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前回日記で、上の息子の日本での就職について触れたが、その後経過を皆さんに報告しておこう。結論から言うと、インターンシップを一月早く切り上げ無事に正式採用になった。しかし、此処まで来るには彼も相当苦労したらしい。何をか? 日本語と言う”伏兵”である。入社前は外資系で社内は100%英語と聞いていたので、気楽に構えていたらしいが、インターンで配属された先が新たに立ち上げた「派遣部門」。元々この会社は、人材紹介会社で業界では結構有名らしい。この部門は看板通り英語100%で仕事をするらしい。なぜ息子がこの新たに立ち上げた「派遣部門」に配属されたのか定かではないが、想像するに理由は彼の「日本語」かもしれない。「日本語」と書くと矛盾しているように、思われるかもしれないが、彼の日常会話の日本語は結構”使える”のである。親が書くと欲目と思われるかもしれないが、最近の日本の若者と違い綺麗な日本語を話すし、言葉も丁寧である。普通に話す分には十分日本人として通用するのである。しかし彼は話せても書く事は苦手である。特に丁寧語、敬語、ビジネスで使う一般的な日本語の語彙がかなり不足している。それともう一つの理由は彼の”外見”ではないだろうか?彼の外見は丸っきり一寸体格のいい”日本人”である。そんな理由から、クライエントと日本語でコミュニケーションを取らなければいけない”派遣部門”に配属されたきらいがある。彼曰く、一番困ったのが同僚であり、先輩である日本人社員の理解の無さ。さっきも書いたように、外見が日本人であるし、極普通の日本語を話すので先輩達はツイツイ日本人同士のように彼に接してくるが、実は彼は帰国子女である事を忘れている。そして、彼はいわば半分西洋人である事を忘れているのである。物事の考え方一つにおいても かなり隔たりがある事を理解されていないようである。クライエントからも、「君の日本語は一寸変だね!?」と何回が指摘されたらしい。一時はミドルネームを付けて、日系二世と語ろうかと本気で考えたらしい(笑)。幸い直属の上司がアメリカ人で彼の事を良く理解してくれているようなので、まだ救われているらしいが、外資系の会社で”日本語”で苦労するとは親子共々全く予想していなかった(笑)。もっとも、彼には日本語の素養はあるので、覚えるのは時間の問題だから焦るなと何度もアドバイスをしている。しかし、それなりプレッシャーも感じ、また内心忸怩たるものがあるらしい。年末は先輩諸氏が休暇だったこともあり、超多忙を極め残業もありしっかり日本のサラリーマンしたようだが、その分仕事も速く覚えた事だろう。日本語に関してはブツクサ言いながらも毎日通っているのは、仕事が結構面白いらしい。息子よ何事も経験だ、頑張れ!Dad.
2008.01.02
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<<第39章「永住者の日本語教育」新年明けましておめでとうございます。2008年が皆さんにとって良い年になりますよう、心からお祈り申し上げます。さて、前回より大分間隔が開いてしまったが、最終章を此処に記します。本当はもっと書きたい事が沢山あるのだが、きりがないしこの辺りで一旦終わりにするのも良いかも知れない。では第39章「永住者の日本語教育」我々両親がある時点で子供達の日本語教育を諦めた理由を此処では少し書いてみたい。それは子供の学習能力である。ある人に言わせれば子供の学習能力は無限の可能性があるという。その言葉を信じたからこそ、我々は子供達をわざわざ日本語補習校に何年も通わせたのであるが、しかし結果は決して親が満足するほどのものは得られなかった。なぜか?簡単である。 一日8時間英語に浸かっている子供達は補習校でもそのまま子供達同士は英語で会話している。補習校の授業で日本語を習うがホンの2-3時間である。これでは日本語と英語が同じ速度で習得されない。翻って、何の為に我々はNZに移り住んだのかをもう一度思い起こしてみよう。人間らしい暮らし、日本とは違った環境で子供達を育てるためではなかったのか?そして、子供達の将来を考えた場合、このまま行けばNZで中学、高校、大学と進みそのまま就職するだろうと予想される。その時に一番必要になるのは日本語それとも英語?言い方を変えればどちらの言語がより子供達の将来に必要になるのか?NZに住んでいるのだから必然的に答えは「英語」である。英語が判らなければ、使いこなせなければNZでの将来は有得ない。我々はそう考えた。勿論これに異論がある方もおられると思うが、この考え方もある意味では真理の一つであると思っている。ある日子供達に聞いてみた。「補習校に行くのは楽しい?」- 「うん。楽しいよ。 だって皆に会えるし一緒に遊べるし。」「補習校の日本語の授業はどうだい?」- 「あんまり面白くない。 授業では読めても普段は使わないもの。 それに現地校の宿題もあるし・・・。」- 「時々先生の言っていることが良くわからない時がある。」二人の息子に別々に聞いたが二人とも答えは似たようナな様な物であった。なぜか?当時子供達は既に英語は達者で日常の学校生活には何の不自由も感じていないようであった。しかし、幾ら英語が喋れても所詮は移住してきた子供達で、まだまだ根っこはNZに浅くしか生えていない。ましてや、両親は日本人だから生粋のKiwiと同じようには絶対にならない。 というか私生活あらゆる面で情報が足りていないのである。子供達が補習校に通う時間は、普通のKiwiの子供達が食事し宿題をやりテレビを見て楽しむ時間である。そんな極普通の時間でも子供達は色々な情報を仕入れているのである。話は遡るが、補習校の理事就任にあたり日本人会の会報に是非文章をと言われるので「無国籍人」について書いた。「無国籍人」とはただ単に国籍を持たないという意味ではなく、自分のアイデンティティーを持たない人種と言う意味の文章を書いたように覚えている。もっと簡単に言うのならば、話す言葉、書く言葉、素養・文化においても日本人でもなくNZ人でもない人間。全てが中途半端な人間。 根っこのない人間。 そして自分たちの子供たちをそんな人間にしてはならないと書いた事を覚えている。その事を子供達との会話の最中に思い出した。補習校に行かせる事で、子供達の今後に人生に必要な時間を奪っているのではないだろうか?今の子供達にとって一番必要なのはNZをもっと知る事であって、日本語の勉強ではないのでは?楽しくも無い日本語教材を家庭でさせる事が本当に子供達の日本語教育に繋がるのか?無意識の内に子供達を「無国籍人」に育てようとしていたのでは?そう気づいたのである。自分も子供達がバイリンガルに育つは望むところであるが、なにも今すぐにバイリンガルになる必要はない。就職する頃にあるいはその後でも良い、とにかく日本の良いところとNZの良いところを併せ持った青年に育ってくれればと考えるようになった。今ここで子供達に日本語教育施さなくても両親ともに日本人であるのなら、日本語の素養は必ず二人には備わっているはずである。たとえ将来日本語が必要になっても、その時には必ず素養が生きて日本語を取得する役に立つはずである。「窮すれば通ず」の言葉通り、実際日本に何度か一時帰国するとちゃんと日本語が上手になるのである。これは何も我が息子達だけに限った事ではなく、他の家族も同様であると補習校の先生方も言っておられた。「生きた日本語を聴き話す事はどんな授業よりも効果があります。」 とまた仮に将来日本語を習得しなければならない状況になっても、年齢も上がれば理解力も格段に進歩するのでそれほど日本語の習得には苦労しないのではないか?そして何よりも今この時に子供達をノビノビと育てたい。そう考え直したので二人の息子は補習校を卒業することなく退学し、現地校に専念した。勿論、此れは我が家の決断であって全ての永住者にこの決断に賛成するとは思われない。現に当時息子達の同級生でもちゃんと補習校の中学部を卒業し立派にNZで大学に通っている子供もいる。親が補習校の理事まで勤めたのに、その子供が補習校を途中で辞めるとは、世の中皮肉なものである。最後に此れを読まれているかもしれない、永住希望の若いご両親方にご忠告を「子供達が日本語を覚えないと言って焦らない事。」「子供達には今覚えなければいけない事がもっと他にあるはず。 それを良く考える事。」「子供達の将来を良く考えて、なぜ自分達がNZに来たのかを再度自分に問いかけてみる事。」「余ほど能力に余裕がある(ある意味優秀な子供)子供でない限り、両方の言葉を一辺に覚えるのは無理。 もしそんなに日本語が大事だと思うのであれば日本に帰りなさい。」「大丈夫。 日本に一時帰国した時に子供達はおじいちゃん、おばあちゃんとちゃんと話が出来るようになります。 なぜなら子供達にとってあなた方の両親は一番優しくて、何でも言う事を聴いてくれる大好きな人達なのだから。」第40章 「自分にとってのニュージーランド」さて、最後になったがNZに住む事、あるいはNZに住んだ事が自分にとってなんだったのか? どんな意味があったのかを簡単に書いてみたい。まず、一番に最初上げなければいけない事は、「自分の夢が実現できた事」であろう。これは、自分の努力もさる事ながら、自分の周りの人達の協力もなければ決して実現できなかったものである。若い頃は、さも自分でやったように考えていたが、年齢を重ねると共にそれが間違っている事が良く判って来た。別に悟ったような事を書くつもりはないが、やはり最後は人と人との繋がりである。自分の人生に登場した人物は勿論、直接にコンタクトのなかった人達も自分の人生という「舞台」の役者さんたちである。自分の夢が実現できた という意味において自分は非常にラッキーなのであろうが、それなりの努力もした事も事実である。とくに異国で生活の糧を得るという事は、生易しい事ではない。さっきも書いたが夢の実現には努力が必要である。もしあなたが英語圏に住む事を希望するのなら、英語を勉強する事をお勧めする。正直自分は英語に自信があったし、実際に17年以上こちらに住んでみて自分の英語が進歩してきたのは肌で感じている。それにも拘らず、何時も感じるのは自分の語彙不足である。特に最近はそれを強く感じるので本を読む事にしている。これだけ映像情報が進んだ世の中に、本とは?と思われる方も多いかと思うが、やはり読む事は大切である。聞き流す事は出来ても、読めなければ意味が判らないからである。自分がKiwiに混じって会社で働く時は、彼らは日本人とは見てくれない。自分達の同僚すなわちKiwiと同じと見做す。 日本人だからと言って判りやすい英語で話してくれたり、噛んで含めるように物事は説明してくれない。そんな事をしていたら仕事にならないからである。これは極当たり前の事である。今は全くそれでも不自由は感じないし居心地も良い。しかし時に自分が上手く物事を表現できないもどかしさを感じる。それが読書に繋がるのである。ニュージーランドに20年近く住んでみて思うのは、日本の良さである。日本の文化・自然しかり、食べ物然りである。別にNZに良いところが無いと言っているわけではないから、誤解のないように。NZは自分が好きでずっと住んできた国である。しかし、祖国を離れてみて初めて自分が後にしてきた国の良いところがみえてきたのである。良いところが見えるという事は同時に悪いところも見えるという事でもある。此処では何処が良いとか悪いとか書かない。しかし、日本にずっと住んでいたのでは比較の対象がないのでそれらがわからなかった。ではNZのよさとはなんだろうか?自然の豊かさ、空の青さ、ノンビリとした人間性? 人によって答えは色々あると思うが、日本では得られないもの 得ようとしても不可能に近いものがNZにはある。私を含めてNZに長年住んでいる人たちに聞いても、なぜ自分がNZにずっと居るのか? それは「日本では絶対にNZと同じような生活が出来ないからとの返事が返ってくる。」日本から来た人にその話をすると、「例えば、どんな事?」とか直ぐに具体的な質問が返ってくるが、イチイチそれに答えていたら、明日の朝になってしまう。私が書きたいのは、NZに居て不便な事、便利な事、良い事悪い事全てひっくるめてそれが日本には無い事なのである。突き詰めるとNZに居る事がそのものなのだと思う。さてNZは此処最近世界の人が住んでみたい国のリストのトップ5にいつも名を連ねている。ではNZに住むにはどうしたらよいのか?正直あまり簡単ではない。 現在のNZのビザシステムでは、いきなりの永住権取得はかなり難しいと言わざるをえない。しかし、なにも永住権取得の道が塞がれているわけではない。それどころか、国が設定した条件をクリアーできる人には等しくチャンスが与えられているのである。ただそのハードルが高いだけで、ハードルそのものを超える手段はある。一番手っ取り早いのが手に職をつける事。職業はその国が募集しているリストから探すといい。そして英語の勉強である。英語は日本人にとって一番身近でいちばん難しい外国語である。それは戦後65年日本の教育が間違っていたからではあるが、今からでも遅くはない。海外に移住したいと思えば英語を勉強する事をお勧めする。それも生きた英語をさて、此処まで色々書いてきたが、皆さんはどう思われたであろうか?半生記なら なぜNZに行く前の事がもっと詳しく書いていないか?今の自分の人生はどうなのか?などのご指摘もあろうかと思うが、この「虹の立つ国」は普段他のブログあるいはサイトで書かれていないような事柄を紹介したいと思い立ち上げたものなので、敢えて自分の「全半生」を書く必要はないのではと思い、その部分は削除してある。時が来れば、何時かは自分の生き様を書いたものをブログとして読者の皆さんの目に触れるようにするかもしれない。実を言えばその原稿は既に書き始めている。自分の幼い時からのものだが、自分の人生を第三者の視点から捉え描いたものである。 「心友」のlb40には書き出しの部分を読んでもらい好評であったし、結構楽しんで書いている自分を発見して面白い。人生50年。結構波乱万丈の人生を生きて来たと自負しているので、ストーリー的には面白いものになるだろう。何しろ「事実は小説より奇成り」の諺があるのだから。
2008.01.02
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