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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2011/05/17
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カテゴリ: 生活

 けれど、このごろ、私はファンタジー童話は、お料理みたいなものだと思うようになった。腕のいいコックさんは、どんなに月並の材料を使っても、それを、たちまち独創的なすばらしい一品に仕上げるのだ。童話も同じこと。台所の野菜が歌をうたい、おなべがくるくる踊る話だって、できるのだ。
 私の生活の中で、童話と家事はたがいに調和し、助けあわなければならないと思うようになった。「両立させる」という苦しい言葉を、私は好きではない。
 家事も童話も、まだまだ一年生だけれど、これから努力して、どちらも磨きあげたいと思っている。

『まよいこんだ異界の話』(安房直子/偕成社)所収のエッセイ「童話と家事と」より



 安房直子(あわなおこ)さんというものがたりの紡ぎ手の存在を知ったのは、20歳代のはじめ、社会人になりたての頃だった。そのころわたしは、先輩編集者といっしょに『少年少女の生活日記』という日記帳をつくっていた。毎年10月に刊行の日記帳づくりは、季節労働である。日常のルーティーンワークである雑誌の編集に携わりながら、一時期、そちらの仕事を最小限にして日記づくりに借りだされるのだ。
『少年少女の生活日記』の著者は、その日記帳を手にしてつけつづける少年少女。だからほんとうは、書籍とはちがう。けれど、「少年少女の生活日記」は、その名を『 』に収めずにはいられないほど、なかみに手をかけた。詩のある毎月のとびらのページ——さまざまな詩人に、12篇の詩を選んでいただいた——にはじまり、各月に2つか3つの記事やおはなしを入れる。
 升目も罫線もない、真っ白な日記部分の両側には、「柱のことば」と名づけた、
ひとくちメモをつけた。日記への愛着が深まるような記事をと、文学、理科、数学、歴史、生活と、偏りのない「柱のことば」をと、ずいぶん苦心したものだった。しかし、ずいぶんといえば、それはずいぶんたのしい仕事であり、当時は気がついていなかったが、わたしにとって勉強でもあったのだ。
 その仕事のなかで、安房直子さんに出会った。相当にお忙しかったことと、
当時のお住まいの関係からだったろうか、お目にかかることはできなかったけれど、こころよく小さなおはなしをつくってくださった。おはなしを注文し、おはなしが届くというそのことが、ひとつのものがたりに思えるような、そんなつながりがそこにはあった。
 あのとき、「安房直子」のものがたりと出合わなかったら、わたしはいつその世界を知っただろう……。まことに心許ない。かの日、「安房直子さんにお願いしてみましょうよ」と思いついた先輩のおかげだ。おかげもおかげ。わたしはその後ときどき、「安房直子」の世界のとびらの前に急ぐようになる。安房さんのものがたりには、人づきあいのうまくない、社会との折りあいのつけにくい人物が少なからず登場する。そんなひとたちが居場所を得て、生き生きと動きだすさまが、つまずいてばかりいるわたしを幾度救ってくれたことか。いやいや、ほんとうは幾度というような回数めいたはなしではない。つねにその世界があることを意識していたからこそ、つまずいたって平気、そこへ行って——逃げこんで?——休めばいいと思えていたのだから。



 掲出の「童話と家事と」は、安房直子さんのエッセイである。
 これを読んで、勇気を得る読者の顔がありありと想像できる。わたしも、そのなかのひとりだ。
 ものがたりのイメージがあたまのなかに生まれても、ペンを執(と)ったとたん、それが露と消えてしまうもどかしさ。しかし、家のなかで無心に洗濯しているようなときに、ふと思いがけない一節がうかんで、すらすら短編がまとまったりするというはなしが描かれている。
 そうだ、そうだ。
 童話と家事とはつながっている。云い換えるなら、「ものを創りだす」ことと、「日日の労作」はつながっている。さらに云い換えるなら、それとこれとのつながりこそ、胸におさめておきたい、だいじな線。
 わたしたちはときどき、日日のことにあんまり忙しくて、ものを創りだす暇(いとま)もないなんかと、文句を云う。自分がいかに夢から遠い存在であるかと、嘆いてみせる。
 日日のことと、ものを創りだすこととは、たしかにそれとこれというそれぞれのかたちをとってあらわれる。それとこれ。あちらとこちら。けれどそれがつながっている、支えあっていることを信じることができたなら……。




Photo





「安房直子」のものがたりのなかには、
床しいすがたで超自然のものが登場します。
とくに小人。
安房直子さんは幼い日、
家にあった木のラジオのなかに、
「小さいひとたち」が住んでいて、
話したり、歌ったりしているのだと信じていたのがはじまりで、
大人になってからも、小人を思う気持ちをもちつづけていたそうです。
結婚して、料理をするようになってからは、
ヨーグルトのなかにも、パンのなかにも、
ぬかみそのなかにも、小人がいて働いていると思わずには
いられなかったといいます。
……素敵ですねえ。
このたびご紹介したエッセイが巻末におさめられた単行本
『まよいこんだ異界の話』には、
お酒のなかに住む小人のものがたり「ハンカチの上の花畑」が収録され
ています
                    *
写真は、うちの台所にこの週末、置かれた瓶(かめ)です。
もとは、台所とは無縁の場所ではたらいておりました。
この瓶のはなしは、また、来週させていただくとしましょう。







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最終更新日  2011/05/17 10:00:00 AM
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