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書いている。というのも色々思うこと感じることがあって。毎日決まった時間に家を出て会社で仕事して帰宅してご飯食べて、お風呂に入ってという当たり前の生活を送ってはいるので元気です。先週は2週間ぶりに実家に戻って三五日法要、本当は四九日法要をするということで身内で集まったけど、父親は7人兄弟の末っ子。従兄弟達はかなり高齢で、その子供達と歳が近いのが現実。従姉妹だけど「おばちゃん」と呼んでいる。昔のことはとっても良く覚えている私は、思い出話で盛り上がりとても懐かしかった。父の姉、長女が95歳で元気とのこと。会いに行こうと思っている。この叔母は昔から口癖で「可愛いお婆ちゃんにならなきゃね」と言っていた。長男夫婦を先に亡くしてつらい思いをして来ているだろうけど、今は次男の側で暮らしているようだ。孫や甥っこ、姪っ子に慕われてる叔母だ。懐かしい写真も持って帰って来た。母方の祖父、祖母。いとこ達の小さい頃の写真。昭和40年の環七。今週末はとりあえず埼玉の叔母の所に遊びに行って見てもらう予定でいる。帰っている時に悲惨な事件が起きた。実家から車で30分程度の場所で・・・恐い世の中だ。未解決の事件が多い県。早く犯人が見つかるといいのだけど。。。同い年の女の子を持つ友達は恐がっていた。送り迎いはちゃんとしていると言っていた。姉も甥っ子に友達と一緒に帰るようにと念を押していた。自分の頃はと思い出したら。。。商店街を通れば安心だったし、今より人が歩いていた。(今は車社会で、歩いていたら車の中から道を尋ねられた)昼間は皆、働いているから静かだし、お年よりは家に居るか、病院に行っている。昔のように縁側でお茶してるという風景はなかなか見ることはない。人の目がないことが事件を見逃しているのだろうか。。。犯人が普通に生活していると思うと。。。くやしいと思う私。
2005年11月28日
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とうとう、親知らずを抜く日が近づいて来た。今まで、疲労が溜まってくると左奥が痛くて薬で誤魔化していたのだけど。年とともに奥歯との間に隙間があって虫歯の原因になるから抜いた方がいいということに。抜く日は来週の土曜日に決定していて、はえ方が曲がっているので2段階で抜いていくという方法を取るということで。思わず先生に何人位の人の親知らずを抜いたの?と聞いてみたら1000人位は抜いてるんだって、本当かな?親がいなくなると、抜くから親知らずなのかな?当たってるなぁ、なんて思いながら久しぶりに抜歯するのでちょっと、心配。歯が痛いのは辛いから・・・小学生の時から考えると治療も進歩してるし、薬もいっぱいあるから大丈夫なんだろうけど。また、結果は書こうと思っています^^;早起きするのでこの時間でもう眠いです。家に帰って、ご飯食べて、新聞読んで寝るという日々の生活。早起きが苦手なのでとってもつらい寒くなってきてお布団からでるのが嫌です。あ~早く寝よう。。。実家の姉が寝不足だという気持ちがやっと理解できてきた、私。でも、寝てないわけではないんだけど。。。どうしてこんなに眠いのだろう・・・トホホ。
2005年11月17日
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毎日の通勤電車に揺られての会社勤めやっと慣れてきました。早いもので水曜日家でのんびりする時間が少ないです。体力の限界もありますが、会社が近々移転するので30分早く家を出ないと駄目そうです。わかっていた事だけど。。。海外出張もありそう。。。韓国だけど、大丈夫かなぁ、食事と言葉・・・おっとその前にパスポート切れてるしと、やらないといけない事が目の前に浮かんでくる私であった。でも、来週は実家に帰れるし恵まれているのでなんとか乗り切って行こうと思う(^^♪習い事も暫くお休みで、今週末行われる発表会に参加できず残念だ。その変わり今の職場の人がゴスペルを教会で唄うのから聴きに来てねと誘ってくれた、嬉しい(^_^)vこうやって今年も暮れていくのだろうと思った。年末の予定はまだ未定。実家には帰らないかも。。。複雑な心境だ。だんだん足が遠のいていくのだろうか田舎なのに。いざとなれば帰れる場所があるだけいいかとも思う私でもある。考え方しだいですね(*^_^*)
2005年11月16日
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しんみりとした映画・・・「ALWAYS 三丁目の夕日」戦後13年で急成長した日本の様子がよくでていました。人情があって、家族愛を感じ。。。いつまでも綺麗な夕日を眺めて暮らしていけることが幸せなんだなぁと感じた。東京タワーが出来上がった時代の物語。帰りにライトアップされた東京タワーとレインボーブリッジを観てまた、感動した。薦めてくれたMちゃんありがとう(^^♪癒されたよ~。************年末にむけて掃除の季節ご興味ある方はぜひ水まわりのお掃除
2005年11月13日
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今までの流れを思い出してみると、ひとつ思うことがそれは、家族が病気で入院したりした時にいつも、私は自由に動ける立場なのだ。母の時、兄、今回の父と。18年前の母の時も、入院生活が長引いていたけどそろそろ就職と面接をして決まった日に母は亡くなった。いい報告ができて、最後の一言が父親に対して「あの人は幸せな人よ」という言葉を聞いたのだった。末期の胃癌で手術はしたものの最後まで良く耐えたと今にして思う。辛かっただろうに。。。前年に亡くした母親(私の祖母)と同じ点滴している、「癌だわ」と妹である埼玉の叔母に電話していたらしい。叔母には言ってなかったので信じてなかったのだ。兄は助かったが、父が看護にあたったで父のことが心配で、ちょうど仕事を辞めていた私は父に変わって対応した。それが東京に来ることになったきっかけだ。父親のことは姉に任せたてたけど、高齢であもるのでどうなることかと心配して、1人で看護は大変だろうと思ったから仕事を辞めていた。そして急変し亡くなった。が、自由になる私は2週間実家に残ることが出来た。仕事のある旦那達は早々に戻った。私の実父だからいいのだけど。。。(旦那さんに感謝!)こうも全てタイミングが合うものなのかそうなることになっていたろだろうか?色々考えてしまう。暫くはこんなことを考えて過ごすのだろう遺された者達でやらなければいけないこと本来は、仲良く幸せに暮らしていければいいのにかき乱す人がいるのだ。。。悲しい。天国にいる人達が見守ってると信じてこの試練?を乗り越えようと強く思う。
2005年11月07日
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日々時間は流れていくのですがいいことがありました。それは以前勤めていた会社の取引先からお仕事のお誘いを頂いたのです。早速話を聞き、営業でこれから伸びる商品業界だと思うし、私の経験が活かされるならと思って働くことにしました。明日から通勤ラッシュの電車の乗って会社勤めです。久しぶりなのでちょっと不安ではありますが、なんとか頑張っていければと思います。本当に、なんといいタイミングと思う。ある程度、身辺が落ち着いたところで連絡を貰い、ちゃんと話すと、四九日法要の時はお休みを頂けると。。。有難いことです。感謝、感謝です。1年7ケ月経っても覚えてていくれることが嬉しい。間に入って元上司が連絡してくれるのが有難い。恵まれた環境に本当に感謝です(^_^)vありがとうございます。(届くかな?)***************本田美奈子さんの訃報のニュースをラジオで聞いて悲しかった。。。一時期、テレビで取り上げられてて病気と闘い、これから復帰に向けて頑張りますと、メッセージしていたのにこれも運命なのか。。。助かる命ではなかったのかその違いはなんなのか、教えて欲しい。。。私の心の中では生きている。ご冥福をお祈りいたします。
2005年11月06日
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昨日、実家から戻ってきました。帰りは飛行機であっという間で羽田に到着。それから1時間程で着き東京の空気を2週間ぶりに感じた。もう、東京が私の住むところであり生活の基盤はここなんだと実感した。複雑な気持ちと問題があるので、今後実家に帰ることもあまりないだろうと思う。四九日法要で今年は終わりにしようとあとは心の中で父との思い出を懐かしもうと思う。それが遺されたものの務めかもしれない。
2005年11月04日
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