選ばれる占い師育成プロデューサーによる                                 占略コンサルタント転身ガイド

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2012.02.21
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カテゴリ: 自己啓発
感謝が足りないと頭でわかっていて
いつもさしてくれる太陽に感謝と、
朝日を拝むことはあっても
夕日を拝んだことはなかったり

魚や多くの恵みをくれる海に感謝と思っていても
子どもが海でおしっこしてもしょうがいなと思っていたり
なんか・・・頭で思っていることと・・・やっていることが違います。

自分がやっていることを見たら、
結局はそこんところが全然わかってなかったんだ・・・と


かつては年賀状も200枚は出していたのに
もうネットの時代だしとメールばかりで賀状を出さなくなり
もらった数人に対しても、
自分の立場と相手の立場を見て
もらって当然と思う人には返事を出さないで済ませていました

前にマネージャーだった時も
CMのスポンサーとかプロデューサーには出しても
ヘアメイクさんとかはこっちが仕事を上げるんだから
出す必要はないというのが会社の方針だったので・・・

経費削減というか・・・

私も極貧時代を経て、

子どもの塾の先生とか・・・
こっちがお客様なのだからと
もらっても子どもに返事を書かせたこともありませんでした。

昨日先生が
「こっちは2000枚とか海外まで持っていって

向こうは印刷で返ってくるんだよね…」と嘆いていて
それは、
「与えることの方がいつも大きい」という話をしていた時の
一つの例で、ぽろっとでた話で・・・・
先生が不満に思っているということではなく、
人は知らず知らず、
やったこと以上のことを期待してがっかりするけど
そのがっかりする自分は、
それだけのことやったのにじゃなくて・・・
結果を見て、
結果から自分のしたこととイコールだと受け取らなきゃいけないんだ
という話をいっているんだけど・・・

一筆書いて出すという心配り・・・しかも何千枚も・・・

お世話になっているだけではなく、生徒一人一人に・・・。

そういう思いを私は、
全然受け取ってなかったんだと気がついたわけです。

考えてみたたら、昔の私は、
お世話になる人の方が多くて
近況報告とか
出していたのに・・・
いつの頃からか・・
今お付き合いがなかったりするので、
年に一度の年賀状すら書かないでいるのでした・・・
(幸い今年は初めて村山先生には書いておりましたが・・・
 私なんてたくさんの生徒の中の一人だから
 目に留まらないんじゃないか位に思っていました・・)

私がここまでこれたのにはたくさんのご縁があったからなのに…
ほんと恩知らずというか…
まだまだ見えていないことだらけなんだと反省でした。

2年前父が亡くなり、
母が食べれない、眠れないと精神的な悲しさから寝込むほどだったので
横浜に越したばかりだったのに、
半年で岐阜に引っ越すことになったのですが

昨日息子が母に向かって
「僕は岐阜になんて来たくなかったんだ。
 おばあちゃんのために来てやったんだ。」といい
 たぶん早くイナクナレバ良いのにというような
 ニュアンスのことを言ったようでした。

その当時は兄弟も近くにいるのに
なんで私が行かないといけないのかと迷った挙句
同居に踏み切ったわけですが、

実際のところは、
離婚をして、障害児を2人抱えて大変だろうと
母としては私を助けたいと思っての提案だったようで
「あと何年かはおばあちゃんも
ママのことを助けてあげられると思うから」と
昨日は息子をなだめたそうでした・・・。

小さい頃から親を頼ることが苦手で、
援助を申し出たらきっと私が断るだろうから
助けてほしいというような言い方をするというのは
いかにも私の母らしい…・

でもそんなことに気が付かず2年間も同居していて・・・

子どもたちは私が受け取った形でしかものを見ないから、
そういう言い方をするようになってて
なんて残酷な仕打ちをしているんだとせつなかったです。

娘も私がどれほど愛しても
なかなか愛とは受け取ってくれなくて
「私のことなんか嫌いなんだ」と反発がひどく
毎日けんかばかりで
これだけ大事に育てていても育てがいがないと、
いくら与えても返ってくるものはつらさばかりだったのですが・・・
私も同じことを40年以上も母にしてきたんだと思いました。

「親の愛は大きくても受け取る皿が小さい子どもには
そこまでわからない」

というように、
私が受け取る器が小さくて、
人の愛というものををそこまで知らないで
受け取れないで生きてきたのか・・・と
愕然としたわけです。

もしかしたら離婚もそうだったのかもしれません
身勝手だなと思っていた旦那に対しても
私のために迷惑をかけたくないというのは
うそではなかったのかもしれません。

困ったもの、問題だと思う対象は間違っていたり、弱くて
私が、正しい、私がめんどうをみるほう・・・・と。

こっち側、あっち側と分けて考えていたから
悩みが解決しないわけです。

相手の方が悪いんだ・・・
相手が変わらないといけないんだ・・・
無意識の中にあるから
見えるものが曇って見えない。

相手が変わらないことに、イライラしていたけど、
それを理解できなかった自分の無念さに心が痛みました。

私のために、当然かのように与えられているものに
私は何の感謝も無く過ごしてきたのかと・・・。

人は自分の感謝が足りない分
人からの感謝で埋めようとしているのかもしれないという
先生からの言葉が胸にしみます。

人生の折り返し地点で
気づけただけでも感謝。

幸せの言葉も
不幸の言葉も
もらったもの以上に悦ぼう





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Last updated  2012.02.21 12:13:27
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