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花見の話がでるようなころになってまた雪で真っ白になるなんて。。。10時のお葬式に間に合うように1時間半前に家を出たが、道路工事と雪の影響であちこち渋滞、結局10分ほど遅れてしまった。 知らせをくれた友人と待ち合わせていたので一緒に斎場へ。 お別れの儀式は悲しい。突然の死、病気とわかっての覚悟の死。身近でのできごとにいろいろ考えさせられる。 どう生きていくか。どう死んでいくか。。。 きのうの朝友人に送ったメールはご主人の死を知らないときだった。 とても危険な状態だと聞いていたので頑張ってとは書けなかった。精一杯頑張ってることを知っていたから。 ご主人の体調はいかがですかとだけ触れてあとは彼女の気が紛れるような内容を打って出した。ある版画家をさがしていてその情報を彼女が教えてくれていたのですが前夜やっともう一つのHPに載せたことの報告とお礼を書いた。 舞鶴出身の田主誠さんが探していた版画家に間違いないと思う、ありがとうと出した。 彼女のお姉さんの家で見せてもらった田主さんの出ていたNHKの番組は『4時です 上方倶楽部』。内容は 西国三十三所をめぐり、出会った人や風景の版画をご本人が紹介。大阪の民博に設立から関わっていらしたことやパソコンでの抽象作品などの紹介 そして絵画教室の話など心がわくわくと躍る話だった。そして検索でたどりついた田主誠さんのHPは心にしみるやさしい版画があり、文もとても温かかった。 田主さんの版画がわたしの頭の中で彼女がご主人と二人で一緒に歩いてこられた風景の描写に重なる。
2005年03月25日
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友人のご主人が亡くなったと連絡があった。今年年賀状が元日に届かず、4日くらいにやっと届いたのでどうしたのかと思っていた。その後電話をした最後にご主人はお元気?と聞いたら ○○さんだから話すけど 実はようないんや と入院中だとお聞きした。以前も別の病気で入院されていたので勝手に再発と理解していた。ひと月たち、新しい仕事を始めたのでよろしくという挨拶のつもりで連絡をとり彼女の家に行き、庭のベンチに腰をかけてほんの少しの時間話を聞いて愕然とした。病院の先生から余命3ヶ月と言われ、手術のできる体力も無いので家に連れて戻り彼女が毎日病院に連れて行っている。その3ヶ月が過ぎたの。 できることは何でもしてきた、ガンに効くというものを薦めてもらえばとりあえず試してみた、でも若いので進行が早くすでに手遅れ、もう本人もわかっているようだと話す言葉はつらさをおし隠す強さが感じられた。そこまで深刻な事情も知らずノー天気に仕事の話をしに出かけたわたしに彼女は 楽しい話を聞くと気が紛れるからうれしいと言って 仕事にも協力してくれた。彼女の優しさにほっとした。 その日から1週間たった今日、メールをしても返事がないのでおかしいと思ったら 訃報が届いた。 わかっていてもショックは大きい。 物静かでほとんどお話はしなかったけど電話を取り次いでくださったご主人のハスキーな声が耳に残っています。ご冥福をお祈りします。
2005年03月24日
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私は夜中に何してんだか。。。寝ぼけて日記更新をしたらしいま、真夜中におかしくなるのはよくあるけどかなりやばい状態ですいそいで削除です^^みなさん、ケイタイからの更新には気をつけましょ^^前に友達が他の人に出すメールを間違ってアドレスの次にあった部長に出してしまってアセッテいたことを思い出しました。そんなにおかしな内容じゃなかったらしいけど青ざめてました。 夜中にケイタイでメールを送るときは特に気をつけましょうって そんなドジするのわたしくらいかな^^
2005年03月13日
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妹に荷物を送ったのに肝心なものを入れ忘れていた。それで3月3日はコンサートで忙しくてパニックだったからゴメンねと謝った。 何のコンサートっていうので、高田渡といったら え~、いいなあだって。 そうなのか妹は高田渡を知ってたんだ。 モリ○○さんっていう友達から『私を断罪せよ』というレコード(!)を借りて聞いてたよ。って私の知らない曲名なんかを電話口で話す。ずっと同じ部屋で寝起きしていたはずなのに不思議。。。 案外知らないことが多いのかもしれない。 ケイタイで写真やムービー撮っちゃった、ワタルさんすごく小さいおじさんだったよ。というと、 TVで見ると大きいと思ってたけどそうなの? コーヒーブルースの話をしたら妹は知らないというし、微妙に知っている曲が違っている。別のところで聞いていたのかな。 小さい時は手を繋いで眠った妹がいつから一丁前の口をきくようになってオトナになって 私が結婚して遠くに離れたのでなかなか会えなくなって。。。 2月に上京したときは最近買ったというキーボードを出してきて一緒に弾こうというので二人で1冊はじめから最後までメチャメチャに連弾しながら歌った。ケラケラ笑いながら。 もう一度最初から弾きだしたらお父さんが部屋に入ってきて何やってるんだそんなことしてるんなら話があるからこっちへ来なさいと呼ばれてお楽しみはおしまい。。。 今わたしの部屋に娘が使ったエレクトーンがある。弾いてみようかな。また少しずつ練習しようか。。。
2005年03月05日
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8時半の開演という遅いスタートなのでどんなものになるのか想像がつかなかった。 8時前から地元のシンガーソングライターのお兄さんが前座で登場。その後、井上利成さん、徳田建さんと続き、最後に高田渡さんのお出まし。元ハタヤ(機屋)の工場だった建物の中での不思議な空間がワタルさんの雰囲気によくあっていた。 ステージと観客席との段差はほとんどない、観客は200人弱、3月に入ってまだ寒いなか、ストーブが4箇所に据えられていた。 京都駅から鈍行にのって4回も乗り継いできた。特急だったら2時間半くらいで来れるらしいのに。。。 というブツブツから話が始まり、ぼやきとも何ともいえない口調で病院の看護師さんの話や、家での様子をボソボソ。ファンらしき男性がひとり、ワタルさんのトークにいちいち反応して声を出す。するとワタルさんが『うるさい』 その野次男さんとワタルさんの言葉の掛け合いがおもしろかった。 一緒にコーヒー売りを手伝ってくれた友人の娘さんが 変わったヒトですね、と言ってました。ほんとにおもしろいおっちゃんというのが正直な感想。 終演は11時を過ぎていました。 たっぷりワタルさんの歌の世界を楽しめました。 帰りにラーメン屋さんに寄って帰ったのが12時を回ってました。 こんな夜もたまにはいいぞ!
2005年03月03日
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