第14章ツメタイヒカリ


恋をしていた時にも劣らず、魂を奪うものである。
(by ジャン・ルイ・ヴォイドワイエ)
                    1
漆黒の髪に中性的な絶世の美貌を持つ芸名「エオス」はまさに天性の女優に見えた。地下の古い劇場で観客も酔った客や娼婦、歌手など夜の世界の住人が覆い。観客席も古い板を軽くイス状にしたものだ。
彼女のオフィーリア役ははまり役立った。
慈愛も主人公に対する痛いほどの愛も。ジュリエット役などはまさに本物のジュリエットがいるようだった。アリスがエレクと再会したのは、メルク後のヴォルフリートが帰った後、アリスが17歳、ヴォルフリートが15歳くらいの頃だ。
「情報やって、ここで働いてたんだ」
「情報や?」
「あの男の子のあだ名」
・・・。
「男?」
「うん・・・」
ふと、アリスは部隊からエオスの視線を感じた。観察するような視線だ。
「―-?」

じーっ

舞台の間にも。
じーっ。

劇の終了後も。
じーっ。
・・・・私、エオスに何かしたのかしら。前のオペラ座のとき。競演した時、けんかはしたけど。
「・・・・」
・・・きついな。
アリスは緊張感で汗をつたらせた。
・・・そういえば、本名も知らないわ。
「・・・ヴォルフリート、どういう人なの?」
「塩の多すぎる中華蕎麦かな~」
「・・・興味ないでしょう」
「うん」
正直するだろう。
「・・・楽屋に挨拶にいけるまでの知り合い?」
「何、興味在るの?」
「ヴォルフリートの友達なら私も知りたいもの」
照れながら、アリスがそういった。


楽屋裏に行くと、綺麗なすれすれの衣装を身に纏った美女が行き交い、支配人がワインをホうばっていた。
ちょうど、髪飾りを外し、リラックス状態になったエオスが艶やかな黒髪を外し、男も女も惹きつける白い首筋をたらしながら、階段から降りてくる。
「やぁ、オフィーリア!今日も美人だね!」
「何だ、オッドアイの死神」
・・・・弟への呼び方に悪意を感じるのは気のせいか。
「何、肌の調子が悪いとか?」
「違う、人が仕事した後なのにいかにも暇そうにこんな所に着やがって、相変わらず能無しの顔だな」
「ヒステリックだな、せっかくのアフロディーテ張りのモテぶりなんだから客に愛想を浮かべナよ、僕年上だよ。ああ、紹介するよ、僕の姉のアーディあディト」
「知っている」
「姉さん、そうなの?」
「ええ、まぁ、劇場で」
そうか、と納得すると。
「せっかくきたし、情報や、君の楽屋見せて」
「・・・見せてはいいが、高いぞ。後、俺と貴様はいつ友達になった、あ?」
エレクがガンつけて、胸ぐらを掴んだ。
「大丈夫、膝に2つほくろのあるお姉様とのことは内緒にしておくから」
ヴォルフリートは爽やかな笑顔で涼やかに行った。
「・・・・あんた、マジ性格が悪いぞ」


ブラコンと思ってはいたが、ここまでとは。
「ぜぇ~たい、見合いなんてさせません!!」
これはアリスが社交界デビューしてまもなくの事だ。皇太子という肩書きや友達としての立場から、悪い噂しかないヴォルフリートより15歳も年上のヴィヴァリー夫人(未亡人)の見合いの申し込みがローゼンバルツァーにきたときに、すぐに反応したのは過保護でブラこんなアーディアディトだった。ちなみに社交界デビューの条件としては、結婚して(または出産して)初めて一人前として扱われるためとされているが時代の移り変わりにより、現在のオーストリアのようなキリスト教の範囲内の国では、18歳から20歳頃の上流階級の女性や貴族の令嬢が対象だった。
「しかし、お嬢様、これは、ヴィヴァリーフ人からの正式な申し込みで、当主様も大変乗り気ですし、何せヴィヴァリーフ人は未亡人で、財産もありますし、宮殿内での発言力のある型デ」
「財産狙いです!!」
「・・・ままま、せっかく、忙しいさなか、立会人に上司でも折られるルドルフ電化や従者の肩、ヴィヴァリー夫人の代理人も着ておられますし」
「うちの弟はまだ社交界にもでていない未熟な子供です!」
「しかし、もう外で軍の仕事についておられますし」
「そんな事は問題にしていません!私が問題としているのは、なぜ15歳年上の遊び人のおばさんが、ヴォルフリートを手篭めにしようとしているかです!薬や賭け事もしてるというじゃありませんか!!私の可愛いヴォルフリートをそんな女に渡すわけには行きません!」
「・・・しかし、あーディアディト姉様、ヴォ・・・ヴォルフリートお兄様は、聞けば、貴族の令嬢に随分人気があるとか、ルドルフ様の友人である上、努力家で誠実で女性にも優しく運動神経も頭脳もいいとか」
今すぐ殺すような視線をディートリヒは向けられた。・・・・剣術の天才だった、この人は。
「・・・・それに程ほどに格好良く、美形過ぎず、近寄りがたくもなく、まさに雀から白鳥になったようだと。いつまでも子ども扱いは」
「はぁ!?わかっているわよ、何言ってるの!ヴォルフリートが可愛くて格好良いのは!可哀そうなヴォルフリート、見た目がいい聖で、おばさんなんかに目をつけられて!」
力の限り、アリスはヴォルフリートを抱きしめた。
気のせいか、ヴォルフリートは怯えているようにも見える。ほおを摺り寄せ、頭を撫でられ、ぎゅうううう、と抱きしめられる。
「~~っ」



始めて、病院に運ばれて、治療されたあと、意識を取り戻し、目を開けた時、はじめて見たのは、泣き出しそうなルドルフの表情だった。
まるで恋愛映画のワンシーンのようだった。看護婦も医者も驚いたように、自分とルドルフを見ていた。事件に巻き込まれたときは、昼下がりで、馬車に同席していた貴族の夫婦と談話していた。
恨みが多いと、家や軍の上の人間から聞いていたが、まさか、自分があたると思わなかった。
異能者としての予知の力は、自分だけは対象に入らない。自分の予知の力は範囲が狭く、くじで大当たりが当たるよりも、現実化するのが難しい。
「馬車を止めてください!!」
「ヴァルフベルグラオ殿?」
「どうかしたのかね」
「早く!!」
急いで、馬車から出て、爆破事件に遭遇した。
見えたのは、燃える二人の男女。直前の映像だった。


アリスは驚いた。
その光景を見て、直感で気付いた。
―あのキスは、本気ではなく八つ当たりであり、ルドルフがすきなのは、アーディアディトの弟だと。
表情が青くなる。
「・・・・っ」
ヴォルフリートは意味に気付かず、動けない体で抱きしめるルドルフを見上げていた。周囲の人間は友情の抱擁だと思っていた。ヴォルフリートの髪をかきあげ、首の後ろをいとしそうに撫でている。
抱きしめる腕は自然に腰に回される。綺麗な瞳からは、涙が真珠のようにこぼれている。艶やかな金色の髪は、ヴォルフリートの額にのしかかる。
「馬鹿が、貴様は大バカだっ」
「・・・ルドルフ様」
「知らせを聞いた時、死んだと本気で・・・・っ」
「すみません・・・」
ルドルフがヴォルフリートの胸に顔を埋める。指先をパジャマの袖に絡めさせる。

声も出せない。動く事も今は出来ない。しかも、ヨハネスの籠の中に入れられて。イライラする。小さな桜色の唇につややかな黒髪のロングヘア、ツリ目にも見える美しい高貴な紫がかった深い青い瞳が今宵は獲物を見る狼のような目になっている。アーディアディトが来る前の日、ヴォルフリートはアンネローゼとあっていた。
喉元には、剣が向けられている。
―彼女は異能者だった。
気付いていた、だけど、口に出さなかった。雷が鳴り響く。月に照らされた彼女はなんて美しいのだろう。
「うふふ・・・・」
表では憎しみ愛、二人の時は恋人。でも、ヴォルフリートは本物の愛など、感じた事がない。わからない。見たこともない。特別な愛なんて、ありえない。
「なんって、間抜けなの、お前は。その頭は空っぽなのね、からからと」
天使のような、女神のように彼女は美しい。背筋がゾクリとする。
「・・・・っ」
「ばらばらに噛み砕いてあげる」
ああ、じれったいな。早くアンネローゼを抱きしめたいのに。今は彼女になじられる事しか味わえないなんて。この体は、心はアンネローゼの所有物なのに、役立たずだ。


                     2
「それで、貴様はヴィヴァリーフ人を誘惑したのか?あ?」
まるで、アルプスの頂上から地上の塵でも見るようにじろり、と優雅な動作でイスに座り、手を組みながらルドルフに威圧感のある声で聞かれた。
「ヴォルフリート、お姉さんに言いなさい」
まるで言わなければ今すぐ切り捨てる武人のような、般若のような目で姉に言われた。
「・・・・・は、はい」
そういうしかない。
思考を過去に戻していくと。

「会ったのは、12歳の時かな、ローゼンバルツァー家と王宮を行き来してた頃」
「12歳!?」
机を乱暴に叩き、これまでないというくらいに驚き、アリスから下がっていく。イスの後ろに隠れた。
「・・・・そんな早くから、相手は15歳年上という事は当時は27歳・・・夫もけんざいしている頃だろう」
あいたたた、とルドルフは額を押さえる。
「はい、僕も子供で相手はエリザベート皇妃様の私的なご友人だったとかでカフェ・ゲルトナーでヘレーネ伯母様の買い物の付き添いで出会って」
「あのうるさ型か」
ルドルフはげっそりとした表情になった。アリスは意外に思ったが、アリスもヘレーネは苦手だった。相性が悪いから。
「冬の季節にやる花の舞踏会でパートナーと大喧嘩して、・・・その、その頃は僕はルドルフ様よりは容姿もレベルも低く、身分も妖しかったので、いじられキャラにされたというか、女の子の扱いがなってないと指摘されて、結構ダンス教師と共にいびられたんです」
「初対面時は、お子様でお前も特に何もしなかったと?」
「・・・・子供ですよ、12歳だったし」
「それもそうね」
「それが何故、結婚話になるんだ?彼女にお前がアプローチしたのか?それとも、この家のものがお前とヴィヴァリーフ人を掛け合わせただけか?」
アリスはどきり、となった。


時刻は、ゴゴの二時半。アレクシスがローザリンデの慈善活動に遭遇し、街中で討論している頃、アルベルトに出会った。
アルベルトの後ろには、ツェツぃーリアの姿もある。相変わらず気が強そうで、意地悪そうで、高貴で見事な盾ロールの美少女だ。
「駄目だよ、アレクシス、レディーとこんな所で口げんかして、紳士らしくない。君はこの天使のようなお嬢さんに人前で声を荒げる恥をはかせる気かい?」
「・・・・これはこれは、若きエーベルハルト侯爵様ではないですか。花の舞踏会でもパートナーの申し込みが多く、大変だとか。そんなお方がこのような庶民にお声をかけてくださるとは」
「無礼者、この方を誰だと!!」
ツリ目がちの派手目の大きな目をツェツぃーリアが扇を開いて、向ける。
「ツェツぃーリア、いいんだ、彼は僕たちと同じ階級の人間だ」
「・・・は?・・・しかし」
けっ、とアレクシスはそっぽを向いた。
「あんたの家からは追い出されたはずだぜ、下郎をエーベルハイトに入れたと。そのせいで、上からお叱りを受けたはずだぞ」
「だが、そのおかげで君は、出自を確認されて、現在、とあるお方の高貴な種だと相当に扱われているはずだろ。権利は君にもあるはずだ」
「俺はただの男好きの看護婦の息子だよ、父親はトスカーナ生まれの酒乱だ。その事だって、シャノンと同じ平民だと大問題になって、降格させられそうだっただろ、もう忘れたか、大体、あの男好きで嘘吐きなあの女がとあるお方の家にメイドとして働いていたのだって」
「・・・・アレクシス、君を育ててくれた母親を馬鹿にしてはいけない」
「あんたは、あの女を知らないからだよ、・・・・シャノンはどうした?俺があの家に監禁された後、結婚した家からも同じ理由で人悶着が合ったとか」
「君たちとアーディアディト達は事情が微妙に違うんだ」
「は?」
その時に馬車がアレクシスの前に止まり、窓が開き、アレクシスに手紙が渡される。
「何だい、それ?」
「もう一人のとあるお方からだ、今、金儲けを外国人あいてにするな、だそうだ。それでいて、ウィーン内に最近はやっている風邪の元を見つけろだと」


                     3
カフェで、情報屋のモニカからエレクは、上客の一人に予約が消されたと褐色の肌の幼い少年ジョシュアと同じ席で聞かされた。
「ふぅん、男を手玉に取るのが得意なあんたらしからぬ事だ」
「相変わらず、皮肉屋ね、それともてれているの、坊や?」
エレクはてを組みなおす。
「まさか、これでしばらく、前金をあんたに払わずにすむと安心しただけだ」
「・・・嫌な子ね」
その時、コーヒーが店員によって齎された。
「それではごゆっくりー」
コーヒーを優雅な手つきで飲みながら、ちろりとモニカをみる。モニカはどきりとなる。
「それで、どこのマフィアや掃除や、あんたお得意の貴族様や金持ちのじじいだ?あんたの手管から抜けたのは」
「あわてんぼうでいかにも女を知らない、世間知らずで体力のないアルバート坊やよ」
「アルバートか、貴族のお坊ちゃまにしては品のない名前だな」
「ええ、部屋に連れて行くのも一苦労、子供帰りしたような男よ、モノなんか気にいらない事がアルト投げつけて、ないて、軍人なんか絶対出来ないわね。まあ、そこがいいっていう女もいるけど。時々、ヒステリックになって。暴力的になるわね」
「・・・へえ。貴族様も大変だな」
「らしいわよ、何でも、ヴィヴァリー夫人とかとお見合いさせられるんですって、あのオッドアイの坊やが」



・・・・結婚か。
エルフリーデとの剣の練習をした後、彼女の家の敷地内でヴォルフリートはタオルで汗をふき取っていた。
「隊長・・・」
「ああ・・」
部下らしい軍服の男性が近づいてくる。その近くを蔑んだ目で見る若いメイドの姿があった。ふと、ヴォルフリートは彼女達と目が会い、彼女達が緊張したのを見て、営業スマイルを浮かべ、手をひらひらさせた。
すると、トルコ人らしい異人の少女が身体を硬直させ、顔を茹蛸のようにした。
「?」
「何、固まってるの、行くわよ、サアラ」
・・・ああ、この家で人買いに遭って、中東の王族か貴族に売られそうになったいるとは聞いてた。奴隷だった少女。確か、トルコの中でも最果ての女が少ない民族の村の異端の子と聞いている。彫りの深い顔立ちで、北欧とヨーロッパ、トルコの血が混ざった黄金のウェーブヘアの美人。ハーフというのは便利そうだ。外交戦略とか。
「待って、メイ、私、ヴォルフリート様に・・・お話が」
ただ、美人系は自分のタイプではないが。可憐な、それでいてスリルがあるような。ディーターほど巨乳にはときめかないが。
「バカ、使用人が主の親戚筋と話せるわけないでしょ」
「ヴォルフリート、悪いんだが、今日はここで終わらせてもらうよ」
「残念だな、今日はエルフリーデに勝てると思ったのに」



                    4
つけ爪は黒く尖り、アメジストのカットされたイヤリングは首もとのブルーダイヤの首飾りと共にゴージャスで妖艶で完成されたヴィヴァリー夫人はお気に入りの小姓や女官を連れて、かつてのエリザベス女王がつけていたようなレースの襟にアリスよりも大きい胸をちらりと見せながら、会場であるギルバートの父であり、レオンハルトの好敵手、リヒャルトの別邸、通称人形の館に舞い降りた。会場には彼女の崇拝者の姿もあった。
案内役の執事は頭を下げて、ヴィヴァリー夫人を連れて行こうとすると、荷物を持とうと褐色の肌の使用人が近づいてきた。
すると白い顔を青ざめる。
「わたくしに近づかないで下さる!!」
扇を使用人目掛けて、投げつけた。その現場をアリスは目撃する。
「な・・・っ」
駆け寄ろうとするが、レオンハルトやエリアス青年が止めに入る。
「止めなさい、上のものはむやみに感情を見せるものではない」
「でも・・・」
「アーディアディト」
穏やかなエレオノールの声にアリスは身体を震えさせる。
「落ち着きなさい、ね?」
温かく穏やかな笑顔だが、すきがない。
「それでは、ヴィヴァリー様、大広間の、中のほうへ」
周囲の視線にヴィヴァリーははっとなり、きりりと表情を引き締める。


「いいですか、ヴォルフリート様、相手は年上で貴婦人で宮廷でも発言力がある方です、紳士らしくお振る舞いなさりなさい」
「いつものご自由な性格をうまく隠すのですよ、無駄な言動や動作は控えるように」
「女性にお優しく対応なさい」
人形が多く置かれた控えの間で、親戚のおばさま方にヴォルフリートはそういわれていた。
「しかし、アンテス夫人のおばさま、僕はあの人とは知り合いで」
「まぁっ、女に恥をかかせる気ですか、それでも名門のローゼンバルツァー家の一員ですか!!」
「ひっ」



                     5
一歩もハプスブルク家の皇太子としっても、なおも燃え盛り、ぎらぎらと燃えるその少女はローゼンバルツァー家に恨みの声を上げる。オーストリア・ハンガリー二重帝国の国家反逆罪の罪で、ヴァルケシュヴァーン家の裏切り者、ヴィクトリアの父親がフランツ・ヨーゼフの名の下、真っ青な青空の下、銃殺刑で、ヴィクトリアの前で処刑された。時刻は12時5分。妻や子供は近づく事も許されず、家族や友人、同じドイツ筋の貴族からも見捨てられ、帝国臣民であるスペイン王国筋の国民を扇動した叛逆者として、真の叛逆者、皇帝の重臣、ディーター・フォン・ビルツバウムの父親であるベルノルトとローゼンバルツァー家現当主で侯爵のヨハネスによって、殺されたのだ。
「殺す、殺してやる、帝国の飼い犬を!!」
バサボサの燃え盛る赤い髪の、狼のような、みすぼらしい少女は、真っ直ぐにルドルフに憎悪のまなざしを向ける。
「この悪魔、悪魔が!!」
ルドルフも真実を知っていた。
―皇太子殿下、これはオーストリアとハプスブルクの為です、親戚筋であるスペイン王国の流れを組む国民は、貴方の父君の像を破壊したのです。カールは日頃から、帝国制度は廃止すべきで、庶民は庶民の権利を持って生きるべきと汚らしい世迷言をはいていた。
―私は皇太子殿下や皇帝陛下、ひいてはオーストリアのために武力を使い、独裁を否定しません。
反論し、彼らに言い分を聞くように11歳のルドルフはアルベルトの父親を味方につけて、皇帝に謁見を求めたが、子供の言い分だと議会にも通されなかった。
「嘘吐き、父様を助けるといったくせに!」

これが、ヴィクトリアがルドルフに出会った最初だった。

エルフリーデとアーディアディトに遭遇したのは、ウィーン市内に起こった金髪連続殺人事件だった。暗闇に囚われた裏路地で、豊かな金髪のウェーブへあの娼婦が斬殺された現場と殺人鬼、その現場で漆黒の帽子と漆黒の中世ヨーロッパの貴族男性が来ているような服装に漆黒のマントに仮面をつけたローゼンバルツァー家の執行人としてのアーディアディトがいた。駆けつけてきていたのは、近衛隊のエルフリーデ・・・いや、アルフォンスだった。
「・・・・女!?」



驚いたのは、アリスのほうだ、声色も立ち振る舞い、身長や相手への対応も男に見せていたからだ。
「それでは、アドルフ、僕は失礼するよ、部下を任せているんだ」
「ああ・・・」
ヴィクトリアは相変わらず、驚いたようにアリスを見ている。殺人鬼は娼婦の身体を投げ捨てると、暗闇に逃げようとする。
「待て!」
アドルフは慌てて、追いかける。
「エリク、彼女を任せる!」
いつのまにか、エリクがヴィクトリアの背後にいた。
「!?お前?」
その時、艶やかで高貴な匂いがヴィクトリアの鼻腔をくすぐった。


「誠に申し訳ありません」
穏やかではなくむしろ、冷たい色合いのオレンジを浴びた暖炉がある、広大な部屋の中で、アドルフは取り巻きをはべらせた、残酷な色の瞳の王者、ルドルフに頭を下げる。慈悲や情愛はルドルフにはない。ただ、自分の手足という目でアリスを見る。ヨハンはその光景を当然のように見ている。
「良い、下がれ」
「しかし・・・」
「この問題は、ほかのものに任せる」
「・・・・はい」
アドルフは静かに下がる。
ローゼンバルツァー家は、表向きは皇帝陛下を支える軍人の家であり、貿易にも手を出している巨大な一族である。しかし、真の姿は、策略と血、どんな汚い事もやる一族であり、アリスはアドルフとなりながら、自分がまだ帝国の敵を倒す執行人ということで、ローゼンバルツァー怪我不幸を生み出している事は知らない。栄光と地位、この世の降伏を約束された一族だと。
誰かの明日を守るものだと信じていた。


アロイス・ツァー・バルツァー侯爵は幼い頃の大病で顔に怪我を追い、高貴な家柄でありながら、女好きで賭け事が好きで金と名誉にしか興味のない凶器の父親とヴィクトリアと同じようにローゼンバルツァー家への憎しみに囚われていた。もう一つ囚われているのは、不公平な扱いを受け、家を持たない異能者の救済だった。彼は、祖母の写真を肌身離さず、持ち歩いている。
ザァァァ・・・・
シャワーを浴びながら、異能者の自分を慕う子供達のことを思う。彼らのためなら、何だってやってきた。
「まさか、本気じゃないんだろう?」
「お前か、リリー・・・・」
「帝国やローゼンバルツァー家のせいでどれだけ犠牲が出ているのか・・・アロイス、お前が一番知っているだろう」
紅の口紅が添えられた唇が妖しく笑う。
「・・・・当たり前だ、だから」
「エレオノール乃娘に近づいたか、本気になったわけじゃないんだろう。エレクやあんたはあの日を忘れたわけじゃない」
ぎり、とアロイスは悔しそうに噛む。
「彼女は何も知らない、俺は・・・傷つけたくない」
「エレクに比べると甘いね、あんたは。アイツは既に自分の手を血で染めているよ」
表情が氷のように引き締まる。
「そんな事、わかっている!!」
壁を力いっぱい叩いた。


                          6
「ヴィヴァリー夫人、自分は貴方と結婚できません」
その手はどこまでも優しく、温かい。ヴィヴァリーフ人のすべすべした真っ白な手には高級な宝石の指輪がはめられていた。美しい顔が哀しみにゆがむ。茂みの中で、アリスは見ていた。
「私では、不足だというの?」
「いいえ・・・」
ヴォルフリートが小刻みに顔を振り、瞳をぎゅっと閉じる。
「貴方はすばらしい方だ、賢く才能もあり人望もある。冷酷な振る舞いを見せることがあっても、本質は情に厚いかただ」
「だったら・・・」
夫人の手を握る手がきつくなる。
「自分はもう心を捧げる人が出来てしまっているんです」
アリスはルドルフとの約束の話を思い出した。
「・・・特別な方なの?」
「・・・・はい」
心苦しそうに、静にそういった。
「・・・・そう、あの時と私と貴方は違うのね」
「はい・・・・」
「本当に大人の男になったのね」




口からは赤い血液が流れていた。間隔が短くなり、女の毒々しさが現れているように感じた。赤い血のような夕焼けの森の中で、エレオノールの白い傘が揺れた。慈愛のこもった優しい目で彼女はバケモノを見ていた。ただ、静に。背筋が冷たくなった。
姉は素直に彼女が正気となり、喜んでいたが、ヴォルフリートは彼女の母性を、自分に対する異質な目を恐れた。怖かった。
「普通なら、怖いはずじゃないの?お母さん」
「怖くないわ、だって、私は貴方のお母さんだもの」
ヴォルフリートの表情が青くなる。口からは赤い液体が流れていた。
ウィーンの聖母、澄み切った水のような優しさ。確かにその手は暖かい。
赤い毒々しい赤いドレス。白い艶やかな肌、白い首筋。その美しさにぞくりとなる。
獣じみた衝動がヴォルフリートを襲う。
「ヴィヴァリー夫人・・・・」
いやだ、いやだ。傷つけたくない。餌なんかじゃないのに。
「喉が渇くでしょう、貴方の異能者の力は強すぎる。だから他人からエネルギーをもらうことは当たり前なのよ」
「う・・・!!」
青い瞳は優しい目でヴォルフリートを見ていた。
「うぅ・・・・・」
吐き気と吸いたい衝動を喉を押さえて必死で押さえる。何度も、何度も喰らいたい感情と感覚が襲い掛かってくる。
「貴方の乾きは他人しか癒せない」
ヴォルフリートの瞳から涙がボロボロと出てくる。身体がざわつき、身体中の血が一点に上り詰めていく。瞳が鋭くなる。
「ぅぅ・・・・・・や、・・・はぁ、やだ・・・・・よ」
たまらなくて、はきたくて、食べたくて、息が詰まりそうだ。喉に何かが引っかかった感覚。何で、僕がこんな。
「死ぬわけじゃないんだから」
エレオノールがヴォルフリートの手を奪い、夫人の首に当てる。ぞくり・・・、となる。
ざわざわ・・・・。
「いや・・・だ・・・・」
ざわっ。
「いいのよ」
瞳から意識がなくなる。
「―-」
「食べなさい、ヴォルフリート」
意識が途切れた。



家族写真を両親とディートリヒとフィネ、姉と自分で取った。その写真をルドルフに見せると、熱心にルドルフは凝視していた。


激しい苦しみから解放された後、屋敷の中で姉のことで喧嘩するレオンハルトとエレオノールフサイの姿があった。自分の立場を気にするディートリヒの姿も。
・・・・・姉さん。
「貴方は過保護すぎます、家庭教師を三日連続で首なんて」
「アーディアディトを傷つけるものはだれであろうと許さない」
父は、姉を愛していた。家に来たとき、娘よと抱きしめた。外に出る時はついてきたがった。学校をという意見が伯母からあったが大人しい父がその時激怒したのをヴォルフリートは目撃した。
・・・・姉さん、助けて。
「どこにいるの・・・」
この家は、・・・・なんか、怖いよ。怖くてたまらないよ。理由はわからないけど、怖いよ。
「病気なんだ、僕」
最近の自分の体を見ても、そうとしか思えない。

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