空を見上げて

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ビハーラ活動内容総論 レポート



                                                                 19年1月25日提出



 私の考える全人的ケアはその人の尊厳と意思を大切にするということである。死を迎えるその瞬間まではどのような身体の状態であれ、尊厳と意思を持って生きているものである。そのときまで、人生を刻んできた1人の尊厳ある人として関わっていきたい。

 そのように私が考えるのは、現在、末期がんを抱えて自宅療養している祖母との関わりがあるからである。祖母には去年の夏、肺がんの診断が下った。まず、そこで行われたのは告知するかどうか、治療方針はどうするかの説明である。約1週間かけて悩んだ後、家族として告知はしない、治療は胸膜癒着療法を行うと決断した。その決断までにそれだけの時間がかかったことには理由がある。告知するかどうかについて、1つは祖母が同年代の者を失っていく高齢期であり、われわれよりも死について考えたり、感じたりすることの多い年齢だとしても、がんという死を直接連想させることを告知すべきなのか、ということである。もう1つには血がつながっておらず、今までの関係性から予測してお互いの状況や感情を素直に吐露できる間柄にないということであった。そして、家族としては本人に治療方針は選ばせてやってほしいという姿勢だったが、真実を知らないままで選択させることの危険さに治療方針も家族で決めてしまった。その後、胸膜癒着療法は功を奏し、退院できるまで回復した。それと同時に、末期であり、相当な痛みがあるだろうと判断した医師によって痛み止めの投薬が始まる。しかし、これは祖母の身体に合わず、吐き気を催して食欲がなくなるばかりだった。そして、再入院となり、痛み止めは時期を見て自宅療養ということになった。夏の時点ではがんであることをひた隠しにしていたが、ある病院のミスによって、秋それが祖母本人に知れることになり、今は家族と祖母の双方ががんであることを知っている。この経過から再度、全人的ケアについて考えてみたい。

 全人的ケアとは全人的な痛みに対するケアであり、チームを組んで痛みに対処する。しかし、身体的社会的心理的、そしてスピリチュアルな痛み、それぞれの痛みが緩和されたとしても、それは全人的なケアには届かないと思う。全人的なケアにはそれぞれの痛みの緩和をベースに、最期まで生きようとする力を引き出し、支えることが必要ではないだろうか。そして、私はその力を患者自身のいのちに対する尊厳とどのように生き、生活するかという意思だと考える。夏、家族で悩みぬいた末の告知しないという決断は祖母の全人的ケアを妨げるものだったと思う。告知せずに治療方針を決めたというのは良かれと思っての選択であったものの、パターナリズムの悪しき面であり、本人の意思を確認することすらできなかった。それは最期まで生きようとする力を弱めることにつながりかねないと思う。

 また、秋には祖母本人に病名が知れることになった。その翌日、今まで隠してきた努力が水の泡になったことと、隠してきたことに対して怒っているのではないかと憤まんやるかたない思いの母の背中を押して、一緒に祖母を訪ねた。祖母からは、怒りは感じられず、ちょうど病状も安定していたため、信じていないという思いと、死が我が身に迫ってきたことに対して揺れる思いが感じられた。いつも自立心が強い祖母の涙声を耳にすると、祖母を思う気持ちやビハーラの授業で感じた伝えたいことは言葉にならず、おばあちゃんらしくいられるように応援するよとしか伝えられなかった。冬を迎え、お正月も過ぎた今でも、祖母本人がどのように生き、生活したいかということは単刀直入に話し合えていない。それは血縁関係がなく、特に父と祖母の軋轢による溝をお互いが埋めようとしなかったことが尾を引いているからだと思う。しかし、病気をそれぞれが知っている今、祖母が自分の人生の展望を描くことができるという点が夏の状況と大きく異なる。単刀直入にこそ話し合えないものの、祖母がどう生きたいのか会話の端々に感じられる今、思いの実現に沿った環境を作っている。真実の共有によって全人的ケアに一歩近づいたのではないかと思う。今、我が家での祖母のいのちに寄り添うケアは祖母と家族が本音で語り合えることと、祖母の思いを反映する環境づくりと言えるかもしれない。

 私は、終末期にある人のケアから生まれた全人的ケアの概念を必要とするのは終末期にある人だけではないと思う。置かれた境遇によって自身の命の尊厳を見失った人やパターナリズムに自己決定を妨げられている人も必要としているのではないだろうか。どのような人にも刻んできた人生を背景に、尊厳と意思を有している。それを尊重することがその人のいのちに寄り添うことだと考える。

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