僕は幼少期にボロボロの長屋で暮らしていた。
夏休みのある日、同じ長屋の西端に住む友達のマー君に、突然カミングアウトされた。
Qちゃん、僕、インキンなんだ!
まだ毛も生えてない小学校低学年の子供がインキンタムシになるのだ。
当時どれだけ僕たちが不衛生な環境で生活していたか分るだろう。
Qちゃん、痒いよ!痒くて痒くてたまんねーよ!
た、大変だね。
Qちゃん、僕を助けてよ!
ぼ、僕に出来ることなら協力するよ、友達じゃないか。僕は快くそう言った。
ありがとう!
じゃあ早速、今から僕と裸になって、あの
屋根の上でチンコを干してくれ!
・・・
はい?
お願いだ! 僕と一緒にチンコを干してくれ!
マー君が言うには、インキンタムシは紫外線に弱く、古くから太陽に晒すという治療法がある。
長屋の瓦屋根の上で、さも日光浴をしているかのように、紫外線治療をしたい。
お願いだ! Qちゃん、裸とか得意だろ?
べ、べつに得意じゃないよ!!
とはいうものの、友達のたっての頼みだ。
僕はシャイなマー君を気遣い、お先にテキパキと全裸になり、
あらヨってな感じで二階の瓦屋根に寝転がった。
その後全裸のマー君が、恥ずかし気にはにかみながら、僕の横に寝転がり、
念願かなって、痛々しくただれたチンコを太陽の下に晒した。
こうして僕は数日間、インキンでもないのに、インキンのマー君に付き合い、チンコを干した。
傾いたボロ長屋の屋根の上で、小学生が二人全裸でチンコを干しているのだ。
今なら即刻問題案件なのだが、
時代のおかげか、単純にうちの近所の地域性か、
僕の母も、マー君のお母さんも、近所の人たちも、
僕らを見ては、けたけた笑うばかりで、特別注意もしなかった。
おかげで、マー君のインキンはすっかり完治した。
ちなみに、
マー君のインキンが治ってからも、
僕は一人でチンコを干し続けた。
クセになったのだ。
裸で屋根の上に寝転がり、夏風に吹かれながら、青い空を見る。
何とも言えない爽快感だった。
大人になり、無駄なモノゴトを、あまた身にまとうことを余儀なくされても、
心のずっと奥の方は、さんさんと降りそそぐ太陽に、全裸でチンコを晒す自分でありたい。
そうだ、僕という人間は、これだ!!
子供ながら、漠然とそう思った。
その夏、僕は、チンコを干し続けた。
夏の終り、さすがに、母がキレた。
夕方になっても全裸で屋根の上にいる息子に、ご近所じゅうに響き渡る声で叫んだ。
いつまで干してんだい!
皮がむけたらどーすんだい!
千葉生まれの母の、名古屋では聞きなれない関東弁に、子供ながらビックリした。
なんだか分かんないけど、母のその言葉で、
突如として、すっかり消滅していたはずの僕の「羞恥心」ってやつが蘇った。
僕は顔を真っ赤にして、両手で前を隠しながら、そそくさと屋根を下りた。
以後、二度と屋根に上がるのをやめた。
え~、そんなこんなで「鬼滅の刃」を観てきました。ははは。
時は令和。
不安定な時代の傾きに感化され、ついついコトを斜に構え、
皮肉、からかい、イジリ、イジメがばっこするこの社会に、
さもすれば、どっぷり染まりそうになる。
そんな自心に、呆れるほど真っ直ぐな炎柱・煉獄杏寿郎の言葉が、
グッサグサと痛く刺さり、
子供の前で、思わず感極まるのを、
太陽の光に弱いのは、鬼ばかりではない。
インキンも、弱い。
なあーんつって、必死でアホなことを考えながら、
あふるる涙、堪えに、堪えて、
でも結局、
さめざめと泣きました。
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