人生色彩

人生色彩

2006年11月08日
XML
カテゴリ: 色色
まぁ、あくまで言葉足らずのNUTS論なんで…
日本語不自由なNUTSが勝手に思ったことなんで…
真剣に書いてるようでめちゃめちゃ的外してることもあるんで…

以上の点を踏まえた上で、見てください。
いや、暗い気持ちになるかもしれないので、


*大阪弁論*

大阪の人はよく喋るって言うけれど
多分、それは大阪弁が喋りやすいからであって、
人がよく喋るってわけじゃないんだと思う。


きっと喋られないと思う。

例えば、「□□でしょ?」と標準語で言うのならば、
大阪弁では「□□やん(やろ)?」と言う。
この「で」を発音するには舌を一回閉じないと発音することは
腹話術師のIっこく堂さんとかなら可能なのかもしれないが
一般人には無理である。
かつ、「しょ」というのを発音しようとすれば、
口を丸めなければならない。

つまり、標準語は大阪弁より喋るのに労力がいる、ということだ。
そうすれば、自然に大阪弁の方が喋っていて疲れない=よく喋るのだと思う。


*アイデア論*

ある時、「よくそんなアイデア思いつくなぁ」と言われたことがある。

しかし、アイデアと言うのは日常に溢れ過ぎていると思う。

ようは、そのアイデアを上手く利用できたら、それが物となるのだと。
(ちなみに、私はあまり上手く行った試しがない;)

偉人の体験談を拝借すると、

中性子論(だったかな?)を思いついたそうだ。。


*いじめ論*
そういえば、最近、やっと日本の政府も「いじめ」と
言うものを真面目に受け取って来たようだ。
人が死なないと、何にも出来ないのか、とも思ったりするのだが、
まぁ、動いただけまし、としよう。

そんなこんなでメディアも各局でこぞってニュースや特集を組むのだが、
某局で
『「いじめをしたことがあるか?」という質問はほとんどいなかったのに
対し、「からかいはあるか?」と聞いたところ、多数の生徒が手を挙げた』…

まぁ、私も記憶力は悪いので、正確には覚えていないのだが、
この「いじめ」と「からかい」を一緒くたにされている報道に疑問を感じた。
たしかに、「いじめ」と「からかい」の境界線は難しいことかもしれない。
が、
それは、全然違う。

では、何が境界線か、と私なりに考えたところ、
おそらく「からかい」というのは、主な場合、少数の人数で行われており、
ほぼ一瞬で終わる、いわゆる会話の円滑剤程度のものだと思う。
<中には悪質なものもあるが、それも一時期である>
からかわれる本人としては嫌悪感>恐怖(もしくは恐怖はない)といった
感情を持つと思う。

それに対して、「いじめ」というのは、集団的で、個人を
何週間にもわたって、行う、遊びなど快楽のためだと思われる。
いじめられる本人は恐怖>嫌悪という感情を持つものだと思う。

ちなみに、「リンチ」というのは、「いじめ」の一種の行動で、
集団で(呼び出してする場合もある)
主に閉ざされた空間で(*その方がその人へ強く圧力をかけられるから)
いじめられる。




まぁ、いっちょ前に書いてるけど、所詮駄文なので、
お気に召されないようでしたらすみやかにお立ち去って
何か好きな音楽でも掛けてください。
貴方のお目をお汚ししてしまったことを
深くお詫びします。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年11月09日 00時17分21秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: