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2004年01月27日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ある中国人の方から、話を聞きました。

その方のお父さんは、戦前の日本留学者。
しかも帝大を卒業したというエリート。

中国に帰国後は、学者の卵として働き始めるものの、
戦後、共産党の台頭とともに、『右派』の烙印を押される。

それ以来、皆から疎まれ、ずっと田舎回りをさせられることに。
親戚・友人もだんだん離れていく。

そして、ついには、一番上の娘(その方のお姉さん)までも、
「父親は、私と全く関係ない人です」という誓約と引き換えに、


「たしかに、そうしないと、やっていけない時代だった」
と、お父さんは、のちに語られていたそうです。

さらに、文化大革命のときが、一番つらいときで、
お父さんは、一時期は、ラクダ使いをやっていたことも。

その方自身も、中学2年生からは学校がストップ、
ラクダを連れて帰ってくる父親を待つだけの日々。

でも、その方が、そのときを思い出しながら、言った言葉が、


 「私はとても幸運だった」


なんです。

なぜなら、お父さんに勉強を教わることができたから。

紙なんてものは無く、棒で土に書きながらの勉強。

その後の人生にとても役立ったと言っていました。

80年代の改革開放の時代になり、
やっと風向きが良くなってきたそうです‥‥‥‥


‥‥‥‥。

『歴史に翻弄される』って、こういうことを言うんですよね‥‥‥




なんだか、また、自分が情けなくなりました。

平和であることが、当然で、今の状況に文句を言っている自分。

平和であるからこそ、自分が努力して行動さえすれば、
状況を変えられる環境がある。

でも、平和を当然だと思い、有り難味も感じず、
文句を言いながら怠けている自分。


  やばいです。


これを、『平和ボケ』と言われたら、言い返せないな‥‥‥


ちょっと、気合い、入れなおさねばっ!!





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最終更新日  2004年01月28日 03時02分49秒
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