できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2001年



2001年
コスモス掲載歌

1月

ご破算で願いましては明日(あした)なり時計の表示に0(ゼロ)の並びて

酒一合きんぴら牛蒡と漬物を相手に夜中のテレビ見物(シドニー五輪)

目の縁の赤がいささか恨めし気写楽の描く歌舞伎役者は


2月

若き日の我が書きこみの文字薄れ「ドン・キホーテ」の原書一冊 

情報をそんなに集めてどうするか未整理データがディスクに溜まる

付け人とハイタッチして曙が支度部屋へと引き上げてゆく

問題が生じてやつと腑に落ちる大統領の選挙の仕組み


3月

裡に棲む規範意識がじりじりと私の心の自由を奪ふ

「ライバルは昨日の自分」此の所仕事に短歌(うた)に負けが混みたり

落つるかと見えて再び上昇す気流に乗りたるハンググライダー


4月

アリゾナの砂漠の上に煌けり子供の頃に見し天の川

ラスベガスの越年花火見終りて見知らぬ人とも握手を交はす

ポケットに手をやり夫が立ち止まる「掏られた、やられた、財布が無いぞ」


5月

約数を十一個も持つ大らかなわが歳六十徐々に気に入る

それぞれにスロットマシンに向かひつつカシノの人ら皆無表情

手にあまる百個のコイン回収す二十五ドルにしては大仰(スロットマシン)

投資額二十三ドル回収は三十五ドルのわがラスベガス


6月

犯人の想像できるあたりより探偵小説面白くなる

カプセルのやうなホテルを梯子して夫の続ける日本周遊

椰子の樹に雪が積るを夫が言ふ宇和島駅より電話かけきて


7月

金色の菜の花靡き波を打つ海渡りくる春の嵐に

房総の南斜面の日当たりに梅林続く霞めるがごと

急逝せる友の遺品に何通もわれの送りしファックス混じる

ファックスもメールも電話も通じない遠きどこかに友は逝きたり

子の妻が日本語のはいを覚えたり 歯切れよき「ハイッ」優しき「はあい」


8月

ひと月もあるか無しかの夏を待ちショーウインドウに麻服ならぶ

桜散る 風の形をなぞりつつ宙高く舞ひ地を低く捲き

クリックの箇所をうつかり間違へて君へのメールの行方わからず

9月
いつぺんに紙を沢山呑み過ぎてシュレッダーは低き唸り声出す

日暮れ時二十羽あまりの黒うさぎ道端に来て草を食みをり

野兎が大き目を開け草を食む前も真横もビクビクと見て


10月

人肌の徳利を一本用意する怒つてゐるかもしれぬあなたに

小泉内閣メールマガジン購読す乗せられたうやうな感じもするが

スーパーの特売に買ふエプロンにケイタイ用のポケットもつく

受付に「仁心仁術」の書を掲げドクター・マーが歯科を開業



11月

「日本の大発明は電気釜」楊さんが言ひ周さんも言ふ

「この胡瓜は昔の味がするわよ」と庭の胡瓜を友に分けたり

ベテランの精神科医なる友が言ふ「過去と他人は変へられないよ」


12月

憎しみをエネルギーとして激突す狂気の飛行士ビルを目掛けて

新作の度にゴジラに壊されし東京タワーは今も健在

帰農とふ言葉は未だ死語ならず職退きし夫野菜を作る


宮柊二記念館短歌大会

太平洋隔てて住まふわが家族子が眠る頃親が起きだす


バンクーバー歌会

1月: フロリダが決めたるごとき大統領をテキサス人が騒ぎて祝ふ

2月: 題詠(雪)
   昼過ぎてほたりと重く雪積もる松にこんもり竹にすんなり

3月: 足よりも息が続かず立ち止まる那智大社への二百段目に

4月:題詠(椿)
   くれなゐの椿一輪綻びぬ母の秘蔵の備前の花器に

5月: 題詠「牛島さんを偲ぶ歌」
   「尊敬心があつて初めて友達」と牛島さんの静かな主張

6月: 題詠(置物)
    一年を真闇の中に籠りゐし木目込み雛が丸き目見瞠る

7月: 「幸運は引き寄せてぐつと捕まへろ」元気な頃の父は言ひゐき

8月: 題詠(道)
    昂ぶりを胸に抱きて無言なりコンサートより帰る夜道に

9月:  微笑みを忘れてしつかり者となる伸びやかなりし筈の長女が

10月: 題詠(坂)
    なだら坂ころがされたるビイル樽とめてもとまらず何処に行きしか
    (白秋「白金之独楽」中の「ビイル樽」よりの感慨)

11月: 視線避けはにかむやうな顔をする真面目なことを言ふ時の子は


12月: 題詠(橋)
    息白く漁師が籠の海老を売る浮き桟橋に船を舫ひて 

武蔵野支部歌会にて
11月  関節の油が切れぬといふごとく席立つ時に膝が逆らふ


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