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第2章 医者と病人
「いやぁ、今日もいい天気ですねぇカレンさん」
「そうだな」
「ですね……」
会話終了。
7年前に離婚をしたカレンは、娘を伴って各地を転々としていた。別に、住居先が決まっていないわけではない。ただ、旅をして生活しているだけの事。ただ、此処数ヶ月の間に腐れ縁なのか、一組のウィザードとともに行動している。ウィザードというのは、ある一定の特殊な力を使うものの事で、そのもの達はみなどこかに留まることなく、多くの町を転々としているのが普通だった。
「そういえば、最近あまりよくないうわさを耳にしますね。この前なんか人里付近に天使が舞い降りたとか……」
今現在、一番うるさいのは一応貴族らしいドゥカルサル=リュナエダ。その執事であるヴィスタ=シュタイニーは正反対で物静かな人物だった。二人が旅に加わってからというもの金銭面での苦労はなくなったが、精神面での苦労は増えたようにも思える。
「あぁ、すいませんカレンさん。ちょっと用事を思い出したので先に行っていて下さい」
ドゥカルサス、通称ドゥかは一人何かを思い出したように叫ぶと、走って二人の元を離れる。元々一緒に旅をしたいとは思っていないと、カレンはドゥカの話も聞かず、ただ町を歩いていた。ドゥカの執事は先ほどから姿が見えない、多分食料でも調達しているのだろう。
「母さん」
「かまわん、行くぞ」
カレンとレチェの愛娘ユリアは、カレンの服を引っ張りながら上を見上げる。カレンは見下ろしながらやさしく語る。決してユリアの前で怒ったりはし無いが、時々ではあるが期限の悪いときはあった。ユリアはカレンの返事を聞くと、遅れないようにと早足で後を追いかける。
一方、用事があるとどこかへ去ったドゥカは広場で服装を整えると、それなりにかわいい女の子に向かってにっこりと微笑みながら声をかける。
「ちょっとそこのお姉さん、今から僕と一緒に遊びません?」
「えぇ~~」
困ったように返事をする女の子たちの目はどこか笑っていて、ふざけたように返事を返していく。
「心配後無用、僕はこう見えてもフェミニストですから。いきなり押し倒したりはしません」
「当たり前です」
ドゥカの真後ろで、一人の男が代わりに返事をする。ドゥカは脅えたように固まると、ゆっくりと顔を回転させる。
「ヴィスタいつの間に……」
「先ほどからずっと見てました。気づかなかったのは御自分の責任ですよ」
ヴィスタは女の子に丁寧に断りを入れると、ドゥカの寝首を捕まえて歩き始める。
「痛いって、おいヴィスタ少しは優しくしないか」
「貴方が少しは大人しくしてくれれば済む話です」
一応世間的な名目ではドゥカの執事だが、実際はただのお目付け役にしか見えなかった。それでもヴィスタの態度が大きいようにも見える。
「で、なんで思えがここに居る?カレンさん達は?」
「とっくに発たれました。少しは周りに眼を向けたほうが宜しいのでは?」
上から見下しているように、ヴィスタは言い切る。
「なら行くぞ、早くしないと距離があいてしまう」
ドゥカはそんなことにも気にせずスタスタと歩き始める。
空は快晴。何か言い事が起こりそうな空だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
人里離れ森の中で一人静かに眠っている。誰もそんな事には気にも留めていない、それだけに本人の気が向くまでそうしている。長いブロンドの髪が風に揺れている。纏う服は青を基準としておりよく似合っている。顔は女顔にしか見えない。
「…………」
少し強い風が吹く、それでもおきる気配は無かった。
バキバキバキバイバキバキバキバキバキバキ
大きな音を立てて木々が折れる音が響く。さすがに起き上がったが、周りの状況を確認する余裕が無い。寝ぼけながら髪をかき上げ辺りを見渡す。
「何が起こったのか………」
一定見たところで状況は変化しない。それだけにただぼけっとしているだけだった。
「……………うっ」
自分が居る木の真下からうめき声が聞こえてくる。思わず下を見つめる。そこに居たのは全身血みどろとまでは行かないがかなりの深手被ったエルフがゆっくりと立ち上がっている。
「…………また強情な方だ。あんな身体を引きずって何をしようというのか」
休む事をせず、痛む身体に鞭を打っている姿は同情を引くが、それだけで、少し考えればバカな行動だと思うしかなかった。必死に何かをがんばる姿は美しいかっも知れないが、それ以外の事が見えず、途中で挫折してしまうかもしれない。
「助けた方が良いかな?」
独り言を呟いた後、そっと手元の枝に手を添えとさっと地面に降り立つ。
タシッ!
地面に降り立つと、エルフはとっさに身構えるが足のバランスを崩したのかその場に倒れかける。
「危ないですよ、そんなにがんばってもいざという時にそれでは殺してくれといっているようなものです」
「何者だ?」
「ハロルド=ガルバーニです。以後お見知りおきを、貴方の世話をする者ですから」
「人間の手助けなどいらん」
エルフ――アルカリアはハルの手を払いのけると、木につかまり立ち上がろうとする。
「無理ですって。それに一言言っておきますが僕は貴方を殺すつもりはありませんから。強いて言うならば貴方のケガを治療する者です。そのような傷を負っているのに見捨てるような非人道的な事はしないので」
ハルはニッコリと笑って言うが、それが何処まで本当の事なのか分からない。それでもアルカリアはハルの顔を凝視するだけで何も言わない。
「ああ、一応医療の技術は持っていますから。手術とかではなく怪我の治療という意味で」
「信じられん」
「皆、最初はそういいます。とりあえず家がこの近くにあるので着てもらいますよ」
「勝手に決めるな」
アルカリアは千鳥足で歩き出したがペースは遅い。ハルがその後ろからゆっくりと付いてくるが、気にしている様子は無い。ただ、それだけに不気味であった。
「付いてくるな」
「だったら治療くらいさせてください」
数分狂い歩いたかもしれない。それでも距離に考えればたいして歩いては居ないだろう。
「どんなにエルフの生命力が高くても、その怪我は自然治癒では中々治りません。きちんとした治療をするべきです」
「お前に何が分かる」
機嫌悪く返事を返す。ハルは少し呆れながら大きくため息をつくと早足で歩きアルカリアの背後に立つ。
「!!」
驚いて振り返ろうとしたが、アルカリアの身体はそのまま地面へと倒れる。
「ドクターストップ。怪我による出血と過労によりしばらくはベッドで生活。言ったでしょう?無理はするものではないと」
ハルは細い腕でアルカリアの身体を持ち上げると、見られても居ないのにニッコリと笑ってみせる。
ハルはしばらく森の中を進むと、人里から少しばかり離れたところにたつ一軒の民家を発見する。といってもそこまでの道は知っており、発見するといおうよりも帰ってくるに等しい。
「レチェ居ますか?」
玄関を入り、そのまま奥の部屋に入る。そこにあるのは真っ白なシーツの敷かれた医療ベッドと、複数のカルテや薬品が置かれた机に、多数の衣料品の置かれた棚が数個。所々に椅子が置いてある程度の、何処にでもある医務室だった。そして、そこに座る一人の男。レチェーダ=カルタートがそこに居た。眼鏡をかけ、長い髪を一つにまとめている。かなりの年齢のはずだがいつまでたっても若い姿を保っている。そんな男だった。
「ハル、久しぶりだな。そちらのお嬢さんは?」
「お客さんですよ、見れば分かるでしょう?」
適当に言うと患者なのだが、ハルはアルカリアの身体を医療ベッドの上に寝かせる。
「エルフとは珍しい、一体何があった?」
「それはこっちが聞きたいです。何より先に治療してあげてください。このまま衰弱死されても目覚めが悪いので」
「あっああ」
レチェは返事をするとすぐに机の上に置かれたガーゼの束を手に取る。アルコール瓶も合ったが深手の傷にしみるだろうと思い、ただガーゼだけを手にした。
「僕は部屋に戻っていますから」
「ハル、後で話がある」
「…………分かりました」
沈黙の後の返事、ハルはそのまま部屋を退出する。レチェは追いかけはしなかったが、出て行った後で大きく溜息をするだけだった。
「いつからあんな子に育ってしまったのか」
父親としての責任なのか、レチェはしばらく自分のしてきた事を考えても見たが、答えは見つからない。それでも、手だけはしっかりと動かしており、見かけ以上に手早い動きだった。
アルカリアの治療が終了し、医務室を綺麗に掃除した後、レチェは時計の時間を見、そのまま病院の玄関に鍵をかけ電気を消す。別に治療時間が過ぎたわけではない、家と一体化しているので24時間いつだって治療は出来たが、それでも久しぶりに見た息子の顔に心が弾んでいる。
「さて、この子はしばらくはほっておくとして、町の様子でも見に行くべきか。天使が来ればこっちが叩かれる」
毒づきながらもレチェは白衣を脱ぎ捨てると、薄めのコートを羽織る。
日が傾き、家々から夕食の香りが漂ってくる時間、料理店などでは忙しくなり始めるころだろうか。
「ハル、入院患者の夕飯よろしく!」
「言われなくても作ってます」
「ハル出かけてくるから」
「今からですか?」
リビングから返事が返ってくる。現在の入院患者は一人だけ。人間相手の治療は必要なく療養のみで体は回復する、治療も済ませてあるから後のことはレチェでなくてもハルが見られる。まだ意識を取り戻す気配が無く。心配事もあるのだが、エルフならばそう心配する必要も無いだろう。「野暮用でね、お土産は何がいい?」「結構です」「行ってきます」「はい、行ってらっしゃい」 血の繋がらない親子の会話、誰もがそんな事気にも止めないけれども二人にとっては一番いい距離感。近づくこともしない、遠く離れてしまうことも無い。ハルにとって親はこの人物であって、他の誰かに育てられた記憶など一切ない。ハルは夕食の準備をしながらも小さくため息をつく。まだ、自分はここの家の者かも知れない、少なくともレチェにとって自分は子供だろう。年齢不詳の男はいつも自分のことを気にかけている。自分に流れる血を嫌悪することなく認めてくれる。だからこそ、自分はここを出るべきだと思ってしまう、自分に出来ることなど逃げることしか出来ないともう一人の自分が小さくつぶやくように、結局いつも逃げてばかりの自分が一番嫌いだった。
「本当に自分勝手な人だ。でも……そろそろ、終わりにしないといけないのですよね……………」
何かを確かめるようにつぶやく、誰も返事など返してはくれない。自分自身に言い聞かせるように呟いただけの事。
台所に立ちながらハルは大きくため息をつく、家にいるときは一応忙しいと言う義父の為に入院患者と自分達の食事をしている。
「それはお前もだろう?」
当然のごとくリビングにある椅子に座りながら言う青年がいる。ハルは気にかける様子も無かったが、レチェが何も言わなかったことから訪れたのはその後でのことだろう。
「此処には来るなと言ったはずですが?」
声のトーンが下がると青年は小さく笑う。ハル同様に長いブロンドの髪がわずかに揺れる。モノトーンの服装にブロンドの髪は良く映えていたがそれでもどこかハルとは、違って見える。
「お前のそういった反応は好きだよ。兄弟として仲良くなりたいと思うのだよ、まぁ、迷惑な兄だと思ってくれて構わないが」
「自覚があるなら今すぐ目の前から消えてください。殺しますよ」
童顔の表情で睨まれても兄と名乗る青年は小さく笑うだけ、全てがどうでもいいといった感じに見える。
「まぁそう言うな。今回は仕事できているんだから」
「……………」
返事はしない、する気も起きなかったのだが、兄はそれを無視して一人で喋りだす。
「此処最近天上も不安定で問題が耐えない。王位継承争いもその一つだが何よりも、天上のバランスそのものが危なくなり始めている。もっともお前には関係のないことかもしれないが…………天使がこの大地に飛来する数が多ければ多いだけお前も苦労するのでは?この世界にブロンドの髪を持つ人間は一人も居ない。なのに、この街にはブロンドの髪を持つウィザードいる。それは本当に人間なのか?」
思わせぶりな言葉を続ける兄に、ハルは料理の手を一度止めたがとめたのは一瞬だけの事ですぐに手は動き始める。
「邪魔です」
「帰って来いとは言わないよ、お前が居なければ俺が時代王になる。ただ、俺は皇太子ではないからな、俺に王位継承権はあってもそれは殆ど名ばかりの物だ。俺としては何かに縛られるのははっきりと言って面倒なだけ、出来るならばお前に押し付けたいくらいだ」
自慢げに言うが、それを果たして自慢していいことなのだろうか。ハルは小さくため息をついた後、リビングの机に出来上がったばかりの料理を並べる。どれも色鮮やかで良い匂いが漂ってくる。
「おれはな、純粋にお前の事が心配なのだよ。こんな小さな場所でお前が朽ち果ててゆく姿など冗談でも見たくない」
兄はハルの腕を掴むと自分と目線を合わせようとしたが、ハルは掴まれた腕を払いのけると開いていた片方の手で兄の顔を叩く。
パシンッ!
乾いた音が響く中で兄の頬は赤く染まるが気にせず、兄は小さく笑う。
「本当にお前は可愛いよ。まぁ、仕事も有るし今回はこれで帰らせてもらうよ。でも………いつかお前は天上へと連れ帰る。良いな」
よく言い聞かせるつもりで言った言葉に返事は何もない。兄はハルの頭を少し撫でた後何も言わずにその場から消え去る。後に残ったのは白い一枚の羽だけ。天使であることの証でもあり、自分の出生を知る為の唯一の方法とも言えた。
「どうして、………どうして大人しくいさせてはくれないの。僕はただ静かに生活したいだけなのに」
白い羽を握り締め床にしゃがみ込む。手を上げるつもりなど無かったのに衝動的に手を上げてしまった。いっそのこと怒って叩き返してくれば良かったのに、笑って許されることの方が普段の何倍も痛く思った。ただ、静かに暮らしていたいと思うのに、誰も彼もそれを許してはくれない。いつだって道は一つしかないと無言で言われているようだった。
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