ねこっぽ雑記

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2003年11月06日
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 今日は 出光美術館 で開かれている「芭蕉―風雅の跡―」展に行ってきました。最初は全く行く気がなかったのですが、先生が参加者を募って行かれるという話を聞いて「せっかくだから行くか。」と参加。入場料が割引かれた上学芸員さんの説明まであって、非常に得をしました。
 そして展示自体も素晴らしかった。芭蕉の筆跡ってとても美しいんです。展示の中には「芭蕉の筆跡に影響を与えたと思われる筆跡」のコーナーもあったのですが、私は芭蕉の筆跡はこの人たちの筆跡よりも美しいと感じました。ちなみに芭蕉の筆跡は当時の人の感覚では「昔風の文字」だったんだそうです。
 展示作品の中で一番素晴らしかったのは「許六離別詞」。これは芭蕉の俳諧の弟子であり、かつ芭蕉の絵画の師である森川許六という人物に贈った言葉です。許六は参勤交代で彦根から江戸にやってきていた時芭蕉に俳諧を習い、また絵を教えましたが、やがて彦根に帰ることになります。そのときに芭蕉から餞別として贈られたのが「許六離別詞」です。



去年の秋、かりそめに面をあはせ、今年五月の初め、深切に別れを惜しむ。その別れにのぞみて、一日草扉をたたいて、終日閑談をなす.その器、画を好む。風雅を愛す。予、こころみに問ふことあり。「画は何のために好むや」。「風雅のために好む」と言へり。「風雅は何のために愛すや」。「画のために愛す」と言へり。その学ぶこと二つにして。用いること一なり。まことや,「君子は多能を恥づ」といへれば、品二つにして用一なること、感ずべきにや。画はとって予が師とし、風雅は教へて予が弟子となす。されども、師が画は精神徹に入り、筆端妙をふるふ。その幽遠なるところ、予が見るところにあらず。予が風雅は、夏炉冬扇のごとし。衆にさかひて、用ふるところなし。ただ、釈阿・西行の言葉のみ、かりそめに言ひ散らされしあだなるたはぶれごとも、あはれなるところ多し。後鳥羽上皇の書かせたまひしものにも、「これらは歌にまことありて、しかも悲しびを添ふる」と、のたまひはべりしとかや。されば、この御言葉を力として、その細き一筋をたどり失ふことなかれ。なほ、「古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ」と、南山大師の筆の道にも見えたり。「風雅もまたこれに同じ」と言ひて、燈火をかかげて、柴門の外に送りて別るるのみ。


意味は何となくしか分からないのですが、でも芭蕉の許六への思いは伝わってきます。私はこの言葉が他のどの筆跡よりも丁寧に書かれていたことに胸を打たれました。すごく美しい筆跡でこんな言葉が書いてあって、なんだか泣きそうになってしまいました。
 そして驚いたのは「古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ」という言葉。この言葉、市川猿之助・横内謙介著「夢みるちから ―スーパー歌舞伎という未来―」という本の中で猿之助さんが「これは芭蕉の言葉だけれども…」と挙げていた言葉だったのです。「先人が何を求めようとしていたのか、その心を知りなさい」という意味だそうです。この言葉に、芭蕉の直筆という形でお眼にかかれたのは本当にラッキーでした。
ちなみにこの「許六離別詞」というのは戦前辺りから行方不明になったのが、4・5年前に奇跡的に発見されたものなんだそうです。素晴らしい作品でした。

 昨日・今日と美術館に行ってきたわけですが、やっぱり美術にも触れるべきだなぁ…とつくづく思いました。美術に限らずいろんなものに触れたいです。それが自分の心の財産になるわけだから。 






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最終更新日  2003年11月06日 22時55分22秒
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