岩波敦子(編)『ことばが紡ぎ出されるとき―声とテクストのあいだ―』
~慶應義塾大学言語文化研究所、
2026
年~
本書は、岩波敦子先生が研究代表者をつとめた慶應義塾大学言語文化研究所公募研究「精神史における「声」と「テクスト」の創造的営為」の研究成果で、 10
編の論文が収録されています。
研究代表者の岩波敦子先生の単著として、本ブログでは次の著作を紹介したことがあります。
・岩波敦子『変革する 12
世紀―テクスト/ことばから見た中世ヨーロッパ―』知泉書館、 2024
年
本書の構成は次のとおりです。
―――
岩波敦子「はじめに」
第I部 声の刻印とことば
山内志朗「声と風と聖霊―中世における聖霊論の一側面―」
小野文「声の刻印― E.
バンヴェニストの言語思想における声とエクリチュールの接近―」
第 II
部 神の語りかけとテクスト/表象
土橋茂樹「ペルソナ間で対話する紙―神 -
劇 (Theo-drama)
における旧約文書の活喩法的読解―」
鎌田由美子「偏在する神の声―イスラーム圏の美術・建築を飾るコーランからの銘文―」
第 III
部 教え導くことばとテクスト
松田隆美「アビンドンのエドマンド『教会の鏡』における読者層―活動的生活と観想的生活をめぐって―」
大黒俊二「錯綜する声とテクスト― 15
世紀イタリアの説教記録から―」
後藤里菜「聖女伝を書く説教師―トマ・ド・カンタンプレ (1201-72
頃 )
の声をめぐって―」
井口篤「神学者レジナルド・ピーコックとテクストの声」
第 IV
部 響き合うことばと儀礼
大月康弘「世界秩序と皇帝理念をよみがえらせる歓呼の記録― 10
世紀ビザンツ宮廷儀礼に見える「帝国」と諸民族―」
岩波敦子「信じることば、裏切ることば―中世ヨーロッパの挙証することば―」
あとがき(岩波敦子)
索引
執筆者紹介
―――
山内論文は中世哲学の観点から、トマス・アクィナス『神学大全』を主要史料として、聖霊と声の関係を探ります。
小野論文は、言語学者エミール・バンヴェニストの一つのメモに着目し、その他の著作に見られない孤立したその内容の意味を探る興味深い論稿。
土橋論文は、神学者バルタザールのいう、神の行為・働きに我々自身も応答する形での「神 -
劇学」の考え方を援用し、旧約文書の解釈を行います。私には難しかったです。
鎌田論文は、キリスト教とイスラームはいずれも偶像崇拝を禁止するのに、前者では聖なる像を作るようになり、後者では一切聖なる像が作られなかったのはなぜかという興味深い問いから出発し、イスラーム美術の観点から、コーランから採られた銘文やお守りとしてのコーランに着目し、美術におけるコーランの意義から冒頭の問いに答える興味深い論稿です。
松田論文はアビンドンのエドマンド (c.1174-1240)
による『教会の鏡』の多様なヴァージョンの比較検討から、活動的生活、観想的生活、両方をあわせもつ「ヴィタ・ミクスタ」の強調度合を分析し、その読者層を探ります。
大黒論文は 15
世紀イタリアの説教記録に着目し、聖職者と俗人による説教の聞き書きの違いを丹念に分析し、俗人筆録では自身の「記憶の奥深く」に垂直に沁み込んでいくことを指摘するほか、「大罪を犯した状態でなされた善行は救済に役立つか」といった興味深い論点や印刷術と説教の関係を分析します。
後藤論文は、私が関心を持っているジャック・ド・ヴィトリ(本稿ではヴィトリのヤコブスと表記)とも交流のあったトマ・ド・カンタンプレの聖女伝を主要史料として、聖女と説教師のかかわりを論じる興味深い論稿です。
井口論文は、聖職者の仲介なしに聖書を読むことを強調した異端ロラード派に反駁する神学者レジナルド・ピーコックの言説に着目し、その両義的に見える態度の意義を論じます。
大月論文はビザンツ宮廷の儀礼書を主要史料として、儀礼における歓呼の意義を分析します。
岩波論文は、誓いや偽りのことばなど、様々なことばに着目し、ことばの挙証する力を分析します。
十分に理解できなかった論稿もありますが、ふだんは触れない言語学など多様な分野に触れられたほか、私自身の関心からは、大黒論文・後藤論文の2本が収録されていることも重要で、興味深い論文集でした。
(2026.04.12 読了 )
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