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合格を喜び合っていました と締めくくっていた
つい・・・落ちる子もいるんですけど・・・とつぶやいた
そして 不合格に心を痛め、ショックを受けている子たちを思った
私自身が落ちた方の子だったから・・・
自分自身が死にたいとまで思い詰めたから・・・
今思えば 確かに大きな挫折ではあるけれど
生き死にを考えなくてはならないほどのたいしたことではない
でも、あの時は受験の結果がすべてに思え
世界から 全否定を受けた気がした
生まれて初めて本気で死のうと思った
不合格だけでも 相当なショックだったのに
祖母から「ふが悪い。家の恥」と罵られ
(注 ふが悪いとは体裁が悪い 恥ずかしいという意味の方言)
兄には「恥をかかせやがって」と殴られた
同級生と一緒に私の番号を張り出しの紙に探したのに見つからず
自分が恥ずかしい思いをさせられたと怒り狂われたのだ
そうか、私は駄目な人間で
迷惑ばかりかけて。。。申し訳ない
生きてて ごめんなさい・・・と言う気持ちになった
あのあと 3日くらい 食事も取らず
布団の中で縮こまって過ごした
「はやく私が消えますように」と願って
トイレにも行った記憶が無いのだが・・・どうしていたのか
母の「死なないで」という強い願いで
引き戻されたけれど・・・
あの時は、本当に
それまでの人生で一番辛かった
そして、今思えば、それから
もっと辛いこと、キツいことも多々あった
すると、受験の失敗などたいしたことは無いと思う様になった
要するに 人生経験の分母がまだ小さいから
一つの失敗体験が ことさら大きく感じたのだ
だからね 大きく声を出して言いたい
「不合格がどうしした」
まだ 若いんだから 十五なら 挽回は容易い
有名な高校や大学に行くことは 素晴らしい
でも、いかなくても素晴らしい人はいるし善い人生は歩める
そして、せっかく超一流の高校大学に行っても
腐れた人間はいる 世の中を悪くする悪知恵だけもって生きたりする
他人を踏みつけにして、上に上がるのを当然の権利だと思っていたりする
そんな 腐れ に比べたら
痛みをしり、周りの気持ちを考えられるようになって
一緒に幸せになろうとする方が 遙かに世のため人のためになる
受験の結果は 単なる通過点のひとつ
負けのまま ゴール地点にするな
くよくよしすぎず、この経験をどう生かして前に進むか
それだけのこと 事実は捉え方次第
まずは 泣いてもいいけれど
時間とともに 前を向いて 踏み出して行ってほしい
私なんか、不合格したからこその幸せを
その後 しこたま たらふく 味わった
目指していたのとは別の高校、大学進学で
素晴らしい出会いもあった
人生に正解はない・・・というか
善かったかどうかを決めるのは自分だし
最後の最後まで、分からない
「十五の春」に傷ついた子たちに 幸アレ
負けずに進め!と祈る
追記
他の不合格経験をした子たちに聞いたら
「家族は腫れ物に触るようにやさしくて、それが申し訳なくて辛かった」と口々に言っていた。
そう、私の場合も父は無言で「そうか」と辛そうにいい慰めるつもりか「女子校(滑り止め)もいいぞ」と言って、どう慰めていいのか・・・という顔をした。
祖母と兄は、子供っぽい反応だっただけだ・・・要するに「相手の気持ちより自分の気持ち優先」
とか「自分の思い通り、期待通りでなくて腹が立った」とか、配慮に欠ける自分の未熟さの表れだったのだ。あの時は、がっつりショックを受けたけど。。。今思うと、思いやりのかけらもないただの駄々っ子「ちっちぇぇやつ」と笑える。
皆さま くれぐれも そういう 大人にはならないでね。。。
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