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子どもの頃から長江谷地区で暮らしてきた古老達約30人が、1945~1955年(昭和20~30年)頃の想い出を語り、その資料がKN企画(KOI-NISHIKGAWA PROJECT)に、2007年7月頃持ち込まれた。半年かけて、打ち合わせと校正をくり返し、写真のA3判両面カラーのイラストマップが、2007.12.27に完成した。(非売品) 当初イラストは、フリー素材を使ってやる予定であったが、いざ始めてみると、フリー素材だけでは間に合わず、新しく描く必要が生じた。お大師さんの祠、ジョロウグモ、ホタル、マムシ、シオマネキ、タコ、筏、キザミ、タバコの葉、、、、、サイズ15cm×15cmくらいで描いては、縮小して貼りこんだ。幼い頃、トイレに行く夢を見ては、蒲団に世界地図を描いていた。大きな地図を描くのは、自信があった。大崎上島なんか、小さな島だ。そのまた一部の地区だけだから、簡単に描けると思っていたが、半年もかかってしまった。
2008年01月21日
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海が見える中華料理店をご紹介します。宇品港旅客ターミナル(宇品ニューポート2F)に、大連から来たご夫婦が経営する中華料理店がオープンしました。新年会をされたい方、ぜひご利用ください。 ………大鵬飯店のまわし者より………広島市南区宇品海岸1-13-26 営業時間 AM11:00~PM10:00定休日/無 082-256-0511PSちなみに写真のパンフレットは、KN企画で請け負い、デザイン・編集・写真撮影、すべて錦川鯉です。
2008年01月10日
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環境省が、「新名水百選(仮称)を選定するそうです。http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=9200広島県並びに広島市の申請担当者には、原爆献水を候補として申請を提出していただくよう希望いたします。原爆献水は、平和と環境を守る願いのこもった尊い供え水です。原爆献水とはhttp://hc2.seikyou.ne.jp/home/n-koi/GENNBAKU01.htmlヒロシマの原爆献水のあるべき姿http://hc2.seikyou.ne.jp/home/n-koi/suikinkutu01.html
2008年01月08日
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謹賀新年 黒部市名水公園石碑写真解説2富山県黒部市生地、名水公園にある石碑文について上善若水 水善利萬物而不争 處衆人之所悪 故幾於道 夫唯不争 故無咎 (老子道徳経)解釈:最上の「善」は、ちょうど水のようなものである。水はよくあらゆる物に利益を与えているが、他と争うことはない。そして一般の人が憎み嫌う(低い)所に落ちついている。だから「道」に近いのである。人間も、ただ、只管(ひたすら)に他と争わなければ、その結果、災難もない。それは名水賛歌の取材を決意する前のことだった。2000年に北海道旅行の途中、富山県・国道8号線をひた走っていたところ、黒部川扇状地湧水群(全国名水百選)の道標に導かれ、生地地区を散策した。民家の間に保全整備されたきれいな水場がたくさんあることに感動した。そして名水公園を散策し、上記の石碑文の写真を撮影して帰ったのである。環境省黒部川扇状地湧水群(全国名水百選)http://mizu.nies.go.jp/meisui/data/index.asp?info=29それから4年後、2004年5月、我が家で宇根利枝さんと雑談中、海岸沿いに出ている真水の話しになり、たまたま黒部川扇状地湧水群の写真を出して説明した。そして石碑文の写真を出すと、それを一目見た宇根利枝さんのお話は、もうとまらなくなった。想い出話をしゃべりまくる宇根さんの話をまとめると、次のようになる。その石碑の文は、宇根利枝さんと上野鳳雲さんが、全国水環境保全市町村連絡協議会全国大会(第5回 富山県黒部市、1989年(平成元年)8月10日~8月11日)に参加した際、黒部駅前の酒屋店主、宮野修三さんに出会い、宮野さんは、新しく整備される名水公園の石碑に刻む文言について悩んでおり、上野鳳雲さんが「老子道徳経」を提案したというのである。上野鳳雲さんは、広島の人で、日頃から木彫り仏像などを嗜む粋人なので、この言葉がすぐ浮かんだという。その後、宇根利枝さんと上野鳳雲さんは、石碑が造られたかどうかについては、宮野さんからの連絡もなく知る由もなかった。2000年に私が使っていたカメラは、誰でも簡単に写せるカメラ。デジタルカメラではない。現在のように執念を燃やしていろんな角度から撮影してはいない。黒部で撮影した写真は、わずか10枚くらいである。その中に石碑の写真がたった1枚入っていたのである。写真を撮ったことさえ忘れていたというのが本当のところだ。ちなみに、名水賛歌を書く事は、富山を後にし、東北地方を走り、津軽海峡を渡り、北海道を北上し、稚内から利尻島へ渡り、利尻富士を下山して甘露泉水(全国名水百選)を飲んでから決心するのである。今考えると、黒部名水公園に立ち寄りこの石碑文の写真を撮影していとことは、何か見えない力に、導かれていたような気がする。2007年10月「広島の水場を守る会名水ツアー」で、黒部川扇状地湧水群に立ち寄り、名水公園のこの石碑の前では、参加者にこの話をした。広島から深夜高速道路を飛ばし9時間かけないと到着しない遠い地に、こんなエピソードがあるとは、私が話さなければ誰も気付かないだろうから、、、、、上野鳳雲さんは、2000年頃91才で亡くなられた。宮野修三さんは2004年頃亡くなられていた。この石碑は遺作というか、遺言のようなものとなった。振り返ってみれば、宮野さんが亡くなられた頃に、ちょうど私と宇根さんは石碑について話し合っていたことになる。宇根利枝さんは2008年91才になろうとしている。元気の塊のような人だ。
2008年01月08日
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謹賀新年今年もよろしくおねがいします。写真解説1富山県中新川郡上市町、日石寺の六本滝にて、平和祈願のため滝に打たれる自然体験をした姿です。(2007年10月)日石寺本堂脇の藤水もいただいて帰り、藤水は、2007年11月2日、広島平和公園供養塔に持参し、原爆献水としてお供えをしました。同時にお供えした名水は、穴ん谷の霊水、城山の湧水、日石寺藤水、弘法の清水、瓜裂清水などです。
2008年01月08日
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