなる。なんて、綺麗な顔立ち、残酷な笑顔なのだろう。悪魔的というべきか。淡い色の艶やかな髪が風で揺らされる。
なんて魅惑的で恐ろしい、とても美しい少年だろう。
魔性、いや、美しい生き物とはこういうものなのか。
アリスがウィーンに来て、僅か3ヶ月の時、アリスはルドルフの残酷さを見せ付けられる。耳を傷つけられた女官。自信を喪失し、ルドルフの家庭教師を下ろされただけで、行方不明になった若い男。
謎の変死を遂げた貴婦人。噂では目を奪われた女官や鞭で打たれた庭師もいたらしい。いや、見た。父親に連れられ、宮殿に参上した時、劇場的になったルドルフが乱暴に女官の髪を掴んで、罵声を浴びせていた場面を。
弟は気付かないのだろうか。
「その青い瞳で、男を陥落させ、誘惑させるんだろ」
「酷い・・・」
「ねえ、教えてよ、お姉様?」
「止めて・・・」
アリスは目を閉じた。
ドタンッ!
その時、アリスを迎えに来たヴォルフリートが首の後ろのバンソウコを押さえて、足を少し引きずりながら、明るい日差しの中、現れる。どうやら、激しくこけたらしく、衛兵に起こされている。
「ね・・・、お姉様、どこですか?」
姉と碧かかった青い同じ瞳を左目に持ち、右目は緑色に近い濃い色をしていた。ルドルフがアリスの口を押さえる。
「ヴォ・・・・」
素朴な、可愛らしいが普通な顔立ちにはそばかすがあり、通りがかりの貴婦人達に嘲笑されていた。風に赤毛が混じったダークブラウンの髪が揺らされ、きらきらと陽光で輝いていた。
「声を出すな、大人しくしていて」
声が急に皇太子のものから、年相応のものになった。そう愛らしい子供の声になった
「は、はい・・・」
ルドルフは襟元を調えて、高そうな貴族の少年が良く切る格好からほこりを払って、服を調えると、ヴォルフリートのほうへ薄暗い小さな林や草叢から出て行った。
「ヴォルフリート、偶然だな」
「ルドルフ様?あれ?なぜ、ここに?ここは宮殿ではありませんが。というか、何故あんな林から?」
「散歩だ」
「暗い林の中を?一人で?護衛やアレキサンダーもつけずに?ア、さっきこっち来る時に、兵隊さんが通りましたが、ルドルフ様と関係してるんですか?」
アリスははらはらとなった。ルドルフは一瞬戸惑ったような態度を見せたが、
「いいや、僕とは無関係だ」
ヴォルフリートはジッ、と見ると、アリスは意外なものを見た。さっきまで人を苛めていた大人びた、残酷な少年が汗をかいている。慌てている。
「う~~ん・・・」
「な、何だ」
「そうですよね!ルドルフ様は子供ですもんね、僕ルドルフ様美人で顔だけは可愛いから、ヘンな大人に苛められたり、へんなことされちゃうと本気でヘンな心配しちゃいましたよ」
良く澄んでいた町と同じように、孤児院にいたときと同じようについ、きゃっきゃっと笑って、ヴォルフリートはルドルフの頭を撫でて、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「・・・え」
撫でられているうちに、ルドルフは無口になり、大人しくなった。
草むらの中でアリスはこけた。
・・・ヴォルフリート~~、もう少し考えて。
ん?
「すみません、この近くに金髪で11歳くらいの美少女を見ませんでした、真っ白なドレスを着た女の子なんですが」
ヴォルフリートがくるり、と別の方向に顔を向け、通りがかりの人間に話しかけた瞬間、アリスはルドルフが固まっているのを見た。顔が真っ赤だ。
茹蛸のようにボッボッと真っ赤になっている。
何、これ?
2
避暑地から、青年が起こした事件から帰ってきた。ちなみにこの次期は、ルドルフの教育係が消えて、兄のような存在が消えて、ルドルフがようやく姉弟の存在を認識し始めた時期で、ちょうどアリスが来て、一ヶ月か二ヶ月くらいの時期だ。
エルネストから引き離し、ヴォルフリートは無理な乗り方をルドルフに強要された。
「あれはねぇ、弟がヴォルフリートに甘えているのよ」
皇女ジゼルがそういった。
「はぁ・・・」
ルドルフがヴォルフリートを意識したのは、あの事件からではない。メルクでの事件ではなく、ずっと前からだ。ルドルフはそれに気付いていなかった。ただのお気に入りの唯一の友人。自分の影の部分を知らない、子供としての自分を見る頭の悪い、お人よしのバカ。機転が利かず、人の命令だけを疑いもせずに従う大バカ。
一度、皆の前で、母親や姉のジゼル、多くの貴婦人、鷹狩りの現場で発作を起こした事があった。
「お父様にも困ったものね、ねえ、ルドルフ」
「ああ・・」
「ルドルフ?どうかしたの、息が苦しそうよ」
ギュっ、とおなかを押さえる。実際に痛いのは胸の辺りだが。
「大丈夫だ」
「それなら、いいんだけど」
ジゼルはすぐに目の前の光景に目を奪われた。苦しい、辛い。けれど、ここで母上や父上、何より自分達家族のために来ている多くの名家の人間を哀しませてはいけない。何より、父上は忙しい、気が狂いそうな公務からやっと抜け出せているのだから。僕がめちゃめちゃにしてはいけない。
―誰にも王は、助けを求めてはいけない。
自分ひとりで解決しなければ。
「・・・・っ」
青い瞳で、ルドルフは揺れる世界を見た。打ち合った後の皇帝の側に、ローゼンバルツァー家からの使者が近づき、離しているのが目に入った。
あの人が自分を裏切ったのは、異能者だったから、自分が敵対する帝国の人間だから。兄のようだった、初めて人間のぬくもりを感じた気がした。周りにいるのは冷たい機械のような人間で触れる手も冷たかった。
始めて、人が好きだと思った。自分は誰かを好きになってもいい。それくらいは許されてもいいような、温かい感情だった。兄のようなあの人は自分という人間に興味を持ち、温かく包んでくれた。そう思おうとしていた。
―ゴメン、キャロル。
夜の暗闇の中で、いつの間にか、死んでいた猫を抱きしめながら、ルドルフは謝った。
今、思い起こせば、アレは仕事だった、普通の子供ではない、愛玩動物に対する愛情で、自分を見ていていたわけではない。
ローゼンバルツァー家にエルネストたちに会いに行くと、親戚同志の集まりがあったらしく、アーディアディトの姿がある。大人たちは、別の場所にいるらしい。
大広間に彼らは集まっていた。
「そうか、やはり、奴らは我が帝国の領内を・・・」
「はい、こちらから何か仕掛けましょうか」
「いや、直接的なことは今は避けろ、お前たちは表面上は穏便にして、一歩も引かない態度で奴らと交渉して行け」
「わかりました」
「・・ところで、アレはどうした、全員着ていると聞いていたが」
「ああ、彼ならフィネのところにいます」
「フィネ?」
3
どきり、とした。
扉の間から、ヴォルフリートの傷だらけの背中を見た時、ルドルフは動揺した。今まで感じた事のない動揺だった。
ガチャリ・・・・。
「アレ、ルドルフ様、こられていたのですかぁ?」
フィネの部屋がある二階の子供部屋からではなく、一番奥の奥の左奥の家族でも入った事のないローゼンバルツァー家の現当主の「プルート」の部屋から出てきた。正確には部屋の主人の部屋につながる小部屋からだが。
「お前、何故、ここに?」
「ローネ(メイド)におじい様のお薬を届けて欲しいって、頼まれたから渡しにいったんですよ」
今日は鼻のところにバンソウコ、右手の間接部分にシップのようなものと足に包帯が張られていた。
―苛められているのだろうか?そういえば、こちらに映ってからヴォルフリートは良く怪我をしている。ドジだからと思っていたが。
「・・・お前、文句があるなら父親に頼んだら、どうだ、体罰を誰かに受けてるなら黙っていれば終わるなんて間違いだぞ。何なら、僕がいってやってもいい」
ヴォルフリートはきょとんとした表情になった。明らかにわかっていなかった。
「違う、違う、この怪我ただ単に僕がドジでトロイから出来たものですよ。僕、乗馬とか他の運動が他の皆より出来ないから、練習してて、お父さんはやさしいですよ、とても」
「そういうように頼まれてるのか?痛いなら痛いといっていいんだ」
「おかしいことを言うなぁ、僕は誰にも苛められていませんよ、ルドルフ様。どんな動物も自分以外の別の種類の動物が入ってくるのは怖いんですから、これは僕への宿題なんです」
ヴォルフリートは当たり前にそういった。
「僕がいたいのは、姉さんを守れない、その瞬間だけですよ。例え、この体が痛くても、姉さんが無事なら、幸せに笑って、僕は役目を果たせればそれでいいんです」
にこりと微笑んで、温かい声でそういった。
「だから、君が心配する事ではないよ、皇太子殿下」
―ーーズキン・・・!!
「!?」
その瞬間、ルドルフの胸に何かが弾けとんだ。
・・・なんだ???
線を引かれた、このときくっきりと。入ってくるなという。その笑顔を見た時、ルドルフはこう感じ取った。
「ルドルフ様?」
優しい、優しい、けれど自分の闇よりももっと深い、未知の妙な清涼とした暗闇。こいつにそんなものがあるはずがない。温かい、不幸に気付かない無神経な正反対の友達。ヴォルフリートはそういった人間であるはずなのに。
薄暗い、オレンジ色の光景の中、窓辺に立つヴォルフリートの顔が日が強すぎて、よく見えない。
「・・・・」
思えば、こいつは自分にいつも、興味を抱いていない。いくら友達といっても、いつも一生懸命なのは自分だ。どんな時もヴォルフリートは冷静で、優しかった。
自分が持つ美貌にも無反応なのは男だからと思っていた。
―不気味な子供だ。
いつか、誰か言った。
4
自分の噂にも、ヴォルフリートは表情を変えず、そうですかといった。自分がヴォルフリートを傷つけたときもそうですかといった。
「・・・・・」
気味が悪い。怖い。そうは思った、近づかなければいい。
だが、ルドルフの中に生まれたそれは、別の感情も生んでいた。他人に対する強烈な興味だ。
興味がないと言うことは、自分の皇太子としての仮面さえ、彼には何の意味がないということだ。ヴォルフリートには、ルドルフという人間しか目に入ってない。それ以外のルドルフなど、ただの定義にすぎない。
そう考えた瞬間、ルドルフは安堵感を覚えた。
「それ、良く聞かれるけど、姉さんにまで聞かれると思わなかった。それにさ、ルドルフ様が大人の人と付き合ってるって、本当?」
「この目で見たのよ、キスシーンが怖かった」
「そうなんだ、それじゃあ、仕方ないよね。それで、ルドルフ様はその人と結婚するの、大きくなったら、それ以外の男の人や女の人とも」
「しないんじゃないかな・・」
「そっか。それで僕がルドルフ様を特別に思ってるのか、どう思うのかだっけ?ウン、確かに時々苛められるけど」
「で、どうなの?」
アリスはジッ、と見た。
「友達だよ、エリクや孤児院の皆と同じ」
あっさりした口調で答えた。
「側にいて、ドキドキしない?ホラ、殿下って可愛いし、妙な雰囲気あるし、子供なのに」
「全く、まあ、彫刻みたいだから綺麗と思うけど。美術品を綺麗だと思ってもそれ以外の感情は出ないでしょ、それと同じ」
これもあっさりと悩みもなく答えた。
ザァァァ・・・ドォォ・・・ン。
激しい雨の中、アリスの前にローゼンバルツァー家の人間が現れる。漆黒のマントを身に纏い、顔がよく見えない。
「お戻り下さい、アーディアディト様」
「貴方が家出したおかげで、弟君がどういう目に合うか、お考えになってください」
シャン。
「私は歌手になる、そういったはずよ」
シャン。
「ですが、貴方はローゼンバルツァーの人間、ハプスブルク家を守る存在」
シャン。
「下らないわ、家や生まれがどうであろうと、私は私よ」
「これは貴方の父君の命令ですよ」
わらわらとアリスの前にローゼンバルツァー家の紋章が入った赤い服を着た子供達が集まり、槍を向けられる。
「!?」
獣の目だった。背筋が凍りつくほどの恐怖だった。
「お戻り下さい、アーディアディト様」
5
街角では、喉元を切り裂かれるという殺人事件が起きていた。それもナイフで若い少女や老人、子供といった弱い立場の人間ばかりだ。
その日は風が強く、不安定な天気で空気も冷え切っていった。
カフェの中で、エレクは馬車の中のアーディアディトとヴォルフリートの姿を見た。
・・ふん、貴族様はのんきに女とデートか、いいご身分なこった。
はき捨てた感情で、エレ句はヴォルフリートを馬鹿にした。
ハプスブルク家に飼われたイヌ、権力主義に媚びるウィーンの聖母の子供。姉と引き取られたと聞いたが、あの階級社会にこだわる貴族が何故、ヴォルフリートを引き取ったのだろうか。
ドォォ・・ン。
「ひっ」
「ヨハン・ジュール、お前を反政府容疑と強盗の容疑で逮捕する」
体の置くまで凍えるような軍人としてのヴォルフは、罪を犯すものを許さない。その後ろには同じ、帝国を守る軍人の姿がある。
「大人しくしろ」
男が最後の抵抗、とヴォルフリートに殴りかかる。
「ヴォルフリート公!」
だが、すぐにヴォルフリートは男の背後に回り、男の腕を奪い、壁に叩きつけた!腕を反転させ、痛めつける!
グキ、バキバキツ!!
「いててて手!!痛い!止めてくれ!」
「・・・罪から逃れるものは許さない、神妙にしろ」
仕事時のヴォルフリートは冷たく、仕事に従順だ。彼の同僚は、友達思いでのんびりした変わり者だけど、サディストといっていた。
仕事を終え、エレクと共にエレクの情報で掴んだ不法入国者がいるエリアまで。ローゼンバルツァー家の人間として赴くヴォルフリートは、美しい風貌と異国の雰囲気を持つ白い肌のエレクを値踏みするように見る周囲の視線に気付いているのか、いないのか、エレ区より一つ低い身長で、エレクの隣を歩いていた。
「オフィーリアって、主人公が狂ったと勘違いして、自分も病気になって死んだんだって」
建物の間には、胸をさらした娼婦や東洋人など、薄暗い雰囲気と人々がそこら頭にいた。
「バカな女さ、結局は他人の言葉に引っ張られ、恋人の縁起さえ見抜けず、嘆き勝手に死んだ、おれの一番大嫌いなタイプだ」
「ウン、カワイソウだけど僕は彼女の行き方が間違いと思わないよ、彼女はただハムレットを愛しただけだから」
そんな時、劇場のイヤラシイちょび髭の使用人が二人に近づいてきた。
「エレーヌ、お前の新しい客か?随分、変わった趣味だな」
「エレーヌ?」
ヴォルフリートが首を傾けた。
「知らないのか、その東洋人の血をもつガキが普段どんな方法で稼いでいるのか、お前もそいつを味わって見るか?」
くい、とヴォルフリートの顎をつかんだ。
エレクは何故だろうか、苛立ちを感じた。ヴォルフリートは情報や賭しての、顔なじみとはいえ、エレ区の客の一人でしかないのに。
「いいかげんにしろ」
「何をすごんでるんだよ、エレーヌらしくねえぞ。俺はあのエマ役の令嬢じゃないぞ、お前の苦手な」
男はすごすごと去っていった。
6
川沿いを歩きながら、血のような夕焼けの中、エリアに徐々に近づきつつ、エレクは程よい距離で後についてくるヴォルフリートの横顔を気付かれないように見た。
「・・・・あんたに執着してるようデイやだが、俺もいつまでも、疑問を持つのは性に合わない」
ヴォルフリートがエレクのほうを振り向いた。猫を思わせる、左右違う深い緑と、藍のオッドアイの瞳がエレクを見た。なぜか、見慣れたはずの瞳に負けたような気分になって、口調を挑戦的にする。
「本当は俺が異能者だと気付いていて、俺を何らかの機会に利用しようと思ったんだろ、そうだろう、ヴォルフリート公」
「何、僕と喧嘩したいのかい、ビーネアイト」
エレク・ビーネアイトは、ヴォルフリートが不機嫌になった事に気づいたが、それを無視する事にした。エレクとか、苗字とか、こいつにとっては呼び方はどっちでもいいらしく、いつも自由に呼び出して、金を払う。
「どうだろうな、だが、あんたゲイなのか、通りすがりの男にあんな簡単に顎つかまれてそのままなんて、それとも危機管理能力が低いんじゃないのか」
からかうように笑いながら、エレクはそういった。むうう、とヴォルフリートは頬を膨らませた。
「・・・ごめん、気に触ったなら誤るよ」
だが、すぐに態度を変えて、口調が普通のものになった。
「今度から気をつける、ビーネアイトはああいうからみが嫌いなんだね」
「・・・やっぱり、俺、あんたが大嫌いだ」
ぴいっ、とエレクは顔をそらした。
「うん、知ってる」
「・・・気味悪い奴」
「ビーネアイト、それじゃあ、次から違う情報屋をつかうから、今日の仕事が終わったら紹介してくれないか?いつもより三倍出すからさ」
本気でこいつは自分を情報や抱けとしか見ていない。あくまでビジネスライクのつもりだ。
「あんたさ・・・っ」
思わず、声を荒げて、服を掴んで、意気込んだ。
「はい?」
能天気そうで、何もしらなそうなその表情。
表情がきつくなり、手が動いたので殴られるのかと思って、覚悟を決めると、顔が近くなり、エレクの影が重なって、口と口が重なったなと思うと、両手で首をホールドされた。
「はい?」
絞めて、殺す気にしては随分ゆるいな、と思いながら、反撃しようと隠し持っていたナイフを手に取ろうとすると、エレクに止められた。
「・・気持ち悪いか?男に抱きつかれて、vvされて」
途中の言葉が良く聞き取れなかったが、口封じされたらしい。
「・・・・・まあ、男なのに唇が柔らかいのが気持ち悪いというか、少し肌が荒れてるなとか、いきなりでびっくりしたというか、何、お得意先がいなくなると困る事情でもあるの?ビーネアイト」
なぜか、頭をうなだれた。
「・・・あんた、本当に・・・まあ、そうだ」
「僕を確実に倒すつもりなら、夜か人がいない時間帯狙ったほうがいいよ。後、口封じなら直接自分の口を使うなんて、危険な選択だぞ、相手が毒を口に塗ってたらどうするのさ、さっきはふいを疲れたけど、もう少し早ければ、僕が君の首を絞めてた」
「・・・あんたはとりあえず、その物騒な軍人思考を改めろ」
「それでいつ解放してくれるの、時間が迫ってきたんだけど」
ヴォルフリートはエレクからはなれて歩き出す。
「おい!」
「はい?」
反射的に答えた。
「・・・俺と始めてあったときのこと、覚えてるのか、雨の日のあんたが貴族になったばかりのときの事を」
ヴォルフリートはきょとんとした表情になった。
「君がこだわってたのは、その事か」
「覚えてるのか?」
7
―覚えている。
血まみれの血に飢えた、一匹狼のような瞳をした少年を。異能者として、力が強く、恐らく並の異能者では勝てないだろう。
だが、ヴォルフリートには彼が一生懸命何かを守っているように見えた。プライドか、それとも他の大切な何かかは知らないが。
「それなら、何故、知らない振りをした?」
「君を知らない事にしたほうが、君のためになると思ったからだ。ルドルフ様や帝国が異能者をどう思っているのか、知っているから」
暗く、思い。
圧し掛かる。
「知っていて、あんたはそんな人殺しに手を貸すのか?ルドルフ殿下は同じ異能者を殺してるんだぞ」
「直接、手を下しているわけじゃない」
「同じさ、あいつらが異能者の血で自分たちの幸福を満喫している時点で、いや、異能者ばかりじゃない。ただ、定刻とは違う考えを持った時点で、反逆者扱いだ」
激しい憎悪や嫌悪感だ。ぎらぎらと目が輝いている。
ヴォルフリートも苦々しそうな表情をしている。
「ヴォルフ、あんたの狙いは何だ?何故、処刑されるとわかっていて、ハプスブルクに味方する?古臭い、虚飾まみれの世界を守って、そんなに楽しいか?守る価値があるのか?」
手の動きがまるで劇を演じる役者の動きで実が書かれている。美形が悪く笑うと、本当に悪人に見えるな、とヴォルフリートは思った。
・・・しかし、あまり男を感じさせないな、男臭くないというか。
いや、ここはそういうことを考える時じゃない。
「僕が守るのは姉と皇太子殿下ですよ、そういう役目だから」
「ルドルフ殿下に命じられたのか?」
少し、エレクが不思議そうな表情をした。柔らかい、蕩けそうな、甘い表情をヴォルフリートがいきなり浮かべた。
「いいや、僕の大切な人だよ、恐らくこの世でもっとも大切な一番大好きな人」
そういった瞬間、張り詰めて、怒りのような表情だった表情が急に緩和され、子供のような微妙な、それでいてどこか傷ついたような表情になった。張り詰めたガラスが粉々になったような印象だった。
「・・・僕、何か、ヘンなこといった?」
「いや、あんたにも人間らしい感情あったんだな」
「?どういうこと?」
「ヴォルフ、あんたいつも演技してるだろ、俺もどこまで本物かわからないが」
視線を下げ、ヴォルフリートのほうに視線を戻すと、ヴォルフリートの表情に驚きが合った。目が大きく見開く。本当に驚いているのだ。
「・・・え?」
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