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2007年08月14日
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カテゴリ: 音楽
高校の同窓会はこれまでも、学年やクラスで何回か開催されていたらしいが、大阪から地方の大学に進学し、下宿アパートを転々としていたためか、そのまま今の田舎に住みついてしまったためか、連絡が届いたことがなかった。今回、中学から一緒の同級生が、オカンが一人で住む大阪の実家に連絡してくれ、ある日携帯に見知らぬあやしい番号が着信した。


ここ何年かの間に、中学や小学校の同窓会は出席したが、高校の同窓会はまさしく30年ぶりである。
30年も経つと、やはり記憶がはっきりしない。なぜだかはわからないが、小学校や中学時代より記憶があいまいである。戸棚の奥からアルバムを引っ張り出し、予習のつもりで、くっついていた卒業名簿を照らし合わせて、記憶を辿ろうとしたが、さっぱりだ。その写真、ご丁寧に出席番号順に並んで写っていたので、多少はわかりそうなもんなはずだが、、。

記憶が薄いのには多分、ワケがある。その公立の一応、進学校、運動部は強くもないが、男女ともやはり多くは運動部に所属していたように思う。しかし、私の場合、1-2年の間、全く勉強もせず、運動部にも入らず、いわゆる「帰宅部」で、私立の学校に通う中学の時の友人達といつもつるんで、喫茶店に溜まってタバコを吸って駄話をしたり、お好み焼き屋でバイトをして、当時ブームだったディスコ通いに興じていた。(これくらいなら、「不良」とは言えないと思う、、)

当然、成績は最悪、クラスでお尻から3番が定位置であった。(試験中でも勉強せず、まだ下が居るのが不思議なくらい、、)無力感の塊のようになっていたわけだ。
中学からバンド活動はやっていたので、一応、軽音楽同好会に所属はしていたが、それもあまり熱心ではなかった。少なくとも、高校の仲間といえば、そのバンドのメンバーくらいかもしれない。エリック・クラプトンのコピーをしていた。
ただ、やはり母親一人で、弟もいたので、さすがに最後の1年は勉強して、普通に進学しようとぼんやりとは考えていた。



少し早めに会場のホテルに到着すると、中学からの同級である幹事と見たことがあるヤツがロビーにいた。そこで、10分くらいビールの小瓶を飲んで、しゃべっていたが、「予習」の甲斐あって、幹事でないもう一人のヤツの名前を思い出して口に出したら、思いの外、喜んでくれた。
担任の先生の喜寿の祝いを兼ねていたこともあり、その先生が到着したので、会場に入ることにした。



中学の同窓会では、私のことを一応「優等生」扱いしてくれるが、高校では全くそうではない。関西の有名私立を辞退して、田舎の大学に行った「変わり者」くらいにしか思っていないのだろう。しかし、一応、私にも当時、考えはあったのだ。
一つは「浪人はできない」、その高校、浪人率が異常に高く、学区では「四年制」高校と揶揄されていたほどだ。自由な校風はいいとしても、進学指導も強力にはされない。それで母親の経済的な背景を考えると、現役で進学するしかないと考えた。そして、できれば授業料と生活費が安いこと。でも、大阪の国立の学校に入れるほど1年くらいの受験勉強では、私には歯が立たないのは目に見えていた。


情痴小説の研究

そんなことで、大阪を離れて大学の安い寮に入ってから30年、みんなと縁が薄くなるはずである。
先生の挨拶が始まった。石川達三の「四十八歳の抵抗」を引き合いに出した何とも微妙な内容だった。
妻への倦怠、若い女に惹かれ純愛を貫こうとする、まあ元祖「不倫小説」みたいな話だと思う。
だから、「そういう年齢にこそ、しっかり自分を持ちなさい」というメッセージだろうけど、何とも微妙すぎる。

その後、全員が近況報告を順番に行なった。
やはり、さすが「四年制」高校、それなりに進学し、そこそこの企業や官庁や学校などのそれなりのポストについている者が多い。もともとは旧制高等女学校だったからか、女性も優秀な人が多く、かなりのキャリアを積んで、上海や香港でバリバリ働いている人もいる。それに引き換え、現役で進学した連中は、相対的にぱっとしない。

私も転職など紆余曲折あったが、結局、田舎の地元企業で働いている自分に多少の劣等感を感じた。
こういう時には、あまり自虐的にならぬよう、「まあ、あくせくせず田舎でそこそこ生活できているのは悪くないのではないか?」となぐさめている。

そんな薄ーい高校生活だったためか、京都の女子高のコと付き合っていたような記憶はあるものの(自慢できるような清い交際ではない)、同じ高校のコと色恋に落ちるということもなかった。


その3人のうち、今回一人だけ会に出席していた。しかも偶然、同じテーブルだった。ぼくのその日の服装を、「芸能人のマネージャーみたい~」と相変わらず可愛らしい口調で話しかけてくれた。
当時、ほとんど言葉も交わすことがなかったとは思うのだが、そのコは背が少し小っちゃくて、クリッとしたキュートなコで、同じバンドでドラムを叩いていた友人と付き合っていたことを思い出した。


2006 SunSurf サンサーフALOHA QUEEN

「どんな仕事してんのお?」
「えーとね、田舎で服売ってる会社で働いてる」
「ふーん、それでそんな芸能人みたいな格好なんやあ、、」


SUNSURFのアロハシャツに白のパンツ、オレンジのストライプのシアサッカー地の軽いジャケット、白のデッキシューズだったと思う。
こういうのが「芸能人のマネージャー」風のファッションなのか?
そこへ幹事である中学からの友人が割って入ってきた。
「そうやろ、こいつ怪しいやろ。このネックレス、しかも裸足やで、石田純一か、おまえは!」

いやいや、お前の方が怪しいぞ。
こらこら、女子高の物理の教師で、白のドレスシャツに黒のスーツ、それにそのヒゲは何や?お前は真田広之か!高校教師か!そんな先生おらんやろ、そんな先生おったら、往生しまっせえ、、と心の中で思ったが、いまだに可愛い学年アイドルのコとの会話の方が大事だった。

訊くと、男運はあまりよくなかったらしく離婚してしまって、そのうち就職をむかえる女の子のシングルマザーだという。離婚した男は、今私が住んでいる3つほど隣の市の出身で、そこの方言を聞くと、いまだに虫唾が走るそうだ。私は努めて大阪弁で話した。

そういえば、自己紹介のとき、女性の中で「波乱万丈の、、」みたいな枕詞を挟んでいる人が、何人もいたが、そのコもそんなこと言っていたと思う。日本の離婚率も高くなっていることを思い知らされる。

あとの二人はぜんぜんクラスが違ったのか、来ていなかったのが、ちょっと残念である。
一人は背がモデル並に高く、日本的な地味な名前に反して、「森泉」さんみたいな濃い顔をしていた。当時、話なんかしたこともないので、実際にはどんなコだったかはわからない。
もう一人は、たしか2年生の時に同じクラスだったと思う超優秀な学級委員で、しかも誰にでもやさしく接してくれる、瞳の大きなコだった。


アロハ・ヘヴン~マイレ

本当なら、二次会三次会も目一杯参加して、ドロドロになるまで飲んで、実家に泊まればよかったのだが、翌日、ヤボ用があり、終電に飛び乗ってしまった。

今思えば、もっと普通に高校生らしい生活を送っておけばよかったかなと、少し後悔している。
今年07年版の「アロハ・ヘヴン」を聴きながら、そんなことを車中ぼんやり考えていた。





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最終更新日  2007年08月14日 15時14分10秒
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