猫耳ずきんの らぶれび ぼうけいしょん  介護と猫と人生と

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2022年04月07日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
先日録画してあったクローズアップ現代を今日みた

 テーマは 天気痛 気象病とも呼ばれる
 「雨が降るとしんどい」「台風が近づくと頭痛がひどくなる」
 などという 体の不調に関する研究の結果とその対処法だった

 詳しいことは、番組の公式ページで紹介されているが・・・
​ NHK クローズアップ現代 ​
まったく目新しい情報ではなく 
私のまわり特に介護現場では常識となっている事だ


 そういう症状が自分や周りの人に出ないものにはまったく
 想像もつかないことなのかもしれない

 例えば、私の場合、子供のころに何度か骨折したために
 「雨が降ると古傷か痛む」ということをしっていたし
 母も子供のころに足を折っていたので、そう言っていた

 背骨を折ってからは、
「雨が降る前から痛み始める」
「気圧が下がることとか関係がある」と気づいていた

 在宅で母を見ているときも、雨や天気が下り坂に向かう時に
 体調を崩しやすいことに気づいたので
 天候にも気を配り先回りして用心するようになった


 天気の変動で めまいや耳鳴り閉塞感も強まることを
 自覚するようになった

 天気だけではない
 月の満ち欠けによる満潮干潮も関係する たとえば
 満月は興奮しやすいし、ケガなどをすると出血が多い

 そんなことは、母が良く話してくれた

 みんな誰でも知っている常識だと思うことが
 知らない人もいること、そしてそういう人は
 症状を実感しないから「仮病だ、さぼっている」などと
 ただでさえ苦しんでいる人を傷つけたりする

 あの人のせいで自分の仕事が増えたとか言う人に限って
 あまり働かないし、周りに迷惑をかけていることが多い
 人の手柄を横取りしたり、
 すぐに相手にマウントして不快にさせたり

・・・そうなのだ・・・
介護も当事者としてやったものにいか分からない 
やっていないものには理解してもらえないことが多い

昨日、母の友人から手紙が届いた
老老介護で頑張ってく来たけれど限界になって
昨年、ご主人に施設に入ってもらったそうだ
母と同じ、レビー小体病で体が動かず要介護度が高まったという
ご本人も同じ施設に週2回デイサービスに通うことで
一日15分ほどだけだが面会も許され
ようやく落ち着いた日常を手に入れたという・・・

なのに
親戚や知り合いから
「施設に入れてご主人が可哀想」
「お金があるから楽ができていいわね」
と言われて傷ついて哀しい・・・と
介護をしてきた貴女なら分かってもらえるかと思って
と書いてきた

胸が痛む
在宅で24時間介護を続けて 
夜も安心して眠れず、へとへとになって
とうとうご自分の体力に限界が来たから、
施設に入ってもらったのに
お金も出さず 手助けもしないものが何を言うやら

介護を経験したものはそんなことは言わない
本気で取り組めば介護は終わりが無い
そして、症状は徐々に悪くなるし
長期化するのが当たり前、長くなればなるほど
介護する側は身も心も疲弊していく
本気でできるだけのことを取り組めば
自分の命を削っていくこともあるのだ

 そんな気持ちや実情を知りもせず
介護をしてこなかったものがにそんなことを言う資格はない
 よくそんなことが言えると思う

 そういう輩に限って 介護は放棄したり
 自分以外に押し付ける そして
ちょっと食事の際にスプーンで口に運んだ程度のことを
「私も介護をしたことがある」などと言う
 そういうものに限って遺産分割となるとハイエナのように
 寄ってきて噛みついてくる

 共感しないまでも せめて
 理解し、見守るくらいの優しさはないのかと思う

 できれば、話をきいたり、
「頑張っているね」と労ったり
 そんなことで、心が前向きになって
 また 介護する人もガンバロウという気持ちが蘇るのに

 そういう状況にこれでもかと言うくらい見舞われる私だが
 そういう体験をすることで、同じような境遇の人の
 つらい気持ちが良くわかるのだと思えば
 とても良い経験を積めているのだとも思う
 母の言う ~でよかっただ

それに
 こういう状況は自分と関係ないと思っていても
 ある日突然 当事者になることもあるのだ
 周りに思いやりをそそぎ良い関係を作っておくことは
 自分のためにもなる
 イメージとしては心の根を広げていく
 心延え(こころばえ と 読むけど映えではないよ) 
 心を養い 周りを思いやって 緩やかに連帯していく
 それが 大切なのだと思う 

 天気痛や介護。。。他にも
 自分が知らない事情で、苦しんでいる人がいること忘れない
 そのことをいつも心に留めておく
 そんな姿勢を世界中の人が身につけたら
 「相手を想いゆることが当たり前になったら」
 世界はどんなに生きやすく美しくなることか・・・

 いつも思う
 誰かの当たり前は、別の誰かから見たらどうなのか
 自分が正しいと思っていることが別の角度から見たらどうなのか
 相手側に立ったり、第三者の目でみてどうなのか

 自分のこととなると近視状態になって周りがみえなくなり
 自分勝手にもほどがあるという 輩がいる 
 そういう人にかぎって いつも
 周りに対して厳しく文句を言っている気がする

 すこし 離れて自分のしていることを客観できれば
 もうすこし、周りとも良い関係が作れただろうのにと
 哀れに思う

 それにしても・・・
 常識、良識的判断と司法の違い。。。驚きの連続だ

 それなりの証拠があっても揚げ足を取られふりまわされる
 当たり前が通じない 気味の悪さ・・・
 ありえない捏造話をいちいち否定しなくてはならない煩わしさ
 でも、ひとつひとつ事実を積み上げて進んでいくしかない

 せめて非常識な嘘や過剰攻撃は止めてもらえる
 そういうシステム作りは必要ではないのかな?と思う 

 とにかく私は 正義を貫く 
  心延え を大切に生きる それだけだ







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最終更新日  2022年04月07日 21時28分40秒


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 ここで紹介されている コウノメソッド こそがこれからの高齢化社会、認知症にとって救世主となるモノだと思います。これから、一人でも多くのお医者さんがコウノメソッドを採用して、本当に患者や介護者を救ってくださることを心から願っています。




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