全2件 (2件中 1-2件目)
1
こんばんは🌛お疲れ様でした𓃟⸒⸒︎以前、お話した父、72歳が十二指腸がんになり8月4日に永眠致しました。余命1年と言われたけれど1年5ヶ月、頑張ってくれました。日付が変わり、4日、夜中に母から連絡があり血圧が測れない位まで下がって意識がある内に会ってください!と 病院からの連絡!病院へ着くと、まだ 父は意思疎通も出来ていてもう 遅いからって逆に孫の心配をして帰るように言ってくれました。そう言われても 心配で帰れるはずがない!でも、コロナ禍なので長くは居られないってことで朝方、一旦、帰宅しました。朝、再度、病院から連絡が入り、寝起きのまま、次女と長女とお孫ちゃん達を連れて病院まで30分から40分掛かる道のりを、泣きながら運転してた。面会の時は、中学生以下の子供は入れないって言われていましたが父が一番可愛がっていた一番下の曾孫をどうしても会わせてあげたくて1度目に駆けつけた時に看護師さんに話しておきました。病室へ入ると、1度目に会った父とは全くの別人になってました。声を掛けると、何度か頷いてくれてはいたけど視線も合わなくて上の方を見てる父!もしかしたら、父方の祖父母や父の兄が迎えに来てたのかなぁ?パパ!って何度も声を掛けましたが呼吸が止まり苦しむ様子もなくスーッと……今もこの日記を書きながら涙が出てきます。病気になってからの方が父との思い出が増えたように思えます。昔は家族で川へBBQへ行ったり旅行へ行ったりしました。釣りが趣味だった父を去年は川へ連れて行く事もでき4世代でBBQもできました。その時の楽しそうな顔が忘れられません。元気な頃から、呑みに行こうって誘われていましたが次男のサッカーでなかなか、行くことが出来なかったけど病気が分かって、すぐの頃父と二人で父の行き付けのスナックにデート出来たことも私には最後の思い出になってしまった。その時に愛燦燦と また逢う日までを歌った父!今でも耳から離れません。職人で頑固でそれでいて、優しくていつも、最後は庇ってくれた父。通夜にはたくさんの職人仲間や昔、バンドをやっていた友達も駆け付けてくれましたきっと、喜んでくれたはず。普段はどんなことがあっても泣くことができない私ですが告別式では立ってられないほどの泣きました。何度も何度も、顔に触れて冷たくなっている、父の額に額と額を合わせて、泣き崩れました。一番辛かったのは出棺の時。点火しないで!辞めて!と何度も叫んでいました。もう、父の姿が見れないんだなぁ……触れることもできないんだって……火葬が終わった後母と私と弟で確認をしたのですが変わり果てた、父にまた、涙が止まりませんでした。抗がん剤のせいなのか骨はボロボロでこんなに弱ってたのかなぁ?って……お骨を拾い終わった後、残ったお骨は係の方が納めてくれるものですが私と弟で全て、拾わせてもらいました。本当は手で全て入れたかったってのが正直な気持ちです。亡くなってから、告別式までは実家に泊まっていたので誰かしら居たから何とか気持ちも紛れていたけど自宅に戻ってからはよく、父が遊びに来ていたからその時の会話など思い出して泣き暮れました。私の家に来ると安心すると最後に来た時に言っていたのを思い出してはそう思ってくれたのが嬉しくて嬉しく……でも、その分 余計に辛くて……胸がギュッてなります。育ててくれて ありがとう。父の子で産まれて本当に良かった。生まれ変わる事ができたらまた、父の子に産まれてきたい。パパ ありがとう。たくさんの愛をありがとう。ご訪問ありがとうございます。
2023年08月31日
コメント(0)
楽天市場
2023年08月31日
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1
![]()

