1

「自分を変えるシンプルな方法(1)」からの続き劣等感が習慣になった人は、権力に執着し始めます。自分の無力感を克服しようと、権力を得たいという欲望が燃え上がってくるからです。また、権力が得られない時は、自分の劣等感を隠すために、偉そうに振る舞おうとします。「先生」と呼ばれる職業に就くことに憧れる人が多いのも分かりますね!自分が小さく感じると、自分を大きく見せるために、他人よりもスゴイことを証明しようとするんです。他人よりも高価なものを所有したり、他人に知識を自慢したり、役職に就こうとしたり…。ははははっ!しかし、自分では、内側の劣等性を知っているので、それを隠すために偽の仮面をかぶり続けなくてはなりません。これは大変なストレスとなり、あなたを苦しめます。OSHO曰く、「あなたが自分を証明しなければならない理由は何だろう?あなたは内側に強い劣等感を持っている。内側で自分はろくでもないと感じている。それが証明する必要性をもたらす。あなたは自分が“ちょっとした人間”であることを証明しなければならない。」あなたの周りに威張っている人いませんか?あはははは…っ!欲望に勝利するには、徹底的に自分と闘うしかありません。しかし、先も言ったように、自分と闘って勝てる人はいないのです。だから、自分との闘いは苦闘を生み出します。そして、苦闘はエゴを形成し、それが第2の天性となるのです。俗世間でのことで苦闘すると、「私はお金がある」、「私には名声がある」、「私は大人物だ」というエゴをつくります。あるいは、「私にはお金がない」、「私は能力のない人間だ」というエゴをつくります。内側のことで苦闘すると、「私は悟っている」、「私にはもう苦悩はない」というエゴをつくります。特に、精神世界を歩んでいる人に多いことですが、何か良くない出来事が起こると、こう自分に言い聞かせします。「自分にとって、この出来事はベストなことだから起きているのだ。 だから、私は受け入れている」「内なる神がやっていることに間違いはないから平気だ。」「たとえ、どんな出来事が起きても私に苦しみはない。」なぜ、こう言い聞かせるのかというと、「私は良い境地に達している」と思い込みたいからです。そして、そういう境地に到達していないのに、悟っているふりをして、平然と振る舞おうとします。経験ありません?しかし、それは自分の感情から逃げているだけです。それが習慣になると、それがその人の第2の天性になります。すなわち、内側に抑圧した感情をかかえた人間です。つまり、狂人です。狂人とは、内側に多くの抑圧を抱え込んでいる人をいうのです。だから、普段は真面目な人が、酒を飲んで理性が麻痺すると、内側の狂気が飛び出して来て、痴漢行為をしたり、暴力を振るったり、叫んだりするのです。そういう人は、自分の感情から逃避するのが習慣になってしまった狂人なのです。がはははは…っ!習慣を変えれば、第2の天性も変わります。では、どうすれば習慣を変えられるのでしょう?中村天風先生が創始した「心身統一法」は、自分の習慣を変える最良の方法ですが、「心身統一法」を習慣にするには意志の力が必要です。「弱い意志でも余は良いし」(笑)ははははっ!そこで、意志の力がなくても、簡単に第2の天性を変える方法を紹介します。それは人間に備わっている「適応能力」を利用するのです。つまり、「人間は環境の影響を受けやすい」という習性を利用するのです。すなわち、「交友相手を変える」のです。ヨガの聖者・パラマハンサ・ヨガナンダは言っています。「交友相手を変えることは、あなたを大きく変えることになります。」ははははっ!つまり、怒りっぽい人は穏やかな人と付き合い、臆病な人は勇敢な人と付き合うのです。パラマハンサ・ヨガナンダ曰く、「もし、自分の今までの考えが間違っていたと思ったら、良い友達と交わり、そこから学んで瞑想しようと決心しなさい。あなたの心が十分に強くなるまでは、よい環境の助けなしに自己を改善することは、ほとんど不可能です。霊的な仲間や、そのほか霊的高揚を与えてくれるものの助けがどうしても必要です。霊性の乏しい友達との付き合いは避けなさい。どんな友達と付き合っているかを聞けば、その人がどんな人間かわかります。自分の生き方や欠点をどう改めれば幸せになれるか、謙虚に忠告してくれる友達こそ、最良の友達です。真の幸福を得るには、瞑想することと、偉大な人たちの本を読んで、その思想を学ぶこと、高尚で親切な人たちの中で暮らすことが何より大切です。」わははは…っ!臆病な人は、武道の道場に行ってください。武道を習得することが目的ではなく、交友関係を築くことが目的ですので、自分は武道に不向きなんてのは関係ありません。実際、道場には様々な目的の人が集まっています。そして、勇敢な人たちがたくさんいます。そういう人と付き合えば、自然と勇敢になってきます。(私も悟人・植芝盛平先生の高弟に弟子入りした(交わった)ことで、自然と勇敢になりました)自己本位な人は、無私のボランティアをしている人たちと付き合ってください。消極的思考で悩んでいる人は、積極的思考の集団に入り、彼らと交友してください。落ち着きがない人は、瞑想する人たちと交友してください。「こういう人と交友しなさい!」(笑)がははは…っ!ヨガナンダが言うように、交友相手を変えることは、あなたを大きく変えることになるのです!また、ブッダは、「友人(交友相手)」についてこう言っています。弟子のアーナンダがブッダに尋ねました。「ブッダさま、良い友人を得ることは、修行の半分を成就したように感じます。 どう思われますか?」「アーンアダよ、それは違う!良い友人を得ることは修行の半分を成就したのではない。 修行の大半を成就したのだ!」ブッダは、それくらい「交友相手」を重視していたのです。なぜなら、交友相手を変えることは、人生を決定しまうほどの一大事だからです。全ては自分の決断次第です。今日の話はこれまでです!
2013.03.05
閲覧総数 1259
2

みなさん、こんにちは!突然ですが、よく、こう語る人がいますよね!「最大の敵は相手ではなく、自分である」聞いたことあるでしょ?「最大の敵は自分である」とは、すなわち、「自分に勝つ」ということです。しかし、自分と闘って勝てる人はいないのです。なぜなら、自分と闘って勝つのも自分なら、負けるのも自分だからです。自分に勝つという本当の意味は、「自分と闘う」ことではなく、「自分の習慣を変える」ということなのです。「習慣は第2の天性」と言われています。そうなんです!習慣は「第2の天性」なのです。すなわち、習慣は、あなたの人間性にってしまうのです。習慣、つまり、「第2の天性」に人は苦しんでいるのです。第2の天性というくらいですから、当然、第1の天性があるはずです。第1の天性って何だと思います?第1の天性、それは「愛」です。つまり、あなたは愛なのです。『神との対話』(N・D・ウオルシュ著)の言葉を引用すると、あなたの第1の天性とは、こうです。「あながたは善であり、慈悲であり、同情であり、理解だ。 あなたがたは平和であり、喜びであり、光だ。 あなたがたは赦しであり、忍耐であり、力であり、勇気であり、 苦しいときの援助者であり、悲しいときの慰め手であり、 傷ついたときの癒し手であり、迷ったときの教師だ。 あなたがたは最も深い智恵と真実、最も偉大な平和と愛だ。 あなたがたはそういう者なのだ。 そして、たまには、自分がそういう者だと気づくことがあった。 これからは、いつも、自分はそういう者だと理解していなさい。」どんな人の本性(第1の天性)も愛です。しかし、習慣によって「第2の天性」が形成され、第1の天性を覆い始めます。そして、第1の天性を忘れてしまい、第2の天性を自分だと思い込み始めます。『神との対話』の言葉を借りれば、「たまには、そういう者だと気づくことがあった」かもしれません。が、あってもたまにです。(笑)わはははは…っ!自分との闘いとは、「第2の天性」との闘いのことを言うのです。すなわち、習慣との闘いです。しかし、多くの人は、自分の習慣と同化してしまっているので、第2の天性を自分だと勘違いしてしまっているのです。「どうかしてる!」(笑)がはははは…っ!OSHO曰く、「必要なのは習慣を打ち破ることだ。それらは習慣にすぎない。あなたは中毒状態にあるから、それが本性のように見えるかもしれない。あなたはそれに同化しているのかもしれないが、それはあなたではない。」あなたは自分がマイナス思考だと思っているかもしれません。しかし、それは単なる習慣にすぎません。あなたは自分が短気だと思っているかもしれません。それは単なる習慣にすぎません。それらはあなたではありません。その証拠に、習慣を変えれば、あなたは自分が変わったように感じるはずです。しかし、変わったのは、あなた(本性)ではなく、習慣(第2の天性)なのです。わはははは…っ!では、どうして、今の習慣を繰り返すようになったのでしょう?それは内側が満たされていないからです。だから、外側の快楽で欲望を満たそうとして、それが習慣(第2の天性)になってしまったのです。例えば、イライラが習慣になると、外側に快楽を求める習慣がつきます。それが喫煙であったり、過食であったり、飲酒であったりします。「飲酒していいんしゅか?」(笑)わはははは…っ!話を戻します。喫煙・過食・飲酒が習慣になり、それがあなたの第2の天性となるのです。OSHO曰く、「快楽志向の心があるのは、今の状態では、あなたは不幸だからだ。あなたがどこか他に幸福を求めつづけるのは、そのためだ。不幸せな人は欲望に走るしかない。」わはははは…っ!しかし、やがて今の自分に嫌気がさし、自分を変えるために自分の欲望と闘い始めます。例えば、セックスの欲望と闘う人は、聖職者のように決まって断食をします。というのは、食を絶てば、どんな人もセックスに興味が湧かなくなるからです。OSHO曰く、「肉体を飢餓にさらせば、性欲は簡単に殺せる。それは、性欲と食物が深くかかわっているからだ。食物はあなたの生存、個人の生存のために必要であり、セックスは種族の生存のために必要だ。だが、もっとも重要なのは個人だ。個人が生き延びられなかったら、種族の生存は論外だ。」がははは…っ!断食をしている人が、「私はもうこの世のものには興味がない」と言っていますが、悟ってこの世に興味がなくなったのではなく単に余剰のエネルギーがないだけなんです。「九州男児、9週断食!」(笑)わはははは…っ!肉体のエネルギー状態と性欲は密接な関係なのです。その証拠に、睡眠不足や肉体疲労の時も、セックスや権力・名声のことに興味なんか湧きません。余剰のエネルギーがないからです。しかし、それは欲望を克服したのではなく、単に欲望が隠れただけなんです。その証拠に、食事をし、休養を十分にとったら、再び、性欲や名声欲・権勢欲が湧いてきますから!残念!OSHO曰く、「断食をすると、あなたはあまり腹が立たなくなり、そして断食が習慣になってしまうと、多くのことがあなたの人生から簡単に落ちていく。しかし、それはごまかしだ。」わははは…っ!
2013.03.05
閲覧総数 1639