遥統番外編22

この世界に祝福を









 戦場は過酷。そこは生と死が常にせめぎ合う、死神が闊歩する異常空間。
 しかし戦士たちの中には、そこでしか生きられない脆弱な者たちも少なくない。
 日常生活を送ってはいるものの、戦いの中にしか快楽を見出せない者を人々は“バーサーカー”と呼び、蔑み、畏怖する。
 とはいえ“バーサーカー”ではあるものの、その正体を隠して日常を過ごす者がいるのもまた真実。
 ……“バーサーカー”を越えた怪物も存在しているのだが。







「もともとてめぇらの力なんざいらなかったってことだ」
 不敵な笑みを浮かべる青年の口元からは、鋭い犬歯が見て取れた。彼の手が輝きを手にする。
「わ、我らアイアンナイツがこうも容易く……!」
 片膝を地につきながら、鎧を着込んだ男が苦しげにそう漏らす。彼の周りには同じような鎧を着込んだ男たちが血だまりの中に倒れている。
「“バーサーカー”め……!」
 青年の手の輝きが彼の手を離れるのと、男が絶命するのはほぼ同時だった。
「そうやって孤立の道を歩いて、救いがあると思う?」
 木の影から、新しい声が現われる。だが青年は動じない。
「俺は末端だ。どうなるかなんざ知らねえよ」
 少しだけ、不器用な言葉に切なさがこもったか。
「確かに東の軍事情勢は他国が連合したとしても同等か、もしかしたら上回るレベルまで整っているかもしれない。……けれど、数だけが勝敗を左右するわけではないこと、分からない貴方ではないでしょ」
 木の影に隠れたまま姿を見せず、女声がそう語る。
「分からないわけじゃねえ、だが、今の状況ほど好きに戦える状況もないと思わねえか?」
 青年の右手には柄だけの剣が握られている。
「どうしてそこまで戦いを好むの?」
「……さぁな」
 女声に怒りはないが、不可解な青年への僅かながらの苛立ちが見えるような気もする。
「“死神”と“狂戦士”どっちが強えと思う?」
 話の流れを無視するかのような質問に、女声がしばし黙った。
「単純に考えれば、彼の血のほうが上質ね」
「ごもっとも、直系とはいえ農業の神コーラーバルの末裔じゃ、たかが知れてるよな」
 青年が黒髪をかき上げ、空を見上げる。薄暗闇の森の中では、空はよく見えないが。
「けどよ!」
 青年が刃のない剣をひと振りする。数秒の間を置いて、すーっと一本の大木がずれていき、地響きとともに倒れた。
 大木の向こうから、一人の女性が姿を現す。暗い赤色の髪は短めに切りそろえられ、鋭いほど整った顔立ちの中の、まっすぐな黒瞳には驚きも揺らぎもなかった。
「血がたぎるんだよ! 戦いが近くにある! これを見逃せるか?」
 見つめ合うこと数秒、ぱっと女性の姿がその場から消えた。
 キィィィン、甲高い音が木霊する。女性が繰り出した短剣の一撃は、青年の刃のない剣によって止められた。
「そんな心配するな、簡単には死んでやらん」
「別に、心配なんかしてない」
 短剣をしまい、青年にそっぽを向く。
「ナナキ」
 青年が彼女の手首をつかみ、振り向かせ、強引に彼女の唇を奪った。
「お前こそ死ぬんじゃねえぞ」
「ヴァド……」
 力強くナナキを抱きしめながら、ヴァド・コーセルバイトは彼女にそう言ったのだった。





 東に対し、西南北が連合策を取るのは誰もが予想出来た展開だった。そして総攻撃を受けるであろうことも。
 ヴァド・コーセルバイトはアル・オーレイの部隊に配属された。正面向こうには敵の本隊及び本陣が控えている、彼にとっては何よりのポジションだった。元より個人技には長けるものの部隊指揮においてはどうも欠けるものがある彼がこの戦いで部隊を指揮する理由はなく、そうなれば一番の激戦地であることが予想されるアル・オーレイの部隊に配置されることもおかしいことではない。
――ムーンの読みではゼロら主力は屋敷ん中に突入の機を見測るため、序盤戦には出てこない。俺が奴と戦うためには、とりあえず最初の奴らを全滅させ、突入の機を作らせないようにしなきゃなんねえのか……。きちぃな。
 彼の腰には二振りの鞘がかけられていた。ひとつはかなり短い鞘で、もう一つは極々一般的なものだ。
「西側の部隊は大丈夫なのかしら?」
 戦闘開始の合図を待ちながらどう戦うかを考えていたヴァドに話しかけてくる女性がいた。ヒューネ・フェラッセ、貴族学校時代の同級生で、ともに魔術専攻クラスに所属し、現在はともに東の騎士をやっている女性だ。
「ジェネラル妹の部隊か。どうせムーンの考えなんだろ? 考えるだけ無駄無駄」
「でも、あちらの部隊の相手は南の魔法騎士団よ? 普通に考えたら……」
「まぁ、勝てねえだろうな。そしたらそしただ、こっちと北側の部隊が勝ってれば2対1で当たれる。それに北側の指揮はルティーナだ、まず負けねえだろ」
 ズバズバ考えるヴァドに対し、ヒューネの不安そうな表情は変わらない。
「でも最近ルティーナの様子おかしいじゃない……ルーがいてくれたらな……」
「あいつは死んだんだ。いねえ奴のこと言ってもどうしようもねえ」
 ヴァドが段々イライラしてくる。だが、その物言いにヒューネの苛立ちも募る。
「そんな言い方ないでしょう?! ルーだって未来のために戦ったのに、いなくなったらはい、さよならなんて出来ないよ……!」
「だからこそ、俺らはあいつの分も背負って戦わなきゃなんねえ。つーかそれより、お前こそ大丈夫なのかよ?」
突如話題を振られヒューネがしどろもどろする。何のこと、といった面持ちだ。
「アレッド、敵だろ?」
 ヴァドの言葉にヒューネが項垂れる。アレッド、アレッド・マーターラーサーはヒューネの恋人で、南の魔法騎士団に所属する南の騎士、敵だ。また生きて会える保障などどこにもない。
「それはもう、信じるしかないかなぁ……」
 カラ元気に笑って見せたヒューネを見て、ヴァドが思うことは極力彼女を戦わせてはいけない、ということだった。戦力になり得る予感がしない。
「そういえば、あんただってあたしと同じ状況じゃない?」
「ナナキがそう簡単に死ぬと思うか?」
 ヴァドの切り返しにヒューネの言葉が詰まる。ナナキ・ミュラーは南の諜報部に所属するヴァドの彼女だ。貴族学校時代からずば抜けた身体能力を持ち、用心深い性格も相まってこの戦場のどこかで倒れている、という想像が簡単には出来なかった。
「あいつが死ぬとしたら、そうだな。俺に殺されるくらいしか可能性はないな」
「それ、どういうこと?」
「0%ってことだ」
 これには流石にヒューネが面をくらった。
「諜報部が前線に出てくることなんかまずねぇだろ」
 そう言われて思い出す。諜報部が前線に出てきたという話は流石に聞いたことなかった。





 戦いが始まった。
――序盤は敵に好きにやらせろ、か。アルもなかなかえげつねぇな。
 あえて弱いと思わせて、勢いに乗ってガンガン前に出て疲労していく敵を後方に控えた精鋭で一挙に潰してしまおうというアル・オーレイの作戦であった。
 敵陣を遠くに見つめつつ、ヴァドは第1陣の戦いを眺めていた。

そしてついに東の反撃が始まる。
 手当たりしだいに彼もその武器を振るった。構わず殺し続けた。
 その表情に浮かぶのは、泣いたような、笑顔。途中から降り始めた雨で、彼の顔が凄惨なものへとなっていく。
 魔法により生み出された剣は刃こぼれすることなく、大地を赤に染める。
「お前はいい加減にやりすぎだ!」
 今まで倒してきた兵士とは違う、明らかに実力の違う攻撃が突如現れる。目の前の小爆発を囮と読み切ったヴァドは咄嗟に頭上へ武器を繰り出す。
 この彼の反応を逆に読み切れなかった青い軍服の敵が地に落ちる。
「いい攻撃だったぜ! 今のは!」
 既に死した相手に言葉を送ったが、その言葉が届いたか。歓声が聞こえた。
 何やら連合軍が盛り上がっている。それに対をなすように、東の兵たちが撤退を叫んでいる。おそらくアルが倒れたのであろう。だが、撤退と言ってもどこに撤退するというのか、敵に包囲された形のこの戦場で、一体どうしようというのか。
「最初っから背水の陣ってわけだ」
 撤退の波に逆らうようにヴァドは攻性魔法を放ち、手近の敵には斬撃を加えていく。
 目の前の戦いに感情が昂ぶっているヴァドには、ゼロたちがクールフォルト家に突入していったことなど、気づくよしもなかった。





「けっこう押してるんじゃねえか?」
「そうだな、やっぱ東が烏合の衆ってのはホントだったみたいだな」
 シックス・ナターシャ率いる魔法騎士団はコトブキ・ジェネラルの率いる部隊を相手に戦闘は魔法騎士団の優勢で進んでいた。前線の中盤で彼らはやや手を休めていた。敵が壁のようになって先は見えないが、押されるというよりは押しているという印象が強い。やはり西の虎狼騎士団と並び、最強の二つ名を抱く騎士団は伊達ではない。
 魔法騎士団に所属するポーヴェ・ウェンタンス、ニーギス・ヴァレーシュ、アレッド・マーターラーサーはどこか油断した気持ちを持ってしまっていた。
 魔法を使える、それだけでかなり一般兵に対し有利なのだ。魔法を使えるのは魔力をもった者だけ、この限定条件は努力で打破できるものではない。流れる血の問題なのだ。
 そこに。
「う、うわあああああ!!」
「がふっ」
「――!!」
 突如訪れる災厄。
 敵の壁の向こう側から、遠方からの攻性魔法や、魔法を帯びた弓矢の襲来。
 魔法騎士団の前線で戦っていた兵が次々と倒れていく。敵の策略にまんまとはめられたらしい。前線の兵士は烏合の衆で、弓兵や魔法使いは後方に配置されていたようだ。
「ここで……終わりかぁ……」
 食らったダメージは、明らかに致命傷。
 死屍累々の状景が一瞬にして築かれる。
「あと少しで……戦争も終わった……ってのに」
「ヒューネ……ごめん」
 貴族学校魔術専攻クラスで大の仲良し3人組だった彼らは、悲しくも同じ時、同じ場所で、その短い生涯に幕を下ろした。





 クロー・ユヴェルデーテス率いる部隊も、当初の予想を大きく裏切りルティーナ・フォードの部隊を相手に予想以上の善戦をしていた。
――勝つんだ、そして、生きて帰るんだ!
 生への執念がブルー・ワークタークを突き動かしていた。親友のクローがこの部隊を率いているのだ。彼の為に、力になりたかった。
 シェリル・マッケンジーが死んでから、彼の剣術への打ち込みは時に目を背けたくなるものがあった。その彼の努力を、無碍にはしたくない。
 降りしきる雨のなか、懸命に戦い続ける彼の前に、突如凶刃が現る。
 すんでのところでその剣を防ぐが、ブルーの剣にひびが生じた。相手を見ればかなり華奢なほうだった。だが、この一撃。
 才能の差を痛感させられる。
「ルティーナ・フォードか……!」
 彼女に目には何も浮かんでいない。無の空間が、彼女の周囲に出来上がっていた。
 彼女の攻撃を止めるには、ブルーの実力は拙かった。
 白刃がブルーの身体を貫き、切っ先から赤い血が滴る。
 何の感慨もなく、彼女は走り去って行った。
――あぁ……畜生……何にも、何にも出来やしなかった……。
 己の死を悟り、ブルーは地に転がり、天を仰いだ。
「クロー、すまん……」
 大地に残るは、誇り高き虎狼騎士の亡骸だった。





「マジかよ!?」
 魔法騎士団の後方に控えていたオリアス・ゼオンドールは、雨の中に生まれた突然の輝きにはっとし、突如炸裂した大量の攻性魔法を目の当たりに、我が目を疑った。
 あの攻撃を受けては正直ひとたまりもあるまい。
 後方にいて良かったという安堵と、いつ自分も死ぬかという不安が同時に押し寄せる。
 前線から指揮官であるシックス・ナターシャと側近たちが数人戻ってくる。一時後退、というわけだろう。
 これからどうなるのか、そんな不安を持った彼の近くには、見たこともない巨人の姿があったという。





 ヴァドの奮起により逃走兵の数こそ減ったものの、それでも彼らが押されていることに偽りはなかった。段々と軍勢が後退していく。指揮官が倒れた今、誰がどんな指揮をしているわけでもない。混乱が彼らにまとわりついていた。
――流石にそろそろ、しんどくなってきたな……。
 数時間に渡る戦闘に、さしものバーサーカー、ヴァド・コーセルバイトにも疲労の色が浮かんでくる。敵味方合わせた死屍累々の中で立っている者の数は少ないが、敵味方で勢いの有無が段違いだった。
「その孤軍奮闘、歴史に残るだろうな」
 どこからともなく聞こえた声とともに、殺気が迫る。野性の勘だけを頼りに背後に向かって剣を振るう。甲高い音が響いた。
「連合軍の総攻めにゃ、諜報部まで出てくるってのか」
「時には暗部と呼ばれる部隊だ。戦争で活躍出来ない戦力しかないと思ったら大間違いだ」
「さすがフーラー家、言うことが違うねぇ」
 相対する敵はヴァドの知った顔だった。どういう者なのか分からない、それが一番彼を的確に表しているのかもしれない、北の諜報部団長シレン・フーラーとはそういう男だ。戦闘力は噂でしか聞いたことがないが、貴族学校の同年代剣術部の中で最強を誇った“死神”ゼロ・アリオーシュについで2番手だったとの噂を耳にしたこともある。
 ベストコンディションだったなら喜んで戦うところだが、今は状況が悪すぎた。
「戦争で敵を殺すこと自体の善悪について問答する気はないが、お前の死を以て同胞たちへの餞にさせてもらう」
 シレンの剣が迫る。
簡単にはやられはしない、やられたくない。
死にたくない、もう一度会いたい奴がいる。
生への執念がヴァドを突き動かした。
実剣を使って攻撃を捌く。攻撃の重さは自分と同等なのか、競り負けることはなかった。
ぬかるんだ足場にも関わらず両者のバランスは崩れない。押しつ押されつ、ヴァド不利の状況の中一進一退の攻防が続いた。何人かの兵士がその戦いを傍観している。入り込む余地などないのだ。一般レベルから見たら、違う次元の攻防。
「諜報部じゃろくに戦闘に関与できねぇだろ! それだけの腕を持っていて、もったいないと思わねえのか?!」
 過度の興奮によるアドレナリンの分泌が、疲労を吹き飛ばしていた。犬歯をむき出しに、ヴァドが問いかける。戦闘行為は止まらない。
「俺は臆病者でずるい奴だからな、戦場なんて恐れ多い!」
 ヴァドの攻撃を受け流し、反動で攻撃を繰り出す。
「そうか?!」
 シレンの攻撃を防ぎ、力で剣を押し込みながらヴァドが反論する。
「お前を見てると戦いが楽しくてしょうがない、俺と同類に見えっけどな!」
 力負けし、シレンが大きく後退する。
「その性質を隠す。これが如何に大きなことか、分からないのか?」
 シレンが再び攻撃を繰り出す。その攻撃は、先ほどよりも精度を増し、破壊力を込めた、殺意の一撃。
「なに?!」
 ヴァドの剣が吹き飛ばされる。魔法の詠唱も最早間に合わない。一瞬にして自分の死を感じる。
 だが。
「やはり、見逃せない」
 シレンの剣を止める、暗赤色の髪の少女。シレンの動揺しない眼が、若干怪訝な色を浮かべる。
「背信行為とは分かっている、でも、ヴァドは殺させない」
 シレンの攻撃を防いだ剣で、その剣先を彼へと向ける。その瞳に宿る強い意志は、冷たい炎を放っていた。
「諜報部において絶対の禁忌。それが背信行為と心得ての“暴挙”か」
「軍の影である前に、私は一人の女でもあるの。感情も心もある。貴族学校を卒業して諜報部に入ってから任務のために生きてきたけど……これだけは譲れない」
「ナナキ……」
 ナナキ・ミュラー、南の諜報部第3部隊隊長。南の軍を表で支えるフィールディア・フィートフォトと並んで南を影から支える重要人物。
 しばしの均衡状態の後、シレンが剣を鞘におさめた。
「俺は“バーサーカー”ではないからな。ヴァド・コーセルバイトの力の前に敗れたということにしておこう」
 シレンが二人に背を向ける。依然としてナナキの剣先は彼を向いているのだが。
「諜報部の者と付き合うのは大変だぞ? 神のご加護があらんことを……」
 そう言い残し、シレンの姿がパッと消える。移動に関しては優れた能力があるようだ。さすが諜報部の世界において頂点に君臨する北の諜報部団長といったところか。
「どこの神様に祈ってんだかねぇ」
 ゆっくりと立ち上がろうとしたヴァドに対して、ナナキが剣先を向ける。
「お、おい? 何の冗談だ……?」
 目が笑っていない。さしものヴァドも冷や汗が抑えられなかった。
「東の部隊の多くは撤退した。あれ以上の戦闘行為は無意味。なのに何故戦いを続けたの?」
「答え、分かってんだろ?」
 彼女がしばし黙る。だが、彼女の視線も態勢も変わらない。
 見つめ合った状態が、しばらく続いた。地面に腰を下ろした状態の男と、剣先を突き付ける女。異様な光景だった。
「怖かった……」
「は?」
「シレン・フーラーと戦いになった場合、私に勝てる見込みがあるわけもない。彼のデータはある程度知れている。でも、彼を倒す方法があの場ではなかった」
 表舞台で戦闘はほとんどしないものの、シレン・フーラーの実力は諜報部のお墨付きということだ。最後に見せた彼の殺気を思い出し、ヴァドがベストコンディションでも勝てたかと若干不安になる。
「でも」
 そこで彼女が剣を手放し、ヴァドに覆いかぶさった。
「間に合ってよかった。貴方が死ななくて、よかった」
 少しだけ、彼女の声が震えていた。いつも気丈で、淡々として調子の彼女が、だ。
「言っただろ? 俺は簡単には死なないって」
 彼女の髪を撫でてやる。しばらく彼女は何も言わなかった。





 ヴァドとナナキは密かに戦場の外れへと移動していた。
「勝手に死ぬのは許さない」
 いつもと変わらぬ表情で、いつもと変わらぬ調子で彼女がそう言う。
「さっきの泣いてた時、けっこう可愛かったんだけどなぁ」
 ヴァドの言葉に対しても、動揺は見せない。
「愛するお前を置いて、先に死んだりはしないって」
 そんな軽口を聞き、彼女はヴァドに背を向けた。
「……どうかしらね」
 彼女がくすっと笑ったような気もしたが、気のせいだったかもしれない。ナナキ・ミュラーが感情を露にすることなど滅多にないのだ。長い付き合いだ、そんなの分かりきっている。

 何はともあれ、ヴァド・コーセルバイトとナナキ・ミュラーは大戦を二人で生き延びた。
ヴァドの試練はこれからかもしれないが。


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