想い出記念

想い出記念

2007年09月07日
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カテゴリ: 硫黄島 体験記




台風9号の影響で風が強く、木々や電線を大きく揺らしている。

台風の上陸した関東地方の方は大丈夫ですか?

当地はこれから終日影響を受けそうです。



又、外周道に戻ります。

今日の写真は、「混成第2旅団工兵中隊第2中隊壕群(この奥200米)」です。

第15要塞工兵隊と独立工兵第9連隊第1中隊で編成されている。

第2中隊(武蔵野中尉)本部:玉名山南側屏風岩東側(鹿島建設宿舎前)
 第1小隊(坪井富士太郎中尉):独立歩兵第309大隊に配置

 第3小隊(大塚大尉):中隊本部と共に玉名山に配置

米軍上陸後の2月22日、南地区の残存独立歩兵第309大隊第4中隊(高城行雄中尉)と共同して旅団司令部(玉名山)南側を確保し、随時南山に侵入してきた敵に対し斬込隊を出撃させた。

また、付近の独立機関銃第2大隊の残存者等の南部落に配置されていた各部隊も合流し、3月8日の旅団総攻撃に左第一戦として地熱ケ原(屏風岩の西:貯水池の隣)に夜間出撃したが、照明弾下で成功せず中隊壕に戻った。

それ以後は、壕内に立て籠もり4月下旬頃までゲリラ戦を戦ったが、兵力の消耗、火炎放射器による壕攻撃を受けて全滅した。(厚生省原簿による生還者は3名であるが、その数はかなり上回っているという。 実数不明

第3中隊は中部太平洋に派遣途中であった満州独立工兵第9連隊第1中隊が混成第2旅団に改編されて玉名山東側光部落に配置されたものである。

混成第2旅団司令部及び独立歩兵第310大隊(岩谷為三郎少佐)の主陣地内に主として対戦車肉薄攻撃隊として戦闘した。

3月8日の旅団総出撃で斬込隊となり元山飛行場に突入したが、敵の攻撃を受けて殆ど全滅した。

以後は、光部落の中隊本部壕に立て籠もり旅団予備隊と共に、4月下旬頃までゲリラ戦を展開し全滅した。(第3中隊も生存者が多いが実数は不明という。)


 指揮官:上記
 総 員:320名

 生 還:  3名  (実数は不明)


生存者が居るのにどうして3名だけ?という疑問が残る。

捕虜になることを恥じた軍人魂があったからだろうか?

蛇足だが、遺骨収集に来られた遺族の話によると、米軍上陸前までに一個人による公言できないような私的行為があったととも言う。書くことができな~い・・・・・!

立派な軍人であっても戦場心理や死生観がそうさせるのか。



そんなことを考えさせる島。

それが硫黄島なのです。






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最終更新日  2007年09月07日 06時40分44秒
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