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30秒skip不能な追悼の言葉サンダー平山というカメラマンがいた。大口径のレンズが欲しい病にうなされながら、カメラマンになり、キャパで一世を風靡したが、サンデー平山事件で、巨大カメラメーカーの圧力であらゆるカメラ雑誌から締め出された人である最近姿をみないなーと思っていたら、脳梗塞をわずらい、今年の先月末になくなったのだという。享年55歳。合掌。サンダー平山、でアマゾンで検索すればわかるが著作多数。もっともそのほとんどが絶版。まー記事が古いこともあるのだろうけれど、出版社も日経連会長まで輩出したキ○ノン様に手向かったカメラマンの肩をもって、逆鱗にふれる事は恐れるだろう。ちなみに、キヤノンの非正規雇用・偽装請負を追求した朝日新聞にはキ○ノンは2006年以来、イメージ広告をだしていないらしい(出典はウイキ)朝日新聞とケンカできるような巨大企業と中小出版社が喧嘩する筈もなく、でもたぶんサンダー平山氏も詫びでも入れて指の二三本つめれば(嘘)許してもらえたろうに、肩肘を張ったせいか、そのまま干されてしまったのであろう。いっせいを風靡した、サンダー平山氏の死亡の記事はツイッターから2ちゃん経由で個人ブログで流れたくらいで、ほとんど一般マスコミも取り上げなかったのは、そういう背景も関係していると思われるちなみにちょっと有名人なら誰でも乗っている、ウイキペディアであるが、サンダー平山氏の記述は乗っていない。事情を知っていて書くものが誰もいないのだ。エジプトのファラオが過去の気に入らなかった王の名前を片っ端から神殿から削ったように、サンダー平山という名前は業界から削り取られてしまっているのだ。個人的には、サンダー平山氏の写真が好きでもなんでもないんだが、「サンダーTHE大口径単焦点主義者 (フォトテヒニカ叢書)」のカメラとレンズと青春の甘酸っぱい記録はなかなかのもんで、豪快な風采とは逆にものすごく繊細な思春期の話には、同じ青いレモンの味を感じてしまう。口は災いの元。私も他山の石として気をつけたほうがいい(^^; キ○ノンが旧型の高級Lレンズの修理を受け付けないのは、非正規社員を切り捨てる構図と同じだなどと正義ぶって書いて(^^;、ブログごと抹殺されてはかなわん。企業としては、新品を買ってもらって儲けてナンボ、その姿勢は企業経営の基本として断固支持します~(^^)vナンカクレま・た・は、 沈黙は金。黙って黙祷しておこう。ちなみに、来月のキャパやその他のカメラ雑誌が、サンダー平山氏の死亡記事をどれくらいの大きさで取り上げて言及するのか、シカトするのか、それはちょっと見物だといっておこう。小さな囲み記事で取り上げるのも怖い?いまどき広告出航を止められたら即死だもんねぇー、私なら載せないでシカトして、ごまかすよ。生きていくためだ、恩も情も金にはならないから仕方ない。そうする。だから気にすんな。生きていくためなら、媚を売って、枕芸者やって生きていくのも知恵だわ。だから、私はキャパがこの件を記事にしなくても、責めるつもりは毛頭ありません。はいはいーーー。すりすりすりおっと、さすがに長くなったので、24本目のf1.2の話は(どこにあるんだよ?)続く・・・にしておこう
2011年10月12日
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私のIIIcは大変に調子がいい。とても4万円の代物とは思えない美品だし、動きもスムースだし。つかって快適である。私はこれでいっぺんにライカfanになってしまった。よくまー、バルナックの完成系はIIIfである、などというけれど、IIIfなんていうのは、IIIcにストロボ接点をつけて、1/1000秒をつけただけだ。(にわかじこみの知識を披露(^^;)バルナブルライトで撮るライカには、ストロボ接点なんていらないし、1/1000秒だってなくったって十分に実用に耐えるのである。第一、私のIIIcには、ストロボ接点もあるし・・・1/1000秒もあるんだからさ・・・・・・・・・・・・・?・・・・・あるな・・・たしかにストロボ接点も1/1000秒もある・・・・・ある?・・・・・???ここにいたって、よーやく私はまじめにIIIcとIIIfの違いについて調べ始めたのであるが・・・・・(笑)どうみたってIIIfなんだな。ASAをあわせるインジケーターもあるしさ。ときどきIIIc改造IIIf型みたいのがあるから、製造ナンバーをあとで照らし合わせないと確実ではないんだが、どうやら、これはIIIcではなく、IIIfのようだ。あら?IIIfっていうのは、IIIcよりも同じくらいの状態でも数万は高い代物なので、これが並品か美品かはしらねど、けっこう得したらしい(^^)しかし・・・・・だ、私はこのIIIfを気にいって、そのあとぞくぞくと同じカメラ店から関連商品を購入して、その後の購入額だけで30万は軽く超えるから(もしかすると40)、やっぱり店は儲かっているのかもしれない。エビで鯛を釣るという高等商法・・・(返品しろというのなら、後で買ったものも全部返品させてください!!!)きっとオンボロのIIIcだったら、こんなに続々と追加でものを買うことはなかっただろう。(まじ)今日だって、5万円のズミクロン50mmが届くこうやって物欲の夢は夜も昼も咲きつづけている・・・まいった(^^;
2007年11月08日
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15年前にエジプトに行った時は、若いころに行って置かないと二度と体力的にいけないかもーという理由だった。もう二度と行くことはなかろうと思っていたエジプトの再挑戦?することになったのは、この先の体力低下を考えると(笑)、今行かないと二度と行けないだろう、っていうのが理由。なんてことはない、同じ理由だ。きっと15年後にまた同じ事をいっているのかもしれない。ところで、エジプトはかわっていた。けっこうエジプト旅行体験者としていっちょまえだったつもりの私たちは、この15年で驚くほどエジプトは変わっており(また一部は変わっておらず)、うかつに方ってはいけないことにも気づいたのだな。それはまた後々書いていくかもしれない。あの、いい加減都市、エジプト、あの地に再び参る。さて、エジプト航空というのは、ホルス神のシンボルが尾翼についている、なかなかかっこいい。しかしながら、その内装はむちゃくちゃだ。シートの手元ライトがつかないくらいは当たり前。前のシートのポケットが破れているのも当たり前。前の客のガムの包み紙さえ出てくる。でもって、シートは鉄板のように堅い。なにが辛いってこれが一番辛い。なんせ13時間くらいの長時間フライトなのだから、シートがわるいのは一番致命的。ちなみにこのあとエジプト国内線のエジプト航空にものるのだが、そっちのほうが、遥かにシートはよかった。いちおうふっくらクッションが生きていたのだ。いやはや、でだしから、いかにも、エジプトなでだしであるのだな。しかしながら、座席はがらがらだった。半分以上空席。おかげで、シートを勝手に移動して、5人がけシートを独占一人寝とかできたので、まーまーであった。(ちなみに帰りは出遅れて、できなかったので、けっこう辛かった)エジプトというと鬼門はなにより、エジプト下痢。水はもちろん氷の入ったものも食べてはいけないのは当然で、生野菜、生の果物、全部ダメとかいうくらい。エジプトのミネラルウオーターすらあぶないから、日本から何Lも水を持っていけとか言う人もいるらしい。しかしだなぁ、そんなことやってられない。こちらは対抗手段として、大量の下痢止めと抗生物質とBFRなどなどを持って、攻める体勢。ここで、ちょっと、私家版無責任無保証・エジプト下痢対策入門 を披露しよう♪っていうか、どんなに気を使ってもエジプトで下痢になる人はなる、っていうか、ほとんど全員、多かれ少なかれなるのだ。ところで、その原因で私はちょっとははーんと思ったことがある。というのは、当たり前だがエジプト現地の人は現地のものを食べても下痢をしない。なぜ日本人だけ?っていうか外国人だけ?で、きいたはなしなんだが、日本人は、お刺身というのを至極あたりまえに食べるが、まー当たったなんて話はあまりきかない。生肉もけっこう食べるがそれもたいした事はない。ところが、同じものを外国人が食べると超新鮮な海鮮であるにもかかわらず、重篤な下痢、食あたりをすることがあるのだそうな。ははーんである。つまるところ、水が悪いとか何とかという話ではないのかもしれない。エジプト常在菌とでもいうもんがあって、それにたいするある種の免疫力のがあるかどうかのことかもしれない。とすれば、いかに用心しようと、現地のものを何か口に入れてしまえばアウトだ。さて、この攻める食中毒対策の結果はどうなったか。驚くべきことにわが家族4人のうち下痢症状をおこしたものは誰もいなかった(^^;ところが、同じ旅行グループの他3組の家族は誰かがけっこう重篤な身動きできない状態になり、倒れちまったのであった。あらら?そこで、思い出すのは我が家の食生活なんである。生もの大好き。生肉をばしばし食う。内蔵とかの生物も好き。肉は基本的にレアは超レアで食べる。当然の如く、焼肉の翌日はちょっとお腹がゆるいって事はよくある。が、それはもう慣れだ。で、そーいう食生活を家族全員が送っているものだから、どうやら、エジプト在菌とはなかがよろしいようなのであった。驚いた。というわけで、私がもっていった薬はどうなったかというと、次々と倒れるたびの友のために使われていったのであった。なまじ私が知識がないわけではないので(笑)、ほとんど随行の衛生兵のように、誰かが調子が悪いときけば様子を聞いて、抗生物質を出したり、下痢止めを出したり。みなさんにとっても心強いとお褒めの言葉をいただいたわけなので、まー、いちがいに私の努力が無駄になったわけではない。お父さんってちょっとえらいなーと娘も思ったかもしれない。(っていうか、もともと、そう思っているらしいが、それを第三国で証明したというのは、なかなかのものだ)いちおう、後学の氏のために、もって行った薬を書いておくとクラビット・フェロベリン・ビオフェルミン・ロペミンたいていは細菌性下痢とあたりをつけて、いきなりクラビットでもかまわないけれど、まー、念のためフェロベリンあたりからだして、場合によってはクラビットを追加する。どうしても下痢が止まらないときはロペミンを追加。え?なになに?細菌性の下痢にロペミンとか使ってはいけないと書いてあると?ビオフェルミンと安静で直すべきであると?いや、そのとおりなんであるが、そんなこと言っている奴は、絶対にエジプト旅行で下痢にあたったことのない奴だと断言できる。そりゃ、個人旅行で時間的余裕があるならそれでよろしい。しかし、普通はパック旅行だ。毎日のように予定が目白押しなのだ。そんなBFRなんてあまちょろいものでは、何の役にも立たない。全部予定をキャンセルしてホテルで寝ておくとかそれでいいならかまわんが、それでは意味なかろう?というわけで、いちおう下痢に血が混じっているかどうかは確認するが(血便とかでていると、重症の細菌性腸炎で、それこそ下痢止めはまずいから)、それさえなければ、恒例のエジプト下痢と判断して、いきなりクラビットとフェロベリンで大丈夫。(いやー、自己責任ですよー、私は保証しませんよー、あくまでも、私は衛生兵なんですから)だと思う。結局、衛生兵たる私はこの10日間に一緒に旅行した他人様の全家族、半分以上の人に応急処置をしていちおう感謝された。ついでに熱射病の人もすばやく発見してご指導したので、ちったー旅行会社からお手当てもらってもいいくらいだと思う。なんだかんだいいつつ、飛行機はルクソール空港の到着。関空からの直行便だから、座席は痛いが、乗換えがないのは楽。関空を午後2時半くらいにでた飛行機は、時差も合って現地時間の午後10時半くらいに到着したのであった。ビザは現地で取得、さっさとホテルにはいる。ルクソールのシュタイゲンゲルガー・ナイルパレイス。一泊寝るだけのためにはもったいないほどいいホテル。当然にみんなでゴロゴロっとしてしまう。さっそく葉巻に火をつけDFSで買ったヘネシーンXOをあけちゃうのだな。リラックスしまくったあと、で、もったいないので、恒例の夜の長時間露出で夜景を撮る。これは、LX3のASA100でF2.8の10秒。夜景というのは相反不規則なんたらというのがあって、(フィルムだけか?)露出が難しいので経験と勘で適当にいくつか撮ってあとであたっていたらOKっていう感じ。デジタルならいいけど、フィルム時代は大変だったろうねぇ。これは、ASA200のF2.8で15秒露出。向こうに移る川がナイル川であり、そのうこうの山がいわゆる、ルクソールの西谷、死者の方向、王家の谷やらハトシェプス葬祭殿やらは、あの山の中にあるのだ。(ちょっと、だいたい)というところで、7月31日の話はおわり。いやーこの調子でおわりまでいけるのだろうか?そうとう時間がかかりそうだけど。ps ちなみにLX3だけなので、三脚は持って言ってません。マンフロットのデジカメ用の超小型台座(といってわかる人だけにわかるな)を持っていって、三脚代わりにしてます。まーだいたいなんとかなりました。ps2 機内食はかなり最低。ホルス神のマークのついたちょっとかわいいナイフ&フォークがつくのでペチっておくが、結局旅行中は使わなかった。しかしさー、ソムリエナイフですら持ち込み禁止なのに、機内食で普通にステンレスナイフ・・・・・、えーまちがっていると思いますよ。
2009年07月31日
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