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かってオキナワは基地の町で、
米兵が犯罪を犯しても、
基地へ逃げ込めば、
日本の警察は手を、
こまねくしかない、
無法の地域であった、
米兵の犯罪に泣き寝入りする、
しかなかった人々は、
数えきれないほどいただろう、
オキナワの人が、
米軍基地に抱く怖れの1つは、
米兵の犯罪に対する怖れだった、
今もそれはなくなったわけではない、
普天間基地問題の背景にも、
それは尾を引いている。
今、オキナワは、
平穏に暮らしたい、
健康に暮らしたい、
人々にとって楽土に見える、
ほとんど常夏の地と言っていい、
魚介、野菜、果実など、
安全な食品に恵まれている、
他所からきた人を、
暖かく受け入れる、
開放的な人間性も、
素晴らしい、
九州の地からも海を隔て、
遠く離れて異郷にきた、
心地になれる、
何よりも原発がない、
こうして本土ではオキナワを、
熱い視線で見る人が、
多くなった、
戦時中の自主疎開に近い意識で、
移住してくる人達もいる、
原発事故後、鼻血や、
下痢などの症状が出た、
常にだるい、
幼い子どもが頻繁に、
発熱するようになった、
などという理由からだ、
今はまだなんともないが、
微量の放射能が、
検出され続ける首都圏に、
居続けることは危険だ、
という判断で移住してきた人も、
少なくない、
原発事故と、
事故後、出てきたという症状には、
因果関係があるかどうかは、
解らない、
首都圏からの避難は、
過敏な反応かもしれない、
でも、私たちはこの人達を、
笑えるだろうか、
ほんとうは自分もそうしたい、
と思っているのではないか、
でも、仕事などのしがらみと、
天秤にかけて、
そうできないだけではないのか、
問題はもはや本土には、
何の憂いもなく暮らし続けられる、
安全な地がなくなってきた、
ということなのである。
劇場はこちら ◆志茂田景樹のホームページ・
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