長女作「ウリ」
兎にも角にも、反りの合わない二人っすわ。いやね、妻と長女のことなんすけどね。
そもそも相性がウォーターとオイルのお二人だってのに、ここに来て、追い打ちをかけるように、長女の反抗期到来っしょ。
元来奇妙奇天烈な性質の小娘が、最近素直じゃないのよね。
あはは。いや、これヤバいっしょ。マジお手上げっしょ。ちょっとした戦場っしょ、エブリデイ、エブリナイ。
ぼろ雑巾のように働いて家に帰ると、今日も今日とて、リビングで妻が長女を叱っている。
風呂から上がり、焼酎の水割りを自分で作って、喧々囂々と頭上を大砲の玉が飛び交う戦禍で、僕は静かに晩酌を始める。
「あなたは、何故人の話をちゃんと聞けないの!?」
「何故、こちらが指示したことが出来ないの!?」
「何故、その場しのぎの嘘をつくの!?」
「何故、ざわと人をガッカリさせるようなことばかりするの!?」
妻が、長女を厳しく叱責している。
……まさか、僕に言っている訳ではあるまいね? なんや知らんけど、自分が言われている気がして心が痛いよ。ああ、酒が不味い。
どうやら妻は、長女に再三に渡って「自分の部屋を片付けなさい!」と注意したにも関わらず、長女がその都度にわか返事だけをして結局片付なかった事に怒り狂っているご様子。
「自分の部屋は、自分のタイミングで掃除をしたい!」
「ちょうど片付けようと思った時に、ガミガミ言われると、やる気をなくす!」
「自分の意見を伝えると、絶対に叱られるような気がして、何も言えなくなる!」
まあ、長女の言い分はこんなところだ。実に健全かつ陳腐な感じでよろしい。
んで、僕は、まあまあ御両人、なんつって、いつものようにいつもの如く仲裁。
「U子さん、僕たちの最終目的はね、こちらの指示通りに掃除をする人間を育てることではないよ。長女を自分の意思で部屋を片付けられる人にすることだよ。その為には、時には見て見ぬふりも必要だよ」
「長女よ。ここはパパとママの家だ。パパが家のことをママに任せている以上、申し訳ないが、この家のルールはママが決める。君はママのお腹から生まれた大切な大切な期間限定の同居人だ。だから意見はじゃんじゃん言うべし。ママは漏れなく加味するであろう。そこんとこヨロピク」
みたいなことを、のらりくらりと焼酎を呑みながらお話して。てか、U子さん、飯まだぁ? とか内心思いながら、表面上は二人を懸命になだめる素振りで。
それからの二人は、少しずつお互いに歩み寄りを見せたように、僕は感じた。
「それじゃあ、今日はこの話はおしまいだ。二人とも最後に何か言いたいことあるかな?」
と僕が速やかにその場のまとめに入った時、長女がボソボソと何か言っとるでかんがや。
「 ……私は、パパをもっといじりたい
」
「え? 何? 聞こえない? はっきり言ってくださいな」
「最近パパが面白くない! 昔のパパは自分のハゲで笑いを取ったり、裸踊りをしたり、たくさん面白いことをして、家の中がもっと明るかった! この頃のパパは、いつも難しい顔ばかりして、いじれない! 私は、パパをもっといじりたい! うわあああああん!」
…… は?
なんと、感極まった長女が天井を見上げて泣いているではないか。
「それは私も常々思っていたこと! きっと最近私と子供がギスギスするのは、あんたのせいだと思う! ねえ、あんた、どうして変わっちゃたのよ! 昔はチンコでモモンガとかしてくれたじゃない! 私は面白いあんたに惚れたのよ! 最近は何だか知らないけれど偉そうにしやがって! 何様のつもりだバカヤロー! 貴族か! 華族か! 天皇陛下かコノヤロー! うおおおおおおん!」
はい?
な、なんと、感極まった妻が、机に突っ伏して号泣しているではないか。
「パパ、裸踊りしてよおおお!」 長女が泣いている。
「あんた、チンコでモモンガしてよおおお!」 妻が泣いている。
え? まさかの展開。まさかの展開にも程があろう。
僕のせい? みんなぽっくんが悪いの?
よーし、分かった、やってやらあ! オイラの裸踊り、見さらせ! と叫んで椅子から立ち上がり、パンツに手を掛けたが、……脱げない。ああ、何故に躊躇をしてしまう。どうしちまったのだ僕。らしくないぞ僕。いやいや、そりゃそうだろう、今年で四十八だぜ?
「ふん。まあ、考えておく」と言い残して部屋を出ようとすると、「指切りげんまん!」と長女に約束を迫られる。近いうちに指をぶった切られる覚悟で約束を交わし、今度こそ部屋を出ようとすると、背後から「このままじゃ家庭崩壊だからね!」という妻の恫喝。
逃げるように部屋を出て、寝室へと続く階段の途中で立ち止まり、僕は何だかもう泣けてきた。
仕事だけではダメなのだな。仕事だけしていればよいというものではないのだな。夫たるもの、父たるもの、愛する家族の為、幾つになってもテーブルの上で全裸になって踊り狂い、おのれの陰嚢をこれでもかと引っ張り、「モモンガ!」とか何とか半狂乱で叫びながら、テーブルの上からピョ~ンと飛び降りるぐらいの気構えが……はたして必要なのであろうか。この文章を書いている今も、答えは出ていない。とほほ。
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