ナ チ ュ ー ル

ナ チ ュ ー ル

ボルタ


     と同時にボルタ電池(1800年)の発明者でもある。

アレッサンドロ・ボルタ Alessandro Volta(イタリア、1745~1827年)  イタリアの自然哲学者(物理学者)。

1775年静電気発生装置(Eelectrophorus)すなわち電気盆を改良し、普及さした。発明は
1764年にスウェーデン人のヨハン・ヴィルケによってなされた。1777年メタンの発見。

1778年パヴィア大学に招聘され物理学の教授に就任。1800年電池(ボルタ電池)を発明。
ボルタ電池の発明に至る道に、同じイタリアのガルヴァーニ氏のガルヴァーニ電気の実験がある。
ボルタは、1790年頃より、様々な実験を重ねた。蛙の神経を通じる放電についていろいろやってみた。また,銀貨と金貨とを舌にのせこれに針金を結ぶと急に苦い味がすることも知った。そして,これらすべての実験で重要なことは,異種類の金属の接触ではなかろうかと考えた。そして、ボルタ電池の完成に至ったのである。「異種の伝達物質の単なる接触によつて発生する電気について」という論文を1800年に発表した。
この連続的に強い電流を作り出すボルタ電池の成功は、全世界に衝撃を与えたと言ってもよい。この一連の研究を通じて、金属のイオン化傾向の原型が得られて行った。
(プラス)-亜鉛、鉛、錫、鉄、銅、銀、金、炭素-(マイナス)

このボルタ電池の発明を機に電磁気の分野が驚異的な飛躍を遂げたことは言うまでもない。

1881年、ボルタを記念し、電圧の基本単位の名はボルトとされた。

・電気発見物語


この時代の日本では、橋本曇齋により、静電気発生装置が作られている。
曇雲の研究を纏めた我が国初めての電気研究書が『阿蘭陀始制エレキテル究理原』である。

1811年「阿蘭陀始制エレキテル 究理原」の序文
「エレキテルは、天地の大なるより罌粟毫末の小さきに至るまで其の理を諭し、風雨雷電地震流星等を目のあたりに顕し掌中に試みられる事にて、咫尺の間に一小天地を縮めば礼楽仁義道学の羽翼ともなすべし」

・・・・橋本曇齋 48歳


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