できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2000年



日本より電子メールに送られて我がパソコンに彼岸花咲く

昨年は昨年今年は今年の曼珠沙華見た目同に赤く群れ咲く

木犀の香りがふつと漂ひ来二十九度の十月の午後(東京にて)


コスモス2月号

傘を持て、蒲団は干すなと世話を焼く日本のテレビの天気予報は

「じんせいLIFEはうそLIEともしIFとが構成す」と曹洞宗の方丈が説く

瞬に三頭がゴールに駆け込みて観客席にどよめき走る(競馬)

レース後をトロット、トロット競争馬鬣軽く風に靡かす


コスモス3月号

朝一番少し熱めの露天風呂足に触れたる落ち葉いくひら  

ファンよりの薔薇の花束胸に抱く紋付袴の野村万作  

青年に掴まるやうに歩みゆく底厚き靴履ける乙女が 


コスモス4月号

何回も自分の短歌を見なおして歌集になる頃飽きてしまへり

送り出しさて落ちつかぬ時の来る第一歌集も幼稚園児も

楽聖と同じ名を持つウオルフガング料理人となり炒麺も焼く


コスモス5月号

駅伝の女性走者の大写し耳にキラリとピアスが光る

思ふほど楽には口を突きて出ず昔は教へてゐしスペイン語(メキシコ市にて)

メキシコの裏町にならぶ屋台にて席を詰め合ひトルティーリャ食む


コスモス6月号

帰国するたびに新語が増えてをり昨年はスカパー(sky perfect)今年はプレステ(play station)

「料理が趣味」と結婚の時言ひし夫引退してよりわがシェフとなる

生活の伴奏の如くテレビつけ時々覗き時々笑ふ

「いい人」になるのが一番楽だから「そうですねえ」と答へてしまふ


コスモス7月号

まだ覚めぬホテルの庭の薄闇に夜明けの海の波音を聴く

黒き猫深き碧の眼を細め炎を吐くが如き欠伸す

飛び立ちて蚊柱のごとき円柱をしばし描けり帰雁大群


コスモス8月号

「小渕さんは俺とおんなじ歳だよ」と訃報読みつつ夫が呟く

池端にへばりつきをり泥色の相似形なる亀の親子が

エンゲージリングを買ふと突然に次男がかけ来る長距離電話


コスモス9月号

「過労鬱」とふ言葉に出会ひ得心す 私の鬱はただの寝不足

「アイディアは走るうちふと閃く」とコピーライターすたすた走る

子の妻の二日がかりで煮てくれしブイヤベースを囲む父の日

誕生日に結婚するとふ子の電話 二週間しかないではないか

次男より結婚式に招かれて何はともあれ「出」の返事す


コスモス10月号

始めての在外投票果たしたり 外から見たる日本への票

十六分音符のやうにちよこちよこと仔鴨が七羽母の後追ふ 

“sushi show”とアンがほれぼれ見つめをりひもきゅうを巻く板前の手を

海老天の海苔巻をアンは注文す「ダイナマイト!」とふ名にも馴染みて


コスモス11月号

夕鶴のお鶴ごとく没頭し作業中なり夫よ覗くな 

「鶴の間」と冗談めかして言ひ慣ふ人には見せなぬ我の仕事場

夫は夫私は私のコンピュータを相手にそれぞれ独り言ふ


コスモス12月号

四つ割りの西瓜冷えゐる冷蔵庫思ひに浮かび我上機嫌

子ら三人それぞれ相手に巡り合ひ核分裂のやうに結婚

「女にはもう懲りたよ」と言ひてゐし息子の指にウエディングリング

子の挙式終へし気安さ翌日は夫と二人のゴルフに興ず


(2000/01)  題詠 「音」
ドビッシーの「月の光」の流れ出で零るる音がきらきら光る

(2000/02) MOTHERよりMを除けばOTHERなど日本のCM手厳しく言ふ


(2000/03) 題詠「眼鏡」
台所食卓浴室電話台置き忘れたる眼鏡を探す

(2000/04) 題詠「箱」
玉手箱を開けたるごとき同期会白髪の太郎が校歌を唱ふ

(2000/05) 「溢れ出て零れる想ひを掬ふのよ」三木アヤ先生作歌を説きます

(2000/06) 池岸の傾斜にへばりつくごとく亀が三匹甲羅を並ぶ

(2000/07) 題詠 英単語を入れる
マラソンを走り終りて友が言ふ「最初の五キロが辛いだけだよ」

(2000/08) スイーッと燕が視野をよぎるたび枝の烏がはつと身構ふ

(2000/09) 「ミレニアム」誰もが使ひし言葉にて今年最初の死語になりたり

(2000/10) 一瞬に電子メールが海を越えあなたの部屋に飛び込んで行く

(2000/11) 題詠「楽」という字を詠みこむ
見たことのなきまま美人と信じこむ白楽天の詠める楊貴妃

(2000/12)題詠 「馬」
腰を上げ馬の頭に顔を寄せ旗手がここぞとラストスパート


東京歌会
いぢめつこ、いぢめられつこ、ガキ大将「みんなやつた」と夫は苦笑す


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