その他シリーズ



20○○年X月Y日。
僕は……S県O市へとやってきた。
これから始まるであろう、
大きな
物語を紡ぐために……。

「で、あるからして…………………となり………………である。では……おい鈴木!この問いをやってみろ!」
普段どおりの、何ら代わり映えのない、学校生活。
この街にやってきて、まだ三ヶ月。
高2の僕は、とりあえずクラスから疎外されない程度に、かと言って信じれる友達もいないままに、馴染みこんでいた。
このクラスでの成績は中の上って言ったあたり。至って普通な、高校生だという自負もある。別段カッコイイわけじゃないけど、カッコ悪いとも思ってはいない。過信かもしれないけど。
僕が、親元を離れ、一人暮らしをするためにこの街へやってきた理由は、この時代に馬鹿だとは自分でも思うのだが、夢を掴むため。
0からのスタートならば、何かを掴める気がしたから。
作家、という夢への、素晴らしい題材が生まれることを期待したから。
三ヶ月経った今、何ら変わらない、少し苦しくなった生活に耐えてはいるが、何も掴めてはいない。
今も、題材を探し続けている。
故に、僕は授業そっちのけで青く澄んだ空を見ていた。まだ夏の初めだというのに、蝉は鳴いているし、けっこう暑い。いつものように、ペン回しをしながら、アイディアを探す。
僕が書きたいのは、幻想(ファンタジー)じゃない。読み手を引き付けるような、極限まで極めた現実(リアル)。
だが、その望みは、高望みかもしれない。僕が経験できる現実は、退屈で飽きるような生活だけ。これならば、親と一緒生活しながら、弓道も出来たころのほうが良かったかもしれない。弓道は、普通に楽しかった。こっちでもやろうとは思ったが、生憎弓道部が古風な部のため、マイナースポーツという概念があり、この学校にはなかった。
そんな考えしているうちに、ペン回しは極めたつもりだったが、ポロッと落としてしまった。その瞬間、先生がこちらを向く。
―――ヤバイかな……?
今の授業は、鬼、というあだ名で生徒から恐れられている、説教が一番長い(らしい)川原。流石に、こればっかりは説教コースだと思った、でも。
「あ、あの、先生!」
一人の女生徒が、川原を呼んだ。
「そこの問いの解き方がいまいち分からなかったので、もう一度説明してもらえますか? 今度は必ず覚えますから……」
その生徒のおかげで、川原の視線がその女生徒へ向き。
「む? 星野が分らなかったか。そうか、いいか、よぉく聞けよ」
といった風に、黒板へと戻って行った。
なんにせよ、僕は助かったのだ。彼女、たしか、星野砂菜のおかげで。
ちらっと彼女の方向くお彼女はこっちを向いて軽く歯を見せて笑った。彼女はこのクラスでも秀才組の一人で、あんな問いは簡単だったはずだが、その笑顔には悪戯っぽいものが含まれていた。僕は何となく、返事として苦笑いのように、笑い返した。すると彼女は、本物っぽい笑顔を見せてくれた。正直に、可愛いと思い、顔が赤くなるのを感じた。彼女は、このクラスでも1、2を争うほど可愛いのだ。
顔が赤くなるのを感じ、僕はまた、空を見た。少し、僕を笑うかのように雲が出てきた。
「……………というわけだ。分かったか?」
川原の説明が終わったようだ。
「ハイ、ありがとうございました」
星野が礼を言う。そこで。
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
授業終了のベルが鳴った。
「では、今日の授業はここまで。いいか、まだ高2だからと言って学問を怠ると大学入試で痛い目を見るのはお前らだぞ。しっかり復習しておくように。特に……」
全員が誰が名指しを食らうか息を飲んだ。
「三崎、お前は要注意だ。ペン回しばかり上手くなっても社会では通用せんぞ。以上。ホームワークは後で日直が取りに来るように」
そう言い川原は出て行ったが……名指しを受けた僕は、少し打ちひしがれた。今学期の成績は、3より上はもらえないだろう。
そんな僕の前に、星野がやって来た。
「アハ♪ 結局、怒られちゃったネ♪ どんまい♪」
彼女は、屈託のない笑顔で、僕に話しかけた。
女子と話したことがないわけではないが、こうも親しげに話しかけられるとどう対応していいか分からない。
「え、イヤ、ありがとう星野さん、おかげで、放課後の説教コースは回避できたよ」
僕は、出来る限りのお礼をした。
「アハハ♪ それはどういたしまして♪ あのさ、昴くん、アタシにも、ペン回し教えてくれないかな? 家で練習してるんだけど、いまいち上手くいかないの。ネ? ダメかな?」
彼女が頼んできたことを、今の僕に拒否するのは、最低なことのような気がした。僕は二つ返事で、頷いた。
「OK。いいよ」
「アリガトウ♪ 昴くん、アタシん家の三軒隣のアパートでしょ? 今日の放課後寄らせてもらうネ♪ それじゃ、次移動教室だからネ♪」
明るく屈託のない、マイペースの彼女に乗せられて会話していたが、改めて思うとものすごい約束をしてしまった気がした。
―――ヤッバ……部屋片付けなきゃ……。
僕の部屋は今……好きな作家の本や、投げ出した作品の原稿用紙で埋まっているのだ。

放課後。
ホームルームが終わると僕は走って家に帰ろうとした。
だが。
「あ、昴くん、一緒に帰ろう? よく考えたら、部屋番号分かんないし、アハハ♪ 迷惑かな?」
僕は悩んだ。ここで断るのが、やってはいけない判断のような気がした。
「えっと、着いたら少し、玄関で待っててくれるなら……」
僕が照れて言ったのを、彼女は勘違いしたらしい。
「あっ! 昴くんも高2の男子だからねぇ、Hな本の一つや二つ持ってるのかな♪」
彼女の悪戯っぽい笑いに僕は全力で否定した。
「ち、違う違う違うってば!! 僕一人暮らしだから布団とか、朝ごはんとか朝のままなんだよ……」
僕の弁明は彼女に通じたのだろうか? よく分からなかったが。
でも、半分はホントで、半分は嘘。
「はいはい♪ まっ、帰ろう♪ 少しなら待ってあげるから♪」
僕は……僕たちは、帰路についた。

彼女と一緒だと、いつもはつまらなく、長く感じていた道も、おもしろく、短く感じられた。
これは、楽しいという気持ちであろう。
僕は、この短時間で、彼女に惹かれ始めて、いや、完璧に、彼女、星野砂菜という女性に惹かれていた。これほどまでに、楽しいと感じたことは、あっただろうか? イヤ、きっとない。
そう、今僕は、書きたかった、本当のものに、少し近付いたのかもしれなかった。

家には、すぐに着いた。
約束していた通り、玄関で少し待ってもらう。
だが。
自分の家ながら、あまりのなんとも言えなさに、正直やる気をなくした。朝食やら飲料やらは、原稿用紙が汚れるといけないからと、綺麗に片付けられ、布団もちゃんと干してある。だが、床に散乱している、僕の基準で駄作と判断されたり、気乗りしなくなった作品やら、書き終えたものの、推敲しているうちに嫌気の差した作品などが、無残に散らばっているのだ。
とりあえず、何かに詰めておこうと思い、ダンボール箱を押入れから出そうとしたのだが。
「す、すご~い! 昴くんて、作家さんか何か?」
彼女は、待ちきれなくなったのか、最初から入るつもりだったのか、もう上がっていた。その瞳には、不思議な好奇心やらなにやらといった感じで、淡く輝いていた。僕は、正直焦った。
「えっと……何々? 

………………僕の眼前に現れた風景。それは、限りない広さを誇示するかのような、緑溢れる大草原だった。風に揺らされた草花が舞い、木々は囀り、鳥が楽しそうに飛ぶ。小動物たちが駆け回るその様は、この世にたった一箇所だけ残された楽園(エデン)のようだった。僕は心からこの場所が好きになった。自由を求めた僕の旅は、こうして終わりを迎えたような気がした。
だがその最後の楽園にも、終幕が下ろされようとしていた。大きな、大きな、動くことの叶わぬ大地には、避けられぬ運命。
悪魔の子たちによる、環境破壊が始まった。
木々が倒され、草花が死に、小動物は去り、鳥は逃げ飛ぶ。
こんな世界に生きる僕たちに、何が出来るのだろう?
母なる大地を守ることなど、出来るのだろうか?

……………えっと……これ、昴くんが書いたの……?」
僕は顔が赤くなるのを感じた。昔書いただけの、ただの不安を綴っただけの、駄文だったのだ。
「あ……一応……うん」
彼女は少し驚いて見せ、すぐに賞賛するかのような表情になった。
「すっご~い! 昴くん、すごいよ~! アタシには絶対書けないなぁ、こんなにすごい文章。特に、最初の部分の、限りない広さを誇示するかのような、緑溢れる大草原だった。風に揺らされた草花が舞い、木々は囀り、鳥が楽しそうに飛ぶ。小動物たちが駆け回るその様は、この世にたった一箇所だけ残された楽園(エデン)のようだった……、なぁんて、すごいロマンチックじゃない? 見てみたいなぁ、そんな風景……」
正直、僕も驚いた。彼女がこんなに興味を示してくれるとは、予想すらしなかった。ましてや、褒められるなど。
「いや、そんなに書くのは難しくないよ。書きたいことを、伝えたいことを綴るだけだから。でも、小説となると、その伝えたい内容を流れに乗せてまとめなきゃいけない。それが、難しくてね……今星野さんが読んだのも、僕がこの世界について思ったことを伝えたいなぁ、って思った作品なんだけど、途中でコンガラガッテ、止めちゃったやつだし」
僕の言った言葉を、彼女は丁寧に聞いていた。
一途に、真剣に。
「でも、アタシは、伝えたいことは、気持ちが伝えてくれると思うな。以心伝心? だっけ。そんな感じ。心同士で、伝えれることってあると思う。言葉で言い表せないことも、言葉なら伝えられるかもしれないでしょ? 昴くんの、最初の文章、すごい、昴くんの地球に対する優しさが伝わってきたよ。今、アタシみたいな子どもが言っていいかわかんないけど、ホントにこの地球って、汚いから。でも、昴くんは綺麗な地球を信じてあげてる。その気持ちは、優しさだよ。アタシは、そんな綺麗事とか、理想論とか、すごい好きだな。言葉だけの人は、何にも伝わらないけど、昴くんは、分かってる」
僕は、彼女の言葉に、気付かされた。
僕は、本当に書きたかった空想や、理想を、馬鹿にしていたのかもしれない。真実を見つめられない話だ、と思って。でも、本当に僕の書きたかった話は、極限まで極めた現実な幻想(リアルなファンタジー)。人の心に残る、人に思いの伝わる、夢をまた見れるような、究極の、最高の、最強の、幻想!! 
「……ありがとう、星野さん。僕、何かに気付いたかもしれないや。大事なのは、作品に向き合う気持ちと、伝えたい想いなんだよね。ずっと、ファンタジーとか、空想伝記なんて、臆病な作品だと思ってた現実から目をそむてけて書かれたものだと思ってた。リアルな、真実を述べた作品こそ、正しいと思ってた。でも……僕が本当に書きたかったのは、温かくて、優しい、夢のあるファンタジーだったのかもしれない」
僕は、気持ちを、溜め込んでいた、理解できなかった、変な塊を、吐き出した。
彼女は、笑顔だった。
「うん♪ 立派立派♪ 昴くんなら、きっと大きな夢を描けるよ。世界に、たった一つの夢を紡げるよ♪ アタシ、応援する! だから、昴くんの作品の、ファン第一号になってあげるよ♪」
僕は、今、何かを見つけた。
何かを掴んだ。
何かを……知った。
とても……温かいもの……。

本当に書きたかったことは、いつも直視できないところにあることがある。
自分に素直になれないばかりに、見逃してしまうような、些細な壁の所為で。
でも、その壁を破る、勇気を持った時。
人は、大きな、大事な一歩を踏み出せる。
とても温かくて、大切なことを見つけたとき。
人は、その温かさに触れ。
その温かさを伝える、伝導士になれるのだろう。

僕は、夢を見つけた。


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