第20章

閑話









「そうだ」
 病院の寝室で“強制的”に寝かせられているゼロが、はたと何か思い出したように口を開いた。側の椅子に座るミュアンと、反対側のベッドで横になっているレイがゼロの方を向いた。
「悪い、ミュアン」
「え?」
 いったい何事なのか全く分からず、ミュアンが不安そうな表情を浮かべる。
「前に、お前からもらった銃があるだろ?」
「う、うん」
「あれ、昨日の戦いの間に気付いたら壊れちまってた」
 少しだけ、申し訳なさそうな表情を浮かべてゼロがミュアンへそう言う。だが、どうにもあまり感情がこもっていないように感じられた。
「べ、べつにいいよ! そんなこと」
「そうか? ……ならよかった」
 そんな二人を見ていて、レイは苦笑を浮かべていた。淡々と述べるゼロに対して、ミュアンが常時感情を上下させているのだから、面白い。
 怪我が治るまで、まだしばらくの時を必要としそうだった。



「はーい、ゼロさん、レイさん、夕食のお時間ですよ~」
 日が傾ききった夕方6時半頃、病室内に軽い声が響いた。既に二人が入院して一週間が経過しており、声の主が誰かも分かっている。
 ドアが開き、二人分の食事が乗ったワゴンが室内に入ってきた後、少女と形容しても差し支えのない体型の女性がそれを押して入ってくる。
 東西南北ではほとんど見ない水色のセミロングの髪にパーマをかけた、きめ細かい肌をした美しい少女だ。身長も140センチ程度しかないため、一見しただけでは14、5歳程度にしか見えないのだが、これでもゼロやレイと同い年だという。
「いやぁ、相変わらず痛々しい格好ですねぇ」
 上半身も下半身も負傷しているゼロはどう答えるというわけでもなく、ただ苦笑して答えた。下半身に大した怪我のないレイは、長時間はダメだが、既に歩き回ることが許されている。
「年齢と身長が不釣合いなのよりはマシさ」
 いや、苦笑だけでなくちゃんと答えるらしい。シーナに影響を受けたのかと思われるような皮肉だ。
「へ~……そんなこと言っちゃうんですか」
 すると、とてつもなく平坦な声で彼女が返してくる。
「な、なんだよ」
「べつに~。この病院内にいる限り、貴方がたの命は私たちの手のひらの上なんですけどね~」
「マリナちゃん、俺もかいな……」
「毒のお薬を投与したり、注射したり、入院食に一服盛ったり、こちらの自由ですよ~」
 あまりに軽く彼女がそう言うのを聞いて、ゼロたちの表情が青ざめる。
「わ、悪かった」
「分かればよろしい」
 にこっと微笑む彼女を見て、二人はまるで悪魔を前にしている心地だった。
「そうだ、ゼロさん。なんかドクターがあとで話があるそうなんで、部屋から出ないでくださいね?」
「ん? ああ」
―――ていうか出れねえよ……。
「それではごゆっくり~」
 さっと現れすぱっと去っていった彼女を見届け、レイがぽつりと呟いた。
「マリナちゃん、見た目だなら可愛いんやけどなぁ」
「ああいうのが好みか?」
 その呟きにゼロが反応する。中央に来て以来ほとんど年の近い女性と会っていないためか、ゼロにとっても新鮮ではあるのだが、あまりゼロのストライクではないらしい。それ以前に、彼にはもう心に決めている女性からだろうが。
「ん~、そういうわけやないやけど……。ゼロは可愛いとおもわへんか?」
「俺は……あ~、どうだろうな」
「なんやそれ」
 要は、二人とも暇らしい。



 数時間後。
「アリオーシュくん。ちょっといいかね」
 ゼロとレイの病室に、院長が尋ねてきた。さきほどマリナが言っていたことだろうと思い、ゼロは素直に「はい」と迎える。
「クラックスくん、少し席を外してもらっても?」
「え? あ、はい」
 それほど込み入った話なのだろうか、少しばかり怪訝に思ったレイだが、病院内で絶対の権力を持っているのはこの初老の院長だ。大人しく言うことを聞くのが筋だろう。
 レイが松葉杖を使い、部屋から出て行く。
 それと入れ違いに、女性が部屋へ入ってきた。
「失礼します~」
 一応形式ばった礼をしているものの、彼女の言葉にはどこか敬意が足りないように聞こえた。
 マリナが扉を閉めると、院長が一度大きく息をついた。
「アリオーシュくん、身体のほうはどうかね?」
「……おかげさまで」
 こういう話の切り出しは、得てして辛気臭い話の定番だ。まだ19歳とはいえ、国王という立場なのだ。こういう展開は、いやでも慣れてしまった。
「それはなにより。しかし正直わたしたちも驚いているよ」
 院長の口調は穏やかなのだが、なんだか貴族学校時代の教師と話しているようでゼロにとってなんだか気楽ではなかった。
「流石覇権を争う戦士さんですね~。回復スピードが常人の比じゃないですよ~」
マリナが院長の言葉を引き継ぎ説明する。病院勤めの彼女らが言うのだから、そうなのだろう。生まれてこのかたここまで怪我をしたことがなかったため、比較の仕様がなく、曖昧な返事しかできなかった。
「それでも大事をとってあと2ヶ月は休んでもらいましょうかね~」
「2、2ヶ月?!」
「別に大した期間じゃありませんよ~。寝る子は育つって言うじゃないですか」
 ゼロが恨めしげにマリナを睨みつける。どっちもどっちな感じがするが、男の面子としてやはりそう言われては不快だろう。
「マリナくん、今はそういう話をしにきているのではない」
「は~い」
 院長の言葉に素直に答える分、公私の区別はしっかりしているようだ。なんだかゼロとしては釈然としなかったが。
「あの2ヶ月って、冗談ですよね?」
「ああ、2ヶ月はないな」
 その院長の答えにほっとするゼロ。
「2ヶ月では少し完治には足りないじゃろうて」
 が、直後のその言葉にゼロの肩ががくっと落ちる。
「マ、マジですか……」
 どうやら中央には癖の強い者が多い気がする。ゼロは人知れずため息をついた。
「さて、そろそろ本題に入ろうかね」
 ここまで食えない好々爺のようだった院長の雰囲気が変わる。何だか、暗くなったような。
「ゼロ・アリオーシュくん」
 重々しい、年齢を感じさせる声を前に、返事が出なかった。
「わしも長いこと医者をやっとるが、君みたいな患者は初めてで、正直なんと言えばいいのかよお分からん」
 歯切れの悪い院長の言葉を、ゼロは怪訝そうな顔で聞いていた。
「じゃが、マリナくんのアビリティ“分析”は信頼に足る能力じゃ。それだけは信じとくれ」
 そこですっとマリナが前に出てきて、突然ゼロの胸元に自分の手を当てた。
「こうすると、私の頭の中に相手の身体の状態が伝わってくるんですよ~。少々特異ですけど、別にこういうアビリティも珍しくないですし」
 相変わらず彼女の口調は軽い。
「で、俺に伝えたいことってのは?」
「簡単に言っちゃえば、私に見えない部分がゼロさんの中にあるんですよ~。東西南北のエルフだから、とも思ったんですけど~レイさんにはそういうのがないんですよねぇ」
「ふむ……っと、俺が東西南北の出って、どっから仕入れた情報なんだ?」
「そりゃあ、企業秘密ですよ~」
 にこっと笑ってマリナが誤魔化す。諦めて院長の方へ視線を向けるが、彼も黙ったままだった。本当にしたたかな二人組だ。
「まぁ、今現在でそれが君の身体にどういう作用を及ぼすのかはよく分からん。すまんの」
 そして、結論はそういうことらしい。
 ゼロは釈然としないまま、だが自分にはどうしようもないことだと思い、黙って頷いた。今までは特に何もなかった。今も生きている。それだけで十分だ。
「お世話になってる身ですから、お気になさらずに」
「全く、覇権を争う戦士さんじゃなかったら、かなり大金ふんだくれるんですけどね~」
―――ほ、本当にここは正規の病院なのか……?
 院長を見ても、笑っているだけだった。
 西に戻ったら、一度医療体制を確認しようと、ゼロは心に決めた。




 その日は、雨だった。
 しとしとと降り続ける雨を、ゼロは見続ける。レイはそこらへんを歩いているのだろう。歩くだけでもかなりリハビリになりそうだと思うゼロにとって、少し羨ましいことである。
「雨、か……」
 ぽつりと呟く、なんだかそれだけでも絵になるようなゼロの横顔。少し憂いを帯びた眼差しは、遠くを見るように外を見続ける。
「アノン、大丈夫かねぇ……?」
 ゼロの入院に当たって、一緒に入院させるわけにもいかず彼女をレリムのところに預けたのだが、今思うと彼女が自分以外と普通の生活をさせた記憶がない。アリオーシュ家内にては自由に動いているときもあったが、あの時はゼロの妹という立場で、敬われる立場だったから安心していたが、“平和の後継者”ははっきり言って他人だらけだ。レリムとダイフォルガーが事情を分かっているとはいえ、やはり不安は残る。
「無論だ」
「へ?」
「こんにちは♪ お見舞いにきたよ~」
 ゼロのベッドの側に、4人の女性が立っていた。いや、そのうち3人は少女と称するべきか。
「アノンにミュアン、メルシーに……ナナまで?」
 懐かしい顔ぶれが2つ。だが、“平和の後継者”時代の仲間には違いない。
「大怪我したって……ミュアン、言ってたから……。お見舞い……」
 ミュアンの後ろに隠れ、照れながらそう答えるナナを見て、ゼロは優しく微笑んで答えた。それと同時に、ミュアンの身振り手振りの説明が目に浮かぶ。
「“神魔団”を倒したんでしょ? なんか、ゼロくんたちに任せっぱなしでごめんね」
 珍しくしょんぼりした顔でメルシーがそう言うのを聞いて、ゼロは首を振った。
「お前らにやらせたら、倒せる敵も倒せないからな」
 そしてにやりと笑いを浮かべる。
「うわ、言い切ったよこの人!」
 すぐさまメルシーがむっとした顔をして頬を膨らませる。
「まぁ、今の貴方に言われても説得力はないがな」
 鋭くアノンのツッコミが入ると、合わせてミュアンも頷いていた。やはり、4対1では少々分が悪い。
「ただいま~……って、今日はえらいお客さん多いな!」
 ナイスタイミングで、レイが帰ってくる。
「レイは、思ったより怪我少ないんだね」
 メルシーの意外そうな表情を見てレイが胸を張る。
「そこらへん、俺の実力やからな!」
「ゼロくんより弱いから、死んだフリでもしてたんじゃないの~?」
 ギクリとレイが一瞬表情を強張らせる。
「お前……人が死にそうになってるのに死んだフリだったのかよ……」
「……情けない……」
 そしてゼロとナナの追撃。集中砲火を浴び、レイが泣きまねをする。
 それで再び笑いが起こる。
 入院するのも、あまり悪くないものだと、ゼロは少し思っていた。



 入院生活から、1ヶ月が過ぎた。
 ゼロの怪我の方も大分よくなり、やっと松葉杖を使って歩くことが許された。そして許された途端やたらと動き回るのは、やはり入院経験がない証拠か。
「もうすっかり元気みたいですね」
 病院の入り口辺りを歩いていると、ふと聞き覚えのある声が耳に届いた。
 身体を反転させると、大人びた美しい女性が、愛想も浮かべずこちらを見ていた。
「レリムか。あんたのおかげで、心配なく療養してるからな」
「本当に、アノンさんのことを想っているのですね」
 もう少し笑ってくれればゼロとしても返しやすいのだが、真顔でそう言われては愛想笑いで答えるしかない。事実には変わらないから、別にいいのだが。
「あんたも、見舞いに来てくれたのか?」
「ええ、一応。少しだけ暇が出来たので、寄ってみただけですが」
 という割には、レリムの持っているバスケットにはメロンやらリンゴやらのフルーツが入っているようだ。
「立ち話もなんだ、俺の病室に行こうか」



「あ、ゼロおかえり~……って、レリムさん?!」
「お久しぶりです。これ、つまらないものですが」
「あ、これはどうも……」
 少し緊張して様子で、レイがレリムの持ってきたバスケットを受け取る。
「あなた方、私の思ってた以上に回復しているようですね」
「そりゃ、1ヶ月も寝てれば治るさ」
「こっちは空気が濃い分なんか回復が早い気がしますから」
「そういうものなのですか?」
 質問の矛先を向けられ、ゼロは首を傾げた。今まで入院の経験などないため、知るはずがないのだから。
「とりあえずこの話はここまでにしておきましょうか。改めて、あなた方二人には感謝の念でいっぱいです」
 一度軽く咳払いしてから、レリムがそう言い頭を下げた。
 何のことか分からず、ゼロとレイが困惑する。
「おそらく私たちだけでは“神魔団”を倒せず、倒せたとしても多大な被害を受けていたでしょう。本当に、ありがとうございます」
 再びレリムが頭を下げる。
「そんな、俺たちだって、これ以上仲間がやられるの見たくなかったし、仲間が傷つくくらいなら、俺たちが、って思っただけですから。こっちで勝手に考えて、勝手に怪我したのに、そんな頭下げられても……」
 相変わらず、こいつは世渡りが上手い、ゼロは隣で受け答えるレイを見てそう思った。今だけを見れば、物腰穏やかな好青年だ。
「それに、ヴァリスの方はシーナにやってもらったんだ。あいつには助言ももらったし、感謝するなら俺たちよりあいつだな」
 付け足して答えるゼロの口調には礼節を感じられる部分はない。むしろ少し不機嫌なようだ。
「シーナ・ロード、ですか」
 レリムが一度「ふむ」と頷く。
「それでも、ブラッドはあなた方が倒したのでしょう?」
 不思議な間での話題転換に、二人は一瞬言葉を忘れた。
「そ、そりゃそうですけど……」
 歯切れ悪くレイが答える。
「レリム、あんたシーナの話になるのを避けてないか?」
 ずっと感じてはいたが、口に出来なかったことを、ゼロは初めて口にした。レリムは、シーナ・ロードの話題になるといつもすぐ話題を変えようとしていた。初めのうちは気付かなかったが、段々と繰り返すうちに、ゼロは怪しむようになっていたのだ。
「そんなことは……ありません」
 あからさまにレリムが顔を背ける。これでは認めたも同然だ。
「仮に何か理由があるとしても、話す必要はありません」
「そうか」
 彼女の言葉を素直に聞きいれ、ゼロはそれ以上追求しなかった。しばし、沈黙が流れる。
「もう少し、もう少しで、戦いを終わらせれる。あんたに迷惑かけるのももう少しで終わりだな」
「そうですね、少し、寂しくなりますね」
 ゼロの軽い、場の空気を変えるための発言だったのだが、レリムの反応が思いのほかしんみりしていたため、想像以上にまた気まずい空気が流れる。
「レリム」
 一度呼吸を整えてから、ゼロが真剣な声音で彼女の名を呼んだ。
「中央が平和になったら、次はエルフの森全土の統一だぞ? しんみりしてる暇なんかないさ」
「ゼロ……」
 一瞬だけ、レリムが優しく微笑んだように見えた。
「だから、あんたに王になってもらわなきゃ、西王の俺が面倒なんだよ」
「貴方という人は……。全く、頑張らないわけには、いきませんか」
 レリムがくすくす笑ったあとゼロの頭を撫でる。ゼロは少しだけくすぐったそうにしたが、すぐに一緒に笑った。
 ゼロのたった少しの言葉で、この場の空気、彼女の雰囲気が大きく変わった。そのことに、レイは正直に感嘆していた。
―――戦うだけやなく、こういうこともできるから、ゼロの下に人が集まってくるんやろなぁ……。









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