ねこっぽ雑記

ねこっぽ雑記

2013年02月04日
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團十郎丈まであの世に旅立たれてしまいました。
富十郎、芝翫、雀右衛門、勘三郎、そして團十郎。
歌舞伎座のない3年のうちに、新しい歌舞伎座に立つことを夢見ながら亡くなっていった役者たち。
生きていることって当たり前のようでいて当たり前ではない、とは思う。
でも、これだけの方が亡くなるのを目の当たりにすると、新しい歌舞伎座の舞台に立つことってそんなに難しいことなのか、とも思う。
変な言い方だけれど。
何が痛いって、芸のある役者がいなくなってしまったことが痛い。
つまり、次代に伝える側の立場の役者がいなくなってしまったことが痛い。
しかも短期間にこんなにも。

四月の「十八世中村勘三郎に捧ぐ お祭り」に続いて六月の「助六由縁江戸桜」も「團十郎に捧ぐ」になるのかな……と思ったり。
おめでたいこけら落とし公演なのに、新しい歌舞伎座に立つはずだった役者のことを思うとやりきれない。

團十郎丈。
いつも普通に芝居をされているように見えるのだけれど、いざその役を若手が演じたりすると全然様にならなくて、「團十郎さんは何の造作もなく演じているように見えるけど、あれって芸の力によるものなんだ」と思い知らされる。
私の中ではそんな印象があります。
失礼な言い方かもしれないけれど、安心して舞台を楽しめる役者さんでした。
時ににらみを利かし、時に茶目っ気あふれるギョロリとした大きな目。
よく伸びるおおらかなせりふ回し。
もう映像を見たり記憶をたどることによってしか、團十郎に会えない。
宮尾登美子「きのね」を読んだ後に團十郎の舞台を観た時は、あの勇雄がこんなに立派になって……と思ったっけ。
個人的には「義経腰越状 五斗三番叟」の後藤兵衛の役が印象に残っています。

個人的な思い出があるから印象が強いのだとばかり思っていたけれど、よく考えたら、おおらかさと茶目っ気という團十郎丈の芸風に合った演目だったのかもしれない、と思いました。
亡くなったことで振り返って初めて気がついたというのが寂しいけれど。
ご冥福をお祈りします。

ちなみにこの世の歌舞伎界は厳しい状況だけれど、あの世にも歌舞伎界があるとしたらどんどん名優が増えていってるなぁ。
初代から十二代揃った團十郎なんて壮観だろうな。







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最終更新日  2013年02月04日 23時51分12秒
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