実録・サラリーマン時代

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September 9, 2006
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カテゴリ: カテゴリ未分類
Vol.38 矛盾と向き合い、もがく

 大学卒業後すぐには就職しなかった俺は、引いた立場で新卒で就職していった友人を見ることができた。
もうかなり昔のことだが、男にして呉服屋に就職し、営業担当になった知人がいた。
彼と呑んでる時、俺は「着物って、一回売れたら同じ人が次に買うことが当分ないっていうのが辛いとこでしょ」っていう素朴な疑問を投げかけたことがあって、
その時の彼のセリフは、「着物っていうのはさ、必要なものなんだよ。季節にあわせてもそうだし、多くの種類を持ってないといけないものなんだよ。そういう人はちゃんといるし、それが俺のお客だし、本来一般の人もみんなそうならなきゃいけないと思うよ。」というものだった。
 彼は非常に素直で、真面目なタイプであるだけに、このような考えになったのだと思う。
彼を非難するつもりは全く無いし、それにこれは全くの正論にも聞こえる。
 しかし、俺は敢えて言いたい、あくまでも予想にすぎないことではあるが、そして彼に失礼なことだが、
彼は本当の本当、根源的にはここで言ってるほどの着物の必要性は感じていない、いや感じていなかったはずだ、といっておこう。

彼のこの言葉に偽りはないのだろう。
そして、彼はこのとき本当にそういう人になっていたのも確かだと思う。

 でも、だからこそ俺にとって、それは違和感となって残った。
 彼が昔から呉服業界一筋を目指していたわけじゃないことはわかりきっている。
つまり、この呉服屋に就職することによって、後天的にこのような考えになったということだ。

 これももちろん悪いことでもなんでもない。
会社にとっては初回研修大成功といったところだろう。
彼にとってもある種の使命感、生きがいをもって着物の営業をしてるわけだから、
彼自身の精神的にももちろんいいと思う。
 ただ、もともと根源的にはそういうことは思っていなかったわけだから、

どこかで自分がこれを心底受け入れることでアイデンティティークライシスから無意識的にも逃れたんだと、
俺はどうしても考えてしまう。

 彼のようなタイプを他にもたくさん目にしてきた。
本屋に勤めることになってから、「本というものは・・・」というような自分なりの哲学を持ち始める人や、
「保険というものの素晴らしさというのはね」っていう言葉が本当に本音の場で出てくるのである。


が、根源的な自分の思いにそむくことなく、疑問を投げかけ、
矛盾を胸にしまったまま、仕事をし続ける、ということも深い意味での自分の幸福への使命感や生きがいにつながるのではないかと思う。
 矛盾をもちながらも自分のやってる仕事に自信と誇りをもってやることは出来るはずだ。
前述の呉服屋の彼のような境地(?!)に入るほうがきっと、本人もラクだし、仕事成績も上がるし、会社側もそういう人たちで埋め尽くしたいと思っているにちがいない。
 しかしそういう人たちで埋め尽くされた場所というものは「会社」ではなく「宗教組織」だと思う。
 かなり粗暴な意見なので、多くの反論や批判ありそうだが、俺にとっても今回のこの文章の内容にある考えは相当重要なことなので、考えを変えるつもりはない。

 夏期講習のコマ数は講習案内(リーフレット)に「100回」とか「140回」などのコースが書かれてあり、そういうコースを室長は保護者や生徒に対して提示する。
中三生の授業単価は2750円だから、100回であれば27万5千円ということになる。
これが高いか安いか、という考えはここではしないでおくが、
会社側は「生徒のためを思って、回数提示はするように。そこの家計が苦しいとか、所得とかを考えて回数提示するなんていうのは、逆に失礼。あくまでも生徒のために、自信をもって提示すること」という教えだった。
 確かに一理あるのだが、そもそもこの100回や140回の回数そのものにどれほどの根拠があるものなのか、俺の中ではまずこの点が大いなる矛盾点であった。
俺の中で大前提としてあるのは、とにかく「最大限に塾に来て少しでも多く勉強するように仕向け、学力を上げる」ということ、だからこそ俺も最大限のコマ数提示をし、結果的には山梨の他のどの教室よりも100回以上のコマ数の生徒が多いということにはなった。
でもこの「最大限」というのは「生徒のやる気」だけを問題にすることではない。
当然ながらボランティアではなく、費用がかかる話なのだ。
こっちとしても仕事であるし、生徒の成績も少しでも上げたいとなると最大限勉強してほしいと思うし、
家計における教育費の割合も最大限に上げたいと思うので、当然家庭の負担は相当なものとなることを承知で、
保護者とはお話をするのだが、そこの家の状況とか、家計とかも無視してはいけないとやはり思う。
山梨の他のとある教室で、給料が9万円の家庭が10万円以上の授業料を未納してる、という例もあった。

 俺みたいにいろいろ汚れている(笑)教室長ではなく、純粋かつ熱血な新卒の教室長が、
会社の研修を受けたりして、先の「とにかく生徒のために」ということで、キラキラした瞳で一点のやましさもなく、保護者に講習のコマ数提示をしてたりして、そしてこの手の室長がよい成績を上げ、本人も生き生きとしてたりしがちなんだが、俺はやっぱりある種の違和感を感じる。
呉服屋の彼(何度も登場させて恐縮だ)に対して感じた違和感と同じものを・・・。

 俺の親友にやはり塾業界にいて、しかも俺の塾と業態が同じ個別指導塾にいて、まぁ言わば超競合会社なんだが(笑)、先日久しぶりに彼と飲んだ。
彼の塾は完全一対一の授業形態の塾なので、更に単価が高い。
そしてやはり極限まで教育費を捻出してもらうべく、
彼の会社では「車を売ってでもやらしてください」というような話をする場合もあるらしい。
 そんな中、先日彼の教室に、「もう老後の蓄えから何から全て使い果たしました」という保護者がいたらしく、
彼としてももう何も言えなかったし、とっても複雑な気持ちになったという。
 俺よりもはるかに業界が長いベテランの彼が、今でもこのように複雑な気持ちになり悩み、
もがいてることは、「子供のためを思って、車売ってください」と涼しい顔で言える人よりもずっと健全であると俺は思う。

 仕事上の矛盾を矛盾のままに受け入れ、目をそむけず、もがきながら、
それでも懸命に取り組む、これが「仕事」だろうし、こういう人こそが健全なビジネスマンといえるのではないだろうかと強く思う。
(つづく)





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Last updated  September 9, 2006 05:39:34 PM
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