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私達は姑らのことを考えて、その物件をあきらめました。むこうの意見を無視して、このまま買う気なら頭金の援助をしてもらわなくても買えない事はなかったけど、むこうの激しい気持ちを知ってしまったので例え、それが姑らの勝手な意見だったとしてもそれによって誰かが悲しむなら、それはまだ買う時期じゃないんだ、と自分に言い聞かせました。私の親は、その話を聞いても旦那の親の悪口を一切言いませんでした。「きちんとした話し合いをしなかったのがいけないよ」と言い、「これからいい物件なんて山ほどでてくるから心配しなくて平気よ」と、落ち込む私を慰めてくれました。私が我慢するのは決して姑らのためでは断じてなく、旦那の為だと。争いは、きっと彼を傷つけてしまうから。私達は新居の場所を話し合う機会が改めて必要だと思い、旦那の親と話し合う日にちも決めました。ところがその電話から何日かしたある日、突然姑から手紙が届いたのです。前から姑は筆まめなところがあり何かというと手紙をよこしたのですが、これがまた要領を得ない、意味深な手紙なのです。まぁ、普通の会話でも遠まわしで何が言いたいか分かりにくい人なんですが。“今度の事ではお互いに色々と傷つけ合ってしまいましたね、寂しい思いでいます”から始まって、“○○へ(旦那) 皆君がいてくれるのを喜びとして生きてきました。中でもおばあちゃんは特別目を細めて生きてくれました。つらい時はそんなおばあちゃんを思い出してあげてください。”などと書かれています。私も旦那も首をかしげるばかり。一体何が言いたいんでしょう?姑は、初めて旦那と言い合いになったのがショックだったのかもしれません。(今まで旦那は自分の親と喧嘩らしい喧嘩もしたことがなかったんですよ~!)手紙を最後まで読むと、“それぞれの気持ちの中にゆとりと温かい思いが出てきた時に改めて向かい合いましょう。それがお互いをこれ以上傷つけない為にもよいことのように思えるから”とありました。つまり、争い合いたくないから会いたくない、という事のようです。問題は山積みなのに、今話し合わないでいつ話し合うの??って感じです。旦那の家族はこうやって“なぁなぁ”にして、誤魔化してしまうんです。自分に都合の悪い事はなんとな~く知らん振りしてなかったことにしてしまう。それが今までのやり方のようでした。だから、旦那も自分の父の曖昧な部分をそのままにしてきたんでしょうね・・。
2003年03月30日
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年も明け、落ち着いた頃に私達は早速そのモデルルームに行きました。価格、間取り、周辺環境など、私達の希望にぴったりなマンションなのです。こまごました収納、機能的なこともとってもよかったんですよ。これがまた。さらに、欲しかったタイプのお部屋が幸運にもぽっかりと空いていて。とりあえずその物件をおさえておいてもらって、そのまま私の実家へ相談しに行きました。その土地の地盤がしっかりしているか等、色々聞きたかったから。実はこのマンションの場所、今住んでいるところよりさらに私の実家に近くなるのです。これは私も色々と好都合。賃貸の家賃を払い続けるならマンションを購入して、自分達の財産にした方がこれからのことを考えるといいよね、と夫婦でいつも話していました。ローンを組める今のうちに、とも思っていました。その日のうちに姑にも電話しました。お正月に話していた物件に見に行った事、モデルルームに行ったらとってもよかった事、ちょうどいい部屋が空いていた事、今までの家賃とほぼ変わらない額でローンが組めた事、などなど。すると姑は「そんなことだろうと思ったわ」と吐き捨てるように言ったのです。あれ・・なんかヘン・・・。姑は続けてこうも言いました。「だいたいどうしてそんなとこに住まなくちゃいけないの?!」「あなたを婿養子にだしたわけじゃないのよっ!」「住むんだったら○○!!(姑らのすぐそばの土地)」「tyerikoちゃんの実家のそんな近くに住むなんて!」「そんなのべったり(私の実家に)入り浸って甘え放題できるじゃない!」「自立できてないってことじゃない!!」姑はかなり興奮して、次から次へとまくし立てました。あれ程前(結婚当時)から言っていた事なのに、今さら場所の事で反対されるなんて思ってもいないことだったので、ポカーンと顔を見合わせる私達。あんなに上品でおっとりしていた姑が初めて本来の姿をのぞかせた瞬間でした。どうして最初から私の実家の近くはだめ!と反対をしなかったの?はっきりと電話で地名まで指定してくるなら、なぜ最初からその気持ちを今の今まで言わなかったの?・・・なんで?どうして??私も旦那も姑の言葉にただただ驚くばかり・・。・・・結局、電話での話し合いで解決するはずもなくマンション購入は泣く泣くあきらめることになりました、とさ。
2003年03月29日
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私と旦那は結婚当初から折に触れ、姑らに話していたことがありました。家orマンションを構える時は、今自分達が住んでいる近辺にする、と。姑はそれに対して特に反対もせず、うんうんと聞いていました。だから私達は暗黙の了解だと思っていたのですがこの誤解がのちのち大きな波紋を呼ぶことに。私達の住んでいる所から旦那の実家は県をまたいで車で約2時間。私の実家へは、車でほんの15分ほど。旦那が一人暮らしをしていたところにそのまま住み始めた私達は当然のように住み慣れた場所で新居を探していました。姑は「その時がきたら頭金は出してあげるから」といつも旦那には言っていたようで、旦那はそれをあてにしていました。私も“一人っ子でどうせ将来は同居だし”って気持ちがあったのでそれくらいだしてもらってもバチは当たんないかな、と思っていました。お正月、露天風呂に行くために姑のうちに泊まった時のこと。かねてから新居探しをしていた私達はいいマンションが見つかったので近々モデルルームを見に行く話をしました。姑は金のことしか頭にないようで金の話しかしません。「貯金はあるの?」からはじまって、延々と質問攻撃です。私も旦那もマンション購入に必要な知識は全て調べ上げています。何を質問されても答えられる私達に姑は何故か渋い顔。この後、姑は不思議な話を私達にします。(少なくとも私にはこの時そう思った)私達が結婚してから、旦那の親はまだ1度もうちにきたことはありません。いつもこっちが出掛けていたし、来るということも言い出さなかったし。姑は結婚当時から「新居が決まってきちんとしたらお邪魔するわ」とよく言っていたので私も旦那もそのつもりでいました。姑は、「今住んでいる家に私が行かないのは中途半端なあなた達の家をお父さん(舅)にみてもらいたくないの。新しくマンションを買って、きちんとした状態でみてほしいの。あなたが(旦那)ここまで立派に育ったことやマンションを買えるくらい、私がここまで立派に育て上げたことをお父さんに認めさせたいの。あなた達なら分かるでしょう?」と、同意を求めてきました。さっぱり意味が分かりませんが、とにかくこれは女としてのプライドがそうさせているんだろうなぁということは分かりました。そんなオーラをバシバシ感じました。でも私はちょっと複雑な気持ち。私達が一生懸命に生活している場を“中途半端”という言葉でくくったから。「世間体」とか「格好がつかない」とか周りの目をとても気にする姑は今の私達の住まいも気に食わなかったんだな、とその時初めて知りました。
2003年03月28日
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舅はそのまま仕事場まで送ることにしました。仕事場に着くと、舅は自分の醜態を謝るどころか当たり前のように車を降りてこちらの方を全く振り返りもせずにさっさと帰って行きました。姑はふいに口を開き、その尻拭いをするのかと思いきや「お父さんがここまで出掛けてきた、という事を認めてあげてね」と恩着せがましい言葉を何度も何度も私に浴びせました。舅はもちろんの事、姑も自分達のした事を正当化しようと必死だったのでしょう。この後に、伯母さんの家に新年のご挨拶に行ったのですがその時姑は「人が多くてゴミゴミしてたわーー!」と悪い事を強調し、自分達のした事には触れません。「まぁ~、いやだ!そんなとこ行かなくてよかったわ!あははは」というやり取りを目の前でされ、何とも言えない気持ちでその場にいた私。父と母にはこんな人たちに気を遣わせて申し訳ない気持ちでいっぱいでした。やっぱり旦那は息子なんですね、特に何とも思わなかったようで文句を言う訳でもなくそのやり取りを普通に聞いていました。姑は露天風呂でのぼせてしまい、フラフラしてしまったんですがそれも私のせいのように言っていましたね。富士山が日の出で赤く染まっていく様子を露天風呂に浸かりながら見ていた私達。それはそれは本当にきれいな富士山でした。でもその美しさに見とれてしまいずっと入りっぱなしだったからのぼせるのも当たり前といえば当たり前。(その間、30~40分くらい入っていたので)「だからあの時、1回お風呂から出る?って聞いたのに」と。そりゃあ確かにそんな事も聞かれましたが、まさかそれが“のぼせそう”というサインだったなんて!!誰が気づくんだよっ!自分の体調管理くらい自分でしましょうよ~~、子供じゃないんだから!!
2003年03月23日
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旦那の両親が来るならと、私の両親はのんびりご飯が食べられるように個室を予約した方がいいと言ってくれたので1ヶ月も前から予約していました。そうすればむこうのご両親も他の人の目を気にせずに横になれる、と。(朝も早かったのでそういうところまで気を使ってくれたようです)温泉にも入り、もうすぐで個室を使える時間になる、という時です。舅は何故か自分の荷物を整理し始め突然「帰る」と言うのです!!旦那も私も、姑でさえびっくりしました。姑や私の家族の中ではお風呂に入ったあとに和気あいあいとご飯を食べて交流を深めましょう、みたいな気持ちだったので「これからなのに?」という感じだったと思います。姑や旦那がどんなに引き止めたり、説得したりしても「送ってくれないならここから一人で帰る!」とだだをこねる始末。しまいにはわざとらしく胸をおさえて「心臓が苦しい~」とサル芝居。はぁ・・・。こうなってしまうともうお手上げです。私達はご飯を食べる事もなく、結局その場を後にする事に。私の兄は旦那の親がいないところで「お前も大変だな・・」と心配そう。仲良くしているところを見てもらってみんなには安心してもらいたかったのにな。でもやっぱり、旦那の親のことを思って色々してくれた私の両親には本当に申し訳なくて、笑顔で「気にするな」と言った父の顔が忘れられなかった。自分の親を目の前でないがしろにされた気分はどうやっても拭えませんでした。帰りの車の中、姑も旦那も舅を責める事は全くなく、まるで“予定通りのドライブ”でもしているかのように穏やかでした。何故旦那が舅に文句を言わないのかさっぱり理解できなかったけれど私はもうすでに、精神的に相当疲れていたのでそんな事さえ考えられなかった。その帰りの途中、ちょっと大きなサービスエリアでトイレ休憩しました。さっきあんなに胸をおさえて「苦しい苦しい」と連呼していた舅は涼しい顔してお土産選びをしているではありませんか!!私が怒りに打ち震えたのは言うまでもないでしょう。今すぐここでくたばっちまえ!!!!このクソジジイ!!
2003年03月21日
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その露天風呂のウリは“朝日で赤く染まる富士山が見れる”というもの。そのため、日の入りの時間に合わせてお風呂に入るのです。私の家族とは現地で落ち合うことになり、私達は旦那の実家に泊まり夜中に旦那の親を乗せて出発したのです。お正月は毎年泊りがけで旦那の実家に行っていましたが本当なら、今年のお正月には泊まらないで日帰りの予定でした。旦那の休みがいつもより少なかったので日程の調節が難しかったんです。そして、去年の舅の態度にも納得がいかなかった。少ない旦那の休みを削って来ているのに顔さえ出さないなら、無理して泊りがけで行かなくても十分だと思ったからです。しかし、この露天風呂に行くとなればイヤでも泊りがけにならざるを得ない。私と旦那はキツイ予定の中、旦那の実家に向かいました。_________________________________姑に半ば強引に行く事になった舅も、当日になると嬉しそうな様子でした。私は夜中に出発するので移動中少しでも休めるように、とブランケットを用意したりしましたが舅はその上からどっかり座ってしまい「いらん」と一言。心の中で軽いため息。でもこんなことはしょっちゅうです。そして、現地につき私の家族と合流。そろそろ日の入りの時間になるので温泉に入りましょう、という事に。すると、舅は突然「入らない」と言い始めたのです。旦那が「せっかくここまで来たんだから入ろうよ」と何度説得しても「入らない」の一点張り。意味が分かりません。旦那もさすがに頭にきたようで舅を置いて私の兄弟とお風呂に行き、私の父がそれを見かねて一緒に広間に残りました。(健康ランドの休憩する大広間のようなだだっ広い畳敷きのところです)挙句の果ては、タオルが入っていたと思っていた舅のバッグにはぎっしりと仕事の書類が!それを無言で整理している舅。どうやら最初から温泉に入る気なんて毛頭なかったようです。呆気にとられる私の家族・・。私は旦那の気持ちを想うと、本当に胸が締め付けられるようでした。旦那は自分の父と一緒にお風呂に入った記憶がない、と言っていました。温泉に来る前、旦那は照れくさそうに「親父の背中でも流してやろうかな・・」と私に話していました。そんな旦那の顔を見れてなんだかすごく嬉しかったのに。そういう思い出ができるなら、ここに来た価値があったなぁってしみじみ思ったのに。そして、この舅はまだこれだけでは終わりませんでした。
2003年03月20日
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そんなことがありながらも私は変わらず旦那を誘ってむこうの実家に顔を出しに行っていました。私と結婚した事で家族で過ごす時間が増えたと喜んでくれたらいいな、と思っていたし、旦那の顔をみると姑は本当に嬉しそうな顔をするんです。それが私の出来る親孝行だったから。そして、今年の正月。毎年、私の実家では2日に富士山近くにある露天風呂に入りに行くのですが私の両親が「あちらのご両親も誘ってあげたら?」と言い始めたのです。仕事人間で腰の重い舅と、どこにも連れて行ってもらえずに一年中不満の溜まっている姑を気遣ってくれたんでしょう。ただ、私にとっては毎年家族でのんびりとお風呂に入れる楽しみな家族行事なだけに気は重かった。すごくすごく重かった。そしてそれは私以上に旦那もそう感じたようで自分の親にもかかわらずなるべく回避しようとしていた気がする。結局、私の親に「誘ってあげなさいよ~~」等、言われ続け押し切られる形で誘うことになりました。その話をしたら姑はたいそう喜んで子供のようにはしゃいでいました。「露天風呂なんて15年ぶりだわ~」なんて言いながら。(こういうところはかわいい人だな~と思うんですけどね)だた、舅のほうは明らかに渋ーい顔をして首を横に振るだけ。私の親と会うのが面倒くさいのかもしれません。そういう人ですから。姑は必死で「せっかくだから一緒に行きましょうよ」と舅を説得していました。私の親の優しさに感謝しつつも、頭の痛いお正月になるようなそんな予感を抱えながらその日を迎えました・・・。 つづく。
2003年03月19日
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結婚してる方は少なからず経験しているんではないでしょうか?「あなた達、子供はまだ?」・・これです。このセリフ。どうして簡単にそんな事聞けるんでしょうか?私には理解できない。子供を作るとか作らないとかって夫婦が決める事であってあくまでも姑とかの第三者に、とやかく言われたくはないのです。私にはその言葉が「あなた達、ちゃんとセックスしてるの?」と聞こえてならないのです。そのような力を持つ言葉であると気がついて欲しい。つまり、あなたにそんなことを報告する義務はないのです。結婚=出産だ、とでも思ってるんですか?勘違いしないで下さいよ。そうは言っても旦那は一人っ子なので当然孫は楽しみにしているでしょう。そんな事は言われなくても分かってること。あなたの視線は痛いほど感じていますよ。そして私の兄弟もまだ誰も結婚していないので私の親にとっても初孫なんです。私は自分の母親と話したときに「子供はまだ作らないつもりなの」と話したことがあります。驚くかな、悲しむかなと思いつつ。すると母は「そんなの夫婦で決める事だよ。ずっと二人がよければそうすればいいし、欲しくなったら努力をすればいい。私にはカンケーないよ。」との返事。さっぱりしてるなぁ~とこっちがあっけにとられたほどでした。だから余計かもしれません。姑の態度が理解できないのです。姑は前に「○○家の子孫なんだから・・」と言ったことがあります。恐ろしい!なんて恐ろしいことなんでしょう。そんな風に考えているなんて!私はおたくの子孫繁栄に協力するために結婚したわけじゃありません。旦那と一緒にいたいから結婚したんです。こんな風に考える人に私の子供は抱かせたくないなぁとしみじみ感じた私はやっぱり鬼嫁なんでしょうね・・。
2003年03月08日
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その年のお正月、いつもなら昼間に顔を出すはずのお舅さんがとうとう最後まで「仕事が忙しい」という理由で顔を見せませんでした。私は自営業の家で育っていないのでどれだけ忙しいかは分かりません。何度かお店には行った事がありますが普段の日でもまばらにしかお客さんは来ないようなお店。(卸しの方が主なので)お正月ってそんなに忙しいのかな・・?と私の中では疑問でした。わざわざここまで来たくもないのに新年のご挨拶のために来ているのに、顔を見せるどころか電話さえよこさないお舅さん。こっちは泊りがけなのに、夜中も仕事してるんでしょうかねぇ。誰もそのことに不満を言わずにいるあちらのみなさん。お舅さんのこういう行動はよくあることなんだそうで。ただ、私の中ではお舅さんへの見方は変わりました。あちらの家族は礼儀とか、そういう言葉をよく使っていたので言ってる事とやってる事のギャップがみえてきたから。
2003年03月07日
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お姑さんは「なにもお正月にそんな話をしなくたって・・・」と明らかに難色を示したそうです。でも、お正月みたいにくぎりのいい時でもなければこんな話はできなかった。あなた達がそういう空気を作っていたから。旦那はそれを小さい頃から感じていたから何も聞けずに、そして、何も聞かずにここまできてしまった。その結果、私や私の両親まで巻き込む形で。しばらくの沈黙の後、「私も、母である前に女だし・・」お姑さんはこう、ポツリと言ったそうです。ただならぬ雰囲気を感じた旦那は結局、これ以上は聞けずにその話は終わってしまいました。私は帰宅後にそれを聞いて、なんだかものすごく腹が立ったのを覚えています。何も聞かなかったのをいい事に、隠し通そうとしていたその根性。何十年もの間、言葉にしなかったその思いを、やっと口にした息子に対して“女としての主張”でかき消してしまったその態度。それを聞いた旦那の複雑な気持ちを思うといたたまれなかった。お義母さん、あなた達は何をそこまで隠しているんですか?どうして息子にさえ内緒にしているのですか?言いたいことはたくさんあったけれど、まだ私の出る時期じゃない。それを何度も心の中で繰り返して、作り笑いを絶やさぬように今まで通り、毎月顔を出しに行っていました。私が出来る事は、それだけ。そしてこの頃、再び私の身体に変調が起きたのです。考え事をするとほっぺが真っ赤になって火照りがおさまらないのです。ほっぺの血管が最大限開いて、ものすごいスピードで血が巡っているような感じで、とにかくじんじんして、重たい気がしました。そうなってしまうと本当につらくて少し横になって休むしかありません。ストレス・・。もうその言葉さえ聞きたくありませんでした。
2003年03月06日
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お正月はいつも2日くらいに旦那の実家に行きます。元旦に行っても仕事で忙しいからとお舅さん、顔を出しません。日用品のお店って元旦も忙しいんだ~と私も旦那も思っていてそれ以上は別につっこんで聞かなかったから。お姑さんの住む玄関のドアを開ける前に、旦那は私がいない時にそれとなく両親のことを聞くと言いました。本当は私もその場にいて、一緒にお話を聞きたかった。でも、まずは親子の会話が必要だと思っていたからそれは言わずに「そうだね」とだけ言いました。お正月は、夜にむこうに着いて、お姑さんと三人で食事をとり次の日にお舅さんや伯母さんが集まります。仕事が終わってもお舅さんがここに来る事はありません。お舅さんのお店がここから近いことは知っていたので挨拶をしにちょっとでも顔を出しに行こうとするとお姑さんは必ず「忙しいから」と私達をたしなめていました。そして、私がお風呂に入っている時、旦那は核心に迫ったのです。「お母さんたちは・・一体どうなってるの・・?」と。本当はもっときちんとはっきり聞くべきなんでしょうが、彼にしてみたら、それがやっとの言葉だったのでしょう。まさか息子がそんなことを口にするとは思っていなかったお姑さん。驚きを隠せない様子で、しばらく無言だったそうです。この時、お姑さんは一体どんなことを考えていたんでしょうか・・。つづく。
2003年03月05日
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結婚してから私は将来の不安にかられるようになりました。旦那の親について旦那さえ何も知らなかったから。私は結婚前、自分の祖母を自宅介護していました。その時に取った資格でその後、老人介護の仕事もしました。だから余計に親の老後のことを考えていたのかもしれません。しだいに私は旦那に「自分の親のことなんだからはっきりさせなきゃ!」と、せっつくようになりました。私は不安でした。旦那の親のどちらかに万が一のことがあってもこのまま何も知らない状態じゃ対応ができないと思っていたから。まだ元気な二人ですが、明日の事なんて誰も分からない。ただ、この話をすると旦那は「うーん・・」と言ったままいつも黙ってしまいます。まるで触れてほしくない傷であるかのように。私が言うべきことではないのかもしれない。でも親子なのにこんなに疑問だらけで何も知らないフリしてるなんて。仮にも親子になったんだから私達には知る権利があるんじゃない?私は旦那に一つずつ話して聞かせました。このまま問題提議せずにいたら必ず起こりうる様々な出来事を。・・・そんな会話をしていくうちに旦那も親のことを知るのは必要なことだとしだいに考えたようでした。そして、2度目のお正月がやってきたのです・・。
2003年03月04日
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みなさん、お正月はやはり泊りがけで帰省していますよね?当然うちも泊りがけでむこうに行きます。・・・気が重いです。毎年。一番最初のお正月に、お姑さんと伯母さんに言われた事があった。「これからは○○さん(旦那)のことは全てあなたにかかってくるんですから毎年痩せてしまったか、太ってないか、チェックしますからね」と。「そうそう!」なんて嬉しそうに笑い合っているお姑さんと伯母さん。「はぁ・・」と肯定とも否定ともとれるような曖昧な返事をした私。冗談で言ってるのか、本気なのか分からなかったけど、当時の私はただ戸惑うばかりでした。今思い返すと、あの二人には明らかな悪意を感じるんですけどね・・。そしてそれからも。毎月会ってるのにも関わらず、「○○さん、少しやせたんじゃない?」とのたまうお姑さん。おいおい、ほんの2週間前に会った時は「少し太った?」って言ってたじゃないの。もうボケたんですか?疲れてるんですか?お義母さん。
2003年03月03日
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誰にでもありますよね、誰かに言われたささいな一言。気にしなければいいんだけど、気になってしまうような言葉。お姑さんに言われると余計に気になるのはどうしてでしょう・・。ある、桜の季節でした。普段からどこにも連れて行ってもらえないお姑さん。旦那が誘うと嬉しそうにお舅さんがついてきます。(お舅さんはお姑さんと二人でお出かけしたくないのかな?)お舅さんとお出かけできるのが嬉しいお姑さん。「お花見なんてもう20年もしてないわ」とお姑さんがポツリと言っていたのを覚えていたのでお花見の時期だから誘ってあげたら?と旦那に声を掛けたんです。旦那はそういうこと、あまり気がつかない人。有名なお花見スポットは少しずつ桜が散り始める頃。でもとてもきれいな桜に喜んでくれるかなぁと思っていました。(満開の時お誘いしたら忙しいから無理と断られたのです)何時間かかけて旦那の実家に行き、そこからまたこのお花見場所までやってきた私達。毎月の顔出しとはまた別にここまで来ました。桜を見上げたお姑さんは軽いため息を漏らし、「あんまりきれいじゃないわねぇ」と一言。そんなこと、今ここで言わなくたっていいんじゃないの?と思いつつすごく悲しい気持ちになりながらも苦笑いして「すみません」とつぶやく私・・。2年経った今でも、桜の時期が近づくとその一言を思い出します。私って執念深いのかもしれませんね。
2003年03月02日
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