




ビートルズはオーストラリアのシドニーに滞在していた。
彼らはワールドツアーの真っ最中だったが、
それでも誕生日パーティーを開く時間があった。
報道や1982年に出版された書籍
『ザ・ビートルズ・ダウン・アンダー』によると、
このパーティーは新聞社
「デイリー・ミラー」の企画で実現したという。
ビートルズはファンとの交流会を頻繁に行っていた。
しかし、当時マッカートニーが主催したパーティーは、
彼らがこれまでに行った中で
最大規模のファンミーティングだった。
デイリー・ミラー紙は、
ブライアン・エプスタインの監督のもと、
シドニーのシェラトンホテルでこのパーティーを企画した。
同紙は、16歳から22歳までの女性を対象に、
パーティーへの参加権をかけたコンテストを開催した。
応募方法はエッセイを書くだけだった。
新聞社には1万通以上のエッセイが殺到したという。
最終的に、オーストラリア全土から17人の少女が選ばれた。
最年少の参加者は16歳のジャネット・キャロルで、
彼女は気まぐれでコンテストに応募した。
ジョン・レノンの著書を読んで
彼の文体を真似てエッセイを書き、
見事ファイナリストに選ばれた。
「髪をセットしてもらうために急いで街へ行ったんです。
それからミラー紙の部屋に押し込まれたんですが、
そこは男ばかりでした」と、
ビートルズのファンサイトがまとめた記事によると、
キャロルはこう語っている。
「デレク・テイラーもいましたが、
質問のほとんどはデイヴ・アレンからでした。
なぜ応募したのかと聞かれたので、
その時他にすることがなかったからだと答えました。
きっと面白がったんでしょうね。
私がそこにいる間、
たくさんの裕福な社交界デビューを控えた令嬢たちが
ひっきりなしに出入りしていたのに、
私が選ばれたんですから。」
パーティーの開き方としては面白いが、
経営者はこうした機会があれば
マーケティングのチャンスと捉えることが多い。
とはいえ、パーティーの様子を報じたところによると、
参加者は楽しんでいたようだ。
伝えられるところによると、
パーティーはリラックスした雰囲気で、
比較的穏やかで、品位のあるものだったという。
「彼らは騒ぎを起こしたくなかったので、
冷静で常識のある人たちを何人か集めることにしたんです。
どうやって私が参加できたのかは覚えていませんが、
それで私たち数人が選ばれたんです」と、
参加者のジェニー・ラムは
2002年のインタビューで語っている。
「私は17歳くらいだったので、
かなり世間知らずでしたが、
パーティーは比較的リラックスした雰囲気で、
まるで飲み会のように、
ビートルズのメンバーと交流したり
おしゃべりしたりすることができました。
特にジョージと話したことをよく覚えています。
私は彼がとても好きでした。
彼はとても穏やかで、地に足の着いた人でした。」
デルフィーヌ・ドッカーギルは、
ポール・マッカートニーのダンスと
立ち居振る舞いを心から称賛した。
もっとも、彼女は彼が少し
気取っているかもしれないと思っていたと認めていた。
「ポールは私が今まで出会った中で
最も素晴らしい人です」と彼女は言った。
「すごくうぬぼれ屋だと思っていたのですが、
彼は自然体でフレンドリーでした。
彼は最高のダンサーで、その動きは驚くほどです。
そして、彼が私と頬を寄せ合って踊った時は、
気絶しそうになりました!」
記事全文
自分用にかわいいビートルズ動画をまとめ… 2026.07.26
数十年前から自室に飾ってるビートルズの… 2026.07.25
1966年初来日 和装ビートルズ 2026.07.21
PR
Keyword Search
Calendar
Category