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2005年11月20日
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カテゴリ: プライベート
ヘーホー空港には予定より1時間半遅れて到着しました。

空港はまるで日本の地方のJRの駅のようなところ。
当然降りるのはタラップ、建物までは徒歩です。
バゲッジも大きなリヤカーに積まれて、のんびりと運ばれています。

空港を出ると、すごいのんびりムード。
このページに掲載されている O氏が迎えに来てくれていました。
乗っていくバスはマイクロバス。
このバス、なぜかスタッドレスを履いています。
しばし休憩後、タウンジーを経由して目的地のシャン州クエルー村(少数民族のポー族が住んでいます)へと出発です。


ミャンマーの国のこと、そして私たちが関係している村のこと、などなど。
その中でものすごく印象に残ったのは
ミャンマーでは小学校は地域が作り、それを政府が公認し、教員を派遣する
ということです。
つまり地域の人たちの力によって、学校が作られているということ。
そして地域の人たちは、家庭に子どもがいる、いないは関係なく、みんなでお金と労力をだしあって、学校建築をしている、ということなのです。
しかも、このポー族の村では、それに対して文句をいうひとは誰一人として、いないそうです。
私たちの国、日本のように「上から降ってくるものを受けとめる」ということではないらしいのです。
いや、知ってはいましたが、また話を聞いて驚きました。
私たちのちいさな団体は、この村民立の校舎建設の一部の費用をもっているにすぎないのですが、それにしても、あまりに違いすぎるこの現状。
「最貧国」に数えられるこの国なのに、「貧しい」と思われるのは表面上の数字なんだな~、と重ねて実感した次第です。

途中では これらのプロジェクト
また、そのうちの一つの高校の寮については、見学もさせていただきました。
このあたりは高地なので、結構涼しく感じました。

さて、目的地に向かう道ですが・・。
これがすごい道路で、舗装はしてあるものの、表面はガタガタ。
私は最後部から2席目に座ったのですが、途中からはまるでロデオの如く、おしりが何度も弾んで、シートに打ち付けられるありさまでした。

また、空港で買ってもらったモンキーバナナやポテトチップス。
これらもすごくおいしくて、予定が未定のこの国では、すごく助かりました。

余談はさておき・・。
16:30ちょっと前、やっと現地に到着しました。

もう周りは薄暗くなり始めています。
支援をしている小学校の建築の進捗状況をすぐに視察し、今日お世話になるホームステイの家族との対面式となりました。
子どもたちはなんだか不安そう・・。

私は「ティン・オン」さんというお宅にお世話になることとなりました。
おばあちゃん・ご主人・奥さん・女の子(9)・男の子(7)の5人家族です。
ティン・オンさんは、私の決して軽くはないスーツケースを肩に担いで(底面のローラーは未舗装路のためつかいものにならず)、さっそく自宅にまねかれました。

高床式の住宅になっており、1Fは牛、2Fは人という棲み分けになっていました。
私のお世話になった家には電気もランプもありませんでした。
明かりはろうそくといろりの炎だけです。

もう時間がおしているので、早速夕食です。
シャン州の人たちは米とスープと豆を主に食べるようです。
ボウルにいっぱいのご飯と野菜と豆が入った塩味のスープ、そして大豆とピーナッツというのがこの日の夕食でした。
私も現地の方々にならい、右手を使ってご飯を口に運ぼうとしますが、なかなかうまく入りません。
ポロポロこぼしながら、それでもなんとか食べることができました。
(この時、世界うるるん滞在記のテーマ曲が頭をよぎりました~)
ほんの少し、お酒(甘かったのでラムっぽいもの?)もいただき、夕食は楽しいうちに終わりました。

食事が終わると、いろりの周りに家族5人が集まり、そこに私も加わり、話の輪ができました。
日本からもっていった「指さしミャンマー語」という本を使おうと思ったのですが・・。
実はこの村、少数民族なのでポー語というのが別にあったのでした!
幸いにもティンオンさんはミャンマー語と英語(YES/NO/OK/NO GOODの4つだけ)がわかるので、日本語→ミャンマー語→ポー語という形でみなさんとお話をしました。
うちの家族の写真を持って行ったので、それを話のタネにしながら、いろいろな話をしました。
最初は子どもたちと、そして子どもたちは8時には寝にいったので、その後はおばあちゃん中心に、そしておばあちゃんも9時前には床に向かわれたので、最後はご夫婦と私の話になりました。
子どもたちはあまり話をしてくれませんでしたが、おばあちゃんが慣れてくるといろいろと質問をしてくれました。

おばあちゃんが寝てしまうと、今度は奥さんから、いろんな質問がありました。
なかでも、「娘さんばかり3人ってどう?」と聞かれましたので、私はゼスチャーで涙をぬぐう所作をしました。
すると、これがバカ受け。(笑)
奥さんはお腹をかかえて、笑い転げてました。

そんな話をしながら、しばらくすると、奥さんが仏間にある主に子どもたちの写真が入れてある額を持ってきて、裏面の金具をはずそうとするのです。
「何するんですか、写真なら表から見えますから」
とご主人につたえると、
「いや、いいんだ、このままで」
とおっしゃいました。
裏面の金具を有る程度はずし、隙間を作りました。
「どうするのかな」
とまたまた私が聞きますと、
「いいんだ」
とだけ、ご主人の返事。
すると、おもむろにたった奥さんが棚からなにやら取り出しました。
それは 私の家族の写真3 枚だったのです。
それを金具の隙間から額に入れ、
「うまくはいったでしょ?」
という感じの笑顔で私にみせてくれたんです。
そして、
額全体をまーるくさした後、
「家族」
と奥さんが言ったのです。
いや、本当にうれしかった、こんなつたない文章では伝わらないかもしれませんが、私は涙を抑えることができませんでした。
なにかを教えられた、そんな気持ちにもなりました。

で、9時30分。
いつも何時に寝るか聞いたところだいたいこのあたりらしいので、3人も寝る準備をしました。
私の部屋は仏間で、仏壇のあるすぐそばに、薄い敷き布団と毛布3枚を用意してくれていました。
私はトレーナーにトレーニングパンツというスタイルで、寒いかなと思ったのですが、不思議にそれほど寒くはなく、30分もしないうちに寝たような気がします。

で、寝る前に思ったんです。
「家族5人が顔をそろえて食事をとりながらいろいろ話し、次はおばあちゃんが息子にいろいろ話し、最後は奥さんが旦那さんにいろいろ話す」
そんなことって実はすごーく大切ではないかと。
また
「家族ってすごいんだなぁ~」
と改めて実感もしました。

家族、そして地域のきずな。
支援している私たちは、逆に多くのことをこの日学んだような気がします。

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最終更新日  2005年11月27日 16時27分03秒
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