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庭先で、草むしりをしているばあさま。
縁側へやってきた、た彦。
た彦
(ばあさまの背中にむかって)ただいま、おばあちゃん。
ばあさま
(ひょいとふり返り)ああ、た彦。おかえりなさい。
た彦
遊びに行ってくるよ。
ばあさま
きょうは、うちで遊んでちょうだい。あしたは、山に行くんでしょう?
宿題やなんかみんな、きょうのうちにしておきなさいってお母さんが。
た彦
そうかあ。
ばあさま
それじゃあ、おいもさんを蒸かしてくるからね。ああそうだ、た彦、
その上履きをここで、洗っちゃいなさいな。バケツもだしてあるから、
ちょうどいい。
た彦
いいよお。先週も洗ったから。きょうはいいよ。
ばあさま
だめですよ。1週間使えば、汚れるし、それに臭いでしょうよ。
た彦
臭いのなんか、平気だい。
ばあさま
た彦がよくてもねえ。上履きの「う彦さん」が、気の毒ですよ。
ばあさまは、「よっこらしょ」と声を出し、履きものを脱いで家に
上がる。縁側でぐずぐずしているた彦の横をすり抜けるようにし
て、奥へと入って行く。
た彦
ぼくがよくても、上履きのう彦が気の毒って、何だよう。
ぼくがよければ、いいじゃないか。
それに、なんで上履きに名前があるんだよう。
さつまいもを蒸籠(せいろう)に入れて、蒸かしいもの準備をし
てきたばあさまが、前掛けで手を拭き拭き、もどってくる。
ばあさま
おや、まだ、洗っていないの? ちゃっちゃとやってしまいなさいな。
ほら、たわしと、石けんを持っていらっしゃい。さあさあ。
た彦
ねえ、おばあちゃん。
さっき、上履きのう彦がかわいそうって言っただろ?
(ばあさまに、1歩近寄る) あれ、何のこと?
ばあさま
(腰をかがめて、た彦の足元の袋をとりあげ、
なかから上履きを出しながら)
ほおら、見てごらん。う彦さんもくたびれてる。
1週間、ずっと学校で、た彦と一緒にいてさ、
おまえさんのことを守ってるんです。
その上、た彦とちがって、学校に泊まりこみ。
休みの前の日にやっと、家に帰れるんです。
きれいにして、いたわってやらなくちゃ。
匂いだって、とってやらなくちゃ。
間———
思ってもみなかった上履きの気持ち。上履きの立場。た彦は、混
乱している。混乱しながらも、はっとしたような顔になって、裏
庭にまわる。上履きを洗うたわしと石けんを手に、戻る。しゃが
んで、置いてある上履きを、じっと見ている。
た彦
(庭先の蛇口をひねり、バケツに水をためて、上履きを洗っている)
おばあちゃん、おばあちゃん、
ぼく、上履きに助けてもらったことあるよ。
この前、いく太とふざけてたんだ。
道具小屋の引き戸が倒れてきて、下敷きになりそうになったとき、
上履きが脱げたんだよ。その上履きが下敷きになったの
(思い出して、ちょっと目をつぶる)。誰もけがしなかったんだ。
先生にも怒られなかったんだよ、
「無事でよかった、けががなくてよかった」って。
上履きだけは、ちょっと破れたんだよ、ほら、ここのところ……。
一所けん命上履きをあらいはじめたた彦を見て、ばあさまは、静
かに家の奥に入っていく。
た彦 (さかんに手を動かしながら、小さくつぶやく)ありがとうな、う彦。
*このたびは、劇の脚本風、民話風に書いてみました。

うちで、毎週上履きを持ち帰るのは、
もう末の子だけになってしまいました。
自分で名前も書いてしまうので、
つまらなくなって、
こっそり、かかとのところに
いたずら描きを。
下駄箱からとり出すとき、
ふたり(1足)が、笑っているのが
見えていいんじゃないかと思って。