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2016.07.13
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カテゴリ: タレント
永六輔って誰?

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永六輔 (えい ろくすけ、1933年4月10日 - 2016年7月7日)は、日本のラジオ番組パーソナリティ、タレント、随筆家。元放送作家、作詞家である。本名は永孝雄(えい たかお)。

作詞家として「 上を向いて歩こう 」や「 こんにちは赤ちゃん 」等を手掛け、放送作家やタレントとしてテレビやラジオで幅広く活躍した、 永六輔 さんが今月7日、東京都内の自宅で亡くなりました。

永さんと言えば伊勢名物の「 伊勢うどん 」を世に広めた方としても有名です。

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地元だけしか知られていないかもしれませんが、他の地域と違ううどんだと認識が無かったので「並うどん」や「素うどん」と呼ばれていたものを、1972年に「」に名称を統一したきっかけが永さんが最初食べた時に「これは伊勢うどん」と言ったのが起源として伝わっています。



親交の深かった黒柳徹子さんのコメント全文です。

永六輔さんとは、60年以上のお友達になります。
その間、一回もケンカをしたことありません。
「午後のおしゃべり」「夢であいましょう」で、はじめて会いました。
「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」など、(中村)八大さんと作った名曲のころ、毎日、渥美清さん、坂本九ちゃん、演出の末盛(憲彦)さんとみんなで集まって、おもしろいことを話し合っては、笑っていました。

永さんが、八大さんと世界中の日本人学校を訪問してるときは、一行ですべてがわかる絵はがきをくださいました。日本の中を旅したのは、自分で見たり聞いたりしたことを、全国まわって、ラジオで伝えたかったからです。テレビより、最後までラジオが好きでした。6月27日、足掛け40年以上続いた永さんのラジオ番組が終わりました。私も終わりのほうにかけつけて「永さん! ごくろうさまでした!」と叫びました。私が呼び掛けると、目を開けて笑ったりしていたそうです。

奥さんの昌子さんが亡くなって14年半、よく1人で頑張りました。旅の名人でも、毎日旅先から何度も昌子さんに電話をしていましたから。1人になって、私と結婚の話も出ましたが、主に、永さんからですが、お互い昌子さんのようにはいかないと、わかっていました。「ゆめ風基金」という障害を持った方たちへのボランティアにも、すごく力を入れていました。お葬式は、実家の浅草のお寺です。

亡くなる3日前と4日前にお見舞いに行きました。話はできなかったけど、私が「永さん!」と言うと、必ず、目を開けて私を見て、声を出して笑いました。

このごろ、お友達が亡くなって、本当に、最後の一撃のような、永さんの死です。

でも、生きてるもののつとめとして、当分、仕事、続けます。永さん、永いこといいお友達でいてくださって、ありがとう。アフリカなんかで「上を向いて歩こう」と聞くと、きっと、空を向いて涙がこぼれないようにすると思う。昌子さんによろしく。

黒柳徹子






ベストセラーになった著書「 大往生 」で、永さん自身の死生観をつづっています。

“人は死にます 必ず死にます
その時に 生まれてきてよかった
生きてきてよかったと思いながら
死ぬことができるでしょうか
そう思って死ぬことを大往生といいます”


亡くなった日が七夕ということも何か感じる物もありますねー。
ご冥福をお祈り致します。






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Last updated  2016.07.14 03:41:23
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