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宮古島の旅行記録を長い間引っ張ってきて、どんどん忘れていってるけど、今日で終わりにせねば。3月13日金曜日は、前日の夜から急に気温も低くなって、大阪に帰るために長袖を着てちょうど良かった。BS、NHKで「どんど晴れ」を7時半に観終わってから朝食に。またまた、お茶漬けの具を何種類も入れた、出汁茶漬け。その奥がジーマミー豆腐。お皿の中には、人参シリシリも取っているなあ。多分この後、コーヒーとパン、フルーツも食べていると思う。チェックアウトは11時だったけど、その前に、ホテルの横のクロスポイントマーケットへおみやげを買いに行った。宮古島サイダーキャンディーや雪塩ちんすこうの小さいおみやげもいろいろ買ったけど、大きさに合わせて袋を全部の数だけ入れてくれて、ここの店員さんの対応もとても親切。荷物をパックして、10時過ぎに出発した。レンタカーを返すために、ニッポンレンタカーに一番近いJAのガソリンスタンドにナビをセットした。途中でドラッグストアもりがあったら寄りたいと思ったけど、この日もナビで通り道にはなかった。JAのガソリンスタンドの場所がわかって、そこから港の方や市街地をちょっとドライブ。JAのガソリンスタンドの横に、あたらす市場というところがあったので、ちょっと寄ってみた。黄色い島人参が珍しい。それと、サトウキビがあったので、孫に見せてあげたいなあと購入。ダンナも、何か買ったんだけど、思い出せない。それからガソリンを入れに行ったら、何とリッター211円。え~、知らない間にガソリンこんなに高くなっているの?とびっくりした。ガソリン満タンにして、レンタカーを返し、ニッポンレンタカーの車で宮古島空港まで送ってもらった。お昼はA&Wというハンバーガー店で。ハンバーガー2つとポテト1つ、私の前にある大きなジョッキは、ルートビアフロート。久しぶりにルートビアを飲んで、ああ昔食べたコーラ味のキャンディーの味だと思った。確か、ダイビングで沖縄へ行った始めの頃も、ルートビアを飲んで、後悔したことを思い出した。こんなに大量に入れてくれるのに、ルートビアはおかわり自由。ダンナがお店でいる間に、私は空港内を回って、おみやげの補充。それから搭乗口ゲートへ行ったら長い列。保安検査場で、私は一つのトレーにリュック、もう一つに杖とお水とモバイルバッテリーを置いて、ボディースキャナーに入った。案の定音が鳴って、膝と足首に金属が入っていると言って、係の女性が点検。荷物のところに戻ると、リュックと杖はあるのに、モバイルバッテリーがない。係員が探してくれたけど見つからず。そうこうしている間に、搭乗時間が近づいてきたので諦めた。誰かが間違って持って行ってしまったのかなあ。もしかしたら、モバイルバッテリーは、カバンから出さなくても良かったのかな?飛行機は約2時間半。無事、関空について、置いていた車に乗って帰って来た。駐車場は、娘のKIXカードを借りていってて、そのポイントを使ったので、5日も停めたけどとっても安かった。とっても楽しい宮古島旅行だったけれど、やっぱり海に入れる時期じゃなかったのが残念。ダイビングはもうできないけれど、シュノーケルはできそう。それと、木曜日が休園日で今回行けなかった「うえのドイル文化村」にも行きたかったな。シギラリゾートはとっても良くて、ラグジュアリーからカジュアルまで、いろんなホテルがある。空港からの無料送迎バスがあるし、リゾート内にはレンタカーのお店もあるので、出かける時だけレンタカーを借りたら、費用がかからず旅行ができそうだ。と、帰って来たばかりなのに、また行きたくなっている。
2026.04.11
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南風(ばいかじ)屋台村のライブが終わったら、食器をダンナに片付けてもらって、駐車場へ。そこから車で、またファンキー・フラミンゴへ。また1000円の飲み物付きの入場割引券を持って行って、ダンナはオレンジジュース、私はモヒートを頼んだ。モヒートは、お酒をソーダで割ってミントの葉とライムが入っていて、美味しかったけどすごく薄かった。すぐに、「MIYAKOJIMA グラフィティーズ」の2回目のライブが始まった。ジーンさんも、ヒヨコさんも、昨日とは違う衣装で、歌も全然違った。昨日よりお客さんが多くて、前の横の方の席には常連さんらしい女性のグループがいて、ずっと一緒に歌を歌い、立ち上がって踊っていた。昨日のアメリカンなファッションの女性も、服を着替えていたけれど、すぐにわかった。この日は、聴いたことがある歌に合わせて、ツイストやゴーゴー、クロールみたいな踊りなどを交えて一緒に踊ったりした。途中で、結婚記念日の人がいて、みんなでお祝いをしたり、楽しく盛り上がった。この日のアンコールの曲は、オリオンビールの歌。みんな曲に合わせて踊って、すごく盛り上がっていた。面白い曲だなあと思って調べたら、これはBEGINの曲。終わったのが9時30分。そこからホテルに帰って、お風呂に入って気持ちよく寝た。ダンナの鼻水は泊まったけれど、用心してすぐに寝てた。
2026.04.10
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南風(ばいかじ)屋台村でのステージは7時30分から45分間。早めに行って座席を確保した方がいいですよとホテルの人に教えてもらったので、6時前に出かけることにした。シギラリゾートの中は、無料のシャトルバスが運行していて、お酒を飲んでもシャトルバスで帰ってこられるようになっているけれど、前日行ったファンキーフラミンゴの2回目のステージが8時45分からで、ダンナは今日も行きたいと言うので、車で行くことにした。もう舞台の上には、今日のステージの出演者の3人が音合わせなどをしていた。ステージ近くのテーブルはまだ人が少なく、後方のテーブルはBBQをしている人がたくさん座っていた。店の奥の方には屋台がたくさんあって、そこで買ってきてテーブルへ持ってくるフードコートのような仕組み。かなり前の方の席を確保して、屋台で欲しいものを選び、ダンナに買ってきてもらった。マグロと島モズクの南蛮漬け・島おでん・グルクンの唐揚げ・チャーハンを買って、私はビール、ダンナはウーロン茶。ゆっくり食べながら、ライブの始まるのを待っていると、どんどん人が増えてきた。とても見やすい場所を取っていて良かった。島おでんの中に大きなテビチ(豚足)が二つも入っていてびっくり。グルクンの唐揚げは、ダイビングで沖縄に来るといつも頼むけど、ダンナは初めて。ふわっとして食べやすくて、美味しいと喜んでいた。ライブが始まった。この日のステージは、下地ファミリー。真ん中でギターを弾くのは下地 暁(しもじ さとる)さん。宮古島のシンガーソングライターで、ラジオのパーソナリティーもしているらしい。宮古島の方言を大事にした歌を作っているそうだけど、素晴らしい歌声。ライブの様子がyoutubeにあった。左の写真が、娘さんの下地美波さん。サンシンを弾いて合の手を入れる。この方も、すごくいい声。途中で、「宮古島まもる君の歌」を歌ってくれた。このはお父さんが作ったと言っていた。帰ってきてから、この歌を検索したら、警察官が歌っているのが出てきた。「みんなで踊ってみよう。宮古島まもる君の歌」この夜は、風が強くて、ちょっと寒くなってきた。私の後ろに、煙突があって、BBQで使うのかなと思っていたら、なんとストーブで、ライブが始まるころに付けてくれた。ダンナがちょっと風邪気味で、心配になっていたけれど、暖かい場所で、気持ちよく過ごすことができた。こんな素敵なライブを、気持ちよく、無料で見られるって最高。
2026.04.08
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西平安名崎の次に向かったのは、シギラリフト・オーシャンスカイ。シギラリゾートの中の丘の上から、海に向かって伸びるペアリフトで、Youtubeで何度か見た。乗ってみたいと思っていたけれど、私は杖をついているし、飛び降りた時に転んだらどうしようと不安だった。丘の上のリフト乗り場でチケットを買おうとしたら、リゾート内に泊まっているんだったら、アプリに無料チケットのクーポンがありますよと教えてくれた。杖をついていても大丈夫というので、ちょっと不安な気持ちだったけれど乗ってみた。ゴルフ場やホテルなどのリゾートの向こうに海が見える。心地よい風を受けながらの、リフトからの眺めは素晴らしい。リフトは片道13分らしいけれど、ゆっくり進んでいった。もうすぐ下の乗り場に着くというときに、「今からリフトが止まります」というアナウンス。ちょうど私が着いた時に止まってくれて、「ゆっくり降りてくださいね」と言ってくれた。一度降りて、又リフトに乗ると、「今からリフトが動きます」というアナウンス。リフトが昇っていく時は、周りの草木がきれいに手入れされていて、それを見るのも楽しい。リフトから下りる時は、今度は腕を持って降ろしてくれた。下へ行く時と違って、転びそうな気がしないからかな?すごい配慮。リフトに乗ったのって、本当に久しぶり。シギラリゾートのサービスの徹底ぶりに、改めて感心した。ダンナが鼻水が出てきて、ちょっと風邪気味かな?昨日の、ドラッグストア・もりに行って、おみやげと薬を買おうと、前の日に行った来間島大橋にナビをセットしたけれど、前の日とは全く違う道を選んで、どこか全くわからない。ネットで住所を検索して行ったら、畑の真ん中の違う場所に行くし、訳が分からなくなってきた。そんな時に見つけたのが、イオンのマックスバリューのマーク。その横に、薬屋さんを見つけたので薬を買った。同じ敷地内に、日本最南端の吉野家の看板。もう2時過ぎで、お腹が空いているし、あまり歩きたくないので、吉野家で昼食。帰りもナビは全く昨日と違う道で、宮古島まもる君をいろんなところで見た。夕食は、沖縄民謡などが聴ける、南風(ばいかじ)屋台村へ行くことにしていたので、ホテルに帰ってからちょっと休憩した。
2026.04.05
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月曜日、ハングルの先生から、「大阪の桜情報は、4月1日前後らしい。3/30~4/3の間、お花見しませんか?」というLINEが来た。今ハングルの会員は、先生を含めて11人。生徒は、男性2人、若い女性4人、そして私たちの同年代4人。先生も同年代なので、今はやめてしまった一人を加えて6人で、仲良し女子会というLINEグループを作っている。私は、31日は孫のところへ行くし、4/2は習字とプール。4/3も午前と午後のプールがあるし、空いているのは4/1の午後だけ。午前中に病院があるので、12時からならOKと返事した。二人は予定があって駄目だけど、4人で桜ドライブをすることにした。先生が、岩出の初花にランチの予約をしてくれた。集合してから、桜の木の多いところを選んで、車を走らせた。あいにくのしとしとの雨模様なので、窓から眺めるだけだけど、泉佐野市の壇原公園、市役所横の桜並木は、どちらも3分咲き程度。泉南市の樫井川沿いの桜並木も5分咲きぐらい。アイピア前の桜並木も5分咲き程度。日曜日ぐらいに満開になりそう。そこから風吹峠を通って和歌山へ。山のあちこちに山桜が咲いてキレイ。岩出の根来寺も桜がいっぱい。初花はその向かい。初花の庭に咲いていた桜。8分咲きぐらいかな?下は、今日のランチ。いつもと違う花見用のランチで、2150円。上の左から時計回りに、煮物、魚の焼き物、天ぷら、下へ行ってお吸い物、南高梅とたくあん、手作り豆腐、山菜ごはん(おかわりして、梅ヒジキご飯も)ご飯がおかわりできるので、お腹いっぱい。天ぷらや手作り豆腐が美味しく、南高梅もとっても大きい。それで、いつも満席。予約してくれていて良かった。帰りは雄ノ山峠を通って。細いくねくねの道だけれど、車の数は少ない。この道の大阪に入ったところに、山中渓と言う桜で有名なところがある。山中渓駅の前に行くと、提灯も付けられていて、夜になったらライトアップするんだろう。お天気は残念だったけれど、いっぱい桜を見て楽しいドライブだった。
2026.04.02
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3月12日(木曜日)この日も、腰が痛くて4時半ごろ目が覚めた。外はまだ真っ暗。お風呂にお湯を入れて、ゆっくり浸かっている間に、痛みがほぐれていった。6時ごろになって、空が明るくなり始めた。ヒルトンでサンセットは見られなかったけれど、この部屋でサンライズが味わえるのは、ちょっと嬉しかった。7時半ごろから朝食に。種類が多くて、色々楽しめた。お茶漬けのお供がいろんな種類があって、だしをかけてだし茶漬けをしたのが、右手前のお茶碗。奥にあるのはジーマミー豆腐。ああ、もう何を取ったのか忘れてしまったけれど、美味しくてお腹いっぱいになった。今日は、宮古島の東の方に行くことにしていた。東平安名崎灯台にナビをセット。シギラリゾートの中を通って行くと、沢山のホテルやレストラン、ゴルフ場、レンタカーのお店もあった。リゾートの中を過ぎると、民家や畑、他のところでも見たけれど、お墓も多かった。宮古島のお墓は、特徴があって、2畳ぐらいの建物のようになったお墓。法事なのか、黒い服を着た人が数人集まっていた。海の近くの方に行くと、見晴らしがよくなった。宮古島トライアスロンの記念碑みたいなのもあった。ここが出発点になるのかな?駐車場があってキチンカーも何台か泊まっていた。横には、食事できるところもあるみたい。平安名崎灯台が見えて、そこまでは歩いて10分ぐらい。灯台の下に、説明が書かれた看板があった。(右下)~鳥の翼シルエット島に建つ灯台~ (そういえば宮古島って翼を広げた鳥の形だ)1967年に建った、高さ25mの灯台。上れるそうだけれど、行った時は、ちょうど時間外だった。灯台の左側は太平洋(上左)右側は、東シナ海。大阪からの距離は1473kmだった。ずいぶん遠くへ来たなあ。ちょっと眠くなってきたので、ここまで。ブログの書き出しが、遅すぎるなあと反省。もう過ぎちゃったけど、3月30日は、51回目の結婚記念日だった。前日の日曜日、桜がどのくらい咲いているか確かめてみようと、ドライブして、途中のレストランで昼食。まだほとんど咲いていなかった。その後、ダイエーで買い物して帰って来た。うちの家は、生協で毎週月曜日に宅配してもらっている.お米・お水・調味料など定期的に買うものは生協で。最近は、日曜日は5%割引があるので、ダイエー。野菜類が新鮮で安い、それとその都度食べたいもの。最近一緒に過ごすことが多く、結婚記念日だけれど、今日は別行動。それも楽し。あー眠い zzz
2026.03.31
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3月11日、午後3時ごろ シギラリゾートの中のホットクロスポイント・サンタモニカに着いた。宮古島の南の広大な敷地に広がるシギラリゾートの中には、いろいろなタイプのホテルがあり、いろいろなタイプのレストランもある。全体を見渡せるリフトもあって、黄金温泉と言う施設もある。去年の6月、宮古島へ行く予定を立てた時、サンタモニカがリーズナブルなのに、海が近くて景色がよく、ダンナが好きなオールディーズのライブを楽しめるレストランや黄金温泉がすぐ横で、私も歩いて行けそうなので、是非ここで泊まりたいと思っていた。娘が取ってくれていたのは、コーラルバルコニーのオーシャンビュー。部屋も広く、バルコニーの他に窓が二つ、眺めがとても良かった。庭には、プールとジャグジー、サウナもあった。でも、プールは温水じゃないので、後で黄金温泉に行くことにした。ライブが7時から始まるそうなので、6時半ごろ、ホテルから2.3分歩いたところにあるファンキー・フラミンゴへ。ホテルに、1000円で飲み物を一杯頼める、入場割引券が置いてあったので、2枚もらって行った。私はオリオンビール。ダンナはレモンサワー、そしてハリケーンポテトと、シュリンプカクテルも頼んだ。店内には、懐かしい歌手の写真がたくさん飾られていた。7時から「MIYAKOJIMA グラフィティーズ」のライブが始まった。「ダイアナ」や「かわいいベイビー」「オブラディオブラダ」など懐かしい曲が続く。男性ボーカルのジーンさんも女性ボーカルのヒヨコさんも、声量があって、いい声で、おしゃべりも楽しい。ジーンさんを見て、私は朝ドラの「カムカムエブリバディ」でオダギリジョーが演じていたジョーさんを思い出した。彼はボーカルじゃなくトランペットを吹いていたけれど、ジーンさんも背が高くてリーゼントでかっこいい。前に座って、水玉のフレアースカートをはいてウエストに赤いベルト、髪にリボンを付けた古い時代のアメリカンなファッションをした女性が、ずっと携帯でビデオを撮っていた。熱烈なファンなんだろうなあ。途中でボックスステップを一緒にしたり、アンコールはYMCA。一緒に身体を動かして楽しいひと時だった。終わってから横にある黄金温泉へ。私は、まず水着に着替えてジャングルプールへ。空を見ると、星がきれい。一つ一つの星が、大きく、明るい。オリオン座を見つけたので、あの明るい3つの星が冬の大三角かな?と星を見ていた時、小さく動く星があって、横にいたカップルが不思議そうにしていたので、「ピエンギエヨ(飛行機ですよ)」と言うと、「ハングクサラム?(韓国人?}」と聞くので、「イルボンサラミエヨ(日本人です)」と言うとびっくりしていた。ソウルから新婚旅行で日本に来たらしい。2月の終わりに結婚式を挙げたそうで、「チュッカハムニダ(おめでとうございます)」と言った。札幌へ行って、そこから宮古島に来たらしい。サッポロは雪がいっぱいだったらしい。アイスクリームと、ヤンコギ(羊の肉)が美味しかったと言うので、「ジンギスカン?」と聞く、「マジャマジャ(そうそう)」と喜んでいた。私も夫と旅行していて、51年目と言うとびっくりしていた。「ヘンボクハセヨ(お幸せに)」と言って別れた。ヒルトンでも、小さな子どもを連れた韓国人家族とちょっと話したけれど、こんな風に韓国から来た人と少し話せるととっても楽しくて、これからも韓国語の勉強を続けようと思ってくる。プールを出てから温泉の方へ行くと、いろいろな種類の温泉があった。露天風呂も種類がたくさん。ダンナと待ち合わせの時間に行くと、ダンナはプールへ行かずにサウナとお風呂に入っていたらしい。夜道をゆっくり歩いて帰ってくるのも気持ちがいい。帰ってきてから、ダンナはカップラーメンを食べていた。私は、オリオンビールを飲んで、気持ちよく眠った。
2026.03.29
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次に目指したのは、来間大橋。来間島(くりまじま)までは5分くらいと近い。行く前にチャットGPT(チャッピー)が、来間島の竜宮展望台のことを教えてくれたので、ナビにセット。(右上)が竜宮展望台。階段を上って、3階まで上ると、向こう側に来間大橋と海のきれいな景色が広がっている。(左上)晴れている日の宮古島の海は、いつ見てもきれい。ダイビングで、沖縄から慶良間へ何度か行って、深い藍色の慶良間ブルーがきれいなと思ったけれど、宮古ブルーはもう少し薄く優しいブルー。トルコブルーと、エメラルドグリーンが混じった感じ。慶良間に比べて、水深が浅く、サンゴの色が違うからだろうな。階段の下に、来間島憲法と書いた看板がかかっていた。島の住民は、庭にブーゲンビリアやハイビスカスの花を植えること。ゴミや雑草を放置しないで、美しく景観を保つこと、定期的に清掃をすることなど、きれいな島を作るための約束が書かれている。島に来た人も、ゴミを放置しないなど、約束を守らないといけない。来間島を一周してきたけれど、花がいっぱいで、本当にきれいな島だった。そこから次の宿泊先の、ホットクロスポイント・サンタモニカにナビをセット。道の途中で、何度も出会ったのが、宮古島まもる君(右下)信号のない四つ角に立っているのを見ると、思わず徐行してしまう。今Wikipediaで見たら、一体ずつ名前も付いているそうだ。この日、ホテルに行く前に、「ドラッグストアもり」と言うところに寄ったんだけど、来間大橋に行く前か後か思い出せない。ダンナは、夜食用のラーメンを、私はオリオンビールやハイボールなどを買った。お土産用のいろいろな種類の黒糖や、宮古島味のハイチューなどが安くなってて、また寄ろうと思っていたのに、結局どこにあるかわからず行けなかった。
2026.03.24
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3月11日(水)また腰が痛くて、5時ごろから起き始め、お風呂にお湯をためて浸かった。旅行が好きだけど、朝の腰の痛みが辛い。マッサージチェアが欲しいなあといつも思う。テレビを付けて、コーヒーを飲んだ。テレビを付けると、震災から15年。月日の経つのは早いなあ。ダンナが起きてきたので、朝食に。やっといいお天気になった。卵料理のところで、デミグラスソースのオムレツを頼んだつもりが、オムライスだった。エッグベネディクトを頼んだら、中にパンがはさまれていた。(右下)わあ、また食べ過ぎだ。でも、どれも美味しくて、残さず食べた。チェックアウトは、ラウンジでしてくれた。ゆっくり休憩してから出発した。折角いいお天気になったので、又伊良部大橋を渡って、下地島空港の方へ行くことにした。海の色がきれいな宮古ブルー。橋からの眺めも良くて、気持ちがいい。下地島空港の手前に、通り池の駐車場があった。10分ぐらい歩くと、真っ黒い池が二つ。通り池は、国の天然記念物に指定されている。二つの池の底は洞窟のように繋がっていて、海に近い方は、海ともつながっている。宮古島ダイビングでは、海から潜って、通り池の二つの池を回って来るコースもあるそうだ。上から見ると、真っ黒で神秘的で、こんな池の中に潜るのは、考えただけで怖いけど。下地島空港の滑走路に沿って車を走らせると、行き止まりでたくさんの車が止まっていた。そこから歩いて、滑走路の先端のところが17ENDと呼ばれるところ。飛行機の離着陸するところが間近で見られて、きれいな海と空に飛行機が映えて絶景なんだそう。でも、だいぶ歩かないといけないみたいなのであきらめた。伊良部島に戻って、島の周りを走ったら、周りは一面のサトウキビ畑。(左下)「ざわわ、ざわわ。ざわわ~ 広いサトウキビ畑は~♪」と車の中で歌ってた。ナビを入れたのは、おーばんまい食堂。漁港の中にあるお店へ。私が食べたのは、海鮮丼。お魚がプリプリで新鮮。海ぶどうものってるのが嬉しい。ダンナは、マグロの胡麻付け丼を食べていた。そこからナビを入れたのは、与那覇前浜。東急ホテルの前に広がる、宮古島で一番美しいと言われるビーチだ。駐車場がビーチのそばにあった。ダンナはどんどん歩いていくけれど、砂浜は私はちょっと歩きにくい。サラサラの砂で、ダンナは砂を持って帰りたいと言ってたけれど、持って帰ってどうするん?と聞くと、記念に置いとくと言う。絶対すぐに捨てると思うし、砂がこぼれてざらついたら嫌なので止めてもらった。夏に宮古島へ来たら、東急ホテルに泊まりたいな。次にここに見えてる橋、来間大橋にナビを設定して出発した。
2026.03.23
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3月10日(火曜日)、寝たのは遅かったのに、腰が痛くて5時前に目が覚めた。やっぱりベッドで寝ると、朝の調子が悪い。ストレッチをしたりしてようやく身体がほぐれたのが6時ごろ。ダンナは早く寝たのに、12時間ぐらい寝てる?7時半ごろ、1階の「アジュール」と言うレストランで朝食。手作りバター、上からシークワーサーバター、マンゴーバター、紅芋バター、雪塩バターの味見をしたくって、パンをチョイス。バーガーも美味しかった。この後、出来立てのクロワッサンも配りに来たので、それも。いろんなお料理があったのに、パンだけでお腹が膨らんでしまった。外は曇っているし、11時頃まで部屋でゴロゴロ。プレゼントのカードがあって、開けたら当たりの文字。フロントで何がもらえるのか聞いたら、2000円分のクーポン。QRコードで取り込んだけど、レストランで1万円以上食べないと使えないらしい。ラウンジを使えるし、そんな高い食事をするつもりはない。別の物の方がいいのにな。ハワイなどにある、ヒルトンホテルのタイムシェアの案内をされた。大阪で行われる説明会に参加すれば、15000円の食事券をくれるらしい。でも、それは今日から1週間以内だと言う。金曜日まで宮古島にいるし、帰ってから予定があるので来週の火曜日まで行ける日がない。まあ、ハワイのタイムシェアを買う気はないけど。11時過ぎに出発。お昼を食べて、今日は北の池間島大橋を渡る予定。お昼は、又ガイドブックに載っていた「たまご家おかん」へ。ナビに入れるとすぐに出てくるし、15分くらいで到着。人気店のようで、駐車場がいっぱいだったけれど、一カ所だけ空いていて停められた。ダンナは定番のふわふわ宮古オムそばめし。私は、日替わり定食。ヒレカツとじゅうしー。またカロリー高め。ダンナは、すごく美味しいと言っていた。そこからナビを池間島大橋に設定。途中で道が分かれていて、池間島大橋は右だったけれど、左に進む車が多かった。上が池間島大橋。前日の伊良部大橋に比べたら短いけれど、トルコブルーの海の色がきれいだった。橋を渡って、島を一周したけれど、木が茂っていて途中ビーチの案内もあったけれど、ほとんど何もなくまた橋を戻った。橋の付け根のところの西平安名崎方面に進むと、沢山の車が止まっていた。黄色いバスの泊まっているところは、HARRY’Sと言うガーリックシュリンプで有名なお店。お客さんの列ができていたけれど、前日のカクテルタイムには、海老の唐揚げがあったのでまた出るかもと、並ぶのはやめた。そばに西平安名崎の碑が立っていた。この先には、風力発電のプロペラがたくさん建っていた。地図とこの写真はお借りしました。ラウンジのティータイムに行ってなかったので、3時過ぎにホテルに戻って行ってみた。3㎝四方ぐらいの小さいケーキを3種類が新しく出されていた。サーターアンダーギーにボトルに入ったクッキーや袋入りのちんすこうなどのお菓子はリフレッシュタイムでもあるもの。いろいろなホテルのクラブラウンジに入っているけれど、これはちょっと残念。サンドイッチやケーキ、フルーツなどアフタヌーンティー並みのところが多いんだけどな。カクテルタイムまでの間、室内プールに入ることにした。20mぐらいのプールだけれど、小さな子どもを連れて入っている人が数人いて、泳げる雰囲気じゃない。温水だけれど、ぬるかった。お風呂もジャグジーもサウナも無く、シャワーだけ。ダンナはすぐに出てしまったけれど、私は30分ぐらいだけ歩いて出た。5時過ぎに、ラウンジへ行ったら満席で、後で部屋に電話しますという。連絡があったのは、5時半ごろ。窓際のところは満席で、又奥まった壁際。「混みだしたら、1時間ぐらいで出てもらいます」と言うので、「え~、今遅れて入れたところなのに、そんなこと言うの?」と嫌味を言ってしまった。私は普段あまり文句は言わないんだけど、入ってすぐそんなことを言われたのでエッツ?と思って、ちょっとカチンときた。唐揚げとフライドポテト、サーモンサラダに紅芋のサラダなど、飲み物はスパーリングワインと宮古ブルー。海老の料理が無かったので、ガーリックシュリンプを食べればよかったと後悔した。この後で、自分で前日の泡盛のトニックウォーター割をまねて作って飲んだ。となりに座った夫婦に、スタッフが、別のお皿にのった料理を運んでくる。ラウンジで別の料理を注文できるってどこにも書いてないのに、これもエッ?と思って不公平だなあと思った。私たちは、ラウンジと同じ7階のエグゼクティブルームに泊まってラウンジを利用しているけれど、その階に泊まっている人よりラウンジ利用者が多すぎる。ヒルトンのタイムシェアの会員でダイヤモンド会員はクラブラウンジが使えるようなので、それで多いのかな?隣の人は、上級会員なのかもしれない。でも、沢山の人がいてゆっくりできる雰囲気ではなかったので、1時間ぐらい過ごして7時前に部屋に戻った。ダンナは、携帯でNetflixにつないで、WBCの野球を観ていた。私は、Duolingoやゲームをして、また11時頃就寝。
2026.03.22
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伊良部大橋からは、目的地をヒルトンホテル宮古島に設定。ここも近くて、10分ほどで到着した。駐車場に車椅子マークがあったので、そこへ停めたら、近くにロビーのある2階へのエレベーターがあった。エレベーターを降りてから、玄関に回ったところで、ドアマンの方がスーツケースを預かってくれて、ロビーに案内してくれた。ロビーのソファーに座ってチェックイン。ダンナが携帯を車に忘れたと言って取りに行ったけど、なかなか帰ってこない。後で聞いたら、近くにあったエレベーターで1階に入りたところ、駐車場とは全く違って、ぐるぐる回ったらしい。部屋は7階。同じフロアにエグゼクティブラウンジがあったので、そこでコーヒーを飲んで、休憩してから部屋に入った。伊良部大橋が見える、とっても眺めのいい部屋だ。エグゼクティブラウンジの営業時間は、10:00~17:00/19:00~20:00 リフレッシュタイム14:00~16:00 ティータイム17:00~19:00 カクテルタイム普段は、7:00~10:00までが朝食タイムだけれど、今回は1階のダイニングレストランで、ビュッフェの朝食を食べてくださいということだった。ラウンジの朝食は、種類が少ないことが多いので、二日目はダイニングレストランを予約しようかと思っていたので、ちょうど良かった。ダンナと館内を探検して、ダンナが迷ったところなどを教えてもらった。結局駐車場に行けるのは、最初の外にあるエレベーターだけだった。17時になったので、ラウンジへ行ってカクテルタイム。窓際の眺めのいい席は埋まっていたので、壁際に座った。ヒルトンは、サンセットが有名だけれど、結局曇り空で、空は赤く染まらなかった。海老の唐揚げ、サラダ、ロールキャベツ、キッシュ、サーモンサラダ、ラタテュウユ、チーズ、ハムなどをおつまみに、赤ワインを頼んだ。(上)モヒートが作れるか聞いたら、ミントがないけれど、泡盛を使ってよく似たのを作ってみましょうと、作ってくれたのが、泡盛+スダチ+トニックウォーターで作ってくれたのが(下左)。これは爽やかで、とっても美味しかった。他の人が頼んでいた水色のカクテルがきれいだったので、それも頼んでみた。ジンで作ったフィズかな?美味しいけど甘かった。これは宮古ブルーと言うカクテルらしい。(下右)3杯飲んで、ほろ酔い気分。ダンナは、お腹を満たすものが、あまりなかったらしく、ロールキャベツとキッシュばかり食べていた。部屋に戻ると、まだ7時ごろなのに、ベッドに横になるとすぐに寝てしまった。私は、お風呂にお湯を入れて、ピッチャーを持って、ウォーターサーバーにお水を入れてきた。お部屋にミネラルウォーターを置いてないのが、ちょっと残念。Duolingoをして、お風呂に入って、私が寝たのはいつものように12時ごろだった。
2026.03.18
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3月9日月曜日、宮古島へは10時の飛行機だった。プライオリティーカードで、関空のぼてぢゅうで食事ができるとネットで見たので、朝食を食べずに出発して、8時前に関空に着いた。いつも混んでる関空の駐車場は、比較的空いていた。第1ターミナル2階でチェックインして、国内線出発エリアの中に入りぼてぢゅうへ。チケットと携帯のアプリに入れたプライオリティーカードのQRコードを見せたらエラー。楽天のプレミアムカード付帯のプライオリティーカードは、今年の1月で使えなくなったとのこと。私たち、夫婦で別々に楽天プレミアムカードを作っているのに、どんどん使えなくなってるし役立たずやわあ。国内線にはカードラウンジもないし、結局ぼてぢゅうで実費を払って食べた。私は明石焼き。この日の朝の大阪の気温は4度くらいだったけれど、宮古島の天気を見てみると、曇りで20度。飛行機の中で、上着とセーターを脱いで、Tシャツ1枚になった。宮古島へ着いたのは12時過ぎ。荷物を取って、空港の外へ出ると、しばらくしてニッポンレンタカーのワゴン車が迎えに来た。3分ぐらいで会社について、免許証など提示して、車を見せてもらった。ホンダのFitまたは同等クラスで予約していたけれど、トヨタのヤリスだった。姉の車もヤリスなので、安心した。お昼を食べようと、ガイドブックに載っていた「くになか食堂」にまずナビを設定。近くて、10分ぐらいで着いた。お客さんが多い。カウンターが空いていたので、そこに座って、1000円の、宮古そば(小)セットを頼んだ。宮古そばと、じゅうしー、魚と野菜のてんぷら2個。宮古そばは、蕎麦粉は使わず小麦粉で作られる太麺。じゅーしーは炊き込みご飯。魚のてんぷらがふわふわで美味しかった。天ぷらを1個80円で売っていて、天ぷらだけを買いに来ているお客さんがたくさんいた。ホテルに行く前に、伊良部大橋だけ渡ってこようと、下地島空港にナビをセット。写真を撮りたいので、ここからはダンナが運転した。伊良部大橋までも近かった。でも空が曇っていて、海の色は思い描いていた鮮やかな青色ではなくて灰色に曇ったトルコブルー。なかなかいい写真が撮れなかった。下地島空港のそばの17ENDと言うところが、映えスポットとガイドブックに書かれていたけれど、ちょっと場所がわからず行ったのは佐和田の浜。(下)潮が引いて、曇った空と海と、幻想的な雰囲気の浜だった。遠くに橋が見えるのが、どこの橋なのかなあと不思議だったけれど、AIに聞いてみると伊良部大橋。どうしてこの橋が見れるのか、どう考えても不思議。
2026.03.16
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3月9日の月曜日から13日までの4泊5日、ダンナと二人で宮古島に行ってきた。元々は、結婚50周年だしと、去年の6月に3泊4日で予定して、ホテルも予約していた。飛行機は、ムコのSちゃんがマイルで取ってくれていた。でも、兄の病気などもあって、ホテルはキャンセル。飛行機のチケットは、ずっと延期していた。今年の5月ごろに行きたいねと言っていたけれど、関空から宮古島までのANAの便がなくなると行くことで3月に。マイルで取れる日を選ぶと、4泊5日になった。肩の人工関節を勧めらて、断ったものの腱一本でかろうじて持っている状態と聞いて、いつ腕が動かなくなるかもわからない。股関節も末期だと言われているし、いつひどくなって、手術が必要になるかもわからない。そんな不安もあって、血圧も上がり気味。「暖かいところで、のんびり、ゆったり過ごして来たら?」と、娘がホテルとレンタカーを予約してくれた。ホテルは、ラウンジアクセスの付いた、ヒルトンのエグゼクティブツインに2泊。オーシャンビューの高い部屋だ。あと2泊は、6月に泊まる予定だった、シギラリゾートの中のホットクロスポイント・サンタモニカ。近くに行きたいお店があった。レンタカーはニッポンレンタカー。予算は、去年計画していたよりもずっとリッチな旅行だ。でも、いつ行けなくなるかわからない。行けるときに行っとかないと。明日から、ちゃんと旅行記録を書いていくことにしよう。
2026.03.16
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運転免許の高齢者講習のお知らせの封筒が来ていた。6月の免許更新までに、免許試験場か自動車教習所で高齢者講習を受けないといけない。70才以上75歳未満なので、高齢者講習の中で実車による指導もある。先日、肩の診察で、腱が3本切れていて、1本がかろうじて残っている状態で、人工関節手術が必要なんて言われたものだから、腕が動くうちに早く申し込まないとと、近くの自動車教習所へ電話した。私の住む市内の教習所は、一番早くて4月28日。今までの自分だったら、それまでのんびり構えていたんだろうけど、残りの1本がもし切れて、運転できなかったら困ると、市外の教習所にも電話してみた。2月25日に取れるところがあった申し込んだ。当日の持ち物は、免許証とお知らせの封筒と、ボールペンと、手数料7500円。お知らせの封筒には、手数料6600円と書いていたけれど、二つの教習所どちらも7500円だった。値上がりしたのかな?初めての教習所なので、前日下見して、駐車場の場所などを確認してきた。2月25日(火曜日)当日は雨。1時15分集合だったけれど、近くの駐車場が狭かったので余裕をもって20分ぐらい前に着いた。封筒の予約番号を確認して、2階で待っていて下さいと言われた。1時15分になって、部屋に案内された。受講生は5人。まず、免許証と封筒の予約番号で本人確認をし、受講申し込み書に、氏名、住所、生年月日などを記録し提出、免許書を預け、7500円支払った。この後すること(視野測定、動体視力、実車講習)などの説明を受けて、隣の部屋へ。視野角度は、メモリの付いた半円型の薄い鉄板の真ん中に顎を乗せ、中心の丸い球を見ていると、周りの鉄板が回転して、見えなくなったところで机を叩いて合図して、その角度を見る。初め、私は白い球を目で追ってやり直し。瞳を動かさないで、見えなくなったところで合図するんだった。検査結果を見たら、左右70度。両岸視野角度140度になっている。今ネットで運転免許更新時の適性検査で、視力基準が150度になっていた。机を手で叩くというアバウトな検査方法だからOKが出たのかもしれないけれど、次回は気を付けよう。次の動体視力の検査は、片目ずつレンズを見て遠くから近くへ寄ってくる「C」のような形が、上下左右どちらに隙間があるかわかったところで、ストップボタンを押していうという物。これはどちらも0.5。やや優れていると書かれていた。白内障の手術をしてから、視力は1.0ぐらい。眼鏡なしだし、見えている方かな?次は1階に降りて、実車指導。5人の中で、私は一番最後。みんなが運転している間、テレビで高齢者の運転で気を付けないといけないことなどが流れているビデオを観ていた。窓から運転しているのを見たら、小さな軽自動車だった。私の番が来た。ゆっくりシートベルトを締めて、アクセルとブレーキのペダルを確認。ゆっくり丁寧にを心掛けたけど、初めての自動車教習所でルートがわからな青信号があって「まっすぐ進むんですか?」と聞いたら、「信号でどうするか見てるんです。曲がる時は指示します」と言ったのでそのまま直進。右折したり、左折したりしながら、細い道に入っていって、段差のあるところへ。段の下でいったんストップ、そして乗り上げてすぐにストップ。そこからバックで戻るんだけど、いつも見慣れたバックモニターがない。サイドミラーを見ながら、恐る恐るバックして、細い隙間から出てきた。最後、バックで出発地点に戻る時、あまりにも恐る恐る進むからか、指導員の方が、「ブレーキを踏まないで」と言って、横からハンドルを持って入れてくれた。70才での実車指導は、点数が付かないけれど、75才からの高齢者研修では、運転能力で点数がつくそう。いつもバックモニターに頼っているけれど、モニターを見ずにバックできるように練習しておかなければ。最後に、高齢者講習の修了証明書と「いつまでも安全運転を続けるために」という教則本をもらい、運転免許証を返してもらって講習会は終了。誕生日の一か月ぐらい前に、免許更新のはがきが来たら、試験場か警察に予約して、視力検査などをして更新手続きをして、新しい免許をもらう。その時は、講習も何もないので、早く終わるんだそう。今年は、ダンナも免許更新の年で、ダンナは今月末に高齢者講習を受けることになっている。そっちは認知症テストもある。私たちは誕生日が一日違いなので、光明池の試験場で免許の更新をするときは、一緒の日にできそうだ。
2026.03.05
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23日の月曜日、ダイビングを一緒にしているKさんと、一緒にランチを食べた。月曜日はいつもはプールは休みだけれど、祝日で開いているので、終わってからプールへ行く予定で用意していた。ランチを食べた後、コーヒーは寿というおうちカフェへ行くことに。Kさんが、知り合いにシャンソンのコンサートをすると聞いていた。狭いお店だから、入れなかったらプールに行くことにした。行ってみたら、どうぞどうぞと言う雰囲気。離れた場所から見させてもらうことにした。シャンソンの教室の発表のようで、10人ぐらいの生徒さんたちが、順番に先生のピアノに合わせて歌っていく。聞き覚えのある懐かしい曲も多かった。左上の女性はフランス語で歌っていた。熟年女性けれど、ベレー帽をかぶり、パリジェンヌのような雰囲気だった。右上の男性は黒一点。90歳近いらしく、背中も曲がっておじいちゃんの感じだったけれど、歌声は若くて声量があってダンディーで素敵。もう習ってないけれど、コンサートだけ出てくれるのだそう。2巡して、最後にこの方が「愛の賛歌」を歌った後、先生が弾き語りで数曲歌ってお開き。この日はとっても暖かい日で、お店の中にはお雛様が飾られていて、春を感じたひと時だった。私たちの横に座ってた二人の女性は、まだ習い始めたばかりだという。一人が歌っている時に、もう一人の人がビデオを撮っていたけれお、その人が歌う時には戻ってこれなかったので、私がビデオを撮ってLINEで送ってあげた。一緒に習いましょうよ、と何度も声をかけてくれた。以前、音楽と私というブログを書いたことがあるけれど、中学生の頃、シャンソンの曲を何曲か覚えたことがある。帰ってきてから、Youtubeで何曲か聴くと、去年亡くなった兄が歌っていたのを思い出して、すごく懐かしくなった。シャンソンを習いたいなあと思うけれど、教室は家からかなり遠いので無理だろうな。ところで、この寿と言うお店。個人のお宅を喫茶店にしていて、とっても素敵な雰囲気で、今までも何度か来たことがある。右上(ステンドグラス)右中(パッチワーク)右下(鋳物)下左と下中の2枚の習字作品は、私が習っている習字講座の先生の作品。こんな風に、いろんな作品の展示会場になったりもする。午後0時から5時までしか開いていないけれど、秘密の隠れ家のようなお店だ。
2026.02.26
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昨年9月にダイビングに行くのに、ウェットスーツを着てみたらキチキチ過ぎて、自分一人では着れないので、体重5㎏減、ウエスト10㎝減を目標にダイエットを始めたのが7月。9月には目標を達成して、ダイビングに自分のウェットスーツで行くことができた。11月までは、インストラクターのパーソナルトレーニングも時々続けていて、間食やお酒の習慣もほとんどなくなっていて、結局体重は-7㎏。パーソナルトレーニングや、最初のダイエット食の費用に10万円ぐらいかかったので、ダイエット費用は、1kg痩せるのに1万5千円と言っていた。それが年末年始で、ちょっとお酒やお菓子を食べだして、でも、またちょっと気を付けると元に戻って、と言う感じだったけれど、1月に入ってから、いろいろ食べたり飲んだりする機会が多く、ちょっとずつリバウンドしてきている。始まりは、1月18日の、おもちゃの修理隊の新年会。このお料理で、飲み放題。おもちゃの修理隊に、一昨年から友だちが一人加入して高校の同級生4人。最初はビールで乾杯したけれど、彼女が飲んでいるワインが美味しいと言うので、途中から私も飲みだしたら、本当においしい。最後お店を任されていたのが、アルバイトのような若い男の子。飲み放題のタイムアウト直前に、デカンタに入れて持ってきてくれた。ダンナが迎えに来てくれて、友だちも送ってくれることになっていたので、気分良く酔わせてもらった。おもちゃの修理隊の後は、いつも同級生4人でランチしている。先日の、2月18日は、その4人に同窓会の幹事になった2人が加わって、男女6人で居酒屋で飲み会。写真を撮り忘れたけれど、おしゃべりも弾んで、よく食べて飲んだ。高校の友だちとのつながりも割と頻繁になるけれど、中学校の友だちとも最近は多い。演劇鑑賞会に入る人も増えたけれど、それ以外にグループLINEが広がっている。1月24日には、遊び場という持ち込み自由のカラオケルームを借りて、オードブルやおつまみ、お寿司にお酒なども持ち込んで新年会。写真をAIで加工して送ってくれた。中学校の繋がりが、始まったのが1023年の4月。当時は6人だったけれど、今はLINEメンバーも13人に増えている。これだけじゃなく、美味しいものを食べる機会も多くて、今1.5キロぐらい元に戻ってきている。でも、美味しくて楽しいのは幸せで、頑張れない。ダイエットって気合がいるなあといつも思う。美味しい料理の写真をアップしようと思ったけど、それはまた今度。
2026.02.22
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懐かしい二人が帰って来た。一昨日(2月16日)に観た演劇は、劇団NLTの「OGⅡ」2022年に観た「OG」のその後の二人。観劇の予定が発表されて、とても楽しみにしていた。<あらすじ>2016年、思いがけずネット上で動画がバズり、オールドガールズ「O.G.」として一躍スターになったスミ子とカズエ。キャバレーで38年間、鳴かず飛ばずで歌い続けてきた2人の夢は、ついに叶ったかに思えた。しかし、あれからの年月、運命はなおも2人を翻弄した。世の中は「O.G.」を忘れ、今やカズエは失踪? スミ子はひとり、熱海の地に流れついていた。もう、あとは老いていくだけの“消化試合”の人生なのか。あれほど身を焦がしてきた「歌」への想いは、もう遠くに行き去ったのか。そんな時、スミ子のスナック「ミラクル」に、不意にカズエが訪れた。突然の再会によって、運命の時計はふたたび回りはじめる・・・今回も、期待通りすごく楽しい舞台だった。まず幕前に出てきたのは、今回も松尾。前回は新宿歌舞伎町の、OG二人のキャバレー「ミラクル」のボーイだったけれど、その後二人のマネージャーをして、今は運転手。舞台の上の方には、熱海駅の映像があって、熱海の観光案内などをしながら、今回も会場を盛り上げていく。熱海でスナックを一人で経営するスミ子。でも、そのスナックには、OGが活躍していた頃の懐かしい衣装やトロフィーなど。そこへ、カゾエがやってくる。初めはぎこちない二人。でも、次第にyoutubeでバスった後の二人のことがわかってくる。Youtubeでバズったのは2016年。そこから二人はヒットを飛ばして紅白にも出た。でも、スミ子は認知症を患っていた夫の介護で忙しくなり、カズエはホテルを経営する若い男性と結婚し、ドバイへ行きコンビは解消してしまう。でもコロナがやってきて、ステイホームの時期が始まる。スミ子は夫の身体にいいだろうと熱海に引っ越したけれど、夫は施設に入って会えない間に認知症がひどくなり、コロナから肺炎になって亡くなってしまった。カズエの夫も、ホテル経営が上手くいかず、結婚相手が浮気して離婚。ひっそり日本に帰ってきて、スミ子の故郷の岡山に住んでいた。介護にコロナ、私たちの年齢には心に響くことばかりで、どんどん劇の中に引き込まれて行った。でも、二人とも寂しかった。一緒に歌いたいと思っていた。少しずつ、ハーモニーを合わせていって、心が一つになった。と思ったら、カズエが激しい頭痛で倒れる。脳に腫瘍があるらしい。救急車のサイレンと共に、幕が閉まった。再び松尾が出てきて、あれからカズエは手術して、スミ子の看病もあり元気に復活。そして、今日は熱海のホテルの〇周年記念のコンサート。幕が開くと、太ももまでスリットの入ったセクシーなドレスの華やかな二人。さっきまで、私たちと変わらないおばちゃんのようだったカズちゃんだったけど、足が細ーい。2人ともハイヒールがよく似合って足が長ーい。やっぱり二人で歌う歌は、圧巻。歌詞にはユーモアもあって、ちょっとほろりもさせる。シミもしわも、ほうれい線も気にせず頑張って、元気に生きていこうと思えた舞台だった。今、演劇鑑賞会の私たちのサークルは、10人。私とダンナ、元同僚が一人に、中学の同窓生が私以外に6人とその奥さん一人。終わってから、「感動で元気をもらえた」「70才で、あの歌唱力と動きは凄い」「今まで見た中で最高」「元マネーシャーさんも面白かった」とLINEが盛り上がった。演劇鑑賞会を通して、中学校の同窓生の輪が広がっていくのも嬉しい。
2026.02.18
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紹介状を書いてもらって、いろいろ体のことを見てもらってきた。1月19日の月曜日は、K病院のO先生に脊椎の診察を受けた。MRIは撮らなかったけれど、前後左右、床に寝て全身のレントゲン撮影などを受けた。左右どちらも床に膝をつくと痛いので、床に寝るのも起きるのも大変だった。診察結果は、私の脊椎は大きくS字型に曲がった脊椎側弯症。部分的に椎間板ヘルニアのところもあるけれど、手術するとしたらとても大きな手術になるということ。「以前にも、プレートを入れて5カ所ビスで止めなければならないと言われたことがある」と言うと、「それ、誰が言ったんですか?」と聞かれた。R医療センターのK先生。と言うと、「5カ所どころじゃないけれど、どうしてそこで診てもらわないんですか?」と言われた。「私は足首も悪くて、今は奈良の先生に診てもらっているけれど、いつまで車で行けるかわからないし、この病院には足関節の整形もあるから」と言うと、「それはダメです。全然方針も違うから。」と言う返事。ちょっと冷たいなあと思ったけど、「股関節やいろいろな関節が悪いけれど、リウマチの治療をしているO医療センターで、みんな診てもらった方がいいんじゃないですか?」とそれは、説得力のある助言だった。翌週の26日の月曜日は、リウマチのO医療センターへ。採血・採尿の後、久しぶりに、肺と両手、両足、両肘のレントゲン撮影。レントゲンの結果を見ながら診察。間質性肺炎の副作用が出やすい薬を飲んでいるけれど、肺は変化なし。全ての手指、右の手首と右の足指の変形や関節炎が少し進んでいたが、肘の方はそれほど変化はなかった。K病院で、手術などはここでしてもらったら?と言われたので、聞いてみたら、整形外科で股関節や足首、膝、手の手術はできるとのこと。ただ、肩の専門の先生はいないということだった。その後、アクテムラの点滴をしてから帰った。その二日後の水曜日、紹介状を持ってM市のI病院へ。始めてのところなので、ナビを入れて、時間に余裕があるので地道を通って行った。紹介状とCDを渡して、まず診察。レントゲンの肩の画像を見ながら、もう一度レントゲンとCTとMRIを撮ることになった。そして、再び診察。これは人工関節しかないという。腱が、ここも、ここも、ここも切れている。ずいぶん前に切れていたみたいだ。軟骨が無くなって、肩の骨とぶつかって骨頭もボコボコになっているのがわかった。もしかしたら腱を繋ぐ内視鏡の手術と言われるかなあぐらいにしか思っていなかったので、予想以上に重くてガーン。手術は1時間半ぐらい。1週間で、装具を付けて退院できる。手術の翌日から、肘から先は動かせるから食事もできるとすごく自信たっぷりだ。私がリハビリに通っているYクリニックの院長もよく知っていて、リハビリはそこでしたらいいと言う。今だったら、3月5日の手術が1枠空いているから、その日に手術して3月11日に退院できる。と、どんどん話が進んでいきそうなので、私は左の肩も調子が悪いし、股関節も手術を勧められているし、体中人工関節だらけになるし、と言うと、リウマチで変形性関節症の人はそういう人が多いという。手術が遅くなればなるほど回復も遅くなるそうだ。ちょっと今日決められないので、家族と相談したいというと、来週ご家族とまた来てくださいと2月4日に予約を入れてくれた。気持ちが落ち着かなくて、帰りも地道でゆっくりと。帰り道、ちょっとゆっくりできる知っているお店があったので、そこで遅めのランチ。ネットでその病院のことを調べてみた。肩の手術は年間1000件以上で、やはり府内一の技術のようだ。夜家族にLINEで知らせたけれど、不安が残った。以前凄く肩の痛かった時期がある。ブログを見たら2023年の4月。顔を洗うのも、ブラシで髪をとかすのも、歯ブラシを持つのも、右肩が痛すぎて、左手でしていたことがあった。その時に腱が切れたのかも。今まで五十肩などの時に、痛くてもクロールを泳いで治してきたので、その時もプールへ行く度にどれくらい泳げるか試していた。20m泳ぐのも痛かったけれど、少しずつ伸ばしていった。去年の3月、スポーツクラブを替わった時は、肩によくテーピングをしていた。今はそれほど肩は痛くなくて、200~300mは泳げる。右の肩甲骨の横辺りがいつも痛くて、寝る前はマッサージチェアでそこをゴリゴリしないと寝れないけれど、腕も上にあげられるし、回すこともできる。洗濯物を干すときなど長くは上げられないし、重い物の持ち運びも右手ではできないけれど、これで手術が必要なのかな?とも思う。紹介状を書いてくれたR医療センターのS先生もY先生も次の診察は4月で、その間に手術したら失礼だろうなとも思った。金曜日、家庭医のKクリニックに行って相談しようと診察を待っている時、手帳を見て今年の6月免許の切り替えがあることを思い出した。70才以上の高齢者講習で、実車講習を受けてくださいと連絡が来ていた。3月に手術をしたら、1か月ぐらい装具を付けて、その後リハビリ。自由に動かせるようになるまで半年ぐらいかかるそうだし、これは手術したらあかんやん。Kクリニックの先生も、痛みが我慢できるんだったら、すぐに手術しなくてもいいんじゃないですか?と言うので、免許の更新を理由に、延期することに決めた。プールで、肩の手術をした人に話を聞いたら、皆人工関節ではなく、切れた腱を縫合する内視鏡手術。それでも、術後数か月経っても腕が思うように上がらないらしい。肩の内視鏡手術はしても、人工関節手術をする病院は少ないみたいだ。断る理由ができて、ほっとしている自分がいる。でも、すごく手術の上手い先生のようなので、定期的に診察してもらえるように、希望を話してみようと思っている。
2026.02.02
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ブログのフリーページにも書いているけれど、私は体のいろいろな関節に不調がある。2006年に左足首の固定術をし、2007年に再手術をして歩けるようになった。入院中に、調子の悪かった膝や手指、腰なども診てもらい、全身性の変形性関節症と言われた。手や足の指に、先天性の中骨短縮症があったり、肘や膝にも先天的に形の異常がある。2015年頃、股関節の調子が悪く、右股関節が先天的な臼蓋形成不全と診断され、その頃楽しんでいた、フラダンスやズンバなどにドクターストップがかかった、固定術から10年以上経って、左右の足の長さが違うので、だんだん右膝がX脚になってきて、2019年に右膝の人工関節置換術をした。しかし、膝がまっすぐになると右足首が傾いてきて、左膝に負担がかかり、2021年に左膝の人工関節置換術をした。膝の手術をしていて、膝関節内の滑膜の状態がリウマチの症状に似ていると言われた。手指や肘の関節エコーやMRIなどの結果から、リウマチと診断され、2022年から、生物学的製剤(アクテムラ)の点滴治療を、毎月受けている。それで今通っているのは、O医療センター (月1)リウマチの診察と点滴Yクリニック (3か月に1回)診察 (週1)リハビリR医療センター (3か月に1回)レントゲンと診察 (膝・股関節)H病院 (6か月に1回) レントゲンと診察 (足首)Kクリニック (月2~4) 家庭医(風邪などの診察や整形のリハビリ)リウマチ科以外は、みな整形外科なので、同じ日に重ならないようにしている。いろんな病院でレントゲンを撮っているけれど、関節の変形が進んでいる。去年の秋ごろから、左の足の土踏まずのとことに、しこりのような違和感を覚えた。10月に奈良のH病院でレントゲンを撮ると、固定術をした足の扁平足が進み、アーチがつぶれ、中の骨が下がってきているということがわかった。家で対処する運動を教えてもらい、これからしばらくは様子を見ていくことに。7月にYクリニックで、股関節のレントゲンを撮って、末期状態と言われ、手術する病院を考えておいてと言われた。だけど、今のところ股関節はあまり痛みはないので、手術するつもりはない。それより今困っているのは腰痛。脊椎の5カ所の関節が崩れて、S字状態。足先は、常に痺れている。もし股関節を手術したら、腰痛がよりひどくなって、脊椎の手術が必要と言われるんじゃないだろうかと思っている。7年ぐらい前に、脊椎のMRIを撮って、レントゲンではS字になってヘルニアや狭窄があるように見えるけれど、脊椎を回転して診ると、脊柱管は詰まらずに通っている。今のところ手術の必要はないけれど、改善するにはプレートを入れて、5カ所ぐらいビスで止める手術になると言われた。その後腰痛はどんどんひどくなって、今の私はベッドで寝ると、すぐ起きて動けない。腰が少し曲がった状態で伸ばすことも曲げることもできない。2階のベッドで寝ていたけれど、トイレに行くのも、階段を降りてくるのも一苦労で、1年ほど前から1階の居間のマッサージチェアで寝ている。不思議なことに、マッサージチェアだと、少し痛いけれどトイレには行ける。15分のマッサージをすると、普通に動けて家事もできるし、元気に一日を始められる。ただ、旅行好きなのに、旅先ではちょっと困る。和室の布団では全く寝ることができないので、必ずベッド。他の人と一緒の時は、自分一人だけ早くから起きて、お風呂で温めて腰をほぐす。他の人と同じように行動するには1時間ぐらい余分に時間がかかる。それで先日、Yクリニックの診察の時、股関節ではなく脊椎の病院に紹介状を書いて欲しいとお願いした。K病院のO先生に紹介状を書いてくれた。脊椎では、とても有名な先生だ。まず今の脊椎の状態がどういう症状なのか知って、その上で股関節の手術が必要なのかどうか決めたいと思う。今月は、いろいろな病院の診察が重なっていて、先週水曜日には膝の手術をしたR医療センターで、股関節から下のレントゲンと、肩のレントゲンを撮った。以前から肩が痛くて、腕が上がらなかったりしたけれど、7月頃から右手を腰に当てることができなくなった。左腕は体の横で曲がるけれど、右腕は横ではなく後ろに曲がっている。習字を書いている時など、クキッ、クキッと音がする。そんなことを話していたので、今回レントゲンを撮ることになったけれど、右肩の鍵盤に腕の骨頭がくっついてしまっている。そして上の方が白くなって炎症を起こしているのがわかる。先生は、すぐに肩専門の整形外科で診てもらって欲しいという。私は車でどこでも行けるので、松原市のI先生は、肩関節で有名な先生なので、是非紹介させてくださいと言う。それで、今月末にその病院にも行くことになった。整形でも各分野のエキスパートの先生ばかりでありがたいんだけど、整形外科ばかり、こんなにいろいろな病院へ行っていいのかな?それと、MRIを撮りそうなので、ネイルを取ってもらったけれど、レントゲン写真の撮り過ぎで、身体に影響はないのかな?26日には、O医療センターでも、久しぶりに、肺や手指、腕、肘などのレントゲンを撮ることになっている。左右の手指は、曲がって変形し、亜脱臼も起こしているので、握力はすごく弱い。蓋や袋を開けられない、小さなボタンははめられない、針仕事はとても時間がかかる。右手首は、腕の二本の骨と舟状骨がぶつかって、ふとした拍子に痛みが走るので、サポーターやテーピングをしている。両肘も曲がって、駐車場で駐車券を取ったり入れたりするのが不便なので、必ずミラーを閉じて車をそばに寄せている。この間、車を運転していて、ダンナが車止めがあるというのに、全く見えなかった。シートベルトが、首にかかってじゃまだなあと思うことが多かったけれど、座高がすごく低くなっているんだと気が付いた。10㎝くらいの座布団を敷いたら、視界がぐんと広がった。2年前の車止めを超えてしまった事故も、多分これが影響していたんだろう。できないことがすごく増えていってるけれど、あまり悲観してはいない。着る服は、ボタンの無い服を選んで、プールへ行っても、腕の動きが悪いので水泳のレッスンには入らないけれど、アクアビクスや水中歩行、ダイビングレッスンは楽しんでいる。できないことは無理しない。ダンナに頼むことも多くなった。老後には、教育(今日行く)と教養(今日用)があることが大事だそうだ。今夜は、おもちゃの修理隊の新年会があるし、楽しんで来ようと思っている。
2026.01.18
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新しい年が始まった。娘たち家族は、年末から海外へ。三男坊が、「一週間ぐらい泊りたい」と言ったので、12月28日に迎えに行った。例年通り、家事アルバイトをしてくれた。おばあちゃんちの家事アルバイトは、時給2000円。28日の午後に、2階から1階のフローリングの掃除や、窓ふき、段ボールの整理、高い場所の拭き掃除など約2時間半。翌日には、2階の片づけを1時間してくれて、ご苦労さんと7000円。それ以外にも、29日には、実家の仏壇のお参りと、お墓参りを一緒にしてくれた。私は、階段の上り下りが大変だし、脚立に上れない、しゃがめない、手指の力が無いと不便な所が多くなってきたので、自分の苦手な作業を頼んで大助かり。もっといて助けてもらえるのかなあと思ったら、やっぱり帰ると夕ご飯を食べた後、電車で帰った。30日は、息子もヨメのTちゃんもお休みで、みんなと一緒に出掛けたかったのかな?そこからは、ダンナと二人で気楽な年末年始。上のような年賀状を作って、今年も新年のあいさつはLINEで。年賀状は来た人だけにお返事で、と言う風にしていたら、年々少なくなっている。と言うか、LINEで繋がった人もすごく多いけど。元旦は、ダンナとお屠蘇で乾杯して、おせちとお雑煮を食べて、夕食はすき焼き。食事以外は、別々の部屋で、テレビ三昧。毎年見ている「さんタク」で能登へ行ってるのを見て、私も行きたいなあと思った。あとは、格付けチェックと、タイムレスファミリア。Netflixで、タイムレスのオーディションを観てから、timeleszにちょっと(と言うかだいぶ)嵌っている。2日は、近くの神社に初詣。3日は、留守中の娘の家に何か異常はないか確認しに行って、桜珈琲でランチ。そして、4日の今日、やっと息子たち家族と一緒に食事。大学生になった次男と中3の三男にお年玉を渡した。社会人になった長男は、今年も従妹のエルちゃんとイー君にお年玉を用意してくれていた。彼は、1月29日が誕生日なので、誕生日プレゼントだけはあげようと思っている。とこんな気ままな年末年始。一週間プールへも行ってないし、ちょっと運動不足。明日から、月曜は病院とリハビリ、火曜はイー君の習い事の送り迎え、水曜日からはプール。と言う平常の生活に戻る。今年も、明るく楽しく元気よく、過ごそうと思っています。今年もよろしくお願いいたします。
2026.01.04
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先日、ネイルに行った時のこと、ネイリストは、今月から入った新人さんで、27才だという。「どこから来ているの?」と聞くと、「K市だけれど、実家はS町です」と私の住んでいる市の名前。「S小学校出身?」と聞くと「そうです」と言う。「私、昔勤めていたことがあるのよ。体育館に校歌の銅板あるでしょ。あれ、私の字」と言うと、「え~ほんとですか?いつ頃ですか?」と聞くので、「え~と」と言いながら、自分自身、びっくりしてしまった。40年ぐらい前。えらく昔の話なのに、自分の中では20年ぐらいしか経っていないような感覚だった。「あらあ、あなたが産まれるずっと前の話やねえ」と笑ったけど、自分の年齢を忘れている感覚に愕然とした。どんどん悪いところが増えて、不便の多い体になっていってるのに、70才を過ぎていることを忘れて、自分がまだまだ若い気がしている。でも、確実に衰えていってるので、いつまでこの感覚を保てるのかな?それで、先日、手帳を買ったついでに、同じ高橋の手帳から出されている5年間日記を買った。5年前にも買ったけど、毎日書いていたのは2年半ぐらい。その後はほとんど書けていない。右が毎年使っている高橋の手帳。左が日記。小さい日記帳で、毎日書く分量は少ないので、来年は、頑張って続けようと思う。昔のことを思い出すのに、ブログを見ることが多いので、ブログももっと書かなくては、と毎年だけど思っている。と言うことで、来年もよろしくお願いします。ところで、銅板の校歌のこと。6年生の卒業制作で、銅板で校歌のレリーフを作った。子どもたちのいない日曜日に、12cm四方ぐらいの四角い銅板に、習字で校歌を書いた。拭いたら、書き直しは何度もできるので気楽だったけれど、納得できるまで時間がかかった。文字以外のところを子どもたちが、釘で打ちながら凹凸をつけた。また日曜日に、薬品を使って凹凸のところを腐食させ、又、子どもたちが、磨いて文字を浮かび上がらせて、それを並べて、業者に2m×4mぐらいの枠を付けてもらって、体育館に飾ってもらった。同じ6年を担任していた5人のうち、二人は若くして亡くなった。忙しかったけれど、行事の後は5人でよく打ち上げをして、慰労しあったのが懐かしい。40年前のことなのに、いろいろ思い出せる。まだS小学校の体育館にあるだろうなあ。私たちが生活した証が残っている。来年の運動会の日でも、行って写真に撮ってこようかなあ。後、今年も1時間ちょっと。めったに書かないブログを、読んでくださってありがとうごさいます。よいお年を、お迎えください。
2025.12.31
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早いもので、一か月以上空いてしまった。いろんなことがあったので、項目だけでも。11月22日の土曜日には、高校の同窓会。3年ぶりの学年同窓会で、120人ぐらい集まった。私も幹事をしていた前回は、コロナ禍で食事は無く、茶話会と発表、報告の場だったけれど、今回は食事つき。1年、2年、3年のクラスに移動して、いろいろなゲームや発表など趣向を凝らしていた。私たちのクラスでは、同窓会初参加で、53年ぶりに会ったKさんがいた。だんなさんが亡くなって、一人暮らしだという。次の幹事を引き受けてくれたので、これからは、また会えそうだ。11月23日の日曜日は、大阪の本町で、エルちゃんのピアノのピティナ・ステップのテストがあった。5回目の参加で、連続表彰もしてもらった。12月4日の観劇は、劇団プークの「オッペルト象」人形劇ってあまり迫力がないかなと思ったら、大違い。プークは、NHKの三国志の人形劇もしていたそうだけど、大きな人形を黒子が抱えて、文楽の動きに通じるものがあるなあと思った。宮沢賢治の世界にも浸れて、満足だった。12月7日の土曜日は、中3の三男坊のドラムの発表会。UNISON SQUARE GARDENの「パンデミックサドンデス」と言う難しい曲を演奏していた。メチャメチャ上手いと思う。何とか将来に生かせられないかなあ。12月20日の土曜日は、二胡の演奏会。演奏者は尾辻優衣子さん。クリスマスの曲で、素敵な時間を過ごさせてもらった。それ以外に、忘年会や女子会など多数。いろいろ書きたいことが多いのに、日々追われている感じです。しばらく、プールも無いので書かなくちゃ。
2025.12.25
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石垣ダイビングから帰ってきて、一か月以上経って、書きたいことがいっぱいあるのに時間が上手く使えない。まず、美容クリニックでシミ取りをしたこと。石垣ですごく日焼けしてしまって、顔のシミが濃くなってしまった。近くの美容クリニックで、シミ取り放題39800円と言うキャンペーンをしていたので、10月の始めに行ってきた。クリームの麻酔をして、レーザーで焼いていった。何カ所か、丸い透明のシールを貼っていたけれど、数日経って自然に取れたら、黒いシミも一緒に取れているのにびっくり。いっぺんには取れていないけれど、全体的にかなり薄くなって、して良かったなあと思っている。定期的に通って、お手入れするといいそうだけど、あまり時間が無くて行ってない。10月29日、30日に姉と一緒に白浜へ旅行した。5月に淡路島へ連れてあげたので、今回は、姉が予約して連れて行ってくれた。泊ったのは、白浜の古賀の井ベイホテル。和歌山の姉の家に車を停めて、姉の運転で行ってきた。姉は、7才年上で今年79才。3年前にトヨタのヤリスクロスの新車を買って、車の運転も楽しそうだ。旅行のことはまた日記に書きたいな。11月8日9日は、6年ぶりに敦賀へ。8日の夜、ダンナのクラス会があるので、その時間を利用して、ブログのお友だち、「私の趣味と楽しみ」のゆみさんと会った。ゆみさんは、敦賀出身の方で、10年以上前に一度お宅にお邪魔したことがある。まだ母も義母もいた頃で、私も元気でダンナと海水浴とかをしていた時代。とっても久しぶりだったけれど、話が弾んであっという間に時間が過ぎた。ゆみさんと一緒に、以前実家のあった場所が、どんなふうに変わっているかも見に行った。ゆみさんから、知り合いの方が手作りしたイカの塩辛をいただいた。すぐに食べずに、しばらく置いてかき混ぜてから食べると良いと聞いたので、そのようにしたら、日に日に美味しくなっていく。濃厚で病みつきになる味。これと、敦賀で買ってきた練り雲丹が最高。翌日は雨だったけれど、マキノピックランドのメタセコイアの並木を通って帰って来た。敦賀では、クラス会から帰ってきたダンナがすぐ寝てしまったので、ブログを書こうとパソコンを持って行ってたのに、楽天が繋がらすどうなったんだろうと心配した。11月15日の土曜日は、フェスティバルホールで「くるみ割り人形」のバレエを観てきた。松山バレエ団の森下洋子が主演のバレエだけれど、大阪公演では傘下のバレエスクールの子どもも出演する。小4のエルちゃんも出演した。森下洋子は、ダンナと同じ年生まれで、76才。すごすぎる。このこともまた書きたいな。それ以外にも、友だちとのランチでいろんなお店に行ったことや体のことなど、いっぱいあるんだけどなあ。10月には、いろいろな診察があって、レントゲンをいっぱい撮った。右の股関節は、隙間が無くなって末期だと言われているけれど、そんなに痛くない。股関節よりも、腰が痛いので、身体の色んな所がいがんでいるのかもしれない。1月の診察の時は、股関節だけでなく、脊椎も診てもらえる病院を紹介してもらおうと思っている。今週の土曜日は、高校の同窓会が予定されている。ダイビングに行った後、リバウンドせずに何とか体重は保てているので、サイズダウンした服を買った。
2025.11.20
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一緒に旅行したOさんもKさんも、何度も石垣島へ行ったことがあるけれど、私は初めて。去年の10月のダイビングは台風で中止になったけれど、予定では一日目、波照間島に行って泊まり、3日目はダイビング、4日目は、私はダイビングをせずに竹富島を一人で観光する予定だった。今回は波照間島を中止にしたけれど、私がどうしても行きたかったのは、竹富島だった。私がまだ25才くらいの頃、短大の時の美術部の友だちが、家族で竹富島に移住した。沖縄が返還されてそれほど経っていない頃で、住む人のいなくなった空き家に、数家族でコミュニティーのように住んで、漁師の手伝いや、畑で作物を作って生活していた。子どもが産まれたと、島の様子を絵に描いた葉書を送ってきてくれた。牧歌的なその葉書を見て、すごく行きたくなった。でも、その頃の我が家は、経済的に一番しんどい時だった。私が、毎月もらうお給料が7万数千円。子ども二人の保育料が6万数千円で、ほとんど無くなったのを覚えている。公立の保育園は9時から5時まで。学校は8時半始まりなので、無認可で延長保育をしてくれるところに預けるしかなかった。ダンナも同期で、8万円ちょっと。それで、4万円近くの家賃を払い、家を買いたいと貯金もし、残りが生活費と言うキチキチの生活だった。一度、竹富島から帰って来た彼女を囲んで、大学時代の友だちが集まった。独身の人が多かったけれど、結婚の早かった私は、二人の子どもを連れ、生活に疲れているように見えたのだろう。カンパを1万円ずつ渡したら、私はほとんどお金が残っていなくて、食事代は、出さなくていいとみんなが出してくれた。ありがたかったけれど、情けなかった。みんなおしゃれしていたのに、空き巣に入られて服やアクセサリーなどを取られてしまったので、安物のサマーニットの上下を着ていて、ちょっと恥ずかしいなあと感じたのを覚えている。みんな、私が苦労していると思ったのかもしれない。その後、そのメンバーからの連絡が来ることは無かった。竹富島から大阪へ帰ってきてると聞いた気もする。葉書をもらったように思うのに、その後の引っ越しのドタバタで、どうしても葉書が見つからない。彼女は今どうしているんだろう。彼女の愛称は「コンチ」いつか会ってみたいとずっと思っている。書いていて、空き巣に入られていたことを思い出した。そのことを「大家の空き巣」とブログに書いている。
2025.10.28
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月曜日、演劇鑑賞会で観た劇は、井上ひさし作、こまつ座の「きらめく星座」 ものがたり昭和15年の浅草、小さなレコード店に、四人の家族と、二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、この平和なオデオン堂に、大事件が起こる。陸軍の入隊していた長男の正一が、脱走したと言う。「敵前逃亡」は、重罰。一家は突如として「非国民の家」となり、すぐさま追手がかかって憲兵伍長「蝮(まむし)の権蔵」が乗り込んでくる。そこにもう一人、堅物の愛国主義者が家族に加わる。町所みさをが、「ハガキの束から選んだ夫」傷痍軍人の源次郎。彼との結婚は一家を「非国民の家」から「美談の家」へ一転させるが、軍歌一辺倒の源次郎と、”仮想敵国の”ジャズ”や”軟弱な流行歌”と言われる歌謡曲を愛する住人たちは何かと衝突を繰り返す。こうして、オデオン堂には、時ならぬ大嵐が吹き荒れることとなる。演劇鑑賞会は、会員サークルの運営で成り立っている。年一回、担当が回ってくるけれど、今回は、私たちのサークルも担当に当たっていた。担当会員が運営会議を重ね、どんな劇か事前に学習し、スムーズに進めるための準備をする。会員の高齢化が進み、昼間の公演を希望する人が多くなり、年6回公演を5回に減らし、今年から昼夜2回公演することになった。でも、出費が増えて、会員を増やすのも担当サークルでは目標になる。私たちのグループは、今回2人増えて計10人。私たち夫婦と、元同僚が一人、後は私の中学の仲間。2年前の4月に、中学校のミニ同窓会のブログを書いたけれど、その時から同窓生の輪が広がって、演劇鑑賞会にも入ってくれるようになった。今回、夫婦で入ってくれる人がいて、担当会の面目が保てた。運営会議は、ほとんどダンナに出てもらったけれど、友だちを誘って、私も2回出席した。2回目に参加した時は、この劇には色々昔の音楽が出てくるけれど、好きな曲を発表しようと課題が出されていた。パンフレットに書かれている曲は、「月光値千金」「東京ラプソディ」「あゝそれなのに」「誰か故郷を思はざる」「隣組」「雨のブルース」「一杯のコーヒーから」「小さな喫茶店」「青空」「チャイナ・タンゴ」「星めぐりの歌」「露営の歌」「煙草屋の娘」など。昔の歌はあまり知らないと言う人も多かったけれど、私はほとんどの歌を歌える、以前、「音楽と私」と言うブログを書いたけれど、うちの家には昔のレコードがたくさんあって、手で回す蓄音機もあった。父も母も歌が好きで、家族でいろいろな歌をいつも歌っていた。でも、私が挙げた一曲は、昔は知らなかった「星めぐりの歌」この曲を初めて聞いたのは、高倉健主演で、草彅剛も出演していた「あなたへ」と言う映画の中。田中裕子が歌っていた。田中裕子の透き通るような歌声も初めて聞いたし、歌詞がいいなと思って調べたら、宮沢賢治の作品。youtubeで聴いたりして、好きな曲になった。そんなこともあって、今回の劇はとても楽しみにしていた。今回の劇は、途中15分の休憩を挟んで3時間。今までにない長い上演時間だったけれど、面白くて見ごたえがあって、全く時間が気にならなかった。始まりは昭和15年の11月3日。暗い中にガスマスクの顔が浮かんで不気味な始まりだったけれど、空襲警報解除の合図で舞台が明るくなると、裏返しの「オデオン堂」のネオン。レコード店の内側の一部屋だとわかる。レコード店の店主の夫婦は、後妻のふじが元歌手で、どちらも歌が好き。間借り人の一人がピアノの伴奏をし、エノケンの「月光値千金」「東京ラプソディ」など懐かしい歌が続く。戦争は始まっていたけれど、まだまだ音楽も楽しめて、楽しい時代。次の場面は翌年の2月11日。部屋に掛けられた日めくりが変わる。全部で6場面。最後は、日米開戦前夜の昭和16年12月7日。場面が変わるごとに、だんだん戦争の影響で、いろいろなものが無くなり、音楽を聞いて楽しむこともはばかられるようになる。でも、卵が一個手に入れば、これをどう調理しようかとみんなで考えたり、少しのコーヒーが手に入れば、「一杯のコーヒーから~」と歌いながら、香りを楽しんだり、明るいオデオン堂の住人達。ただ、身ごもった長女のみさをが大きな漬物石を抱え流産しようとしたときは衝撃だった。その時に、間借り人の竹田さんが、この宇宙には4千億もの星があって、その中の一つの地球で生命が生まれること自体が奇跡なんだと止める。竹田さんは、星空に詳しく、本屋さんで見つけた宮沢賢治の本の中に「星めぐりの歌」を見つけたのも竹田さん。その中の楽譜を見ながら、間借り人の森本さんがピアノを弾く。「星めぐりの歌」は流行歌じゃなかったんだなと知って、私が小さい頃聞いたことが無かったことも腑に落ちた。最後の場面、オデオン堂からの立ち退きが決まり、住人たちはバラバラに暮らすことになって、満州や長崎へ旅立つ人も。その時に、警戒警報の鐘がなって、舞台が暗くなり、皆がガスマスクを付け、劇の最初の不気味な胸がざわざわする感じを思い出した。その後の戦争を知ってる私は、長崎へ行って大丈夫なのかな?と不安になった。今も世界には戦争が続いているし、日本もへたをすると戦争に巻き込まれる可能性もある。未来を知らない私たちは、過去の過ちから学ばないといけないだろうな。今回の劇の中で、気になったのは長男正一役の、平埜生成さん。大きなジュークボックスにぴょんと飛び越えて入ったり、すごい身体能力。脱走兵から逃げている間いろんな職業について、いろんな顔を見せてくれる。ちょっとこれから、テレビなどに出てこないか注目しておこう。
2025.10.23
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石垣での最終日。関空への飛行機の便が10時半。漁港ターミナルから空港行きのバスは、8時半が一番早いので、それに乗らないといけない。それで、6時過ぎには各自荷物を整理して、フロントに預けてから朝食を取ることにした。朝食は、最後まで満足。この日は、モズクそばを食べた。チェックアウトして、8時に漁港ターミナル前のバス停へ行ったら、もう先に並んでいる人がいた。でも私たちも早かったので、スーツケースをちゃんと並べて、座ることができた。搭乗手続きをして、トランクの重さを測ったら、17kg。ダイビングの後はいつも重量が気にかかる。以前は、ウェットスーツがちょっと水分を含んで重くなってるし、フィンも靴を履いてストラップで止めるタイプだったので、いつも重量はぎりぎり。それで、バスタオルを捨ててきたりしていた。特に、今回は重量制限の厳しいPeach。自分で重いスーツケースを持つことができないので、荷物を預けるまでドキドキだったけれど、思ったより軽かった。今回はストラップで靴を止めるタイプじゃなく、いつもプールのシュノーケルレッスンで使っているミューフィンだったから軽かったのかも。スーツケースを預けてから、空港の中のお土産屋さんなどを見てから飛行機へ。飛行機に乗り込んだら、「飛行機大丈夫?」と娘からLINEが来た。「今から出発するよ。石垣は快晴」と返信すると、「良かった!那覇からは欠航しているみたい」とPeach の運行状況を送って来た。台風の影響で、機材不足だったようだ。12時過ぎに無事関空に着いた時は、小雨。第2ターミナルの駐車場が野外なので、車を取りに行く時は、ちょっと雨に濡れた程度。台風は、前日の夜中に通り過ぎて行ったそうだ。連絡橋を渡って、ゲートタワーホテルで昼食。最近、2階のレストランが開業して、10%オフのクーポンが来ていた。シーフードグラタンのセットに、ドリンクバーが付いて1500円はお得。空港の駐車場は、障がい者割引だけでなく、エルちゃんのKIXカードを借りて行ってたので、ポイントも使えて、めちゃくちゃ安かった。送り迎えの交通費と写真代で、二人から1500円ずつ頂いた。2人を送っていって、家に帰ったのは4時ごろ。それで無事、石垣旅行を終えた。ところで、自分でも不思議だったのが、今回は何でもきっとうまくいくと、ずいぶん前から思えたこと。だから、2か月前にインストラクターにも、ダイエットを成功する自信があると言えたし、今回、石垣に着いてすぐに、台風発生、大阪に台風接近のニュースがあったけど、多分大丈夫だと思うと言っていた。Oさんが「○○さんが言うから多分大丈夫」と言ってたけれど、私のカンはよく当たる。去年の10月は、何故か不安だったなあ、どうしてウェットスーツも着てなかったのかなあと思って、日記を見たら、去年の石垣へ行く直前の日記、「最近のこと」に、潜るつもりじゃなかったことを書いていた。そしたら、前日に台風が発生して行けなくなった。台風は、立て続けに3つ石垣に来て、飛行機もずっと欠航。行っていたら、帰れなくなるところだった。何か不安を感じる時は、行けないようになるのも不思議だ。2014年のダイビングのライセンスを取る時の海洋実習も同じように不安だった。でも、2日前に孫が学校で骨折し、「いろいろ重なってキャンセル」した。でも、当日行った人たちは、海の中が濁っていて大変な状態だったそう。そのことも「行かなくて正解だったような気がしてならない」とブログに書いている。昔は、ちゃんとブログを書いていたので、いろいろな記録が残っているのが嬉しい。ダイビングのことは、特に残しておいて良かったなあと思う。
2025.09.29
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石垣での最終日。関空への飛行機の便が10時半。漁港ターミナルから空港行きのバスは、8時半が一番早いので、それに乗らないといけない。それで、6時過ぎには各自荷物を整理して、フロントに預けてから朝食を取ることにした。朝食は、最後まで満足。この日は、モズクそばを食べた。チェックアウトして、8時に漁港ターミナル前のバス停へ行ったら、もう先に並んでいる人がいた。でも私たちも早かったので、スーツケースをちゃんと並べて、座ることができた。搭乗手続きをして、トランクの重さを測ったら、17kg。ダイビングの後はいつも重量が気にかかる。以前は、ウェットスーツがちょっと水分を含んで重くなってるし、フィンも靴を履いてストラップで止めるタイプだったので、いつも重量はぎりぎり。それで、バスタオルを捨ててきたりしていた。特に、今回は重量制限の厳しいPeach。自分で重いスーツケースを持つことができないので、荷物を預けるまでドキドキだったけれど、思ったより軽かった。今回はストラップで靴を止めるタイプじゃなく、いつもプールのシュノーケルレッスンで使っているミューフィンだったから軽かったのかも。スーツケースを預けてから、空港の中のお土産屋さんなどを見てから飛行機へ。飛行機に乗り込んだら、「飛行機大丈夫?」と娘からLINEが来た。「今から出発するよ。石垣は快晴」と返信すると、「良かった!那覇からは欠航しているみたい」とPeach の運行状況を送って来た。台風の影響で、機材不足だったようだ。12時過ぎに無事関空に着いた時は、小雨。第2ターミナルの駐車場が野外なので、車を取りに行く時は、ちょっと雨に濡れた程度。台風は、前日の夜中に通り過ぎて行ったそうだ。連絡橋を渡って、ゲートタワーホテルで昼食。最近、2階のレストランが開業して、10%オフのクーポンが来ていた。シーフードグラタンのセットに、ドリンクバーが付いて1500円はお得。空港の駐車場は、障がい者割引だけでなく、エルちゃんのKIXカードを借りて行ってたので、ポイントも使えて、めちゃくちゃ安かった。送り迎えの交通費と写真代で、二人から1500円ずつ頂いた。2人を送っていって、家に帰ったのは4時ごろ。それで無事、石垣旅行を終えた。ところで、自分でも不思議だったのが、今回は何でもきっとうまくいくと、ずいぶん前から思えたこと。だから、2か月前にインストラクターにも、ダイエットを成功する自信があると言えたし、今回、石垣に着いてすぐに、台風発生の発生大阪に台風接近のニュースがあったけど、多分大丈夫だと思うと言っていた。Oさんが「○○さんが言うから多分大丈夫」と言ってたけれど、私のカンはよく当たる。去年の10月は、何故か不安だったなあ、どうしてウェットスーツも着てなかったのかなあと思って、日記を見たら、去年の石垣へ行く直前の日記、「最近のこと」に、潜るつもりじゃなかったことを書いていた。そしたら、前日に台風が発生して行けなくなった。台風は、立て続けに3つ石垣に来て飛行機もずっと欠航。行っていたら、帰れなくなるところだった。何か不安を感じる時は、行けないようになるのも不思議だ。2014年のダイビングのライセンスを取る時の海洋実習も同じように不安だった。でも、2日前に孫が学校で骨折し、「いろいろ重なってキャンセル」した。でも、当日行った人たちは、海の中が濁っていて大変な状態だったそう。そのことも「行かなくて正解だったような気がしてならない」とブログに書いている。昔は、ちゃんとブログを書いていたので、いろいろな記録が残っているのが嬉しい。ダイビングのことは、特に残しておいて良かったなあと思う。
2025.09.29
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石垣では、ダイビングは2日間にして、一日観光しようと決めていた。他の2人は、何度か石垣に行ったことがあるけれど、私は初めて。私は竹富島に行きたかったので、朝から船で竹富島に行って、帰ってきてから石垣島を観光しようと決めた。その日の朝食も、7時から。この日も野菜たっぷり、そして石垣そばを食べてみた。何を食べても美味しい。そしてヨーグルトには、マンゴーをたっぷり。朝食後、ホテルの前にある漁港ターミナルへ。竹富島への船は、八重山観光フェリーと安榮観光の船があって、ちょうど時間の合う八重山観光フェリーで向かうことに。運賃は、880円で10分ぐらいで竹富島に着いた。竹富島に着くと、水牛観光のバスの出るところに一目散で行く人が多く、長い列ができていた。バスが出てしまったけれど、その会社の人が、またバスが来るから港の待合室で待っておいてと言われた。20分ぐらい待っていると、またバスが来てゆったり座ることができた。水牛観光のバスは無料で、竹富観光センターへ。水牛観光のチケット売り場には並んでる人も多かったけど、水牛もたくさんいるようで、どんどん出発していて、すぐに自分たちの番が来た。牛車の料金は3300円だった。こんな牛車にお客さんを15人くらい乗せて、牛車はゆっくりと出発。この水牛の名前を教えてもらったのに、その三文字の名前を忘れてしまった。水牛は賢くて、道順もちゃんと覚えている。日陰をゆったりと歩いて、曲がり角では、ぶつからないように大回りし、疲れたら日陰でちょっと休憩する。竹富島の昔ながら家屋の町並みをゆったり進み、御者の方が、シーサーの説明やブーゲンビリアなどの説明をしてくれ、途中日陰で休憩している時に、三線を弾きながら「安里屋ユンタ」を歌ってくれた。最後には、「涙そうそう」を歌ってくれて、これはお客さんも一緒に歌った。最後に水牛がウンチしたけれど、御者さんがちゃんとバケツを用意してその中へ。ちゃんとしつけされているので、道路もとてもきれいだった。牛車から下りて、順番に記念撮影。ちょっと待っていると、大きな写真に仕上げてくれていた。竹富島のいろいろな景色のデータも付いて1800円。私は、これ以上色々観光するのはしんどいし、景色のデータも欲しかったのでお買い上げ。後で二人にLINEで送ってあげた。港まで無料バスに乗って、ちょうど時間帯のよかった安榮観光の船に乗って、石垣港に帰って来た。レンタカーを借りて、島内を回ろうかと言ってたけれど、他の2人は今まで何度か来て知っているし、商店街の方に行って、お土産を買おうと言うことに。途中で雨が降ってきて、あまりお腹もすいていないので喫茶店で休憩。私は、黒糖ミルク金時のかき氷を食べた。ふわふわのかき氷で、とても美味しかった。2人ともあまり汗をかいていないのに、私だけすごい汗をかいているのが不思議。代謝が良くなったのかな?飛行機がピーチで、手荷物の重さに厳しいので、気にしながら食べ物のおみやげなどを買った。それから、気になっていた琉球ガラスのお店へ寄って、私は、旅行の記念に、自分用にピアスを2つ買った。小さいピアスだけれど、どちらも2800円ぐらい。旅行先で、その土地だけにしか売ってないピアスを買うと、その旅行を思い出すのでちょっと嬉しくなる。ホテルに戻って、夕食までそれぞれ自由に過ごした。私は、この日は大浴場で入浴。大きなお風呂はやっぱり気持ちがいい。夕食は、又ホテルの中の「ひるぎ」と言うお店へ。お部屋掃除を断ったので、前日の分と一人2000円ずつお食事券があったので、3人で合わせて、いろいろなおかずを注文することにした。(上左)お造り、(アワビ・タイ・マグロ・他6種類ぐらい)。海ぶどう(上右)島野菜のてんぷら(海老・ゴーヤ・茄子・ヘチマ・しし唐など)島豆腐のマグロのせ (下左)チーズつみれ (下右)グルクンの唐揚げ、他にもあったかな?突き出しも付いてて、ビールも頼んで、美味しくいただいた。10%割引もあって、6000円のお食事券もあったので、この日の夕食代も一人1000円ぐらい。お得に楽しく食事して、いい気分。翌日は出発が早いので、早めに休むことにした。
2025.09.25
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三日目も目覚ましより早く目が覚めて、部屋のお風呂に入って体を温めて、こわばった身体をほぐした。ダイビングショップのお迎えは9時で、その日も7時に朝食の約束。朝食は野菜をたっぷり。ジーマミ豆腐やモズクなど沖縄食材があるのも嬉しい。9時前に、船長さんが迎えに来てくれて、車で港まで。ホテルからは近くて、10分もかからない。今日は、私たち3人だけで、船長さんとOさんに手伝ってもらいながら、乗船した。昨日渡した健康状態の用紙を改めて読んでくれたのか、船長さんがえらく私の体を心配してくれていた。今日は1本目だけで、2本目は入らないと言うと、無理しない方がいいと言っていた。ジャケットにタンクを付けて、船が出発し、ダイビングポイントに着いた。この日の1本目は、名倉湾の西瓜割の根と言うポイント。ベルトに付ける重りを、1㎏減らして4㎏にしたら、立ったままでベルトを着けられた。船長さんは、大丈夫?と言って心配してくれていた。2日目になって潜るのもスムーズになった。重りが4㎏でちょうど良くなって、ジャケットに空気を入れたり抜いたりすることなく、自分の吐く息を多くすると下がり、少なくすると上がり、中性浮力がとれていると実感できて嬉しかった。左上のオレンジ色のは、セジロクマノミ。右上の穴の中にいるのは、多分カエルウオかな?2段目左は、オハグロハギ。右は、ハナミノカサゴ。3段目左は、海の中を泳ぐウミヘビ。右は、左から1年目、2年目、3年目のサンゴ。下の左は、名前はわからないけれど、ヤドカリみたいな貝だった。右に、最後のダイビングの思い出に、泳いでる自分の写真も残しておこう。途中、水深何mぐらいなのかなと思って、ダイビングコンピュータを見たら、あちゃ~つけ忘れてた。最後の記録が無いのは残念だけど、まあいいか。こんな風に、最後のダイビングをとても楽しく終わることができた。Oさんが一番先に船に上がって、船長さんがとった機材を船の上で受け取ってくれる。やっと船の上に上がってきたら、ちょっと疲れた。船の周りはとってもいい天気。私だけウエットスーツを脱いで、裏がえして甲板に干した。代わりにライフジャケットを着けとかないと、いけないそうだ。この日のお昼も、前日と同じおにぎり2個と天ぷらの入ったパックと味噌汁。朝ごはんをいっぱい食べているので、おにぎり1個で十分だ。それから船は移動して、次のポイントへ。次のダイビングポイントに着いて、3人が潜る準備をし、順に潜行していった。一人だけ残った船の上で、しばし周りの景色を見ながらボ~と過ごす。以前のダイビングでも、みんなが3回潜るところ、私は2回にすることが多く、この時間がとても好きだった。周りの景色もきれいで、少し船が揺れているのも気持ちいい。裏返していたウエットスーツを表にして、又甲板に干した。濡れたウェットスーツはとっても重くて、持ち運びが大変なので、いいお天気で良かった。しばらくして、3人が、船に戻って来た。最近、腰や膝の調子が悪いKさんが、今度は手伝ってもらっていた。この日の2回目は、同じ名倉湾の、アート・ザ・シーと言うところで、足を付くことのできないサンゴの森だったそうだ。KさんもOさんも、私が膝の手術をしたころに、アドバンスと言うもう一つ上のコースを取得しているので、私には難しいポイントなのかもしれないな。船が港に戻って、支払いをした。2日分、3本のダイビングの分と、機材のレンタル料、久しぶりだったのでリフレッシュコースの費用、そして写真代と合わせて36000円。船長さんは、私みたいに杖を持って船に乗った人は初めてだと言う。今日で、もうダイビングは最後にしようと思ってると言うと、残念だけどその方がいいかもしれない。Oさんの友だちだから引き受けたけど、自分一人でやってるショップだから、もし何かあっても対処できない。申し訳ないけれど、次は引き受けられないなあと思ったと言っていた。最後のダイビングはとても満足したし、気持ちよく終われて良かった。ホテルに着いたのは、ちょっと時間が早かったので、シャワーを浴びてから、ランドリールームで洗濯もしたし、乾燥までできた。夕食は、2回行ったひるぎが定休日で外へ出かけた。Oさんが以前行って良かったと言う「さつき」と言うお店は、予約で満席。適当に入った、沖縄料理のお店で、ゴーヤチャンプルとビールを頼んだ。このゴーヤチャンプルがすごく美味しかった。オリオンビールの生ともぴったり。ダイエットの間飲んでなかったので、ビールも約2か月ぶり。夕食後は、Oさんの部屋で送られてきた写真を見ながら、LINEで送りあった。ちょうどテレビで女子バレーの試合もしていて、Kさんは大興奮。おしゃべりしながら楽しく過ごして、各自の部屋に戻った。最後のダイビング石垣ダイブ 3本目2025年9月3日(水) 1本目通算潜水 46回目 石垣 名倉湾 西瓜割の根最大水深 10m 平均 8m潜水時間 40分ダイビングは、本当に楽しかった。きれいな海の中で、水族館の中にいるような気持ちになれてたし、自然の素晴らしさに感動した。私は、海底岩から、岩へ中層を泳いでいくのが一番好きで、まるで青空の中を飛んでいるような気がした。こんな経験できるって本当に幸せなことだよなあ。早く退職した私に、定年退職した後、一緒にダイビングしようとOさんが誘ってくれた。いつも重いスーツケースを持つのを手伝ってくれて、身体が不自由になっても、一緒に行けるところを探してくれて、こんな優しい友達がいることも、私はなんて幸せなんだろうと思える。
2025.09.17
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お昼は、おにぎり2個と天ぷらの入ったパックを用意してくれていた。それとお味噌汁。おにぎりは、ふりかけをまぶしたものと、梅干しの入った海苔巻き。この頃、てんぷらは食べなくなったし、ご飯の量も減らしているので、あまり食欲はない。お味噌汁を全部飲んんで、梅干しのおにぎりは全部食べたけれど、ふりかけの方はちょっと。天ぷらも残した。食事が終わったら、次のポイントへ。船長さんは、船の上で運転している。テントの下の日陰で座っていたけれど、どんどん日差しが強くなって、「わあ、日焼けしていしまう」と日陰を探して、3人でおしくらまんじゅうしているみたいだった。船は次のポイントへ。同じ名倉湾の中の、センターリーフと言うポイント。ここは、ハマサンゴの群生地で、いろいろな魚が見られるらしい。1本目の時、マスクに水が入りやすかったので、ちょっと縮めようとしたら、マスクの一部分が外れて、海の中に入ってしまったのでびっくり。マスクを使えなかったらどうしようと思ったけれど、船長さんが直してくれた。外れたのは、マスクの端を最後に通すバックルだったので、使えて良かった。バックルは、海の中に落ちたと思ったけれど、梯子に落ちていたらしく、終わって戻ってくるときに、船長さんが拾ってきてくれた。また座った状態で、先にベルトを上の方にきっちり締めてから、ジャケットを着せてもらって、潜り始めた。今度の場所では、いろいろな魚が見られた。左上は、ウミウシ。右上は、クマノミ。クマノミは、他にも赤いクマノミや、ミスジクマノミも。左中の、白地に黒いスジのあるのは、リュウキュウスズメダイかな?中右の、指みたいに見えるのが、多分ユビエダハマサンゴだろうな。左下の、青い魚は、多分デバスズメダイ。右下の黒いのは、ナマコ。ナマコは手に持たせてもらった。ダイビングログに見た魚の名前を書いて、写真と一緒にくれたので、それを見ながら魚の名前を確かめている。もう上がろうかと言うときに、大きなウミヘビがいてびっくりした。1m50㎝ぐらいありそうで、そばへ寄ってくるので、慌てて逃げたりしていたんだけど、残念ながらその写真が無い。このポイントは、サンゴはきれいだけれど、サンゴの死骸みたいなのも多かった。地面の高低差があって、ジャケットに空気を入れて浮上したら、今度は空気を抜いて下がるんだけど、上手く空気を抜けなくて、何度も船長さんが空気を抜きに来てくれた。そんなわけで、最後も地面で安全停止するところが、上がっていって突然、船の梯子があったのでびっくり。中性浮力がちゃんととれなくて、私だけ未熟だなあと思った。先にみんな上がって、最後に、梯子でフィンとベルトとジャケットを取ってもらって船の上に上がってくると、いいお天気だったのに、小雨が降っていた。とても気持ち良くて、自然のシャワー。港へ戻る途中で雨が止んだけど、海からいろんな景色を見たら、あそこが雨が降ってるなあとかよくわかった。港について、自分の道具をダイビングメッシュバッグに詰め、ウエットスーツはハンガーに干して、パンツとパーカーを着て下船。潮の加減で、船より陸地が1mくらい低い。みんなに助けてもらいながらやっと陸地に降りることができた。ホテルについて、部屋でシャワーを浴びて、コインランドリーのところに行ったら、洗濯機は全部使用中。乾燥機が空いていたので、乾燥だけすることに。部屋の掃除を断ったら食券をもらえるのは、みんな気が付いていて、最後の日まで掃除を断った。1000円の食券を利用して、夕食は前日と同じひるぎで。突き出しは、前日と同じだったけれど、1800円のにぎりを頼んだ。宿泊者10%オフと1000円の食券で、また1000円ぐらい。食べながら話をしていて、ジャケット空気が上手く抜けないと言いながら、左腕を上に伸ばそうとしたら、手のひらを内側にしてまま上げられないことに気が付いた。右の腕は、手のひらを内側にしても上げられる。ひゃーこわ~。空気をうまく抜けないはずだ。この頃、関節の具合が悪くなって、以前できたことができなくなっていることに気づくことが多い。その後、外へ出てお店などを覗いたりしながら、コンビニへ行って、お水やスポーツドリンクを買って解散。部屋に戻って、腕を伸ばしてみたけれど、やっぱりできない。もうダイビングも限界だな。明日の一本目で、ダイビングは最後にしようと決めた。石垣ダイビング 2本目2025年9月2日(火) 2本目通算潜水 45回目 石垣 名倉湾センターリーフ最大水深12m 平均10m潜水時間 40分
2025.09.14
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ダイビングショップのお迎えが9時10分と言うことだったので、朝食の約束は7時。私は、朝の腰の状態が心配だったので、5時半に目覚ましを合わせていたけれど、4時半ごろに目が覚めた。やっぱり朝は腰が痛くて、手指もこわばっているので、部屋のお風呂にお湯を入れてゆっくり浸かった。だんだんこわばりも取れてきて、みんなで朝食会場へ。ミヤハラは、朝食バイキングがいいと聞いていたけれど、本当に種類がいっぱい。種類はいっぱいだけれど、野菜や豆腐類が多いし、炭水化物は少しのお粥と小さいワッフル。全部合わしても500kcalぐらいだと思う。食後部屋に戻って、準備をして玄関に行くと、ショップのお迎えの車が来ていた。車の中で、ライセンスカードの番号や、健康状態などを書いた用紙を渡した。これがダイビングショップの船。ショップのインストラクターが船長さん。私は、杖をついて、船長さんとOさんに手伝ってもらいながら、船に乗り込んだ。お客さんは、私たち3人と、男性が一人。出発する前に、BCジャケットにタンクやレギュレターを付けて、重機材の準備をした。ライセンスを取る時に習ったけど、以前のショップでは、いつもスタッフが準備してくれていたので、忘れていることが多かった。船が出向して、ダイビングポイントまで来たら、船長さんが場所の説明をしてくれた。石垣島の西側にある名倉湾の中にある、大きなコモンシロサンゴの周りに、魚が集まっていると言う。ウェットスーツを着て、船の後ろの梯子を下りて、ウエットスーツの中に水を入れて馴染ませた。海水はとても暖かかった。スノーケルマスクに曇り止めを付けて、梯子の上に座って、重りを付けたベルトを締め、BCジャケットを着せてもらった。タンクが重くて後ろに倒れそうになる。マスクと、ダイブコンピュータを付けて、マスクを付けた。ゆっくり梯子を下りて、向きを変え、そこから梯子を下りて行った。今までは、船のへりから後ろ向きにバックエントリーしたり、梯子の上から前回りするようなエントリーの仕方だったけれど、ゆっくり階段を降りて、梯子の手すりを持ちながら呼吸を整え、ロープに移っていったので、全く緊張感はなかった。他の人が下りてくるのを待って、途中で耳抜きをしながら降りて行った。みんなが揃ったところで、船長さんについて泳いでいった。左上の大きな山みたいなのが、コモンシロサンゴ。近くによると、いろいろな魚の群れが見える。右上の透明な魚が、多分スカシテンジクダイ。左下の赤いのは、キンギョハナダイ。そのほかに、ショップのダイビングログでは、グルクン、クマノミ、テンジクダイ、ミーバイ、デバスズメダイなどが書かれていた。やっぱり、近くでいろいろな魚が泳いでいるのを見られるのは嬉しい。6年ぶりだったけれど、海の中に入ると不安は全くなかった。私は、いつもプールのシュノーケルレッスンで使っているフィンとマスクを持って行ってたけれど、マスクの中に水が入ってきて、何度もマスクの上を押さえて、マスククリアをした。以前よくダイビングをした慶良間の海と違って、水はちょっと濁っていたので、マスククリアしても、遠くの方はよく見えなかった。途中で、重りを付けたベルトがずり落ちてきて、どうしようかと思ったら、船長さんが気づいて閉めなおしてくれた。後で聞いたら、他の2人もずり落ちてきたそう。しばらくして、船の下に戻ってきて、水深約5mのところで、ロープを持って安全停止。梯子の下でフィンだけ取って上がってと言われたけれど、重すぎて上がれない。タンクの付いたジャケットと、ベルトを外してもらってやっと上がれた。男性のお客さんが、船の上で手伝って受けとってくれているみたいだった。全部取ってもらって、やっと船の上に上がってきて、1回目終了。石垣ダイビング 1本目2025年9月2日(火)1本目通算潜水 44回目 石垣 名倉湾巨大コモロサンゴ最大水深12m 平均10m潜水時間 40分(通算本数、以前のブログの最後が42本目になっているけれど、ダイビングログを見たら43本目だった。どこかでずれてしまったかな?)写真は、フートハートクラブ石垣の船長さんが撮ってくれたものを購入しました。
2025.09.12
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石垣へは、関空からPeachで。第2ターミナルからの出発で、ラウンジも利用できないしあまり好きじゃないけれど、前日でもキャンセルじゃなく延期できるのは、天候に左右されやすいダイビングなどでは利点。20kgまでの荷物1つを持てるスタンダードプラスというプランで、往復26670円だった。9月1日(月)は、15時10分関空発と、かなりゆったりした時間。昼ご飯を食べてから、Oさん、Kさんの二人を迎えに行って、第2ターミナルん駐車場に車を置いた。チェックインしてから、ターミナル内の喫茶店で休憩。Kさんが旅行保険に入ってなかったので、そこで申し込み。普段、国内旅行では保険に入らないけれど、ダイビングだけは何があるかわからないし、捜索費用も付いてくるので一応入っている。auの損害保険の4泊5日のシルバーコースで、638円。飛行機では、前の方の通路側の席をとった。石垣への到着予定は17時45分。スーツケースをとってから、離島ターミナル行きの直通バスに乗った。直通バスの料金は550円。Oさんが事前に調べてくれていて、とてもスムーズだった。今回Expediaで取ったホテルは、ホテルミヤハラ石垣島。離島ターミナルの前にあって、交通便がいいのと、出発当日からしかキャンセル料が発生しないので選んだ。大浴場があると言うのも嬉しい。ダイビングの時は、荷物が多いし、終わったらすぐにシャワーを浴びたいので、各自で一部屋ずつ予約する。今回はツインの部屋で、4泊5日、朝食付きで63028円。使わないベッドに荷物を置けて、便利だった。夕食をどこで食べようか外へ出かけたけれど、コンビニで水などを買って結局ホテルの中のひるぎと言うお店で。上はつきだし。(お酒は飲んでないけれど)下は、アーサー雑炊。どれも美味しかった。ダイエットしている私には嬉しいメニュー。ホテル宿泊者は割引してくれて、1000円ちょっと。部屋の前で別れてから、荷物を整理して、ダイビングの準備をし、Duolingoをしてから、大浴場へ。部屋からはかなり遠いけれど、お湯は気持ちよかった。荷物を整理していて、ホテルには毎日のお掃除を断ると、1000円分の食券をくれるサービスがあると言うことを知った。荷物が多いし、部屋に入られるのは嫌だなと思った。そんなわけで、石垣一日目は終了。
2025.09.11
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前回のダイビングは、2019年の10月。それからコロナの時期があり、その間に、以前利用していた、那覇のショップは年齢制限もあり、利用できなくなった。いつも一緒についてくれていたインストラクターのナギちゃんも、元々していた保育士の仕事に戻ると辞めてしまった。コロナが開けてから、Oさんが年齢制限もなくて、足の悪い私も一緒に潜れるようなショップを探してくれていた。そして、石垣のヒートハートクラブが、年配者向けにゆったりとダイビングをさせてくれると、探してきてくれた。去年の飛行機のチケットを、何度か移動して、9月1日から5日に決めた。去年の計画では、一日目、波照間に行って泊まる予定だったけれど、欠航するとダイビングができなくなってしまうので、今回は、波照間に行くのを止めることにした。6月頃、ダイビングの道具を出してきて、ウエットスーツを着ようとしてびっくり。わあ、入らない。水を入れたら入りやすくなるので、お風呂で着ようとしたら、手首や肩が痛くて上げられない。去年の12月から今まで通っていたスポーツクラブのプールが使えなくなり、今年の3月まであまり運動をしなかったからなあ。その上、手首や肩が悪くなって、力もない。それで、今行ってるスポーツクラブのインストラクターにパーソナルトレーニングをしてもらって、ダイエットすることを決意。目標をダイビングに行くまでに、体重-5kg、お腹周り-10cm減量して、自分のウエットスーツでダイビングできるようになること。私は、リウマチでマシンを使って筋トレするのは禁止されているので、インストラクターにお願いしたのは、マシンを使わないでする筋トレと、マッサージ。食事のカロリーも抑えて、石垣に行く数日前に目標を達成した。と言うことで、ダイビングは自分のウエットスーツを着て潜ることができた。(左の青いウエットスーツが私)
2025.09.08
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去年の10月、台風で行けなかった石垣へリベンジ。関空から乗ったpeachの中で書いている。ブログを長い間、書いてなかった。色々なことがあった。上の兄が、6月の末に亡くなった。5年前に、咽頭癌と喉頭癌で、声帯を取り、筆談でしかコミュニケーションが取れなくなった。抗がん剤の副作用がきつくて、行っても顔を見せないことが多かった。でも、顔を出すと、タブレットに図入りで病状を説明したり、難しい漢字もスラスラと書いは消して、消しては書いて、伝えたいことがいっぱいあるのがわかった。全然ボケてないね、頭がいいなあ、といつも言った。その後、胃にも、肝臓にも転移し、今年の4月に会った時は、抗がん剤の副作用で、髪の毛も無くなり、身体中の皮膚が荒れて、水膨れがいっぱい出来て、体重も半分になってしまっていた。5月の末に痙攣を起こして入院したけれど、脳に転移しているということだった。声は出ないけれど、耳は聞こえてるようで、「おっきいにいちゃん」と呼ぶと、手が動いたり、足がピクッと動いたりする。おっきいにいちゃん、と呼ぶのは私だけなので、わかってたんだろうな。初めの頃は、帰るねと言うと、涙を見せることもあったけど、目が乾くからと、ガーゼを当てられて、手には手袋をはめられた。入院してから、1ヶ月程で亡くなった。声帯を取った時から、覚悟をしておくように言われていたそうで、葬儀のことなど、いろいろと決めてあった。元々恰幅の良い人だったので、か弱くなった姿は見せたくなかったようで、葬儀もひっそりと済ませて欲しいと希望していたそうだ。うちの家系は、癌家系じゃないと思ってたんだけどな。コロナワクチンも、関係してるのかなあ。歌うことも好きだったのに、かわいそうだった。書いていると、悲しくなってくるので、いつも日記が書けなくなった。さあ、石垣では6年ぶりのダイビング。これからは、そのことを書いていこう。うまく、潜れるかしら。
2025.09.01
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お久しぶりです。この一か月、いろいろなことがあった。先週の金曜日のこと、プールから帰ってきて車をガレージに入れようとしたら、斜め前のお宅の塀の外に脚立が置いてあって、入れにくかった。庭木の剪定をしている途中のようだった。夜になってもそのままで、だんなさんは、きっちりした人で、何でもきれいに片付けるのに、慌てて出かけるようなことが起こったのかなと思った。奥さんが、股関節の手術をして入院中だけれど、奥さんに何かあったのかな?とか心配していた。土曜日の朝、ハングルに出かける時もそのままだった。ハングルの後、ネイルに行って、帰ってきてもそのままで、これはちょっとおかしいなと思った。お向かいの奥さんが出てきたので、「ちょっと、おかしくない?家の中で倒れてたりしてないかな」と言うと、奥さんが玄関に様子を見に行ったら鍵がかかっていなかった。娘さんと息子さんがいるので、近所の人に電話番号知らない?と聞いても、誰も知らなかった。それで、うちの夫と、近所のMさんのご主人と男性二人で家の中に入ってみると、だんなさんが寝たままで、声をかけても反応が無いと言うので、慌てて119番にかけた。うちの住所と、その家の名前を言って、すぐ救急車を手配してもらった。携帯に、ツッツッツッツとずっと音が流れて、その音に合わせて人工呼吸してくださいと言われた。音量を最大にして、人工呼吸してもらった。しばらくして、救急車が到着して、救急隊が見たけれど、すでに亡くなっていたらしく、警察が到着するのを待った。入院している奥さんに連絡して、救急隊の人に替わると事情を説明していた。警察が来て、連絡した私と、家に中に入った夫とMさんは、氏名や生年月日、住所や電話番号などいろいろ聞かれた。そのうち娘さんも到着して、帰ってきてから2時間ぐらい、外で歩き回っていたので、私の足は限界で、先に家の中に入らせてもらった。月曜日、入院している奥さんのところにお見舞いに行った。熱中症かなと思ったけれど、もともと心臓も悪かったそうで、熱中症が死因ではないと言うことだった。夫も、Mさんも、眠っているように穏やかな顔で、苦しんでいるような表情ではなかったらしい。でも、自宅で亡くなると、いろいろ検査もあるらしく、すぐに葬儀はできないらしく、奥さんも入院中なので、子どもたちに任せていると言うことだった。私は、ガレージに車を入れにくいので気になったけれど、他の人はあまり気になってなかったみたいだった。前日から気になっていたのに、どうして家の中で倒れていると考えなかったのだろうと悔やんだけれど、奥さんや子どもさんからは、反対にお礼を言われた。82才だと言うけれど、まめな人で大工仕事や木の剪定を元気にしている姿を見てきたので、こんなに簡単に亡くなってしまうとは思わなかった。人生ってわからない。他にもいろいろなことがあったけれど、また今度。
2025.07.06
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31日の土曜日、一年ぶりに昔の同僚との集まりがあった。私が一番初めに勤めた職場の、最後ぐらいに勤めていた人たちで作られている会で、11人が集まった。会の名前は早乙女会と言うので、いつも集まるのは5月の最後か6月最初の土曜日と決まっている。コロナ前の2019年までは、年1回毎年集まっていたけれど、コロナで5年間空いて、去年から、また再開した。一番の年長は、御年95才のN先生。若い頃、だんなさんを亡くし、女手一人で娘さんを育ててきた。先日心臓の調子が悪くなって入院したと言うけれど、とにかく明るくて元気。長年太極拳を習っていて、去年は毎日手帳に日記を書いていると見せてくれた。私は、勤めだして4年目に、この先生と一緒に1年生を担任した。1年生は勉強も生活も基本を学ぶ。子どもとの接し方も保護者との対応の仕方も、この先生から教えてもらったことは多い。明るくて、元気をいっぱいもらえて、いつもお手本にしたいなあと思う。その日の食事。いろいろな釜めしを選べて、私が選んだのはパエリア釜めし。これは、他のお料理に合わなくて、ちょっと失敗。他の人が頼んだ蟹釜めしや海鮮釜めしの方が美味しそうだった。来年は、Yさんと私とで幹事をすることに決まっている。それで来年の5月30日に、今度はテーブル席をもう予約してきた。その前の木曜日は、毎月集まっている元同僚との食事会。このメンバーは6人。私が勤めた2番目の職場の同僚たち。この日は、初めてのレストラン。最初に出てきたのは、牛筋のオリーブオイル仕立て。ポタージュスープは、しょうががピリッと効いていた。好きなパスタを選べたけれど、私は魚貝のアンチョビクリーム。サラダの見た目も美しく、これで約1800円。大満足で、またリピートしたいお店だった。ところで、久しぶりに会うと、身体の調子をよく聞かれる。掘りごたつタイプの座席だと、すぐ立つことができないので、いつも端っこの席に座らせてもらう。左足首と両膝を手術しているけれど、右の股関節と脊椎、右手首、両手指、両肩も調子が悪い。先週水曜日に気が付いたけど、腰に手を回そうとしたら、左手は腰に置けるのに、右手ができない。鏡で見たら、左肘は真横にできるのに、右肘は、肩が後ろの方に向いて真横にできない。悪いところはいっぱいあるけれど、そんな風に見えへんねと言われる。いっぱい出かけるところがあるし、終わったら一緒にお茶したりランチしたり。もうちょっと食べ物を控えて痩せたほうがいいのに、何を食べても美味しい。でも、ちょっと気合を入れてダイエット頑張った方がいいかな?
2025.06.04
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「6月までの、ホテルニューアワジの宿泊券が残ってたわ」と娘が言ったのは、数週間前。「母の日もあるから、行く?」というので、「行く行く」「お父さんは、留守番するらしいよ」と返事。この宿泊券は、数年前のふるさと納税の返礼品。フリーページの旅行記録を見ると、2019年3月にホテルニューアワジのヴィラ楽園。2020年の8月に同じグループのあわじ浜離宮。2021年の2月に夢海游、7月にヴィラ楽園、8月に夢泉景。と何度か泊まっている。数年前に、国の基準に違反しているとされて、ふるさと納税が停止してしまったので、もう行けないのと思っていた。でも、エルちゃんとイー君が、GWの旅行などで、習い事を休み過ぎているから、土日に行きたいと言う。「おばちゃんと一緒に行ってきて」と言うので、18,19日の日・月曜日に姉と行ってきた。行ったのは、夢海游。11時頃、和歌山から姉が車できて、うちの家に車を置き、私の車で出発した。軽く、昼食を食べてから、阪神高速湾岸線から神戸の方へ。阪神高速神戸線から第二神明道路に入り、ナビの指示のままに神戸淡路鳴門自動車道へ。明石海峡大橋を通って、洲本市の夢海游まで約3時間。ちょうど3時過ぎのチェックインの時間だった。畳で寝れないので、娘が予約してくれていたのは、和洋室の部屋。窓から、松原の海岸と海が見えて、きれいな景色。和室に小さなテーブルと座椅子になる座布団が置かれていたけれど、私も姉も座れないので、テーブルの上は、私のスーツケース置き場になった。でも、リビングもあるので、ゆっくり過ごせた。部屋は別館で、本館のお風呂にゆっくり入っていたら、すぐに夕食の時間になった。部屋に戻って、又本館の色彩ダイニング、浜房へ。頼んでくれていたのは、淡路島の海の幸と淡路牛付きディナー、デザートブッフェ付。島の恵みの前菜・島野菜のスープ・お造り盛り合わせ・桜鯛のパイ包み淡路牛の一口ステーキ、淡路牛と淡路玉ねぎのしゃぶしゃぶ鍋・ごはん赤だし香の物見た目も美しく、とっても美味しいものをちょっとずつ。生ビールと淡路ビールも頼んで、美味しくいただいた。最後のデザートバイキングは、種類がいっぱい。下の2枚はデザートの写真だけれど、まだまだ種類があったけれど、もうお腹いっぱい。部屋に戻ると、姉はもう眠そう。10時ごろ、私は一人で別館にあるお風呂に入りに行った。実は、夕食後私だけスパでアーユルベーダをお願いしていたんだけど、予約が詰まっていて、夕食前に変更できないかと連絡がきた。姉は、マッサージなどはあまり好きではないし、夕食の時間が遅くなりそうなので断った。短時間睡眠の私に、夜は長い。ベッドで寝ると、やはり朝から腰が痛く、30度ぐらい前に傾いたまま、伸ばすことも曲げることもできない。6時ごろ、姉と別館のお風呂に行って、ゆっくり温まっていると腰も曲げられるようになってくる。8時過ぎに、昨夜と同じ浜房で朝食。バイキングで、久しぶりにお粥と日本食のおかず(左側)とパンと洋食(右側)最後にコーヒーとフルーツ、デザートも。下の右は、ロビーに飾っていたお花。豪華できれいねえと言ってたら、お花を挟んで記念写真を撮ってくれた。宿泊券は6万円。ビールも飲んだけれど、まだ7000円分ぐらい残っていたので、おみやげをいっぱい買った。10時にチェックアウト。途中、明石大橋の展望できるところで、ちょっと休憩してからまっすぐ帰って来た。姉の車をとって、2台で地元の和食のお店で、遅めの昼食。淡路島で何も観光しなかったけれど、のんびり過ごせた二日間だった、
2025.05.27
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先週の木曜日、息子の家族が食事に誘ってくれた。場所は、夫の好きなお好み焼き屋さん。GWは、各自の用事もあって集まれず、久しぶり。1月に成人式をした孫(長男)の髪がつやつやさらさらでとっても綺麗。美容師のヨメ(Tちゃん)が言うには、2回脱色して染めるので、ホントなら3万円ぐらいかかるそう。顔もすべすべツヤツヤで、ちゃんとお手入れしている美容男子みたいだ。医薬品関係の仕事も順調で、毎日楽しく過ごしているみたい。4月に、大学に進学した次男は、大学まで3つの鉄道を乗り継いで通学している。渡したお祝いで、大学近くの駅に置く自転車を買ったそう。通学時間は1時間半で、今までよりずっと時間がかかるそうだけど、キャンパス生活は楽しいらしい。GWも春休みに続いて、ドラッグストアでアルバイトしていたらしい。車の免許も取ったそうだけど、最近は学科の授業は、オンラインで自宅でできるらしい。それで、免許の取得は早くできるようになったようだ。私の前に座ったのは、今年中3の三男坊。孫たちが小さい頃、両親が仕事の時はよく見ていた。上の二人はダンナと一緒に、三男坊と私は、二人で過ごすことが多く、よく甘えてきたので、今も一番なついている。私が頼んだモダン焼きを「食べる?」と言うと「ちょっとちょうだい」と言うし、私も彼の頼んだもんじゃ焼きを一緒に焼いて、ちょっと味見させてもらったり、海老の塩焼きを、一尾食べさせてもらったり。金婚式だからと、とっても豪華な花束をくれた。こんな大きな花束をもらうのは久しぶり。記念にヨメのTちゃんが撮ってくれた写真をイラストにしたけれど、息子も孫たちと同じように見える。私が眼鏡をかけているのは謎だけど。おみやげのクッキーももらって、ほろ酔いでいい気分で帰って来た。敦賀の義父の命日が5月12日、義母の命日が5月13日なので、今日はダンナと一緒にお墓参りに行った。花束の花がいっぱいなので、今日は母の日だし、赤いカーネーションと、白いカスミソウ、黄色のオンシジウムなどを抜いて、買った墓花と一緒に入れたら、すごく華やかになった。息子は母の日のプレゼント渡せなくてごめんとLINEが来たけれど、家族5人が仲良く、孫たちが元気に素直に、優しい子たちに育ってくれているのが最高のプレゼント。お墓参りで、華やかに飾ってあげたのも嬉しくて、とってもいい一日だった。
2025.05.12
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最近夫がはまっているのは、Youtubeでトランプの手品とその種明かしを観ること。それを覚えて、すぐに手品を見せに来る。今日もトランプで手品を見せてくれた。①トランプを1枚ずつ裏返しで置いて言って、私がストップをかけた。②その数字がクラブの10だったので、「10」と言うとその上に1枚2枚と置いていって、 10枚目を表にすると、スペードの11。③その横に、1枚2枚と置いていって、11番目を表にするとハートの8。④その横に、1枚2枚と置いていって、8枚目を表にするとダイヤの12。⑤その横に、1枚2枚と置いていって、12枚目を表にするとスペードの5。⑥最後に残ったトランプは4枚。裏返して下に並べて、1枚ずつひっくり返していくと、 上のカードと同じ、11と8と12と5のカードだった。「うわあ~すごい」と言うとすごく喜んでいる。最初は、ぎこちなくて種の見破れるものもあったけれど、専用のノートを作って、上手くいくヒントなども書いているみたいだ。そんな中で、最近、私が初めて知ったことが。夫が、1.4.2.8.5.7のトランプを見せて、サイコロを振って出た数字をかけてと言う。4が出たら、私がiPhoneの計算機を使って計算しているのに、ダンナは1秒で 571428とトランプを並べ、5を出したら、714285と並べる。これは手品でもなんでもなくて、巡回数という数字らしい。142857×2は、285742142857×3は、428571142857×6は 857142整数の中で一番小さい巡回数が、142857。こんな面白い数字があるって、知らなかった。
2025.05.05
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2月から通いだした、市の健康増進センターのプールが、連休中に水の入れ替えをすると言うので、今週から来週の水曜日までお休み。私の普段の生活は、月曜日 (病院)火曜日 (孫のお世話)水・木・金曜日 (スポーツクラブ) 第1・3(習字)土曜日 第1(おもちゃの修理隊) 第2・4(ハングル)という生活だけれど、今週は孫も学校が休みで行かなくてもいいし、とっても暇。こういう時に、ちゃんと家の片づけをすればいいのに、YoutubeやNetflxを観て、ぐうたらな生活をしてしまっている。最近の出来事では、4月の18日に、足首の診察で奈良の生駒にあるH病院へ。車で、阪神高速を通っていくんだけれど、万博近くは出口付近で渋滞していた。車を運転して最初は、右の股関節が痛く、薬を持ってくれば良かったと思ったけれど、着くころにはましになって、病院が終わってからも、お気に入りのオランダ屋へ寄ったり、生駒近鉄で買い物したり。楽しんで帰って来た。足首の状態は、半年前とあまり変化はない。固定術をした左足は、動きもいい。右足首は軟骨が減って、片側がぶつかっているので、杖が無いとすぐ痛みを感じるけれど、杖を使っていたら少しは歩ける。リュックにして、右手で杖を持ち、左手で何か支えていればかなり歩ける。ダンナがいたら、腕を組んでもらえるので、ベトナムでもかなり歩けたんだと思う。先日の日曜日は、和歌山で姉と待ち合わせ。姉の車で、赤心という人気のお店でランチ。その後、今度は和歌山近鉄へ。生駒も和歌山も、近鉄には成城石井が入っている。近鉄の株主優待カードを持っているので10%引き。株はいろいろ処分していっているけれど、持っておきたい株。7才年上の姉は、一昨年トヨタのヤリスクロスに乗り換えてから、運転が楽しいみたい。ちょっと線からはみ出してもピッピと音が鳴るけれど、それも安心。先週の土曜日のハングルでは、大阪万博の話になった。万博へ行った人が2人いた。友だちの中にも行った人がいるけれど、入りたいパピリオンになかなか入れず、皆一日で2万歩近く歩いている。私には、とっても無理だ。万博に批判的なyoutubeをよく見ているのからか、私は全く魅力を感じないけれど、行った人は、また行きたいと言っていた。1970年の万博の時は、高校1年生で、遠足で一回行った。その時も、有名なパピリオンには一つも入れず、あまり良い印象が無い。前回の万博で何度も行ったりして、良かった印象を持っている人は、今回も行きたいと言う気持ちが強いんだろう。わが市は、希望者を募って、タダでバスで連れていってくれるそうで、回覧板が回ってきた。他市の人はいいなあと言う。大阪府では、各学校にもチケットを配って、遠足で行く市と、断っている市がある。交通便の悪さや、熱中症、大雨や地震、ガス爆発などの可能性を考えると、もし今も学校現場にいたら、子どもを連れて行きたくはないなあと思う。これから暑くなっていくけれど、事故が起きないように願っている。月曜日は朝から、リハビリ。40分かけて、私の体をほぐしてくれる。動きが悪かった股関節も左側へ回るようになるし、肩の動きも良くなる。腰も悪くて、足先がずっと痺れているけれど、ふくらはぎや指先をほぐしてもらっている間に、血流が良くなるのがわかる。体中悪いところだらけだけれど、PTさんがよく勉強していて、毎回満足している。ところで、最近面白いなあと思っているのは、ChatGPT。写真を、数分でアニメ化してくれる。ハノイの、トレインストリートでのダンナとエルちゃんとイー君の4人で撮った写真を、ジプリ風にしてみた。私たち夫婦がとっても若く見えるので、載せておこう。ハングルでも、みんなで写真を撮って加工して見せて楽しんだ。今度、ダンナと南の島へ旅行に行く予定だけれど、旅行計画も数分で作成してくれる。でも、ここまでAIが発達すると、アニメのスタッフも要らないし、旅行会社も仕事が減るだろう。社会から無くなっていく仕事も多いだろうな。待たずに済む予定だった万博が、いろいろなところで不都合が生じているニュースを見ると、世界的にかなり遅れているように感じてしまうんだけど。
2025.04.30
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4日目の朝食もラウンジで。シーフードのリゾットを頼んだら、とっても美味しかった。朝食後、Grabタクシーで、また旧市街のハンガイ通りへ。有名な刺繍の専門店で降ろしてもらった。とてもおしゃれできれいなお店で、1階から3階まで、小さな小物から洋服やインテリアまで、丁寧に手刺繍された品物が並んでいた。見ているだけで、楽しく、お土産用に手刺繍のポーチなどを買った。旧市街を歩いて行って、お昼はバインミーのお店で。バインミーは、15㎝ぐらいのフランスパンに野菜やハムなどを挟んだホットドッグのようなもの。コロナ前に、ベトナムのニャチャンへ行った時は、美味しくて毎朝バインミーを頼んでいた記憶がある。でも、このお店のバインミーは今一つ。写真は、お店の中から外の旧市街を撮ったもの。ここのお店もお客さんが多かったけれど、向かいのバインミーのお店の方が美味しいので有名だったと言うことがわかって、2種類のバインミーを買って帰った。またGrabタクシーを呼んで、ホテルのそばの人気のチョコレートの専門店で降ろしてもらった。このお店も、とってもおしゃれで素敵なお店。ベトナム産のカカオと厳選された材料を使って、いろいろな味のチョコレートが並んでいる。チョコレートの味によって、パッケージの色がわかれていて、同色のプレゼント用の袋も付いて、とってもおしゃれ。ここでもお土産用に購入。(今、家に残っている刺繍の小物とチョコレートのおみやげ。)チェックアウトが2時なので、部屋に戻って荷物の整理。飛行機が夜の便なので、4時まではラウンジで過ごさせてくれた。飲み物をもらって、買ってきたバインミーを食べようとしたら、冷えてしまって全く美味しくない。やっぱり、パンの皮がカリッと香ばしく、中がふわっとしている作り立てが一番おいしい。飛行機の時間まではまだまだ時間があるので、再びGrabタクシーで、ロッテモールへ。スーツケースを預けて、チャンピオンと言う室内アスレチックの施設へ。命綱を付けて50mのジップラインで移動したり(左上)10mぐらいのポールタワーに上って行ったり(左下)見ている方もハラハラドキドキ。お客さんが少なくて、エルちゃんもイー君も、何度もトライしていた。夕食は、「Sushi Hokkaido Sachi」という日本食のお店で。ダンナは、アジアン料理はちょっと苦手で、お寿司や蟹などの日本食がやっぱり一番好き。子どもたちも、イクラ丼やホタテのバター焼きなど久しぶりの日本食を堪能した。そこから空港へ。出発までの間、娘とエルちゃんは、ベトナム航空のラウンジへ。私とダンナは、イー君を連れて、プライオリティーカードを使えるラウンジへ。でもチケットとカードを見せてラウンジに入ろうとしたら、このカードは使えませんと言われた。プライオリティーカードを手に入れるために、私もダンナも別々に楽天のプレミアムカードにしているのになあ。お腹もいっぱいだからまあいいかと、出発ゲート近くの椅子に座って、どうして使えないか調べたら、アプリを使って登録しないといけないようになっているみたい。楽天からは、何も連絡ないし不親切。年間使用回数も5回に限られている。楽天、ちょっとやばくなっているのかな。イー君も椅子に座って寝ていたけれど、エルちゃんもラウンジで寝てしまっていたみたい。飛行機に乗る時は、起きて歩いたけれど、飛行機に乗ったらまた寝てしまった。ベトナム航空の飛行機は、23時45分発。飛行機の中で、娘もダンナもよく寝ていたけれど、私はなかなか眠れなかった。食事が出されて、ワインを飲んだのは、4時頃かな?娘たちは、食事ももらわなかった。5時半ごろに、インチョンについて荷物を取り、今度はエアプサンの飛行機にチェックイン。エアプサンは、LCCで値段も安かったのに、座席も広くて静かで快適だった。でもインチョンで何をしていたのか、エアプサンの中でどう過ごしていたか、ちょっと記憶が飛んでしまっている。こんなことはあまりないんだけど、半分寝ぼけていたのかな?家に帰ってきてから、いろいろ探すんだけど、私のプライオリティーカードが見つからない。ハノイの空港の出発ゲートの椅子に座って、アプリにカードの番号を入れたり、いろいろしている時に落としてしまったのかも。クレジットカードじゃないからまあいいかと、いまだにそのままになってるんだけど、いいのかな?
2025.04.20
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ハノイ2日目、ホテルの帰ってきてから、プールには入れないけれど、男女別のサウナがあったので、サウナに入った。誰も利用している人がいなくて、一人で入って、その後シャワーをしたけれど、ドライヤーの使い方がわからない。それで髪の毛が濡れたまま部屋に戻った。部屋のドライヤーも同じタイプで、聞いたら後ろのボタンを親指で押しながら使うタイプ。私は、右手の親指が全く力が入らないので使えない。それで初めて、ダンナに髪を乾かしてもらった。ラウンジでは、5時からチョコレートタイムがあって、その後ライトディナータイム。お酒類や軽食が出る。ビールとハイボールを飲んで、サラダや春巻き、チキンやサンドイッチなどをつまみながら、ゆったりと過ごした後、それぞれの部屋に帰った。3日目の朝食は、私とダンナは、ラウンジではなくレストランのビュッフェへ。お寿司やご飯に味噌汁、焼き魚に卵焼きなどの日本食。お粥や飲茶などの中華料理。ベトナム料理や洋食の種類も多かった。私はいろんな物を少しずつと、フォーを注文して作ってもらった。種類が多いけれど、人が多くて騒がしいイメージ。やっぱりラウンジの方が落ち着くなあと思った。朝食後、Glabでタクシーを呼んで、一昨年できたロッテモールへ。ロッテモールの中は、とっても綺麗で近代的。1階には、有名なブランドのお店もいっぱい入っていた。目的のキッザニアは5階。(右上)エルちゃんもイー君も、兵庫県西宮にあるキッザニアには何度も行っていて、放送局のキャスターやコメンテーターになったビデオなどを見せてもらったことがあったけれど、私は行ったことが無かったので楽しみだった。3時間のコースに入った二人は、①森永のパティシエになってパフェを作って、試食するコース。②韓国のカップ麺を作るコース。(下左)③ベトナム航空のパイロット。(下右)④モデル⑤助産師になって赤ちゃんのお世話⑥消防士。(下中)といろいろな仕事を体験。助産師になって、赤ちゃんの人形を使っておむつを替えたり、モデルとして歩いてポーズをとったり、見ていても楽しかった。娘の家族は、子どもたちが小さい頃からよく海外旅行をしていて、海外のキッズルームに入ったりしているので、言葉の抵抗はないみたい。日本では、待ち時間が多くて、こんなに速くいろいろな仕事は体験できないみたいで、喜んでいた。先日、はんらさんのブログで、ChatGTPを使って写真をアニメ化していたので、ベトナム航空の制服を着たエルちゃんとイー君をアニメ化してみた。微妙に似ている。数分でできるのがすごいなあ。ロッテモールの地下には、ロッテマートがあって、お土産を買ってからホテルに戻った。ラウンジでお茶して、晩にはお酒も飲んで、のんびり。ずっと気温は20度くらいで、プールは最後まで入れなかった。※ ※ ※ところで、4月から、私が通いだした市のプールで、ダイビングレッスンを入れてくれることになった。今までのスポーツクラブから移った4人だけかなあとと思っていたけれど、体験したいと言う人が20人近くいて、大盛況。貸出できるフィンやマスクの数が足らなくて、自分のを買いたいと言う人も。レッスンを入れてと頼んだ身としてはホッ。
2025.04.16
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モーベンピックホテルハノイでは、ラウンジアクセスの付いた高層階のツイン、2部屋を申し込んでくれていた。HPで見ると、気持ちよさそうな大きなプールの写真があって、プールに毎日入りながら、のんびりとホカンス(ホテルでバカンス)を楽しもうと思っていた。でも、前日30度くらいあった気温が、2日目から20度以下。風も強くて、とてもプールに入れそうな雰囲気じゃない。日本も、すごく気温が下がってたし、残念だけど仕方がない。朝食はラウンジで。お粥やフォー、卵料理などを選べて、サラダや春巻きなどのおかずやパン、フルーツなどは自由に取ることができる。朝食の後、みんなで街歩きをすることにした。モーベンピックホテルは、ハノイ駅のそばで、旧市街にも近い。そういうのも選んだ理由。少し歩くと、雑貨や瀬戸物(バッチャン焼)などのお店が並んだ通りがあって、レイルストリートがあった。youtubeで見て、行ってみたいと思っていた場所。カフェへ入らないとレイルストリートには入れてもらえないらしい。電車が来るまでは、まだずいぶん時間があったけれど、カフェに入って、飲み物などを頼んで待った。だんだんお客さんが増えてきたので、線路のそばの席に座りなおして、電車が来るのを待った。線路の横は1mも無いのに、バイクも通っていた。電車がやって来た。横の人が携帯を持って手を伸ばしているけれど、このままいけばぶつかるぐらい、目の前を警笛を鳴らしながら、電車が通ていった。10両以上繋がっているような、長い電車で、日本では絶対見られない体験だった。youtubeなどでは、両側にお店があって、電車が通る直前まで品物を売ったり、店員が食べ物を運んだり、スリル満点。そんなところでもう一度見たいと思ったけど、次に電車が通るのは、3時間後ぐらい。電車が通る1時間ぐらい前までは、レイルストリートは閉鎖されていて、勝手に入ることはできなくなっていた。お昼は、ハノイ名物のブンチャー。ミシェランにも載っているらしく、お店の外のテーブルに、外国人がたくさん座っていた。ブンチャーは、つけ麺。焼き豚やつくねがいっぱい入った甘酸っぱいたれに、野菜や細い米粉の麵を入れて食べる。山盛りの野菜の中には、パクチーも入っていて、子どもたちやダンナはあまり入れなかった。左側にあるのは、揚げ春巻き。これも漬けて食べても美味しかった。隣のテーブルに、山盛りのきざみニンニクと、トウガラシがあった。注文したものなのかな?と思ったけれど、自由に入れてもいいみたいなので、私と娘だけ取って入れた。グッと味が引き締まって、より美味しくなった。旧市街の中には、手作りのはんこ屋さんがあると言うので、歩いていたけれど、疲れてきたので。私とダンナは、ホアンキエム湖のそばのカフェで休憩。向こうがダンナの頼んだベトナムコーヒー、手前が私が頼んだエッグコーヒー。ベトナムコーヒーは、底の方にコンデンスミルクが入っていて、かき混ぜなければ最後にすごく甘くなる。エッグコーヒーは、コンデンスミルクと卵を泡立てて入れていて、プリンのような味。かき混ぜると、甘いコーヒーになる。カフェの湖側は、こんな感じ。昔、黎明を開いたレ・ロイ王が亀からもらった剣で敵を倒したという逸話があり、ホアンキエム湖の中の廟には、その亀のはく製が祀られていると言う。それでこんな亀の像があるんだろうな。エルちゃんとイー君は、自分の名前を彫ったハンコを作って戻ってきたので、Grabでタクシーを呼んでホテルへ。ラウンジでちょっと休憩。ラウンジの中はこんな感じ。私は、外歩きの時は、左手をダンナの腕に回して、右手で杖をついて歩く。そうするとかなり歩けて、旅行の間の歩数は、毎日1万歩近くだった。
2025.04.13
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3月28日から4月1日まで、ベトナムのハノイに行っていきた。結婚50周年だし、一緒にどこかへ旅行しようかと娘が言って、シンガポール、クアラルンプール、ベトナム、タイ、いろいろ探していたけれど、春休みで、関空からのチケットが高い。ソウルからならもうちょっと安くなると、ハノイまでのビジネスをとってくれた。関空からソウルのインチョンまでは、私が出すことにして、時間に合う飛行機を予約してもらった。関空の第一ターミナルの駐車場に車を停めたかったので、インチョンまでは12時55分発のイースター航空。初めて乗るLCCだ。預ける荷物は15kgまでなので、今回はダンナと別々のスーツケースに。娘とエルちゃん、イー君とは、11時前に関空で待ち合わせ。ゲート近くのカードラウンジ、金剛でちょっと休憩してから飛行機に。すごく小さい飛行機だ。12時55分発なのに、なかなか出発しなくて、動きがしたのが1時半。飛び立ったけれど揺れる揺れる。操縦が荒いイメージ。出発は遅れたけれど、到着時刻は変わらない。20時55分に猛スピードで滑走路に入っていって、急ブレーキで停まった、今後は、乗りたくないなあ。一旦荷物を出して、改めてチェックイン。ビジネスなので、提携している大韓航空のビジネスラウンジを使わせてくれた。でも、ビジネスで同んな食事が出るか楽しみなので、控えめに。フルフラットで、靴を脱いで足を伸ばせて快適。食事は、韓国風を選んだけれど、娘のはキムチやスープも付いてきたのに、私のには付いてなくて、前菜やデザートも洋風で謎。飛行時間は約4時間半。「4月になれば彼女は」と言う佐藤健と長澤まさみ主演の映画を観た。内容は今一つ。満島ひかりの「ラストマイル」があったので観たいなと思ったけど、時間が足りなかった。ハノイへついて、娘がホテルまでの車を頼んでくれていた。ホテルは、ハノイ旅行のYoutubeでサービスがいいと言っていた、モーベンピックホテル ハノイ。私たちと、娘たちと二部屋取ってくれていた。現地時間では、夜の10時半ごろだけど、2時間の時差で日本時間では夜中の0時半。みんな眠くて、すぐにお休み~
2025.04.08
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3月30日の今日は、結婚記念日。泊まっているホテルで、お祝いしてくれました。長年、よく持ったものです。ブログのおともだちの、はんらさん、nikさんの奥さん、お誕生日おめでとうございます。
2025.03.30
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いろんなことに時間がかかって、毎日、いろんなことが時間切れ、のように感じる。夜になって、パソコンを開くと、眠くなってきて、まあ明日でもいいかと思う毎日。とりあえず、最近のことを簡単に書いておこう。2月から、市の増進センターのスポーツクラブに通い始めた。水曜日に入っているのは、「らくらく健康体操」という80分のスタジオレッスン。ストレッチや筋力トレーニングなど、途中他の人はヨガマットを使ってストレッチをしているけれど、私は椅子に座って参加させてもらっている。木曜日は、プールで30分のアクアビクス。金曜日は、プールで水中歩行。と3つのレッスンに参加して、その後、プールで200~300m泳いで、15分くらい歩いて、ジャグジーに入って、帰る準備。最近は、左の肩と右手首の調子が悪く、スポーツクラブへ行く時は自分でテーピングをしている。シャワーをするのも、服を着るのも時間がかかって、友だちがもう一つレッスンに入って、出てくるのと、同じに終わる。4月から、ダイビングレッスンを入れてくれることになった。午前中と午後と時間が離れているので、どうしようか考え中。第1、第3木曜日の、習字の講座は、いつも終わってからランチを食べに行ってた85才のYさんが、身体が辛いと、1月でやめてしまった。結局講座の中では、一番古株になってしまった。習字講座に入って15年、私一人だけ他市から参加させてもらっているし、私も辞めようかなと思ったけれど、講座へ行くと、習字を書くのは楽しいし、もうしばらくは続けることにした。第2、第4土曜日のハングル講座も、もう10年近く続いている。先日の講座の時、Kさんがみんなにお土産を持ってきてくれた。立方体の箱を開けると、5月の端午の節句の飾りが出てくる。みんなの分を作るの大変だろうに、3月には雛飾りを、去年の年末にはお正月飾りを作ってきてくれた。「テダネヨ」(すごい)「ノム キオウヨ」(とてもかわいい)とみんな大喜び。日本語での雑談も多いけれど、毎回楽しく過ごしている。先日、テレビで日本アカデミー賞授賞式を観た。最優秀主演女優賞の河合優実は、だいぶ前にAmazonプライムで「あんのこと」を見た時、すごく上手い子だなあと思ったけど、あまり話題にならなかった映画なので、賞レースに出てくると思わなかった。でも、その後、ドラマでも彼女は評判になっていたなあ。横浜流星が主演男優賞をとった「正体」Netflxであったので、すぐに観た。逃走する死刑囚として、いろんな顔を見せてくれる。最後に光が見えて、映画もとても良かったし、納得だ。作品賞の「侍タイムスリッパー」は、ダンナとすぐに映画館に観に行った。私は今、NHKで「カムカムエブリバディ」の再放送を観ているけれど、それとも重なるところがあって、時間の経つのを忘れてしまうぐらい面白かった。最近になってAmazonプライムで始まっている。お勧めです。と更新していないけど、元気です。
2025.03.25
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いろいろ書きたいことはあるのに、ちょっと書いては眠くなったり、保存し忘れたり。ちょっとだけ、最近のことを書いておこう。2月2日(日)は、ダンナと、笑点メンバーの春風亭一之輔さんの落語の独演会に行ってきた。約15500人の客席は満席だった。枕には、その日にあった岸和田市議会選のことを入れたり、大河や朝ドラの話題なども入れたり、ちょっと辛口だけれど、ユーモアを交えて、くすっと笑えるネタと、滑らかな語り口。久しぶりによく笑った。2月14日はバレンタインデー。あまり他の人からはもらえないだろうから、息子と息子のところの3きょうだい、そしてダンナと娘のところのイー君、そして一人だけ無かったらかわいそうなのでエルちゃんにも、チョコレートのプレゼント。10日の日曜日に、姉と待ち合わせて和歌山の近鉄へ買いに行ったので、今年は、自分のと姉へのプレゼントのチョコレートも一緒に購入。息子にはウイスキーの入ったものを、エルちゃんには桜のチョコを、一番幼いイー君にはポケモンを、といろいろ見ながら買うのは楽しい。そして、自分と姉にはこれ。チョコレートが美しく、模様を眺めながら、毎日一粒ずつ楽しみながら食べた。バレンタインデー当日の、先週金曜日には、イー君の学芸会があった。土曜日のお昼は、昔の同僚のおうちカフェで、1年ぶりぐらいに食事会。そこにも、チョコレートを一箱持って行って、食後に一粒ずつ。同じ日、夕方から高校のクラス会があったので、私は2時半ぐらいでおいとまして、家に帰ってからダンナに送ってもらってクラス会に参加。いっぱい飲んで、いっぱい食べて、いっぱいしゃべって、ほろ酔い気分で、ダンナに迎えに来てもらって、他の友だちも送っていった。同じ日に二つ重なってたら、一つ断わるのが普通じゃないの?と言う人がいたけど、断らないのが私流。行くかやめようか迷ったときは行くと決めている。久しぶりに会って、いい時間を過ごしたと思っている。最近、ハマっているのが、Netflxで放送されていた、タイムレスのオーディション。セクシーゾーンが5人から3人になり、 名前をタイムレスに改めた。去年から、メンバーを増やすためにオーディションが行われていて、見ごたえがある。先日15日に、メンバーが正式に決まり、8人グループで再出発することになった。今までよく知らなかったグループだけれど、みんな一生懸命で、他の人に優しく、応援したくなった。これから、いろいろテレビなどに出てくるのが楽しみだ。
2025.02.19
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先週の月曜日に、リウマチの治療で河内長野市にあるO医療センターへ行ってきた。4週間か5週間ごとに通院している。いつもは検尿、採血の後、診察、そしてアクテムラと言うリウマチの薬の点滴をしている。今回は、採血の後、久しぶりに胸と手と足と肘のレントゲン撮影をした。血液検査の結果は、腎臓も糖尿も異常なし。肝臓の数値を示すALTやLD、そして赤血球量などのMCVなどはちょっと高め、それはリウマチで飲んでいるメトトラキサートと言う薬の影響だろうけれど許容範囲だと言う。以前高かった体内の炎症や細胞の破壊を示すCRPやMMP3の数値は、生物学的製剤の点滴治療を始めてからずっと正常値になっている。リウマチの薬は、間質性肺炎の副作用を起こすことがあるので、肺のレントゲンを撮ったけれど、1年半前とあまり変わりはない。手の指では右手の親指の変形がすごく進んでいた。これは他の病院でも手術を勧められたりする。右手で爪切りはできないし、はさみも使いにくいしボタンも留めにくい。握力が5kgぐらいしかないので、ものすごく不便になっている。でも、私は元々右の薬指と小指に中骨短縮症があるし、ヘバーデン結節ですべての指が曲がっているので、手術をしてギブスをしていたら他の指が動かなくなりそうで手術をする気が起こらない。肘は、あまり変化が無かった。曲がっていはいるけれど、今のところ、あまり痛みもない。足の指も、ヘバーデン結節。特に右親指の関節の変形が進んでいた。それよりも、今は手首と肩と股関節の方が痛いけれど、この病院ではレントゲンを撮っていなかったので、調べてもらえなかった。この病院以外に、私が通っている整形外科の病院は4か所。半年ごとに、奈良のH病院で診てもらっているのは、両足首。2007年に固定術をした左足首は順調。右足首は変形して、杖を持たずに長く歩いていると、痛くなってくるけれど、今のところそれほど不便は感じていない。固定術は0荷重の期間が長いので、もしするのなら人工関節に変えることだろうけれど、今の状態なら多分、しなくても持つんじゃないかと言われている。3か月に1回通っているのが、両膝の手術をしたR医療センター。この病院では、毎回いろんなところのレントゲンを撮っている。肩のレントゲンを撮った時には、肩に水が溜まって炎症を起こしていると言われたし、手首のレントゲンを撮った時には、手首につながる橈骨と尺骨の間に炎症が起こっていてギザギザになっていた。前回行った時は、股関節のレントゲンを撮った。臼蓋形成不全の右股関節の軟骨の隙間が無くなってきて、手術を勧められている。今私が痛みを感じるのは、右手首と右肩と、右股関節と腰痛。股関節を手術したら、今度は腰痛がひどくなりそうな気がして、これもためらっている。リハビリをしてもらっているのが、Yクリニック。毎週40分リハビリをしてくれる理学療法士のDさんには右膝を手術した直後からで、私の体を熟知してくれている。股関節、腰、肩をマッサージしてくれると、可動域が広がって、痛みもましになる。すごく勉強熱心で、筋肉などについても詳しく、ピンポイントで痛みのある場所を見つけてくれるのがすごいと思う。テーピングの仕方や、家で日常的にできる痛みを軽減する運動の仕方を教えてくれたり、すごくいい人に巡り合ったなあと思っている。リハビリは、それ以外にウォーターベッドか腰の牽引。クリニックの院長の診察は、最近は3か月に一回。R医療センターで撮ったレントゲンはCDに焼いてもらって、データを共有している。1月の診察では、やはり股関節の手術を勧められた。手術した方が脊椎にもいいんじゃないかと言う。息子や娘の家の近くのI医療センターの整形外科の医師が友だちで、いつでも紹介状を書くよと言ってくれているので、我慢できなくなったらお願いしようと思っている。そして、家庭医が家の近くのKクリニック。この病院へもCDを持って行って、データを共有。院長のK先生は、説明がとても分かりやすい。でも、ここも同じ整形外科なので、他の病院へ行った日に通うことはできない。行ったら、10分ぐらいのマッサージと、腰の牽引と電気を当てるリハビリをしてくれるけれど、行くのはすごく減っている。でも、インフルエンザの予防接種や風邪ひき、皮膚の炎症など幅広く見てくれるので、すごく便利な病院だ。いつも通っていたスポーツクラブのプールが使えなくなって、どうしようか考えていた。先月、市の増進センターへ様子を見に行ったら、今まで通っていたスポーツクラブが市から委託されて運営しているので、知っている先生が何人もいる。シュノーケルレッスンを指導してくれていた先生も二人いて、お願いしたら、4月からのプログラムの中に入れることを考えていると言うので、今のスポーツクラブを休会にして、2月からここのスポーツクラブに入会することにした。障がい者手帳を持っていたら、レッスンを受けなければプールには無料で入れる許可証をもらったので、いろんな時間帯で3回様子を見に行った。入るのは午前9時から午後5時までのデイコースだけれど、昨日の金曜日には夜に行ってみた。人が少ないし、25mで6レーンと広いので、歩きやすいし泳ぎやすい。10分ぐらい歩いて、25mを6往復、300mを泳いでから、ジャグジーでぬくもった。子どもも使用するプールだけれど、水もきれいだし、時々夜に行くのもいいなと思った。今まで肩の痛みや、腰の痛みがあっても、プールで泳いだり歩いたりするとましになった。やっぱり私には、プールが一番、体に合っているんだろうなと思う。ちょっと頑張ったら、また股関節の痛みもましになるような気もしているんだけど・・・
2025.02.01
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昨日1月29日は、一番上の孫の20才の誕生日。先日の成人式の日、「おめでとう」とLINEで送ったら、成人式に出かける時の写真が送られてきた。(左上)羽織袴やリーゼントの髪を染めて、のぼりを持った成人式に参加する人たちの様子がテレビで流れていたけれど、孫はスーツ姿で決めていた。「かっこいいね」と返事を返した。夜、ヨメのTちゃんから成人式の写真が何枚か送られてきた。友人と一緒に撮った写真の中で、孫が黄色い花束を持っている。(右上)「花束は誰からもらったの?」と聞くと「会社の先輩からもらったそうです。」と言う返事だった。成人式の会場に、会社の先輩が届けてくれたそう。高校を卒業して、去年の4月から就職し、上司も同僚も親切で職場が楽しいって言ってたけれど、本当にいい雰囲気なんだろうなと思った。孫に、お祝いを渡したいんやけど、と言うと、ぼくの誕生日の食事会の時にと言う。みんなの都合に合わせて、1月29日と決まった。それで家族そろっての食事会。今回は、ごちそう村と言うお店で。ちょうど20歳の誕生日なので。長男はアルコールの入ったサワーを頼んで、私とビールで乾杯。ダンナも息子も娘も、車を運転して帰るので、今回はノンアルコール。各自で、好きな物を頼んでワイワイ。途中で、成人式のお祝いを、娘からと私たち夫婦から渡した。もう二十歳なので、今回はきちんと、ダンナと私の連名で、のし付きの祝儀袋に入れて渡したら、嬉しそう。帰ってから中見よ。海外旅行に行けるかなあ。と言っていた。また、韓国一緒に行く?と聞いたら、行く気満々の様子。去年の3月、長男と次男と一緒に韓国へ行ったけれど、長男はKポップが好きで、その頃からDuolingoで韓国語を勉強している。中2の三男もDuolingoで英語を始めたので、去年の年末に私が入っていたDuolingのスーパーコースを、スーパーファミリーコースに変えた。スーパーコースだと、CM無しで、失敗しても回復を待つことなく進められる。ファミリーコースだと6人まで参加できるので、4月から外国語大学に通う次男に、専攻するスペイン語を今から始めたら?と勧めた。2時間ぐらいみんなで楽しく過ごして、お開き。食事代は娘が払ってくれた。いつものように、玄関で孫5人で記念撮影。(左から、三男、次男、エルちゃん、イー君、長男)次は、3月の次男の誕生日の時かな?
2025.01.31
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土日に、京丹後に蟹旅行に行ってきた。土曜日の10時ごろ娘の家について、スタッドレスタイヤの入った娘の家の車で出発。途中、大阪市内で、4月から1年生になるイー君の制服の採寸をしたので、いつもとは違う兵庫県からのルート。いいお天気で、途中の山にも雪は積もっていなかったけれど、京丹後に着くと、先日降った雪を集めた塊があちこちに。泊ったのは、夕日が浦温泉の一望館。蟹とフグの料理があるからと、娘が予約してくれた。蟹は、ダンナも私も大好きで、毎年食べるけれど、ふぐは久しぶりで楽しみだった。一望館は初めてだったけれど、本当に海のそば。夏には裏が海水浴場になるんだろうな。私が畳に敷いた布団では寝れないので、和洋室。部屋の奥に、信楽焼のお風呂が付いていた。海を見ると、黒い鳥のように見えるのは、サーファー。エルちゃんが生まれる前、ムコがサーフィンをしているのをお風呂から見ていると、娘が言ってたけど、寒いのに冬にサーフィンをしている人が多いのに驚いた。砂浜の横には公園があって、エルちゃんとイー君は、寒いのにブランコをしに行った。お風呂に入った後、夕食。先付け、かに刺し、てっさ、ボイルがに、かに天ぷら、かに茶わん蒸し、かにふぐちり鍋、雑炊、香の物、デザートかには、一人2杯。でも最近、親指の変形がひどく、はさみでかにの足を切ることができなくて困った。かにの足と甲羅をダンナと交換して、私は大好きな味噌を堪能した。久しぶりのてっさや、ふぐちりも美味しかった。みんなお腹いっぱいで、お鍋の具材がいっぱい残ってしまったけれど、コラーゲンたっぷりのふぐの皮は、私だけ食べていた。もう一回お風呂に入るつもりだったのに、ビールも飲んで、お腹いっぱい。エルちゃんとイー君は、部屋のお風呂に入って遊んでたけれど、出たら、みんな疲れて、早く寝てしまった。翌朝、5時ごろ目が覚めた。でも、大変なことに腰が痛くて曲げられない。朝、身体がこわばって30分ぐらい動きにくいのはいつものことだけど、ここまで痛いのは異常。プールが使えなくなって、先週水曜と金曜に5年ぶりくらいでエアロビクスのレッスンに入ったけど、その無理も出たのかなあ。とりあえず、部屋の奥の信楽のお風呂にお湯をためて入ったけど、低い椅子に座って体を洗えなかった。そのうち皆起きてきて、大浴場に行って帰って来た。朝食まで時間があるので、やっぱり私も行くことに。大きなお風呂に入って、髪を洗って、やっとましになってきたけれど、歩いていても体が曲がっているのがわかった。朝食も和食中心で美味しかった。10時にチェックアウトして、おみやげを買って、今度は京都縦貫道を通って2時半ごろ娘の家に着いた。娘の家の車は、座席がリクライニングになって、暖かくて、マッサージもできる。帰りの車の中で、やっと痛みも消えて、いつも通りの腰になった感じ。その日の夜は、おもちゃの修理隊の新年会で、また食べて飲んで。腰や股関節のためには、食べ物を控えないとと、娘にいつも言われている。わかってはいるけど、何でも美味しいのよ。
2025.01.22
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