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また尊敬する方が逝っちゃった。私、多分中学生だったと思う。初めて借りたレコードはアリスだった。高校生になってからは夜中は勉強という口実でラジオばっか聞いてたな。谷村さんの語りは落ち着いていてお洒落でスケベだった。「モーリス持ったら夢じゃない」って言うから、谷村さんの真似だから母に買ってもらったのはモーリスの12弦だった。「今はもう誰も」のイントロなんて仲間とよく練習したなぁ。谷村さんの詩には描くと売れるワードの「もっと、ずっと、きっと」がない。一昨日から20曲程歌って気付いた。だから重厚な感じなんだ。なんか、とても寂しいです。
2023.10.18
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上岡龍太郎さんが逝きました私にとってはラジオの人です。パーソナリティされた番組で「歯切れよくよどみなく立て板に水で話せって教えられたからね」ってエピソードをそれこそシュッと話されました。愉快軽快痛快で噛まないし、「nが」の鼻濁音はどんなことを話していたもリスナーに心地よい声でした。毒を吐いても憎めない、ホントは優しい天才おじさんでした。私、いつかあのようなおじさんになれたらいいと憧れておりました。いつのまにか引退されたお歳を私は超えていました。
2023.06.14
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私的に大きなことがないとあまり描けないでおりますスナックのママには辛くても喋ったらダメと言われました気持ちの在り様というか捉え方で希望に替えること言霊というのもあるから傷を受けても笑ってろって気晴らしに車を替えることにしました随分前から愛車の寿命を感じていたので知り合いの自動車関連の人に探してもらっておりました先々週に条件に合う車を入庫したから一度見に来ないかとの連絡があって先日早めに仕事を切り上げて見せてもらい見積額も抑えてくれたので購入を決めちゃいました今日は12年程お世話になった愛車を洗いましたいろんなことが染みついたこの車そう 車って不思議です誰とどこに行ってどんな景色で流れてた音楽まで蘇ってしまうから
2023.04.09
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玄関ホールから駐輪場まで並んで歩く遅い桜は一輪だけ咲いていたホントに元気でいてねキミと一緒で楽しかった気を付けて帰ってね最後まで笑顔が素敵なあなた見えなくなるまで見送った3年前に面接した可愛い娘さんが定期異動で職場からいなくなりました。ずっとコロナの期間、テレワークや本当に感染しちゃっての長期の離脱、入院の病休もあったし。パルスオキシメーター付け合ったり血圧計り合ったり、たまに自転車並んで一緒に帰ったり愉快な日々でした。明日は新年度の初日。キミは新職場が楽しみでもちょっとだけ緊張してるのかな。残された僕はロス感たっぷり。
2023.04.02
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最近はよくないニュースばかり聞こえてきますまことにご無沙汰いたしております皆さまご機嫌如何でございますでしょうか私 とうとう2月で還暦となりまして3月末に定年退職となりましたでも再雇用で4月から全く同じ職場の相変わらずのポストにおります給料はかなり減りましたが・・・同じ仕事なのに・・・先日は元彼女の誕生日でした(もう「元」を付けております)10月のおわりに酔った誰かの車に乗って事故ったんです長い入院生活とリハビリとのことでした呆れてしまって連絡は絶ちました が回復しているのかしらともう気にしないと思ってもどこかで気にはなっているのです私のほうは今年に入って気まぐれに計った血圧がとんでもない数値だったので通院投薬治療になりました昨日血液検査の結果を聞きに掛かり付け医を伺いますと酒の飲みすぎを指摘されてしまいました糖尿病予備と肝機能低下、血液ドロドロのコレステロール値いろいろとストレス抱えてるから仕方ないのだけど救護室のお姉さんと仲良くできるから まぁ平和で良いのです
2022.05.03
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ご無沙汰いたしております。コロナも漸く落ち着いてきました。2021年10月29日金曜日の夜にとっても辛く悲しく予期していないことが起こっていました。それを知ったのは3日後の11月1日。記録のために書いて残しておきます。
2021.11.03
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また長くご無沙汰となってしまいました。 コロナウイルスの拡散の2月からなのでほぼ5か月振りとなります。罹患や感染された方々、様々な影響がでてしまった方々にお見舞い申しあげます。医療関係や研究機関等直接にこのウイルスに対応された方々に感謝申しあげます。 私の方は元気にそれなりの自粛もいたしております。出掛けるときにマスクをつけるのが当然のようになったほかには、以前と変わらない暮らしであります。ただ、母にも愚息にも長らく会えておりませんが。 通うスナックでは4月から2か月程休みとなってしまいました。その間も休日はママさんやその娘さんと閉めている店内で家族的な食事会をしていただいて(もちろん営業外!)幾分ストレス発散できたのは幸福でした。お礼に娘さんに私の中古となりますがギターをプレゼントして喜んでいただきました。 誕生日にコロナ渦の真っ只中でなんのプレゼントも買ってあげれなかった彼女さんには、先日久々に営業再開したブランドショップに出向き、消費税だけでそこそこの品物が買える程の、私にとっては超高価な時計を買いました。私の時計はホームセンターで買うのに・・・。ボーナスが飛んでった・・・。
2020.07.05
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新型コロナは100馬力って大昔のCMを思い出します。冗談はともかく様々な方面で影響も出ちゃったりして、罹患された方々も客船に乗せられたまんまの方々、経済的に打撃を受けている皆様、マスクが買えなくて困っている人々、日本中にお見舞い申し上げます。自己流の予防策、一応してます。清潔が一番ってことで掃除・洗濯、風呂に入る、手洗いウガイはこまめにして、あとは飲んで笑う!栄養を付ける!たくさん眠る!なんてあまり普段と変わらないことなんですが、それらが少し濃くなっている気がします。この話題が出てから一度心斎橋に行ってしまってるし・・・上司からマスク500枚程入手する指令を受けたけど、どうしよう・・・
2020.02.15
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あけましておめでとうございます皆様が健やかで平和で天災にみまわれない幸せな歳となるよう祈ります
2020.01.04
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今年のクリスマスプレゼントはやはり我が金銭感覚が崩壊するアウター。そのショップを出たら、商店街を少し歩く。歩くだけと思ったら、靴を見たいと言って綺麗なヒールが並んだ店に入っていく。眺めているうちに店員さんが寄ってきてブーツなんて薦めだした。あらあら・・・もうお買い上げ状態な彼女さん。 いくつか試着して「これ買って~」なんて呟くから、こっちが断れないのをお見通しで・・・。 結局消費税額だけで私なら全部揃ってしまう程のお支払いでした。誕生日とクリスマスが半年で順に巡って来て、それがボーナス月になるから得な女なのです。お付き合いも長くなったしボーナスの半分搾取されても文句は言えないのだろうなぁ。でも定年して収入が激減したらどうなってしまうのだろうか。 今みたいに心斎橋筋、並んで歩くのが続くのか、将来への不安が滲み出てきて、それも現実味を帯びているから困っています。 今年ももうあと僅かとなりました。くる年皆様にはきっと良い歳となりますようお祈りします。
2019.12.26
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一緒に歩くと爺と孫にしか見えない。その彼女さんの娘は春に小学生。ニューモデルの登場とのことでランドセルの購入機会を狙っていた。が、購入できたのは今月になってからで幾分遅すぎた。消費税も上がっちゃったし。ショッピングモールに連れ出して、自身で最も気に入ったものを選ばせる。これは彼女さんの育児ポリシーらしい。あとになって文句言われないためでもあるんだろう。でも出資者の私にとっても有り難い。ヴィトンやシャネルに連れて行かれたらたまらないもの。さて、まさに色とりどりら並んだランドセルのなかから、エメラルドグリーンが鮮やかなのを選んだ。なかなかセンスがいいと感心する。色だけでなく、使いやすさなどもしっかりチェックしてた。この他人のジジイが買ってくれたこと、小学生の間だけでも覚えておいておくれ・・・。
2019.10.26
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大雨洪水被災された皆様にお見舞い申しあげます日常が早期に回復されますこと祈ります
2019.10.26
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火曜日午後から、鼻水が止まらなくなった。 水曜、木曜は咳が酷くなった。 金曜は朝からフラフラするし、眠れてないので職場に遅れる旨の連絡を入れて医師に診てもらった。診察を待っている間に検温したら発熱してる。風邪薬を処方されて、安静にするよう告げられて結局仕事は休みにした。思わぬカタチで4連休。ただし、殆ど家で静養。 夏風邪なんて引いたことあまりないと思うけど、辛いものです。身体が弱くなっていくのかしらん・・・
2019.09.16
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連日のように「あおり運転」の話題が、車載カメラの動画付きでテレビから伝えられています。 阪神高速が現場ってのも多いし。先週はその報道があった現場の近くを走りましたが、皆さん走行車線を一列で全く秩序正しく走行されていて何か可笑しかった。誰も追い越し車線には出ないんだもの。不思議な光景。 私も何度か嫌な目に遭ってます。その場所を通る度に、それが十年以上経過しても怖かったことを思い出してしまいます。煽られている、襲われている場面を見たことも何度もあります。 厳罰化には大賛成です。あんなの、ただの道交法違反ではないもの。過失ではなく、少なくとも相手が怪我をするくらいは狙っている行為だし、事故に至らなくても心理的には傷を負わせているので、暴行傷害罪以上程度には該当すると思ってます。 何か気に入らなくて少々立腹したからって、面識のない人を執拗に追い回し暴力するなど、道路上以外で普段見たことがない。車に乗ってハンドル握ると変わってしまうのでしょうか。
2019.09.16
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お会いしたことのないご先祖様より、長く一緒に生活していた大切な家族であった猫たちを想ったお盆でした。勿論ご先祖様のお墓にはお参りいたしましたが。山奥なのでハチに追い回されて大変でした。 我が家では紀子とレオナルドのお骨を取り出して、一応祭壇のように並べて線香を焚きました。私、信心深くはないけれど、霊が傍に帰って来ると言われれば、何となくそんな気もします。歳のせいなのかもしれませんが。送り火の日も終わって、また戸棚にお骨を戻すと一連の行事は終了なのですが、寂しさが蘇ってしまいます。化け猫でもいいから、もっと居てくれたらいいのになんて感じてしまいました。
2019.08.17
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重苦しい話題が多いなかで良いニュースでした。 子どもの頃、スルメをタコ糸に括り付けてザリガニ捕りしてたお堀。墳丘の天辺に登ったり、林の中でクワガタムシやカミキリムシを追ってたけど、ハチに追い回された。そんな遊び場だったのです。今では、多くがフェンスに囲まれて立ち入ることはできなくなっていますが。 でも公園としてかなり奥まで、墳頂まで解放(?)している墳墓も沢山ありますし、住宅や企業の建物がいつの間にか古墳を削って侵入しているケースまであります。古い私の母校は陵墓を幾つか踏み倒して建設されていましたし、その際に出てきた石棺を展示までしていました。 このように地域住民に身近な御陵さんたち。世界文化遺産なんて大きな肩書付けられて、お目出度いことですが益々保護が厳重になって、近くにありながら遠い存在のようになっちゃうのでしょうな。 郷土文化に触れる折角のチャンスなのだから、割と無関心な、この地域の子どもたちがもっと興味をもって学んでいただきたいものです。
2019.07.07
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引き籠りしてるわけではなく、ただただ自宅静養しております。でも暇だから独りでいつものスナックに短時間ではありますが、飲みには行ってます。 退院して一週間経過しました。鼠経ヘルニア術は、欠損した腹膜を補強するようなネット状の人工物を入れると聞いておりましたが、なんだか違和感はありますね。両腿をピタっと閉じることが難しいし、寝返りをするときなどに若干の痛みを感じます。手術痕の傷はほぼ治ってきましたが、まだヘソが例えばベルトのバックルなど当たると痛くなります。 これらがあって、とっても疲れやすくなってしまった感じですね。果たして慣れていくもんなんでしょうか。GW明けは僅か1日出勤して、また休暇をもらって術後診察に行きます。その時にちゃんといろいろお医者に聞いてみないと。
2019.05.01
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いろいろな初体験させていただいた期間となりました。「重病ではないのだから、気軽に行っといで~」と、同じ病を経験した先輩に言われ、実は怖くて情報収集していたんですが、適度に覚悟も決めて、でもたまにはこの病を口実に休めるのだから旅行気分も半分持って病院に向かったのでした。 前日は午後8時までに軽めの消化の良い夕食を摂り、タバコも停止、勿論ビールも飲まず。完全に空腹でないとダメとのこと。手術当日の朝はお茶を一口だけ飲んで、3泊分の荷物を抱えて出発。 暇な入院生活を想像して(ホントは願って)、只今の愛読書は、「新約聖書」なんですが、聖書持って病院に行くわけにもいかないので、気楽な書籍を2冊持参しました。スマホと充電器2個、病院から指示されたタオルや紙オムツ、歯磨きセット、スリッパなども。自販機は一万円札は使えないとのことから、千円札を多めに準備。 さて、希望したとおり個室に案内されますと、介護ベッドとカード式テレビ・冷蔵庫にトイレ・シャワーまで付いていてホテルのシングルルームよりも意外に立派なので驚いた。食事も当然運んでくれるのだから、これは天国モードです。病気でなかったら普通に楽しく暮らせそうな環境。と、ここまではよかった。ここから、苦しみが始まるとは・・・。 手術が午後1時15分と告げられ、先ず剃毛するように言われました。シェーバーを貸してくれて、自分で下の毛を腰骨のラインあたりまで剃って、シャワーで流した上で看護師のお姉さんのチェックを受けます。ちょっと恥ずかしいけど剃ってもらうよりはまだマシか(後で素裸になるとはまだ思ってない)。 手術着になり、これも初体験の点滴が始まる。痛くないって聞いてたけど痛いやん!(徐々に慣れて痛みはそれほどではなくなる)。下肢静脈瘤の状態もチェックされて、締め付けるためのストッキングを履く。手術直前のギリギリのタイミングで、手術日だけ告げて呼んでないのに母が来てくれた。1時に最後のトイレを済ませ、いよいよ看護師が呼びに来ました。 手術室に向かうと若いスタッフ達、何故か笑顔で迎えてくれる。これは息子が親シラズを抜いた手術のときも同じような光景なので、そのようなマニュアルでもあるのかも知れない。深刻そうな顔されるよりはいいけど。 幅の狭い手術ベッドに寝かされると、ほんの数秒間で実に手際よくパンツを脱がされ紙オムツを付けられている。麻酔医が顔を覗き込んで、「では麻酔をかけていきます~はじめは腕が痺れる感じがしますが、すぐに眠くなります・・・(最後まで聞いていたのかも不明)」・・・ 「終わりましたよー」って言われて「何が?」と思う程一瞬で3時間をワープした。麻酔医がまた顔を覗き込みながら指を立てて何本に見えるか聞く。意識まだ朦朧としているが、ストレッチャーに積み替えられてHCU室に直行。見上げる廊下の天井の蛍光灯が眩しい。また介護ベッドに乗せ替えられます。 このHCU室が実は一番の苦しみでした。術後安静と言われていたけど、言われなくても身体はあまり動かせません。右手は点滴、左手は酸素計ってる。胸は心電図モニター、下半身は採尿管が付いている状態。この採尿管、聞いてなかっただけに最も苦痛。尿意がいつもあるけど、常に残尿感のような変な感覚。下腹部は腹筋が切られているような痛みと、傷の痛みがダブル。幸いと言うか、首は動かせるので点滴つけたままの右手で傍に置いてくれたスマホを触ることができた。いま一番辛い状態となっている採尿器を調べたりして~。HCU室には他に2~3名程の患者さんがいる様子で、いろんなモニター音が聞こえる。電話や看護師達の(結構楽しそうな)話声も。時々の検温と血圧。それ以外は全くすることがない。天井を見ているだけの、術後のながーい夜が始まる。 全身麻酔後は痰が苦しいからタバコは控えなさいと医師が言ってたっけ。普段そんなに痰が絡むことがないから油断していた。これもなかなか大変だった。腹筋が使えないと咳払いが難しい。時折介護ベッドの上半身を起こして無理に咳をして痰を放出するけど、これがそのたびに傷が疼くのです。 殆ど眠れないまんまの2日目の朝、屈強そうな男性看護師が2人で身体を拭いてくれると言う。別に「お願いします」と言ってないのにガンガン吹き始めた。頭から足の先まで。しかも大切な部分なんてシャンプーみたいなローションの様な、見えてないから分からないけど特に丁寧に洗いました。もう、恥ずかしいとかの感情はどっかに行ってしまってます。内臓まで見られているのだから。 朝食後に来たのは女性の看護師で、「病室に戻る許可が出ました~」とのこと。モニターや点滴を全部取ってくれました。そして・・・これ、今回のクライマックスです。「採尿管を取りまーす。」って言うと、バッと引っ張たみたい。ドバっと漏らしたような最悪の感触。でも下着は一滴も濡れていない。「おしっこすると最初は残尿感あるかも知れませんよ」なんて言いながら笑う鬼看護師!。 病室に戻ると、初めて手術痕を見ました。説明されていたように、ヘソを1Cm、両脇腹に穴を穿った様です。縫わずにテープ(養生テープみたいな)で止めていて血が滲んでいる。これで腹の中にネット状のものが入れられているなんて不思議な感じ。医術は凄いなと感心してしまう。 安静時間から解放されると天国モードの入院生活再開です。尿は最初血液が混じり、やや不快感もありましたが、慎重に自然落下を待つように時間をかけるとそのうち普通に戻りました。 2~3時間ごとに看護師が検温、血圧、傷の状態と腸の動きを聴音し、便とガス(腹腔鏡手術はガスを注入して行うので術後はおならは出た方が良いらしい)の状態を聞き取ります。腸の動きを活発にするためにも、ベッドに寝た切りよりは適度に歩いた方が良いとのことで、病室では短期間ですが普段と変わらない生活でした。 今朝、主治医回診があり退院許可が出ました。「も少し入院しててもいいよ~」とも言われましたが、もう病院のご飯は飽きたので、退院してきました。帰宅して真っ先にラーメンを食べました。 東大阪の飲み友、いつものスナックのママと娘さん、母からもお見舞いの品々沢山頂戴いたしました。帰りの荷物の方が多くなったくらいに。 職場の皆さん、彼女さん親子、ここに来ていただいてる皆様にもご心配を御掛けしました。 ありがとうございました。 完治までまだあと2週間程かかりますが、もう入院・手術はしたくありません。皆様もどうか健康でありますように。
2019.04.23
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来月中旬に決まりました。全身麻酔下の腹腔鏡手術。入院日午後の2時間程度の手術なのに3泊も入院なんて・・・。ネコが居なくなったので、気軽に家を空けることができるのが救いなんだと思うけど。とにかく決まってしまって、それなりに覚悟もできているのだから、もうパッと終わらせてしまいたい心境です。何しろ全く病人らしくなくて、連日飲みに行ってるくらいなのだから。
2019.03.21
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あなたと肩を並べてとっても短いんだけどこうして歩けるとは思ってなかったもう片付けは済んだの?転勤先でも頑張ってね元気でいてねそしてどうか幸せでいてください
2019.03.14
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昨年末の頃~まだ紀子が居た頃ですが、私もちょっとした異常を感じました。 左下腹部の違和感。何となく固いようなものが腹の中にあるみたいで。便利な時代で、サクッとネットで調べてしまいます。鼠経ヘルニア(脱腸)に罹ったかも知れない。 気にはなりましたが痛みなども全くないし、紀子の状態やら仕事の忙しさから、なかなかお医者様をたずねることができませんでした。やっと先週に診察を仰ぐとやはり予想した鼠経ヘルニアの疑いとのこと。外科のある病院への紹介状をいただきました。 水曜日にはいよいよ検査となりました。鼠経ヘルニアも他の腫瘍でも多分手術は受けることになるでしょうな~。私、この歳まで入院や手術、点滴さえしたことがありません。故に実は今相当ビビッています。 歳をとっていくと、身体の彼方此方にいろいろでてくるもんなんだと思い知らされました。
2019.03.10
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ご無沙汰いたしております。まだまだペットレス症候群から完治できないでおります。先日我が家で私だけで四十九日法要を執り行いました。人間界の特に仏教信者の間では、この日を境に正式に旅立ったってことになるのでしょうが、ほんとにこれって如何なもんでしょうかな・・・。ま、それまで毎日お線香を点けて成仏を祈ったりしたものですから、私も俄か信者ってことになりますが。でもお骨は戸棚にしまい込み、猫たちの食器やトイレを捨ててしまって、布団もマットも買い替えてしまったのだけど、紀子が最期にいたソファと座布団クッションはそのまんまにしている。それはまだ、看取った瞬間を覚えておきたいために。本日のタイトル、静寂。まったく静かな我が家です。三連休最終日なんて、殆ど家事は済ませてしまって何にもすることがなくなった、ネコが居なくなって飲みに行く回数が増えたスナックも今日は休みだし。彼女さんは最近仕事に就くことができまして、我が愛車で通っています。そのために週末に車を返してもらって、私は買い物だけして、先程また彼女さんに愛車をガソリン満タンにして届けてきたところです。最早仮想親子状態が延々続く感じですな。ちっとも遊んでくれません。暇なのに・・・。話が脱線しましたが、もう日本語を何時間も喋っていない感じさえする。猫でも喋り相手にはなっていたんだなと思ってしまいます。
2019.02.11
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まだ四十九日も済んでないので年始のご挨拶をご遠慮申しあげさせていただきまして、本年もご指導賜りますよう宜しくお願い申し上げます。 昨年は二匹の愛猫の看病とお別れ、愚息の入院手術、転勤後に地震と台風被害などもあり、非常に苦しいことが多い年となってしまいました。今年はも少しでも良き出来事が多いことを願っております。 愛猫紀子の最期を看取ることが私にとって救いでした。寂しさは否めません。かなり前から気持ちを準備してきたつもりでもです。猫二匹と暮らしていた痕跡、家中のそんなのを片付け始めていますが、なかなか捗らないのが現実で、まだ、何にもしたくないってのがホントの気持ちなんです。 こうしてPCのキーボードを打っていると、膝の上に乗っかってきて、私の左手首に顎を乗せて気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす、おかげで私は右手だけでキーボードを叩くのが上手くなってしまいました。 昼寝すると布団の中に潜り込んできて、俄かユタンポの如き暖房器具になってくれました。 寝過ごしたりしていると、前足で私の頬を叩いて起こしてくれました。 そして、何よりも日常はこの猫のために動けるような気さえしていました。大袈裟かも知れませんが、決まった時間に餌や水を用意したり、ゴミの収集日前日にトイレを掃除したりと暮らしのリズムがありました。スーパーの買い物ルートもペット用品売り場経由だったりして。 お世話(お仕えと言っていいかも)する相手が、例え猫でもまったく居なくなるのは、気軽すぎてダメです。自由時間が多すぎる。思考が止まります。憂鬱にさえなりませんが。
2019.01.05
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全くの孤独で過ごすのは、考えてみると結婚前の21歳頃以来となる。自由過ぎると言うか、例えネコでも話す相手が居なくなったのだから言葉の出し方も忘れそうな感じ。紀子が亡くなって初めての休日です。 時折、紀子が居るときが蘇って2階の寝室でまだ眠っているような錯覚、呼びかけてしまいそうになる。御婆さんが死んだ爺さんのことを呼んでしまって、「あの婆さん、ボケたなぁ~」なんて軽口を言ってたけど、その気持ちを痛感してしまう。そして日頃より身に付いた癖、部屋のドアは締め切らず10cm程ネコの通り道に開ける。 寝室はまだ紀子の残り香、ただ臭い(猫は元気な時は身体中を舐めています。それがどんなに清潔なことなのかが分かります。水も飲めなくなって舐めなくなると体臭がでてくるから。それに失禁もしていたので。)のだけど片付かない間は、その懐かしい香りの中で眠っています。布団の中に入ってくる紀子はもういないのだけど。
2018.12.22
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いつも顔を合わせるとそのように呟いていました。紀子は骨になって先程帰宅してきました。 昨日は真夜中から朝まで、猫は死に場所を探すと聞いていましたが、紀子はベッドの下などの暗い場所に向かおうとします。そしてまた布団の中、私の横に戻ってくる。その様子を只今眺めているしかありませんでした。 12月17日の朝、時計が鳴る前に起きたら紀子は横で眠ってる。私はリビングに降りて出勤準備。朝食を作っていた時に紀子がヨタヨタと階段を降りてきた。か細い鳴き声を発しながら。ソファに寝かせると、動かずに動けずにじっとそのまましていたり、また暗がりを求めて彷徨い私がソファに連れ戻す、を繰り返し。もう危ないのだろうな~と感じながら、お昼には戻るから待っててねと出勤しました。 愛猫が危篤なんで11時から3時間ほど中抜けしますと仕事仲間に伝え、11時半に帰って来ました。 リビングに入ると、紀子はソファの後ろのカーテンの下で失禁と埃まみれで倒れている。私、思わず合掌。抱き上げると動いたので驚きました。まだ生きて私の帰りを待っていたと感激してしまう。 ソファに横たえるともう今度はホントに動けないでいる。身体を拭いてあげるとそのまま眠ってしまった。タオルを掛けてあげるとまた少し頭を上げて私の方を視てか弱く鳴く。「のーりこ、別嬪さん! いままでありがとうな~」と声を掛けてあげました。 やがて手足が痙攣を始め、眠りから覚めずに12時47分呼吸が止まりました。暫く見つめていたけど数分後に身体を撫でてあげる。背中や耳の反応も無くなり、私、改めて合掌。紀子は亡くなる瞬間に傍に居られてよかったと思います。レオの時はちょっと悲しい恰好だったから。 お葬式を済ませて帰ってくると、一層静かになってしまった我が家。彼方此方に紀子が居る景色が残像で見える。まだ鳴き声も聞こえる感じ。 猫が居なくなって片付けしなければならないことが沢山あるのだけど、まだ私は動けません。完全に独りになってしまいました。
2018.12.18
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眠れない日が続いています。 もういつ亡くなってもおかしくない状態の紀子。静かに佇んだあと眠りに落ちていくから、いよいよ最期かと思うとまた不意に立ち上がったりして驚かせてくれる。今朝4時頃に物音で起きた。二階寝室で一緒に寝ていた紀子がいないので、一階リビングに下りると水を飲んでいた。ヒョロヒョロの足でよく階段を降りれたものだと感心してしまう。8時半頃も炊事しているとまた二階から降りてきた。もう好きにしてくれて構わないけど。 寝室は常時暖房とホットカーペット。最早ホスピス状態なのであります。私は殆どの時間傍で看てます。明日は仕事休めないから、心配ではある。本人(猫)さんはどのように思っているのか判らないけど。
2018.12.16
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随分長期間書けなくてすみません。ご無沙汰いたしております。この「nonの独り言」のノン。紀子が本名。愛猫。たぶん17歳。4月にレオが亡くなってから私と2匹暮らし。実はこれを描くってことは、もう覚悟したことを認めることになるから嫌なんだ。そして、その時を静かに待っている、気持ちを整えて心のどこかは準備している様も嫌。レオの時と同じ症状、でももうあと数日って感じになっている。夏の終わり頃から衰弱傾向となり、尿の粘度が上がった。ホントはもう寿命と何となく予感していたのだけど。眠る時間が徐々に長くなり排便がなくなったのは先週、それから殆ど食べない。腎不全と腸閉塞になっているのは素人でも判る。急に痩せて鳴く元気もない。体力が落ちて歩き方もぎこちないし、既にしっかり見えているのかも分からないような眼をしていて今日になった。命あるうちは傍に寄り添ってあげたい。でも仕事も休めないからこれは仕方ない。帰宅の度に、真っ先に生死を確認する日々が続いています。
2018.12.11
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32歳になっている愚息。親シラズが腫れて治療が必要と、入所施設の指導員様から聞いたのはもう4か月程も前。定期健診の歯科医の紹介状を持って、障がい者でも治療可能な歯科のある病院に出向いた。 その治療方法、なんと全身麻酔での手術。ま、黙って歯を抜かせるほどオトナシクする奴ではないので、また、腫れたままの親シラズを放置もできないので仕方ない。まず状況診断で、早速ベッドに寝かされて結束バンドで全身を縛られた。その様子を眺めていた私と施設の指導員は面白くて大笑いしながらスマホ写真撮影(もちろん病院スタッフに許可をいただきました)。 レントゲン、心電図に採血採尿、肺活量や身体検査など人間ドッグ並みにいろいろ検査してもらい、検査結果が出る先日は麻酔医との面談と入院手続き。 この手術では、2泊入院させられることとなりました。大部屋では他の入院患者に迷惑が掛かるので、当然ながら個室を用意してもらい、夜間はヘルパーを手配しました(なんて贅沢なんだ・・・)。 レントゲンの結果から、今悪いのは1本ですが、将来悪影響を及ぼす可能性と入院・手術治療の手間を考慮して4本全部抜歯を勧められ、そのように手術をお願いしました。 さて、来週はいよいよ入院手術。痛いのは息子ですが、私も3日間の臨時休暇。何か緊張してきます。
2018.09.18
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子どもが捨てられた仔猫を拾って来たらしい。送られてきた画像、左目に怪我をしている。やさしい子だな~と感心するけど、さてこれからどうするのだろう。片目で野良では、まして親猫から離れては生きていけないし。飼うとしてもなかなか難しいこともあるだろうし。でも、今更「飼えないからまた捨てて来なさい」とも云えないのだろう。取り敢えず獣医に診せて、目の治療と蚤除け消毒をしてもらうことを勧めた。それから一週間。もう本格的に飼い始めている。やれやれ、これから本当に苦労するのは彼女自身なのに。今まででも結構子どもたちの世話で大変なのに。仔猫は「トトロ」って名付けられた。
2018.09.09
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豪雨、台風、地震・・・被災の皆様にお見舞い申し上げます テレビ画面は情報幕でL字に切り取られることが多いなんて、このような日常になるとは思わなかった。 私の居る大阪は台風の暴風被害でした。接近の時間帯が午後と伝えられたので、自転車通勤の私は普段と変わらず職場に向かい、長い一日の始まり。電車・自動車通勤者の皆さんには早々の帰宅を促して、昼頃には殆ど人が居なくなった職場で、テレビ情報の番人となりました。 正午頃から急に風が強くなり、2時から4時頃には滅多と体験しないような暴風雨となりました。木々が簡単に折れ、あるいは傾き倒れ、飛来物や風圧でガラスを数枚破損させました。外の様子を視に行った人が怪我をして帰ってきて救急車を手配する始末。 でも夕方には、さっきまでの嵐が嘘のように小雨となり、また普段と変わらない自転車での帰宅。でも自転車は風で飛んだのか、転倒したまま数m移動してハンドルが歪んでいました。 その帰り道では、やはり倒壊した建物や倒木、屋根材が道路に散らばり、消えたままの信号機は変な方向を向いている状態で風の強さを実感いたしました。 我が家の被害はなかったのですが、彼女の家では停電。それを聞いたときに、マンションでは屋上水槽に水を送れなくなるからすぐに断水してしまうので、真っ先に水を溜めるように伝えました。9時頃に漸く復旧したのですが、電気のない不安な夜となった様子です。「電気がなかったら生活できひんわ~」は彼女の台詞ですが、食事や入浴、洗濯も掃除も、スマホの充電や情報の入手も全部電気、停電ほど困ったことはなかったとのことでした。 まだまだ復旧と先週までの普通の日々の生活に戻るまで、大変な時間が必要な方々が大勢いらっしゃいます。どうか疲れがでないことを祈っています。私も暴風に遭っただけで相当疲れましたもの。
2018.09.09
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以前から、寝床では30分程読書してから眠っている。新しく購入した本ではなく、昔から家にあるものを片っ端からで小説、エッセイ、趣味・娯楽からマンガも読んでいた。で、つい最近に「ちびまる子ちゃん」1~13巻とマンガではない「まる子だった」。 そのまるちゃん、まだお若いのに・・・まだまだ私達を楽しませてくれる筈だったのに。 ちびまる子ちゃんは、あの頃のももこさんそのもので小学3年生。だから私と「お姉ちゃん」は、ほぼ同じ歳でほのぼのとした、私も小学生の頃に知っているような懐古調の話題・エピソードが楽しかった。昔流行ったヨーヨーや、集会所で開かれる「町内会のクリスマス会」、個性あふれる家族とクラスメイトたち。 さくらももこさんが亡くなったと知り、残念でなりません。
2018.08.27
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家も職場も北摂の後輩と暫くぶりに飲み会。 6月の地震、七夕の大雨に直撃コースの台風と彼も受難続きなのです。実家は地震で半壊、取り壊しになるらしい。職場も相当な被害を受けたうえに大雨、水は上下から襲ってくるって。狭い大阪府なのに大被害の北部と無傷な私とは大違いで、全く気の毒なこととしか言いようがありませんでした。天災でも地震は備えなければ仕方ないけど、猛暑・大雨と逆走台風、海水の温暖は人類の繁栄が加担しちゃった結果なのでしょうかね。 まだ8月、私達が知っている台風シーズンは9月です。異常気象はまだまだ続いてしまうのでしょうか。正しく杞憂なら良いのですが。
2018.08.25
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先月の地震、七夕の大雨、そして今回の逆コース台風。復旧復興が未だのうちに天災続きで全く大変な夏であります。遭難・被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。 この台風が接近してくるタイミングでリビングのテレビが壊れました。少し前から突然画面が消える現象が出ていたのですが、その都度電源リセットで直っていたのです。でもとうとう全く映らなくなってしまいました。音声は聞こえるので液晶パネルがアウトでしょうか。もう10年以上使ってきたので、寿命なのかもしれません。 とにかく台風関連の情報が入らないのは不便で不安です。少し昔ならこんな親切な災害情報は無かったのですから、その時代に戻っただけなのに便利さに慣れてきているのでしょうね。災害時は当たり前に流れるようになったテロップを視れないのが不安とは。 台風接近中の昨日の昼のうちに家電量販店に修理の見積もりを依頼。ついでに買い替えに備えて更新品の金額なんて確認してきました。 さて連休の最初からテレビが無くなって。 まずテレビ台の周囲は長年蓄積した埃だらけ。この機会にとリビングの大掃除。これが捗ります。私はぐうたらな性格なので、今まではテレビを何気に視ながら掃除なんてしたたのだから、集中するとこんなにもいろんなことができるのだと実感いたしました。勿論音もないので、聞こえるのは外の風雨だけです。 思えば最近はテレビばっかり視ていた気さえします。リビングだけでなく家中の掃除ができて、随分綺麗になってしまいました。 どうしても視たい番組、たとえば今夜の大河ドラマはPCで視聴することもできます。いつものように、食事を摂りながらとかソファに身体を預けてとはできませんが。 ずっとテレビを視る生活を少し改めてみようとも思いました。テレビって様々な最新情報を与えてくれるけど、どうもそちらに気が行ってしまって、今まで結構な時間を浪費していたのかも知れません。番組視てないときはゲームしてたりして、常に画面を眺めていたのですから。
2018.07.29
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大雨洪水など被災の皆様にお見舞い申し上げます。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
2018.07.11
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自転車通勤を始めたらこれがある! 先日は川の堤防を気分良く疾走していたらカナブンに頬を叩かれた。蚊などの小さい虫が目や口に飛び込んでくるのは日常茶飯事だし。 でも昨日の朝は最悪でした。信号待ちしてたら左腕にアシナガバチ!じっとしていれば良かったかも知れませんが、そこは昆虫ダイキライの私。咄嗟に払い退けようと腕を振ったら、やられた。痛みは数秒遅れて猛烈になってくる。職場に駆け込み応急手当てをしてもらいました。スポイト状の吸引器具で毒抜きして消毒、あとは冷やすだけですが。刺されて10分程経過で、左腕は痺れて痙攣までしていたので、毒抜きができたことは幸いでした。 蜂に刺されると症状が重く出る私。もう二度とこんな目に遭いたくありません。通勤ルート変更を検討せねばなりません。 でも、根本的な要因、何故か私にだけ昆虫類が寄ってくるのは何故なんでしょう。何か身体からフェロモンか樹液の香りなんかが分泌してるのかも知れません・・・。
2018.07.11
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大阪府北摂部の地震により被害に遭われた方々にお見舞い申しあげます。 その日は偶然自宅発の大阪市内への出張でした。8時半頃出発のため、その朝の準備も終えてリビングでTVを見ていた。 ガタガタと揺れてから、TVの地震速報、スマホのあの嫌な音、緊急地震速報器の不気味な大音響、一斉に鳴り始めて~逃げ出す間もなくグラグラ揺れました。早く収まってほしいと祈ることしかできなかった。 やがてTVが大きな揺れであったことを報じてくれました。 私の住んでる地域では震度4。引っ越しして少しは頑丈な家になったことや、既に起きて1階で座っている時間だったことで、阪神のときも同程度なのに酷くなかった様に感じました。前回は瓦屋根が壊れて大変だったことを思い出します。 電車が止まって出張は無理と早々判断し、職場へ自転車で急行しました。幸い職場もモノが壊れるなど被害もない様子でした。 同じ大阪府内でも北摂地域は大被害で、ライフライン寸断し電話も通じず困難を極め大変お気の毒なことと存じます。亡くなられた方、怪我をされた方に改めてお悔やみお見舞い申しあげます。救助に携われた方々・行政の皆様、ボランティアの皆様に慰労申しあげます。
2018.06.21
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ちびまる子ちゃんの話の中に、爺さんと一緒にまる子の誕生日のプレゼントを買いにデパートに行き、その帰りに寿司店に入って、お金持ちの同級生と同様に高い寿司を沢山食べたら支払いが出来なくなって、折角のプレゼントを返品しなければならなくなったという悲劇があったが・・・。 彼女さんの誕生日のプレゼントに何がいいのか問うと、バッグと言うのでヴィトンに出掛けたのは先日のこと。清水の舞台から飛び降りるではないけれど、相当覚悟していました。この時点では庶民感覚並みの覚悟。多分大怪我はしそうな・・・。 店に入ると冷や汗もの! その浅はかな覚悟も嘲笑う程の高級バッグが棚にズラリと並んでいる。まさに想定外とはこのことかと思った。で、出費の上限の覚悟をやむを得ず上書きしたんです。ここまで来たらもう仕方ない! 可愛らしく使いやすそうなバッグを手にとって品定めの彼女と、値札ばかりチェックしてるアタシ。まあまあの高級バッグに落ち着いた。 そこで彼女の目に留まったのはチャーム。これも買ってもらっていい?と聞かれて、まさかNOとは言えず、値札なんて付いてないけど、たかだか大きなキーホルダーみたいなものだから、精々五千円程?ヴィトンだから1万位かと思ったんですが・・・あとで調べたらこれも5万円! 結局当初想定した金額の倍になってしまった。いつもの飲み屋なら100回行ける程! ボーナスが吹き飛んだ。清水の舞台から飛び降りてそのまんま チーン! ま、喜んでもらえたなら良し。末永く可愛がってくれ給え。
2018.05.26
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だいたいと言うかもう100ぱーやもんきみの遅刻はま、早くて20分は覚悟しておかないとだから10分前に行ったら半時間待たされるしって分かっていてもこっちは遅刻できない変な性分なんやからせめてきみが言う約束の時間をきみが来れる時間にしてくれたらなぁ
2018.05.01
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もう 落ち着いた? と聞かれて気付く。 転勤して通勤が自転車になって、新しい職場での仕事の緊張と人間関係とか、そして愛猫を亡くした悲しみを全部ひっくるめてのご質問。その気遣いと優しさに感謝しながら、どう答えればいいのか言葉を探す。 実は以前の日常に戻りつつあるのだけど、それがどんな日常だったのか忘れているので答ようがない。 そして、そもそも以前の日常とは全く違う。この二つの大きな出来事、環境の変化って結構な量のストレスになっていると自覚してるし。でも新職場の仕事に慣れないうちはまだ悩むようなこともなく従って残業もなしで、通勤時間が大幅に減って1日が2時間も増えてしまって、時間の使い方が分からなくなっている。 うん 何とか~ と応えてる。でも全然、「落ち着いた」とは感じていないこの頃。
2018.04.18
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お葬式を土曜日に済ませました。遺灰は骨壺と小さなペンダント型のケースに収めました。 亡くなるのが金曜日って、私の仕事の都合を考慮してくれたのか、なんて飼い主思い、親思いな仔なんだろうと変な感心してしまう。お陰様でこの休みの二日間、慌てることもなく静かに穏やかに、残った紀子と一緒にあなたの霊に祈り続けることができました。 ネコ一匹いなくなっただけで、何だかこの家が広くなってしまった。ずっと3匹(私含めて)で暮らしてきたものね。まだ部屋の彼方此方、ソファの上やホットカーペットなんかに、きみが佇んでいた幻影が染みついている。トイレの掃除をするとこの前のときよりずっと軽くなったゴミ袋・・・。 相棒を失った紀子はこの二日間私に寄り添ったまま。何となく理解している様子と思われて、一層寂しがりになったみたい。勿論紀子だけではなくこの私、相当ショックがきている。集中力が散漫になってる。レオが居るときの、先日までの日常を取り戻さないといけないんだけど、少しのあいだでもいいから、思い出に浸っていよう。きっと49日後には元気になるから。
2018.04.08
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線香を点けてあげた。スーッと煙がひと筋昇りジャスミンの香り。レオと呼び続けるけど、悲しさは立っていられない程。 帰宅したら使っていない部屋のドアが開いていて、すぐにレオを見つけた。ベッドから降りようとした姿のまんま、もう固く冷たくなってた。もう出し入れが出来なくなっていた前足の爪がマットに引っかかって、頭を下にして目も口も開いたまま。 きみはこの家に来て幸せだった?邪険にしてたこと、ごめんね今朝出掛ける時、ちゃんと挨拶できたのかな?おやすみなさい レオ
2018.04.06
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遂に告げられた転勤命令。 今度は自宅から近くて4~5キロ程。で、ラッキーな筈なのだが、電車を使うと極端な遠回りの三角通勤になり、1時間弱もかかるなら、直接徒歩でも着いてしまう。それで自転車を購入することにした。雨でもカッパ着て通うしかないか・・・でも苦手な雷は休むしかない! もう、5時半に起きなくてもいいし、関空行きの満員電車の外国人に悩まされることもない。しかし転勤の寂しさはいつものことだが、不意に今の境遇や今まで見ていた景色に愛おしさを感じる。明日は最終日。遣り残した仕事を片付けて、デスクも綺麗にしてしまわないと・・・。
2018.03.29
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前に日記を描いてたのが16日、愛猫が夜中に騒ぐので左手を撃ち付けた件だった。その事件の当事者であるレオナルド。急な変化、体調が悪い。 異変は8日前頃。まず食欲減退から始まり、めっきり衰弱してきた。ほとんど寝たきりになってしまい、泣き声も弱い。その前の週まで五月蠅い程元気だったのが嘘のよう。 食べ物も水も摂らないので、ドライフードからゼリー状に切り替えて、病床まで運びなんとか栄養を摂らせている。看病というより最早介護状態になってしまっている。 急激に痩せてきたし、排便も少ない。体毛に艶が無くなってきたのでウエットティッシュで拭く。 もう16歳を超えているから実は覚悟している。医者に連れて行くのは医者嫌いなレオにとって、結構な負担になるので、もう自然に任せていようと思う。生きている間は、最期でも精一杯看て居ようと。ダメでも私自身がペットレスに陥らないための足掻き。 それでも持ち直してくれることを祈ってる。鬱陶しい程元気が良かったのは、ホントについ最近だったもの。煩わしい程だったそのときのレオに戻ればいいと今更ながら願っている。
2018.03.29
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半年程前だったか。急に左手首が痛くなって、握ることもできない。日常に随分不便なので、医師様に診ていただくと手首関節の中に石がいるとのこと。骨の欠片か、勝手に生成したかは分からないが、前に人間ドッグで腎臓に小さな結石を見つけられているので、どうやら石を作る機能はあるみたい。 このときは薬を処方されてグルグル包帯で固定。でも、お陰様で一週間程度で全く痛みは感じなくなり、もうこのことを忘れた頃の・・・。 ひと月程前、眠っているときに耳元で愛猫が吠える。五月蠅いので払い除けようと左手を出したら壁にガツン!。部屋の狭さを忘れていた。親指を酷く撃ち付けて痛みに蹲る午前4時。 また数日で痛みは引くものと甘めに考えていた。で、只今の状態はまだまだ痛みは消えず、市販の湿布薬の上にグルグル包帯。大した事はないと思うのだけど、握力はない。痛くてやはり握れない。なるべく動かさないようにしているのだが、日常で不便に感じるのは雑巾が絞れないし、洗濯挟みが摘まめない(独り身の辛さ)、ペットボトルのキャップが開けられないなどなど。如何に利き腕ではなくても左手を使っていたのかが分かるこの頃です。 最近は歳もあるのだろうけど、身体中どこも万全ってことがまずない。幸いと言うか未だに入院や手術、点滴さえしたことがないが、注意一生ってこともあるし気を付けていかないと。
2018.03.16
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何気なくグーグルマップなんて眺めていました。昔訪ねたところなんて探したりして、思い出に少しばかり浸っていたんです。 ふと、気になる場所を思いつき、記憶を辿って画面上行ってみました。でもこのあたりと思っていた場所には何もありませんでした。が、航空写真モードでは、ちゃんと写っている。「大阪府立泉佐野勤労青少年研修センター」という名を「廃墟に行きました」なんて記事で見つけました。しかも随分ご丁寧にオカルトチックな感じ。「いったいどんな人が利用していたのだろう」とか、「どんな過去の歴史が~」なんて書かれていて、思わず笑ってしまった。私、大昔1か月間もこの廃墟になったセンターのお世話になりました。 もう40年近く前の3月、ちょうど今の季節。高校を卒業、国鉄に就職が決まっていて、その採用前研修ってことで4月入社式までの1月間、みっちり鍛えてもらいました。2月生まれの私はまだ18になった直後ってことになります。それまで殆ど親元から離れて過ごしたことのない、また人見知りする私にとってこの期間は結構な試練でした。全然知らない人達といきなり8人部屋に放り込まれて、ルームメイトだなんて。食事は喉を通らず風呂にも入れなかったことを思い出します。 毎朝「国鉄体操(?)」に始まり、授業では安全綱領と指差歓呼と「おはようございます・ありがとうございます・失礼しました・すみません」(オアシスて言ってたっけ)を全員で唱え、敬礼や立礼を練習させられた。そして難儀なのは駅名テスト。天王寺鉄道管理局管内の線区別駅名を全て漢字で覚えて書くなんて。 でも駅名テストに備える以外、夜は結構暇だったのです。先輩諸氏が組合員勧誘に来る以外は。事務所でギター借りたり、公衆電話から女に~あ、その電話で見事に振られたことを思い出した。青春! 研修期間の後半になるとルームメイトやクラスメイトとは仲良しになっていました。入社してしまえばそれぞれの配属先、もうバラバラになってしまいます。この4年後、今度は運転士のタマゴとして吹田の鉄道学園で再会する者も沢山いましたが。 今は廃墟として地図から名前が消えて、巨大な建物だけが取り壊されることもなく残っている。壊す費用がないのかアスベスト飛散を危惧しているのか分からないけど。怖い場所っぽい表現で記事は描かれていましたが、載せられている画像から私は懐かしさを感じていました。
2018.03.10
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親父が亡くなって、もうそんなに経つんですかね。先日法要を執り行いました。これがなかなかの重労働。親戚中に日程調整、食事の予約、案内状作成、法事当日は主催として動き回り、終わってからは粗供養の調達と発送。親戚も集まる大きな法事はこれで終わりなのですが、正直疲れました。その中で驚きと喜びがひとつ。食事後にカラオケに行きましたが、もうボケたと聞かされていた伯母が、歌だとすごくマトモ!笑選曲もリズムも音程もしっかりしてた。アタシと「虹と雪のバラード(古!)」なんてデュエットしたりして。カラオケはボケ防止になると実感いたしました。
2018.02.24
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ご無沙汰いたしております。冬場は体調崩してることが多くて大変です。熊のように冬眠状態になるし。って言い訳しておきます。さて、冬季オリンピックもあと2日となってしまいました。時差0の韓国なので、徹夜のようにならずテレビでライブ観られるのがいいですね。日本がメダルを獲得するたびに嬉しくて、感涙しております(この歳になると涙もろいんです)。大会前にテレビなどで煽られてすごく期待させられて、その通りになったものも、やや前評判とはならなかったものもありまして、なかなか楽しく観させていただきました。日本だけではなく全選手・関係方々の奮闘努力にはほんと拍手ですね。今夜はカーリングの銅メダル争い。今話題沸騰のカー娘達も見納めとなってしまいます。と、ならないように是非メダルを捥ぎ取って、カーリング熱がオリンピック年以外でも冷めない様に願っております。
2018.02.24
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皆様 あけましておめでとうございます本年もよろしくお願いいたします さて、今年の元旦は自宅で静かに過ごしております。昨年までは母の家で、つまり親父の仏壇にご挨拶するってのが慣例だったのです。これは先日姪が嫁いだので、当然姪は元旦は旦那様のご実家にご挨拶に伺う筈なので、こちらは2日に家族集合となったわけなのです。 その影響、愚息が3泊になってしまいました。いつもなら大晦日に迎えに行って、2日に施設に送り帰し、2日の午後から3日は終日気侭にお正月を楽しめていたのですが。彼が居ると、本当に大変なんです。まず外出できないし、食事、洗濯・掃除の繰り返し~自分の時間が殆ど取れません。息子も退屈そうなので、別段お正月だからといって帰省させてもらわなくてもいいのに・・・。これで今年のお正月休み、たった半日になってしまいました。 彼女は「年間を通しても1週間程しかいない息子なんやから、親子水いらず楽しんで~」なんて言います。全くそのとおりで普通子どものいるご家庭では、ずっと育児されていると親御さんたちは自分の自由な時間など放棄しているのだなと我が身を省みてしまいます。ま、でも幸せのカタチってそんなものかも知れませんね。
2018.01.01
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ご飯行くって約束、覚えてるん?勿論、それだけを生き甲斐にしてきたし~大袈裟か~!ときみは大笑いでもでも本当なんやでこん次の約束あるからこん次の楽しみがあるからどんなに苦しくても辛くても頑張ってこれるそんくらいとっても大事なきみとの約束
2017.12.24
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姪が嫁に行った。 籍だけはもう半年前に入れていたけど。扶養手当を少しでも早く貰えるように知恵を授けたから。プロポーズを受けることにしたんだったら、別に結婚式当日まで待つことないものね。 素敵な教会式でした。最近はみんな教会ですな。いつのまに皆さんキリスト教になったんでしょうか・・・ 披露宴では新婦の親族代表としての挨拶をすることになっていました。事前に喋る内容をカンペにまとめて、2分程度になるように準備したけど、さすがに緊張してカミまくった。 私に比べたら、新郎新婦の挨拶や新郎の親父殿の挨拶のなんてご立派なことか・・・姪が母である我妹と、そんんあに大した援助などしていない私に読んだ感謝の言葉、涙ぐんでしまいました。 ま、誓いの言葉なんて喋ってたのだから、末永く幸せにして貰いなさい。私や妹のようにその神様への誓いを破らないように。 今度のお正月は、旦那様の実家だろうから少し寂しくなるな~
2017.12.10
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