ナ チ ュ ー ル

ナ チ ュ ー ル

酸素発見から原子・分子論へ


 プリーストリーもシェーレも酸素を発見したのであるが、しかし、自分たちが発見したものが何であるかを充分には知らなかった。彼らは、燃素説という柵(しがらみ)に捕らわれており、その柵から抜け出していなかった。燃素説を覆して化学を革命するはずの元素も、彼らの手中では、実を結ぶことなく終わった。通常、化学史上は、この2人が酸素の発見者となっている。
 プリーストリーは、1772年頃より気体化学の研究を始めている。1773年には「諸種の空気についての観察」を発表している。1772-1775年の間に8種類の新気体を発見した。1774年燃焼の実験に取りかかり、酸化水銀を入れたガラス容器に太陽光を集光し加熱し、発生し得られた気体を「脱フロギストン空気」としている。
シェーレは、硝石を加熱し発生した気体を「火の空気」としてこの成果を1777年「空気と火について」で報告している。この2人は、燃素説から脱出することはなかった。
一方、ラヴォアジエは「金属の燃焼で得られた金属灰の重量増加現象」への関心に取り組んでいた。この原因究明に、彼は定量分析法によるアプローチから始めていた。そこに、プリーストリーの「脱フロギストン空気」の発見の報告がラヴォアジエに伝えられた。そこでラヴォアジエは、この新たな事実を手掛りとして、酸化水銀燃素化学の精密定量分析の研究に取り組み、「水銀灰=水銀+酸素」の結論に辿り着き燃焼理論の構築に至ったのである。この新たな気体が新たな化学元素・酸素であること、燃焼においては、不可解な燃素が燃焼体から出ていくのではなく、この新たな元素・酸素が燃焼体と化合するのであることを発見するに至った。理論面ではプリーストリーは忘れ去られ,ラヴォワジエは後世に名を残した。

山本義隆氏は、『熱学思想の史的展開』(現代数学社 1987年)のなかで、化学に革命をもたらしたラボアジエに対する評価―― 酸化理論を「主たる貢献」、熱素の導入を「主要な過失」に割り振るような二分する評価に反対して、次のように述べている。
 ラボアジエの化学をそれまでの化学と分かつものは、もっぱら彼のなしとげた「統合」にある。実際彼は、とりわけ重要な化学物質を発見したわけではないし、また画期的な実験方法を考案したともいえぬ。酸素も水素も炭酸ガスもラボアジェ以外の手で見出されたし、彼の実験も多くはイギリスのライバルの模倣である。そのためラボアジェには、剽窃という芳しくない噂がいくつか付き纏っている。しかし彼自身はそうは思っていなかったであろう。というのも、彼はそれらの個別事実を新しい枠組みの中で捉え、したがってそれまでとは異なる意味を与えたからである。ラボアジェは、いうならば先人の手で得られバラバラに放置されていたジグゾーパズルのピースを、隙なく無駄なく巧妙に組み合わせて一枚の秩序だった絵を完成したのだ。そこにこそ、彼の真の功績はあった。



この酸素発見物語から、燃焼理論、気体化学、そして原子論・分子論へと繋がって行ったのである。



原子論分子論の原典(全3巻)


化学史学会編『原子論・分子論の原典 』全3巻、学会出版センター、1989-1993、本体価格 3495円

第1巻目次

「原子論・分子論の原典」の発刊にあたって・・・(柏木 肇)
序言・・・(藤井清久)
原子論・分子論についての主要な参考文献

1章 粒子論哲学からニュートン原子論へ??キリスト教的原子論の系譜・・・(藤井清久)
 1 序論;2 ガッサンディの原子論;3 ケイムブリジ・プラトン主義者の原子論;4 ニュートンの原子論
R.ボイル(吉本秀之 訳)「原子論哲学について」
I.ニュートン(藤井清久 訳)「初源物質について」「真空と原子について」「原子について」
R.ボイル(吉本秀之 訳)「個別的質の歴史」
I.ニュートン(田中一郎 訳)「疑問31」
H.ブールハーヴェ(藤井清久 訳)「化学溶媒について」

2章 ボスコヴィチの原子論・・・(古川 安)
 はじめに;1 ボスコヴィチの経歴;2 点原子論の起源と展開;3 ボスコヴィチ体系の影響
R.J.ボスコヴィチ(赤平清蔵 訳)「自然哲学の理論」
I.デイヴィ(小塩玄也 訳)「対話7:化学元素について 」

3章 近代的元素概念の確立をめぐって・・・(大野 誠)
 はじめに;1 <伝統的解釈>の問題点;2 17世紀の元素概念と機械論;3 18世紀化学の一潮流;4 18世紀中葉のフランスにおけるシュタール化学;5 ラヴワジエの「化学原論」と元素概念;6 デイヴィの「化学哲学原論」:元素の本性に関する思索
C.E.シュタール(八耳俊文 訳)「序論」,「化学の一般理論」
P.J.マケ(大野 誠 訳)「元素,原質,物体の合成,物体の分解,分析,空気」
H.デイヴィ(大野 誠 訳)「未分解物質どうしの類似性について.この種の本性に関する考察.その分離方法,およびそれらがつくる化合物との関係について」


第2巻目次
序文・・・井山弘幸
4章 「ベルトレ-プルースト論争」考・・・(藤井清久)
 1 はじめに;2 ベルトレ-プルースト論争;3 むすび
L.J.プルースト(武藤 伸 訳)「銅の研究」
C.L.ベルトレ(藤井清久 訳)「化学静力学論」

5章 化学的原子論の歴史的再構成・・・(井山弘幸)
J.ドールトン(井山弘幸 訳)「水および他の液体による気体の吸収について」
J.ドールトン(広重 徹 訳)「化学哲学の新体系」
J.ドールトン(村上嘉一 訳)「現代の化学書の著者達が用いている粒子なる語の意味および他の用語や言葉の使い方についての論考」
J.ドールトン(井山弘幸 訳)「ボストック博士による化学の原子論的原理に関する見解についての考察」
J.ベルセーリウス(川井 雄 訳)「化合比の原因と,それに付随する若干の事柄についての小論.および化合比を表現する簡単な方法について」
P.L.デュロン・A.T.プティ(斎藤茂樹 訳)「熱理論の重要な二,三の点について」

6章 ドールトン原子論への懐疑・・・(梅田 淳・藤井清久)
J.ボストック(井山弘幸 訳)「物体が相互に結合する際の様式に関するドールトン氏の仮説に対する見解」
W.H.ウラストン(島原健三・下田礼子 訳)「化学当量用計算尺」
W.ヒューエル(梅田 淳 訳)「原子論」


第3巻目次
序文・・・(大野 誠)

7章 結晶型と物質の基本構造・・・(山口達明)
 1 結晶型と構成要素分子に関するアユイの理論;2 アユイによる中和反応の分子モデル;3 アユイの理論(1)立方体分子から八面体の構成;4 アユイの理論(2)構成要素分子の相対的形状を求める方法; 5 ウラストンのゴニオメータによる結晶構造の精密測定;6 球状粒子による結晶模型;7 ミッチェルリヒの同形および二形の概念によるアユイ理論の批判
R.J.アユイ(藤井清久 訳)「序論」、「鉱物学的方法」
W.H.ウラストン(島原健三 訳)「ベーカー講演.ある種の結晶の基本粒子について」
ミッチェルリヒ(山口達明 訳)「ヒ酸塩およびリン酸塩の結晶構造と化学組成の関係について」

8章 分子論史の新たな展開のために・・・(大野 誠)
 はじめに;1 伝統的な解釈の問題点;2 molecule : その意味の変遷;おわりに
A.アヴォガードロ(橋本毅彦 訳)「物体の元素粒子の相対的質量と,化合物中の元素粒子の化合比とを決定する方法についての試論」
A.M.アンペール(橋本毅彦 訳)「化合粒子内の微粒子の数・配置,ならびにそれより帰結される物質の結合比の決定について?ベルトレ氏への書簡」
M.A.ゴーダン(橋本毅彦 訳)「無機物質の内部構造について?熱・電気の伝導性,光・磁気の(複)屈折・偏光などの自然現象において究極粒子が果たす役割に関する一般的考察」

9章 ヘラパース、ウォータストンの気体運動論・・・(阿部裕子)
 1 はじめに?気体分子運動論形成史の概略;2 ヘラパースの運動論;3 ウォータストンの運動論;4 おわりに
J.ヘラパース(阿部裕子 訳)「熱,気体,重力などの原因,法則および主な現象に関する数学的研究」
ウォータストン(藤崎千代子 訳)「運動状態にある自由な完全弾性分子から構成されている媒体の物理学について」




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