桐まみれの日々 by さきさん

桐まみれの日々 by さきさん

PR

プロフィール

さきさん1850

さきさん1850

カレンダー

2006年07月05日
XML
カテゴリ: 罪状認否
とうとう発射してしまったようですね。

 誰だったか唱えた「無知の知」と言う言葉が好きだ。人間、思いあがったらそれで終わり。

 トレス・ヤギ被告に無期懲役の判決が下った。勿論、検察は控訴するし、被告側はもっと軽い刑を求めて控訴する姿勢のようだ。
 殺した人数が一人だから、極刑には値しないですって。なら、もう少し泳がして、第2第3の被害者を待てばよかったのですか?殺すつもりなんて無かったと退廷の時、被告が叫んだそうですが、つもりは無くっても殺したことは事実です。そして、天へ旅立った命は決して戻っては来ないのです。

 これは提案ですが、昔あった「島流し」と言う刑を復活してはどうでしょうか。国費を投じて、罪人を生涯養うことの是非にも関わると思うのです。同じ国費なら、未来ある子供たちの育成のために投入するべきではないでしょうか。
 極刑として、北極、或いは南極、極寒の地に、送致するのです。国家がその手を汚す事が心苦しいのであれば、自然死を受け入れることで償わせると言うことです。ひどいと思われる人もありますでしょうが、例えば、はめられて他人を殺めてしまったなどの場合は別として、命を奪うと言うことの重大さを、もっともっと真摯に受け止める必要があると思うのです。

 そう、殺めた人の命に尊厳があるのなら、殺められた人の命にだって同じだけ尊厳があるのですから。例えばウィンク一つで、人の命を奪えるのなら、魔法の杖を一振りしただけで、人の命が奪えるものなら、罪を犯しながら、考え直すことは出来ないでしょう。でも、一つの命の灯が消える瞬間は、そんなにあっという間ではないはずです。

 例えば首を絞めながら、その時の流れの中で、「今私がやろうとしていることは何?」と、思いとどまることは出来るのではないでしょうか。逆に、それが出来ないということは「しない」と言うことで、「殺すつもり」はあったということでしょう。流れ的にそうなったなんて言い訳は出来ない。その流れに逆流できなかったあなたの弱さが原因です。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年07月05日 09時05分09秒 コメント(4) | コメントを書く
[罪状認否] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: