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以下の内容は非公開でした。が、思う所があり公開します。生々しい表現があります。いつまでも過去の出来事を引きずっている様で、読まれて気分を害される方もおられるかもしれません。ごめんなさい。--------------------GWにさおり織りを体験しに行こうと思っていて、ネットでさおり織りについて検索したら、さおり織りを趣味にされていたお嬢さんが亡くなられた事を書かれているHPに出会った。リンクで飛んでいる間に、また別の死産された方のHPにも…。思い出が多いのも、少ないのも、それぞれの辛さがあるのだと思う。それぞれの悲しみがあり、誰がどの位辛いのかなんて、判断は出来ないし比較も出来ない。私がゆらと過ごした時間は長かったのかな…短かったのかな…。もっともっと一緒にいたかったし、いてあげたかった。ゆらは手術をすれば助かるとばかり思っていたし、先生の「ダウン症の方の寿命は最近は延びていますよ。40歳でお元気な方もおられますよ」という言葉を信じていて、まさか、まさかゆらが亡くなるとは思っていなかった。ゆらが鼻からも口からも血を吹き出して保育器が真っ赤になって、先生が「ゆら君頑張ってるから手を握ってあげてください」と言っても、ゆらと私達の周りをついたてが取り囲んでも、それでも私はゆらは死んだりしない、先生が絶対助けてくれると信じていた位、ゆらが生まれてから亡くなるその時までずっと、私はゆらは生き続けてくれるものだと信じていた。信じていれば奇跡が起こるのだ、とも信じていた。けれど、それは怖さの裏返しでもあった…。信じ続けなければ、今すぐでもゆらが遠くに行ってしまいそうで怖かったから、私は頑ななまでにゆらの生を信じていた。でも、でも、ゆらがいずれいなくなってしまう事を知っていたら…知らずとも、もっと危機感を持っていたら、もっともっとゆらと一緒に過ごせたかもしれない。もっともっと一分一秒を惜しむようにゆらのそばにいたかった。もうゆらとの時間は返ってこない。いくら、またあの辛い時を繰り返してもいいから追体験したいと願っても、そんな事は絶対に不可能だ。時々、私は自分の取った行動を後悔する。やり直しは出来ない。何の為にゆらは苦しみ、何の為に私は悲しみ続ける事になったのだろうか…。以前、北海道でシュタイナーの思想を実践されている大村先生にお会いした時、もう何年も考えていた「人は目的を持って生まれるというが、幼くして早くに亡くなってしまう子供達は一体どういった目的を持って生まれてくるのか。目的を果たす途中で亡くなってしまうのか」といった疑問を聞いて頂いた。先生は、「肉体で使わなかったエネルギーを持ったまま魂となるので、そのエネルギーを社会を良くする為のエネルギーとして活かそうとしてその様な人生を選んで生まれてくる」と話して下さった。まさに先生が教えて下さった「他者への帰依」だ。納得出来る答えだったし、ゆらはすごいなぁと思い、救われた思いもした。ゆらがこの世界を良くしていこうと願ったのなら、私もその意思を継ぎたいと思う。気持ちが落ち込んだ時は、ミィがいるから生きていられるのだと思う時もある。でも、例えミィがいなかったとしても、私は生きて頑張らなければいけないんだ。ゆらも頑張ったんだから、私もこの命に感謝して自分に出来る事を精一杯して頑張っていかなければいけないんだ。
2007年04月30日
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