丑のゐどころ-Ushi no Idokoro

丑のゐどころ-Ushi no Idokoro

2006.10.02
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カテゴリ: ほーん
河合隼雄 2005.
『大人の友情』朝日新聞社.

【感想】

帯には「人生最後の財産は友情」と
書かれている.

やっぱり友達はだいじだよー
という話かと思ったら,そうではなくて,
いろいろな人間関係の背後で
友情が働いている,ということ.


戦友のような感じになるという.

興味深い指摘がたくさんあった.

特に印象に残ったのは,
男女の間に友情は成立するか,
という問いに対して,

性や恋愛というものの
吸引力の強さを述べた上で,

かつて夫婦や恋人同士だったカップルが
性的な関係を「卒業」した後に
互いによき友人として
付き合っているような例を挙げる.


友情が成立しないわけではないが
異性間の友情は,

「最初から極めて慎重で抑制力のある態度を
 もつことによって達成される.
 しかし,これをイメージで表現すると


 木の上から油の入った壺を傾け,
 五円玉の穴に油を流し込むような,


 少しのズレも許されない名人芸が要請される」

という.

そこまで言っていただくと
私としては非常に救われる思いがする.

なぜかというと,
私は相手が異性であるというだけで
こわばって垣根を作ってしまうからだ.

赤ちゃんからお年寄りまで
女は女,男は男である.

友達の中には,
「どうでも良い相手だったら
 異性として意識しないじゃん」
と言う子もいる.

確かに,私にも,誠に失礼ながら
どうでもいい相手,できれば避けたい相手,
というのはいらっしゃる.
(相手も私のことをそう思っている違いないが)

しかし,そのような場合も
「どうでもいい人」ではなく
「どうでもいい異性」というカテゴリーに入る.

つまり,相手の魅力いかんに関わらず
どんな時も,
異性というフィルターを取り払うことができないのである.

自分は何て浅ましいのだろうと思っていた.

「同じ人間なんだから
 男女関係なく友達になれる」
という人がいれば
羨望を通り越して嫉妬すら覚える.

私のような人間は,
野暮ったくて,洗練されていないのは確かだし
改善の余地は多々多々多々あるにしても

河合さんにそこまで言っていただくと
少し安心する.

異性間の友情は,
お互いを異性として意識しない所から始まるのではなく
むしろ意識した上での付き合いを
どうするかという所にあると
指摘しているのだから.





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Last updated  2006.10.16 05:40:19
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