レビー小体型認知症介護日記

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2007.01.29
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カテゴリ: 心のたび
日本赤軍が大暴れしていたころ、私は一人の女性に出会いました。

いつも明るく・多くの人に愛されていました。

私は製薬会社の、販売をしていました。

その仕事振りを見てるだけで、元気になりました。
女性を意識したとたん、硬くなり・ぎこちなくなる私。

彼女の勤める病院の担当を、交代したわたし。
何も無く、憧れの女性にさよならしました。

あるとき何気なく、教会の前を通りました。


そこに彼女を見つけました。
このときばかりは、「神」を信じました。

下心で教会に通う私。

あるとき満面の笑顔で彼女から声をかけられます。
「今度ある病院で、ボランテアを募集しています。協力してもらえません?」
「はい喜んで!」
「では、明日。○○病院に来てください」

その病院は、彼女の勤めていた病院とは、違っていました。
翌日その病院を訪ねました。

彼女を探したが見当たりません。
でも大きな集団のなかに、私服の彼女を見つけました。


その集団の中に、あるドクターが、おられました。
そして私は「日野原重明」先生を知ることになりました。
いつも多くの人に囲まれて、にぎやかでした。

せんせいが「よど号」事件に巻き込まれたのを知ったのは、
彼女からでした。


彼女の勤務・ボランテア活動の合間を探してのことだったからです。

本当に楽しかった。
貧しいデートも、彼女は気にしなかった。

私の中途半端な学歴も気にしなかった。
それが一番うれしかった。

私は彼女のすべてが好きでした。
愛していたといえます。

でも私は愛されていなかった。
彼女は私の頭のよさにあこがれていたのでした。

友人は「そんな夫婦関係もあるさ」
「あんなすばらしい人はいない。贅沢言うなよ」

ともだちは、みな彼女の見方でした。
私はどちらかというと風来坊、彼女は自分の未来を見据えていた意識ある女性。

わたしは自分の中の心に従い、彼女と話し合いました。
つらく・長い時間でした。

映画のワンシーンのような別れでした。
なごり雪が、よく流れていた年でした。

テレビで日野原重明先生を、30年近くぶりに見ました。
若々しく・元気な先生を見て、自分の至らなさを感じるこのごろです。

2010年。広島での「平和記念コンサート」に、先生が来られます。
広島には、母の弟が住んでいます。
母は「一番手がかかったが、一番かわいい弟」

先生の元気なお姿を見ながら、叔父に会って見たいと思っています。
あと三年。先生・母・わたし・叔父。

みな元気でいることが大事です。
がんばるぞー。












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Last updated  2007.01.31 00:47:43
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あづあづ@ Re:介護のメルマガ創刊 こんにちは、初めまして。私は今年41に…
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