葉子の日常

葉子の日常

2014年10月28日
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テレビは刺激が多いです。ネットのほうが情報量ははるかに多いですが、テレビはつけている時間が長いだけに情報が垂れ流しとなります。観ていないときはOFFにして居ればいいのですがひとりで居ると、つい寂しいのでつけてしまいます。以前は時間があるとネットサーフィンしていましたが、あまりの情報量の多さに混乱して今はあまりあちこち行かないようになりました。ですから今はテレビが一番私の生活で情報をキャッチする媒体となっています。

何の話題なのかも思い出せないようなことで、ふと思いす。<わたし、もう子供を授かれないんだ~>。今更ですが改めて痛感したりして。年齢も年齢なので本当に今更なのですが、もう私は普通に結婚して子供を授かって一生を掛けて子供を見守るという、一般的に多くの人が送る人生から外れてしまったわけです。もっと言えば唯一自分が産み落とした愛娘の手を放してしまった私です。なので本当に何甘ったれたこと言ってんだかと思うのですが、それでも感情としてはその紛れもない事実に戸惑ったりして。<普通>がどのことをさしているのか不確かではあるのです。何を基準にするのかで大きく変わる<普通>。それでもやはり寂しく感じてしまいます。すごーーーく自分勝手ですけどね。だって元を正せば最初の結婚を守り続ければ少なくとも娘を見守ることは出来たのですから。

そういう意味で同居人には申し訳ない気持ちで一杯です。もともと熟女が好きな同居人ですが、まだ彼は38歳。体力的にも精神的にも充実している年頃かなと思うのですが、私にはもうメスとしてのキャパシティーはないのです。同居人が妹さんの子供と遊んでいる姿を見たときはなかなか<良いパパ>になりそうな感じ。許すこと、ダメなことでちゃんと対応している姿ははたから見ていても納得な姿でね。だからこそ、子供をどうがんばっても産めない体になった自分がとても許せないというか憎らしいというか。もちろん同居人はパートナーを変えれば(物理的には変えなくても)子宝に授かるチャンスはあるのですがね。万が一ほかに子が出来たとしたら私はがたがたいわずに身を引くし、良かったねと言えると思います。心は痛くとも、その大切さというか重要さとういかそれは痛いほどわかりますから。

手術の日、全身麻酔をかける刹那、自分の意思で動けないという恐怖を上回るように私を支配した感情が<子宮がなくなる。もう愛しい人の子を授かれなくなる>という思いでした。そのまま恐怖に慄いているうちに意識がなくなったのですが。とても、とても、とても、とても、とっても恐ろしい瞬間でした。自分の価値がなくなった瞬間でした。

女として一番大きな価値を失った今、私に何が残されているのか、日々心もとない自分の性と価値を求めて探っています(同居人の心がどこに向いているかは別ですが)。病変がなかったとしてももういくらも残っていなかったであろう女という意味。それを上回る<私>を見つけることが今の課題だと思っては居るのですがなかなか見出せずに心苦しい日々だったりします。
女は子を産むマシーンではないのはわかってはいるのですが。それでも産むことが出来るのは女だけですからね。共同作業の上だけれど。

こんなに子宮を失って落ち込むとは思って居なかったので、自分でもびっくりするやらもてあますやら・・・若くて健康なときとはまた違った悩みですね。そうあがいてももう、いまさら、ですが。

今夜の食事はママカリの酢ズケ、納豆巾着、ロールキャベツのつまみにモツなべ、同居人が眠くならなければ最後におじやです。昨日のレンコン金平も残っていますが食べるかどうか・・・まだ鼻ずるの同居人なので野菜をたくさん食べてもらいたいので、鍋は強いみかたです!

昨日も書いたようにお酒に弱くなっています。ビール500ml/三本近くなると必ず1回リターンします(汚くてごめんなさい;)出せば少しスッキリしますが食道が荒れるのが困りものです。って、飲まなきゃいいんだけどね~^^;





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最終更新日  2014年10月28日 19時48分06秒
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