OSSANPOWERのバリュー投資
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http://www.sanada.com/clinic/yukikazu.htm前出の東大教授は、同じ昭和6年卒で昭和7年に伝研(現東大医科研)の助手格(正規助手ではない)で45円の月給を得て、「東大医学部卒業生としては破格の待遇として評判になりました」と回顧しておられる。昭和15年東大医学部卒の数人が1年間の公衆衛生院研修を修了し、技手、判任官8級俸55円で任官、そのうちの一人(後に小児衛生部長)が薄給だと申し出たところ、隣の伝研は45円だと慰められたという。第2次大戦前、「医師になるには金がかかる」といわれ、特定の階層に偏さざるをえなかったゆえんである。これを見ると、なりたての医師は昭和7年で45円が破格、昭和15年で55円くらいだったようだ。いっぽう、「月給100円」サラリーマンという本によると昭和2年三菱合資(たぶん三菱商事)では初任給が帝大卒工学部90円、帝大卒法学部80円、中央、法政、明治 65-70円、中学程度 35円住友合資では早慶が60円昭和9年の陸軍伍長、軍曹は月給65-85円だ。医学部にいくのは「人がよい」といわれていたらしい。つまり安月給なのになんでいくの?ということだったのかもね昭和15年の帝大医学部卒伝研の45円は昭和2年の三菱合資(たぶん三菱商事)の中卒35円と同じ程度じゃないんだろうか?
May 24, 2010
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