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日本料理屋「K」のNさん。辞めたはずの彼女が、まだ店にいた話は以前に書いた。ところが、そのときが最後で、それ以来「K」で彼女に会うことはなかった。何だか全然わからないのだが、やっぱり辞めたのだろう。ウエイトレスは全員入れ替わった。オバちゃん二人と少し若い子が一人。オバちゃん達は、以前ここで働いていた人たちだ。初めて「K」に来たときに、この二人とNさんがいたわけだ。オバちゃんの一人は(もしかしたら本当は若いのかもしれない)、去年の秋ごろに大きいお腹で働いていた。子供を産んで復帰したのだろう。もうひとりの若い子は、Nさんが辞める少し前に来た。自分が行くと、必ず「こんばんは。お元気ですか?」と挨拶に来る。日本語が出来るのかどうか、聞いてみなければ。たぶん、挨拶が出来るだけだろうけど。昨晩はそんな「K」に行った。メニューを見ていたら携帯が鳴った。なんと相手はNさん。「どこにいるんですか?」「Kです。」「一人ですか?」「そう。Nさんは?」「友達とスクンビットにいます。」「そうですか。」「そうです。」早く注文しなければ。こんな訳のわからない電話してらんない。「それじゃあ、また。」「はい。」電話終わり。普通、電話するのに何か目的があるはずだ。ただ居場所を聞いただけ?トンニー・ユー・ティナイってか?タイ人て、どーでもいい話、結構するからな。どこにいたって関係なかったりするから。それとも彼女の「日本語で話したい」というのは、こういう意味だったんだろうか。うーん、男女の会話にしちゃあ、色気も何もないなあ。どーなんだろ。
2003年01月31日
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昨日、運転手のB君が「ボーボ、迎えに行きます。」と言った。そういえば、先週エンストしたボルボの修理が終わるのは、確か火曜日の予定だった。もう水曜日か。予定より遅れるのは、タイでは珍しくない。一日遅れで終わったんなら上出来だろう。夜帰るときに、会社の玄関横にボルボが停まっていた。ここにあるということは、ちゃんと直ったんだな。良かった。B君も「ディー・レーオ」と言っていた。さっそくボルボに乗り込んだ。黒革のシート。けっこう迫力のある排気音。動きのぎこちないパワーウインドウ。もう八ヶ月近くも移動を共にして、慣れ親しんだ車。さすがに古いだけあって、ちょっと傷んでる。走行音大きめ。ショック大きめ。タイの荒れた道路には少し厳しいかもしれないが、日本車の頼りなさげな乗り心地よりも好感がもてる。右ハンドル車だからウインカーレバーが左、ワイパーレバーが右。こんな配置はメーカーの怠慢だ。頻度の高い操作スイッチが、普通と逆に付いている。左ハンドルを単純に対称にして右ハンドルにしたんだろう。さすがにペダルの配置は普通だが。細かい不満はあるけれど、この古いボルボは気に入っている。丸っこいスタイルの日本車とは一線を画す角張ったスタイル。ウジャウジャ走ってるカローラやシティ(シビック)とは異質で、ちょっと風格があると思う。ボディサイズもちょうど良い。まだしばらくは元気に走ってくれるだろう。会社が儲かったらベンツの新車でも買ってもらおう。それまでは、このボルボに付き合う。
2003年01月30日
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お昼少し前、ミーティングをしていたら急に来た。この感覚。この痛さ。腹が痛い。パイ・ホング・ナーム。中座した。トイレで出すもん出したら痛みもなくなり、それで終わり。昨日は何食べたか考えた。昨日の昼飯は結構辛いもの食べたな。夜はスーパーで買ってきたタイ風ソーセージサラダが、かなり辛かった。やっぱりそうか。昼夜続けて辛いものを食べると、腹が痛くなる確立が高くなる。在タイで自分の体の、辛さに対する限界を知った。続けて食べなければ、相当辛いものでも平気だ。タイ人なのに辛いものが苦手な社長が驚くようなものを食べてるときもある。辛すぎて食べられなかったことは、一度しかない。限界を知る前、ひどい目にあったことがある。確か去年の七月末、在タイも二ヶ月になろうとする頃だ。ある日曜日の朝、腹痛で目が覚めた。すぐトイレに駆け込み、限界まで出してベッドに戻るが、また五分もしないうちに痛みが襲う。ベッドとトイレの往復。トイレに行っても液体しか出ない。そのうちに寒気がしてきた。発熱だ。エアコンを止めて布団に包まり、寝た。電話で起きた。会社の同僚、R君からだ。彼はスクビ22に住んでるんで、一緒にエンポリに買い物に行く約束をしていた。そういえば昼前に電話すると言っていたな。ごめん、今日はマイサバーイだから行けない。「どうしたんですか?」おなかが痛い(これ日本語)「病院へ行きますか?(これも日本語、R君は日本語が少しわかる)」いいよ、寝てれば直るよ。熱も下がったみたいだし。とりあえず熱も下がり、腹痛も治まったが、頭がフラフラして起きてられない。ずっとベッドで過ごした。夜、おかゆを作って食べた。ビールも飲んだ(馬鹿だ)。翌日は大事をとって会社を休んだ。火曜日は取引先を訪問する予定があったんで、休むわけにいかない。体調もいい感じで、出社した。R君が「顔が白いです」という。よっぽど青白い顔をしてたんだろう。出かけようと思い、車に乗り込んだところに社長が来た。「今日は出かけないほうがいいです。病院に行ってください。」なんか必死の形相だ。やっぱり相当ひどい顔してたようだ。でもアポも取ってるし、いまさらキャンセル出来ない。念のために営業のW君に同行してもらうという条件で許可を得た。幸い、何事も無く帰社した。土曜日に何を食べたか考えた。昼はソムタム。会社のメンバーと食べたので、タイ人向きの辛さ。夜は近くのレストラン「J」でカァオ・パッドに薬味がしこたま付いてるヤツ。「J」のオーナー(若い美人)の顔見ながら、薬味の唐辛子まで全部食べた。これも相当辛かった。それらが原因なのは明白だった。辛いのも限度を超えるとヒドイ目にあう。貴重な経験だ。約二日間の闘病生活(?)で、ビールで大きくしたお腹の脂肪がだいぶ減ってしまった。
2003年01月29日
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土曜日のこと、会社からインターネットに繋げようとしても、何故か繋がらなかった。ダイアルアップ接続だからKSCのアクセスポイントにダイアルするんだが、何度やってもbusy。かかる場合もあるんだけど、認証サーバーが反応しないんでログオンできない。使ってるのは会社のIDだが、もしかしたら料金払うの忘れて止められてるのかもしれない、以前にもあったし。それにしても、こんなにbusyが続くのも珍しい。そこで、自分の持っているSo-netのIDをローミングで使ってみた。GRICのローミング先を選ぶ。KSCはもちろんbusy、LOXINFOもI-NETも繋がりにくい。たまに繋がっても、やはりユーザー認証しない。何度も繰り返して、やっと認証した。さっそく必要なHPを観に行くも、途中で接続が切れてしまう。これじゃあ楽天の日記も書けないじゃないの。それでも日曜日には、だいぶマシになった。So-netのローミングは何度かトライすれば繋がるし、途中で切れることもなくなった。まだ少し変だけど、とりあえず使える。会社のIDも試したが、KSCは依然として認証しない。IDが無効で弾かれるんじゃなく、認証サーバーが応答しないようだ。NHKのニュースを観てて唖然とした。どこかの大馬鹿野郎が作ったウイルスだかワームだか知らんが、ネット上で大暴れを始めてトラフィックが急激に増えたらしい。被害が大きいのは日本や韓国、なんとタイも含まれているのか。そうか、これのせいだったのか。たぶんISPのサーバーも攻撃されて、反応できなくなっていたんだろう。そういえば例のCode Redが盛んに活動してたころは、「ZONE ALARM」が頻繁にアタックを検出して、ウザったくて使い物にならなかったのを思い出した。あれは確か、MSのIISサーバーのセキュリティーホールを悪用してたはずだが、日経BizTechによると、今回もMSのSQL Serverのセキュリティーホールが攻撃されてるらしい。わけのわからないモノを作って、人類の共有財産ともいうべきインターネットに被害を与えるとは、テロにも等しい行為だと思うが、セキュリティーホールがポロポロ見つかって、そのたびに大騒ぎになるMS社の製品てのは、いったいどういう品質管理をしてるんだろう。騒がれるとアッという間にパッチが出るのは何故?技術力があるのか、最初から知っていたか、どちらかじゃないのか。大馬鹿野郎とMSのせいで、今日もまだ繋がりにくい。まったく困ったもんだ。
2003年01月28日
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何気に、主寝室のバスルームの照明を点けたら、なんとそこにはゴキちゃんがいた。別に来てくれと頼んだわけではない。タイのゴキブリなんて、考えただけでヤバそうだ。病原菌のカタマリみたいなもんだろう。なんとかせねば。姿かたちは日本産より大きい、というよりデップリした感じ。色は茶色に近く、日本産のように黒光りするわけではない。でもやっぱりテロテロして気味悪い。このゴキブリ、意外に動きが遅い。たぶん虫も殺さぬタイ人に慣れてるのか、すっかり油断してるんだろう。たまたまそこにあったトイレットペーパーの芯で一撃。簡単に命中した。日本人を甘く見るな。そのままトイレットペーパーで包んでトイレにジャー。そういえば、テレビを観ていて、壁を小さいヤモリがはっているのを見つけたこともある。タイでヤモリは珍しくないが、室内、それも七階の部屋にいるとはオドロキ。壁を上って来たのだろうか。ゴキブリと違って、いても邪魔にはならないが、寝てる顔の上でも這われたらタマランので、退去願うべく捕獲を試みた。残念ながらリビングボードの裏側に入ってしまい、失敗。さすがにすばしっこい。それからずっと彼のことは忘れていた。ある日、その彼をバスルームで発見した。リビングからそこまで結構な距離があるが、ものともしないんだろう。幸か不幸か、彼はバスタブのなかにいた。気づかないフリをして、シャワーの水を浴びせた。シャワーの激流に流され、彼は排水溝の奥へと消えていった。それからは彼の姿を見ていない。合掌。
2003年01月27日
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NHKが消滅してから、ほとんどテレビを観なくなった。タイのテレビは、ニュースは何言ってるかわかんないし、ドラマはどれもワンパターンで面白くも何ともない。ヒマな時間はパソコンをするかCDを聞いている。日本から大量にCDを持ってきた。こちらに来たとき、CDコンポでも買おうかと思ってた。でもスーパーの家電売り場を覗いてみると、8,000バーツぐらいする。日本じゃ家電ディスカウント店に行けば一万円ぐらいで買えるのに。だったら先にマイクロウエーブを買いたいね。3,500バーツぐらいからあるから。日本の自宅には自作のデスクトップ機が置いてある。一年半ぐらい前にモニターが壊れたのでコンパックの17”フラットCRTモニターを買ったら、JBLブランドのスピーカーが付いてきた。モニターは二万円だった。腐っても鯛というが、さすがにJBL、安物のモニター付属品にしては、まともな音がでる。パソコン用としては上等だ。富士通デスクトップ機付属品や、一万円以下で買えるソニーのアクティブスピーカーより、はるかに良い。デスクトップ機やモニターをタイに運ぶわけにもいかないけど、スピーカーを持ってきた。電源はモニターから供給されるようになっていたから、ACアダプターも用意した。アイワのポータブルCDプレイヤーを繋いでいる。音は「まあ、いいじゃない」という感じで、別にこだわらなければ充分だ。話がずいぶんそれてしまった。今日、何気にテレビのスイッチを入れ、チャンネルを27に合わせてみた。なんと日本語の放送、NHKが観れるではないか!おお、すばらしい。これで午後八時からの「ニュース10」が観れる。なんで復活したかとか疑問はあるけど、まあとにかく良かった。
2003年01月26日
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自分の住んでいるアパートはドンムアン空港にほど近い場所にある。窓から外を眺めていると、昼といわず夜といわず、空港から離陸して世界各地へ飛ぶ飛行機が通過してゆく。まっすぐ南に向かうコースや西に向かうコースがあるようだ。そんなに飛行機がブンブン飛ぶんじゃうるさいのかというと、そうでもない。飛行機の姿は見えても、あまり音はしない。不思議なもんだ。たぶん、飛行コースの、音のする方角からうまいこと外れてるんだろう。モロに後ろならうるさいかもしれないが、ちょうど良く角度がずれてるんだと思う。それでもたまに、コースが微妙に違うのか風向きのせいか、飛行機の轟音が響くときがある。そんな場合の爆音はド迫力。もはや、うるさいとかという感覚ではない。機影がなくとも、頭上を左から右、または前から後ろへ飛行機が通過していくのがわかる。ちょっと感動してしまう。サラウンド・シアターみたい(話が逆だな)。毎回だったら困るが、いまのところ二~三日に一回ぐらいだから、気にならない。ドンムアン空港は市街地に近い、というより市街地にあるのに、二十四時間空港だ。便数は少ないが、深夜早朝でも離陸する飛行機がある。さすがに爆音が響くと目を覚ましてしまう。しかし、それも一瞬だ。ほんの十秒後には爆音は聞こえない。それだけなら目を覚ましてもすぐ眠りにつくことが出来る。飛行機の爆音で目を覚ますのは人間だけではない。犬。バンコクには、野良犬だけで十二万頭いるといわれている。ちょっとそのへんのソイを歩くと、ゴロゴロと寝そべっている犬が必ずいるはずだ。もちろん飼い犬もいる。アパートの周りは特に大きな屋敷が多いので、飼われている犬も多い。そして、それらの犬達も、爆音で目を覚ますのだ。ただ目を覚まして文句の一つも言うぐらい(言わないって)なら別に構わないのだが、犬達は爆音に驚いて吠える。遠吠えだ。一匹が吠えると連鎖反応的に他の犬も吠える。次から次へと遠吠えは伝わっていく。七階の窓から、周囲何キロもの範囲の遠吠えが聞こえる。爆音は一瞬だが遠吠えは十分以上も続く。飛行機よりうるさい犬。そんなことで、夜中に犬から起こされる。飛行機の爆音などいまさら珍しくもないんだから、いちいち驚かないでくれ。吠えてもいいけど十秒以内にしてくれ。本当に頼むよ。朝の四時ごろ起こされると、もう寝られなくなるんだから。年寄りをイジメないでくれ。犬のいない国に行きたいぞ!
2003年01月25日
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昨日も七時半ごろまで会社にいた。いつもと同じように、B君の運転するボルボでアパートに向かった。高速をパーチャチュン料金所のインターで下りて、パーチャチュン通りを1kmほど北に走る。最初の信号がT字路で、そこを右折すればアパートのあるパーチャニウエット・ヌン通りだ。青信号で右折しようとするが、信号は直前で赤に変わった。最前列で信号待ちする。いつものことだが、この通りは交通量が多い。B君は「道路小さい」というが、通行する車が多すぎるのだろう。両側に街路樹が生い茂り、右手にはプラパー運河。運河沿いに遊歩道がある。わりと気にいってる通り。信号が青に変わった。B君、発車させようとするが、エンストしてしまった。何やってんだよ。苦笑しながらエンジンを始動させようとするも、セルモーターは空しく唸るだけ。あれ?実はボルボはアイドリングが安定せず、クラッチを切った瞬間にエンストする場合がある。たぶんエアコンのアイドルアップが故障してるんだろう。だからエンストは珍しくないんだが。それでも普段は簡単に再始動するはずが、今回は違った。何度セルモーターを回しても、一向に始動する気配がない。こりゃヤバイと思ったB君は、ハザードランプを点けて車を降り、ボンネットフードを開けた。もちろんエンジンルームを見たからって何かわかるわけじゃなく、故障してることを回りに知らせるためだ。クラクションとパッシングライトが飛び交うなか、B君は携帯でどこかに連絡しようとするが、どうも携帯が使えないらしい。どうした。「お金、ありません。」金?金なら二千バーツぐらいは持ってるぞ。足りるか?「電話、お金、ありません。」そういえばB君の携帯はプリペイド(1-2-CALL)だった。そうかクレジットが無くなったと言いたいんだな。しっかしそれにしても、いつもその携帯は肝心なときに使えないじゃないか。このあいだも「お金、ありません」だったぞ!しっかりしてくれよ。B君に自分の携帯を貸した。ファクトリーマネージャのJ氏に電話してるようだ。だけどなあ、この、交差点の真中で停まっているという状況で、工場にいるJ氏に連絡したところで、簡単に解決するとは思えないんだが。するとB君もそれに気づいたらしく、車を降り、歩道にある交番に向かった。警官に事情を話して手助けしてもらうんだろう。そうだな。この場合、最も現実的な解決策だ。B君は警官と戻ってきた。警官は自分に何か言ってる。なんか顔が引きつってる。緊張してるのか?早口のタイ語で何かいうけど、わかるはずがない。やたらカップカップいってるから、非常に丁寧な言い方をしようとしてるんだろう。リアシートにふんぞり返ってるのが日本人のオヤジだったからに違いない。そりゃ誰だって急に外人と話しすることになれば、緊張するだろう。それでもさすがに警官だ。左後ろ方向のソイにバックで車を入れようとB君に指示した。もちろん人力で押すのだ。B君と警官が押すにしても、左後ろだからハンドルを切らねばならない。B君、運転席のウインドガラスを下ろして車外からハンドルを回そうとするも、いくらFRといえどパワステが効いていない状態で、簡単に回るわけがない。よしそれじゃあ、自分がやってやろう。靴をぬいでシートの隙間を通り運転席についた。ペダル操作は必要ない。ハンドルだけ。クソ重いハンドルを左に回した。B君と警官が押している。しかし回りきれない。うまくソイに入れない。切りかえし。今度は前に押す。当然右にハンドルを切ろうとすると、B君が左だという。左じゃあ切りかえしになんないだろう。警官もB君が妙なこと言ってるのに気づき、怒鳴っている。B君も理解したようだ。彼は駐車が下手だ。斜めに停まった車を直そうとして、ますます斜めにしてしまう。なんとなく理由がわかった。彼は切りかえしのときにハンドルを逆に切っていたのだ。妙に冷静にそんなことを考えていた。切りかえしにより道路に対して直角に向きを変えたボルボは、二人に押された勢いで、楽にバックしていく。ハンドルを操作し、路肩ギリギリに止める。やれやれ。ついでだから、試しにエンジン始動を試してみる。ホットスタート。アクセルペダルを踏み込んでセルモーターを回す。瞬間、エンジンの轟音。あっけなく始動した。近くの屋台で飯食ってた連中が野次馬になって、ずっと成り行きを見てたんだけど、それ見て「オゥー」と声をあげている。こちらに親指つきだしてる人や拍手してる人もいる。コン・イープンがどうのこうのと話してる人もいる。日本人がハンドルを操作して、最短でピッタリの位置に止め、エンジンも始動したからか。それとも運転手のタイ人よりも後席にふんぞり返ってる日本人オヤジのほうが運転うまいのが意外だったのか。なんにしても、ちょっとだけいい気分。どれB君、アパートに帰ろう。交番の前を通るとき、さっきの警官がにこにこして手を振ってたから、こちらも手を振った。B君に、「ポリスがバイバイだってよ」って言って、二人で爆笑した。だが笑ってる場合じゃないぞ!運転手なんだからしっかりしてくれよ。頼むよ。ボルボは今朝もエンジンが始動しなかったので、修理に出すことになった。しばらくお別れだ。
2003年01月24日
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会社で日めくりカレンダーを見つけた。J氏のコレクション。本当に何でも集めるのが好きなオッチャンだ。ナワナコンにある取引先の日系企業K社からもらったものだ。あと一週間で一月も終わりだというのに、新品未使用のままだ。日めくりなど、めくらなければ何の役に立たないと思うのだが。 基本的には日本の日めくりと変わらないようだ。タイでも一月一日は祝日なので、「1」が赤い。バックの絵はタンブンのようだ。女性が坊さんになにか渡してる。だが女性が直接渡すのは禁じられてるハズ?理不尽な絵だ。暦の部分は中国語だ。星期三は水曜日のことだ。そして旧暦の日付。その下には干支が書いてある。ずっとめくってみたが、日本の十二支と同じだ。亥がブタになってたりするのが笑える。あとは吉凶とか、いろいろあるがよく判らない。大半が中国語であるということは、中国文化の影響を強く受けているということだ。中華系タイ人も多い。彼らはタイ国籍をもちタイ語を話してはいても、自分達の文化を伝承しているのだろう。そして十二支や吉凶など、日本の暦との共通点も多い。どちらもルーツは中国だったのだ。たとえ五千キロも離れていても、アジアの文化はどこかで繋がっている。
2003年01月23日
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今日もまたサムット・パカーンのH社でミーティングだった。もうイヤになるほど仕事がある。昨日も日本から来た人たちとのミーティングだった。見積りを頼まれている仕事の合計は、会社で出来る仕事量の三倍ぐらいになる。見積りだけならいいけど、今日のミーティング中にも日本から電話がきて、すぐ内示だすから早く進めてくれとか言われている。なんかとんでもない仕事量の話をしている。忙しい理由は二つ。日本のある自動車メーカーが、タイで増産するプロジェクトを開始した。自動車産業というのは非常に裾野が広い業種で、部品メーカーやその下請け孫請けなど、大企業から零細企業まで多くの企業が影響をうける。タイに工場のある会社は増産を計画し、工場の無い会社は工場の建設を計画する。そして生産設備はタイで調達される。もうひとつの理由は、日本国内工場の、設備調達先変更だ。いままで日本の会社に製作させていた工場設備を、タイの会社に発注するようになったからだ。日本と同等の技術レベルと品質の製品を、日本よりずっと安く買えることに気づいたようだ。うちの会社なんか、社長は日本語堪能だし日本人の技術者(自分のこと)が統括してるし、日本の工場と同等以上の工作機械を保有してるし、日本的な工場管理や従業員教育がされている。タイにあるという以外は日本の設備会社とかわらない。それでいて生産コストがずっと低い。これまで日本国内で調達されていた設備が、タイに注文されるのだから、ただでさえ少ない日本の設備会社の仕事がますます少なくなるわけだ。いわゆる産業の空洞化。仕事の取り合いが値下げ合戦となり、デフレを加速してゆく。自分はそれに加担している。だが日本の経済問題など知ったことではない。競争力をもたない日本企業の体質が原因なのだから。仕事が欲しければ跳べ。跳べなければ、死ぬしかない。
2003年01月22日
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はまちゃんラーメンに昼飯を食いにいったら、テーブルの上にある新聞が目にとまった。同行したC君とJ氏がそれをみて何やら話してる。↓この写真を見ろという。タイの有名な俳優らしい。自分の車の横で、なにか覗き込んでる?よくわからんが不自然さがある。でもそれが何で新聞にでる?彼らが説明するには事故だという。ATミッション車が暴走した事故だと。じゃあこの人、車の横で覗き込んでるんじゃなくて、塀との間にはさまれてるのか。周りを野次馬らしい人たちが遠巻きにして眺めてる。だれも助けようとしない。よく見ると顔色が変だし、囲みの写真とは似ても似つかない顔をしてる。すなわち、この人はすでに死んでいる…たとえ事故の写真であっても、犠牲者の死に顔まで見せるか普通。写真はそこで起きたことをそのまま写してるんだろうけど、死体の写真を新聞の、それも第一面に載せるとは。いくら有名な俳優であっても、そんなことが許されるのか。よく見ると事故を起こした車のナンバーもわかるし、もちろん車種やメーカーも特定できる。海外でも問題を起こしてたんだな、このメーカーは。全くなーんにも配慮はされてない。テレビのニュースとか観てても、殺人事件の犠牲者なんか平気で写すから、新聞だって同じなんだろう。日本じゃ倫理規定とやらにひっかかるから考えられない。タイにはそういうのはないんだろうか。死んだ瞬間に「人」から「物」に変わるということか。タイで事故死したら自分の死体も新聞にでるのだろうか。それはちょっとイヤだ。「死んじゃったもんは仕方ないよ」この写真はそんなふうに主張してるように思う。犠牲者のご冥福をお祈りします。
2003年01月21日
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昨夜は夕食を食べに日本料理屋「K」に行った。なんとそこに辞めたはずのNさんがいるではないか!あれえ、マネージャが辞めたって言ったのは何だったんだ?お互いにつたない英語での会話だったから、どちらかが言い違えたか聞き違えたかしたんだろう。そんなことはどうでもよい。真相はNさんに聞けばよい。何にしても、まだ辞めていなかったようだ。良かった。Nさんは注文をとったり料理を運んだりする合間に、いろいろ話しかけてくる。「今日はお休みでしょ?どこへ行きましたか?」「このへんを一時間ぐらい歩いた。」パチャニウエット・ヌン通りの周りの住宅地を、あてもなく一時間以上も散歩したのだ。「何だかわかりません。」目的もなく歩くという行為が、タイ人に理解されないのは仕方がない。タイ人は目的があっても歩かないから。「私は日本語で話したいんです。」たまに話さないと忘れてしまうだろうな。自分でよければ話相手ぐらいするよ。ところで、仕事を変えるのはいつですか?「まだわからない」あれえ?話が違う。でも予定がガラッと変わるのはタイでは珍しくない。辞める予定がないのは結構なことだ。「このお店の給料だけでは、お金が足りないんです。」彼女は店ではブラック・スーツを着ていて、マネージャの次ぐらいの立場らしい。他の子は妙なキモノを着てる。それでも給料が安いんだろう。でもなぜ自分にそんな話をするんだろう。「明日、私は休みです。」たしか毎週月曜は休みと言っていたな。知っているよ。「私の電話番号、わかりますね?」以前に聞いたから、たぶん自分の携帯のメモリーに入ってるはず。もちろん彼女に電話したことなどない。だが待てよ。明日は休みだと伝えて、番号わかるか確認してる。ってことは、明日は休みだから電話しろってことなのかな?日本語で話したい?お金が足りない?相手がカラオケ屋のネエチャンか何かなら、その言わんとすることは非常に明快だね。間違えようもない。お互いの欲するものを交換するだけだ。でも彼女の場合は違うんじゃないかなあ。普通の女性だと思う。日本語が出来ることを除いてはね。ただ電話で話したいだけなのかな?それとも食事でもご馳走してくれとか?その程度なら何も問題はないけど。まさかその先はないだろうな。それは勘弁してもらおう。とにかく、夕方になったら電話してみよう。以前にも書いたけど、タイ人女性を完全に理解するのは困難なのだ。日本人女性だって結構難しいのにね。ここから追加。ということで、タイ時間17:45ごろNさんに電話してみた。今日はお休みですね。「私、いまスクンビットです。」そうですか。「サワディー・カー」はい、サワディー・カップ。で会話終わり。本当にいったい何だったんだ?やっぱり訳がわからん。
2003年01月20日
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そろそろ出るんじゃないかと思っていたんだけれど、やっぱり出てきた。禁断症状。ほとんど唯一の趣味なんだから、何週間も我慢するのは難しい。日本にいたころは、人から趣味を問われれば「車の運転と洗車」と答えていた。洗車が趣味というのも珍しいと言われたものだ。洗車を面倒だという人もいるが、そんなことはないと思う。確かに手間はかかる。自分で決めた手順で洗車とワックスがけすると、5時間ぐらいかかる。だが、ピカピカに磨き上げた車を運転するのは滅茶苦茶楽しい。それも雨上がりなどで他の車が汚れているときなど、ちょっとした優越感に浸れる。もちろん自己満足なんだけど。でもまあ、洗車の禁断症状は少ない。問題は運転のほうだ。アパートの駐車場には会社から借りているボルボがある。キーは自分が持ってる。国際免許もある。運転は一応会社から禁じられてるけど、アパートの周りを走るぐらいなら問題ないだろう。でも、やりたいのはそんなことじゃない。車は日本の自宅に残したHR34でなければならない。道路は混雑したバンコク市内ではなく、タイトな山道がいい。例えば蔵王エコーライン、西吾妻スカイバレー。連続するヘアピン。遅らせたブレーキングで流れるテールを、カウンターで押さえる。205/55-16サイズのポテンザがきしむ。シフトダウン。遠心力に耐えてアクセルを踏み続ける。ステアリングが忙しい。腕が上がらなくなる。歯を食いしばる……前車のS13ほどでないにしろ、そんな運転がHR34には似合う。オヤジのくせに、そんな運転がしたい。バンコクでは絶対に出来ない。来月、HR34は最初の車検を受ける。もしかしたら最後の車検かもしれない。
2003年01月19日
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そういえば以前から社長が言ってたような気がする。「土曜日はタンブンです。」タンブンてのは確か喜捨だったような。なんのことやら判らなかったんで聞いたら、まあ簡単に日本式に言えば、優秀社員の表彰式と工場の祈願祭を行うらしい。祈願祭がタンブンになるわけだ。会社の繁栄と安全を願う。会社に着いたら、大音響で音楽を流し、みんなでバーベキューしてる。(写真左上)焼鳥やエビ、タイ・ソーセージなどをみんなと食べた。お祭り騒ぎだ。 九時になったらファクトリマネージャのJ氏が迎えに来た。表彰式をやるらしい。なんとなくボーっと立ってたら前のほうに来いと呼ばれた。表彰されるわけじゃないなと思っていたが、表彰する側らしい。社長やW氏と並んで壇上に立たされた。J氏が名前を呼んで社長が記念品を渡す。なぜその社員が表彰されるのか知らないけど、拍手。工場の連中や本社事務所の女の子達とウダウダやってたら坊さんが来た。なんと十人もいる。(写真右上)準備ができて幹部社員が集められる。タンブンが始まった。坊さんがお経を唱える。十人のお経が妙にハモって荘厳な音楽のように聞こえる。なにやら会社中に紐が張り巡らされていて、坊さんがそれを手繰っている。かなり長いお経。社長に聞いたらお経というより、釈迦の教えを語っているそうだが、タイ人でもよくわからないらしい。その間ずっと正座していた。タイ人は横に足を投げ出すようにして座っている。お経が長い。足が痛い。長いお経を全部覚えてるんだから、タイの坊さんはたいしたものだと思う。修行がハンパじゃないんだろう。その後、料理が運ばれて来た。坊さん達の前に並べられる。それをみんなで坊さんに勧める。これがタンブン(喜捨)だろう。坊さん達、料理を食べ始める。食べてもらってこそタンブンの意味があるのだ。(写真左下)坊さんの食事が終わると式は再開される。坊さん一人一人の前に黄色い容器に入れられた「贈り物」と花が並べられ、幹部社員がそれぞれついて、それを差上げる(喜捨だから捨てているのか)。またお経。長い。終わると、最上位らしい坊さんが、会社の玄関扉に何やら書き始めた。白い固形物を油で溶かしたもの。金箔も貼る。位置や形に意味があるのだろう。(写真右下)それが終わると、聖水を振りまく。なんか量がハンパじゃない。最前にいたんで頭がズタズタに濡れてしまった。ちょっと多すぎるぞ。文句いうわけにもいかないけど。そしてお坊様ご一行のお帰りとなった。作法も何もわからない儀式というのは疲れるもんだ。
2003年01月18日
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朝飯食いながらテレビでも観ようと思った。スイッチを入れた瞬間、タイ語が聞こえてきた。昨夜は寝る前までNHKの海外放送(ワールドプレミアムというヤツ)を観てたんで、あれ、NHKでタイの話題でもやってるのかなと思った。ちょっと遅れて画面が見えてきた。幼児番組のようだ。NHKの幼児番組といえば「おかあさんといっしょ」か?そんな雰囲気の番組だ。しかし普通この時間は「生活ホットモーニング」という、非常にためになるが退屈な番組を放送してる。それに、子供達も体操のお兄さんも日本人じゃない。タイ語を話してる。間違いなくタイ人だ。NHKがタイの民間放送番組、それも「おかあさんといっしょ」のパクリみたいな番組を放送するはずないし、これは間違いなくタイの放送だろう。なにせここはタイなんだから、そう考えるのが自然だ。とすれば、寝る前に間違えてリモコンのボタンを押したんだろう。別のチャンネルに切り替わったに違いない。リモコンを操作。27チャンネル…番組は同じだ。つまりさっきから27チャンネルを観てることになる。つまりこのテレビ、昨夜までは27チャンネルでNHKが観れたが、今日からはタイの放送に替わったわけだ。そこまで理解するのに一分間を要した。信じたくない事実に対する理解には、時間が必要なのだ。じゃあNHKはどこにいってしまったんだろう。朝飯を食いながら、リモコンを操作した。チャンネルは1から100まである。それらを全部、チェックした。しかしNHKはどこにも無かった。もしや日本のNHKが倒産したのか?有り得ない話じゃないが。ミーティングの合間に社長に聞いた。アパートのテレビでNHKが観れなくなりました。「それはねえ、アパートがお金を払わないからですよ。」タイでは衛星放送のUBCが配信してるのだ。有料放送。「ボクの家でもUBCを契約したんです。普通の契約ならねえ、月に1300バーツなんです。でもNHKはねえ、観る契約するのに2,600バーツです。」高っけー!工場のワーカーさん達が月給5,000バーツくらいの国で、2,600バーツとは!「高いんです。」無茶苦茶だ。タイでは受信料払わないと電波を止められることが判った。他に日本語放送がないんで、止められるのも困る。貴重な情報源だ。でも日本ではNHKほとんど観ないな。観ないのに受信料払うのも妙だ。他の放送局はいくら観てもタダだもの。そのうえ、わざわざ頼みもしないのに集金人がやってくる。払わないから電波止めてくれ。日本に帰ったら、そう言ってみよう。タイでは出来るんだから日本でもやってくれ。そんなことはどうでもいいが、しかし困った。アパート替わろうかなあ。
2003年01月17日
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今日もサムット・パカーンのH社へ行きミーティングしてきた。終わったのが8時。予定では5時で終わるはずだったんだが、担当者が新しいワークのサイズを確認していなかったせいで、現有設備を流用できるかのチェックで非常に時間がかかった。ミーティングは相手の話を聞き漏らしてはいけないし、自分の言葉もえらばなければならない。アイデアを出して問題を潰していかないと先に進まない。久しぶりに頭を使った。さすがに疲れた。かといって、クタクタでアパートに帰っても、誰か待っているわけでもない。面倒だから日本料理屋「K」に夕食を食べに行くことにする。明日も引き続きミーティングだ。
2003年01月16日
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今日から三日間、サムット・プラカーンにあるH社(日系)でのミーティングに出席する。今年のメインとなる仕事、ちょっと気合が入ってる。まだ仕様も決まっていないのに、受注だけ確定してるという不思議な話だが。今回が初めての仕様説明となる。見積もりもしなければならない。では、これから行ってきます。と、言うわけで、ミーティングから帰ってきた。直行・直帰。相手は日本人なんで、言葉は何も問題ない。うちの社長も日本語得意だし。相手側は社内のミーティングが充分じゃなくて、社内ミーティング兼用ということで、タイ人メンバーも出席した。しかし彼らは当然ながら日本語が判らない。結局のところ、うちの社長が通訳する羽目になってしまった。ただ話を聞いてればいい場面でも、タイ語でタイ人メンバーに説明したりして。そういえばしゃべりすぎて喉が痛いと言っいたのに気の毒。なんか通訳しに行ったみたいだ。昼食は会食だったんで、また写真が撮れなかった。たぶん明日もダメだろう。かなり美味しいもの食べたんだけど更新できず。ミーティングは明日も続く。
2003年01月15日
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今朝は運転手のB君が、運転免許がどうとか言って、実家のあるナコン・サワンに行ってしまったので、もうひとりの運転手のRさんにアパートまで迎えに来てもらった。昨夜B君に「プンニィ、Rさんマーラップ、ロット・アライ?」と聞いたら、「TOYOTA」と答えた。確か社用車にカローラがあったから、あれかな?と思っていたら、トヨタはトヨタでもピックアップトラックだった。フロントグリルに「TOYOTA」のロゴ。なるほど。これもTOYOTAだ。このTOYOTAは主に部品の配達や従業員の送迎に使われている。ソンテウと同じようなものだ。いったいいつからあるのか知らないが、とにかくすさまじくボロい。まずシートベルトがなかなか締められない。ベルトがボロボロに傷んでいて、バックルが引っかかる。まともに動かない。半分ぐらい切れてる部分もある。それでもなんとか締めたが、事故の場合は真っ先に切れそう。気休めのようなシートベルト。シートを少し倒そうとしてリクライニングのレバーを手探りで探したが、無い。どうも樹脂の部分がなくなっていて、根元の金属部分だけが残っている。それを使えばなんとか倒せる。いったいどうすれば、レバーをこんなふうに壊せるのだろう。日本だったら、解体屋に積んである車でも、こんなレバー壊れてないぞ!インパネを見ると、なんとスピードメーターがない。たぶん新車のときは付いていたんだろう。痕跡というか、インパネにポッカリと穴があいてる。壊れたからだろうか、取り外したのだろう。トラックのくせにタコメーターはついているから、だいたいの速度は見当がつくだろうけど、それにしてもスピードメーターがない車を運転するのは、相当コワイと思う。普通は頻繁に見るものがそこに無いんだから。外観は言うに及ばずボロボロ。そのへんの田舎道を走ってるトラックそのものだ。どこをどうすればこんなに傷むのか。タイ人は本当に維持管理が下手だと思う。そんな車なのに、なぜかケンウッドの立派なカーステレオが付いてたりする。車と比較してずっと新しい感じだ。そんなもん付けるくらいなら、さっさとスピードメーターとシートベルトでも修理すればいいものを。優先順位が違うだろう!会社に到着した。車から降りると、近くにいた従業員達が「オゥー」とドヨメキの声をあげた。日本人がボロボロのピックアップから降りてきたのが意外だったんだろう。面白そうにニヤニヤしてる。こちらもなんとなく照れ笑い。
2003年01月14日
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アパートの近くに、タイ人によるタイ人のための日本料理屋「K」がある。そこそこの料理を出すし、なによりもあまり混んでいないので、週に二回ぐらいは利用している。在タイ当初から行ってるから、もう七ヶ月以上になる。すっかり常連になってしまったから10パーセントのディスカウント・カードも貰った。この店のウエイトレスにNさんがいる。タイ人女性。年齢(推定)30歳。「K」に行く理由の半分ぐらいは、このNさんがいるからだったりする。別に好きになったとか、そういうことではない。Nさんは日本語が上手なのだ。飲み屋のネエチャンのような、いい加減な日本語ではなく、レストランでの接客にふさわしいような日本語を話す。たぶん、アパートから半径1km以内で、まともな日本語を話すタイ人は彼女だけだろう。彼女とは日本人を相手に話すのと同じように話すことができる。普段は仕事以外であまり日本語で話す機会がないから、ちょっとした会話が楽しみだったりするわけだ。正月休みが終わってタイに戻ってきたとき、Nさんは来月店を辞めると言っていた。何か事情があるのだろうから、辞めるのは仕方ないが、日本語が堪能な女性が、日本人が来ない日本料理屋にいるのももったいないと思ってた。連絡先ぐらい聞いておけば、何かの場合に役に立つかもしれない。ところが「K」にはNさんがいなかった。ウエイトレスの女の子も全部入れ替わっていた。自分の「K」でつく席は大体決まってるし、注文とりにくる前にビアシンが出される。自分でビアシンを注文したのは何ヶ月ぶりか。初めての女の子ばかりだし、Nさんがいないなら仕方ない。でも、Nさんの休みは月曜なのに、なぜいないのか。いやな予感。マネージャに聞いてみたら、なんと先週で辞めたと言う。来月ではなかったのか?自分が聞き違えたかNさんが勘違いしたか定かではないが、日本語堪能なNさんは、消えてしまった。在タイで最大のショックだ。これからは何を楽しみに「K」に行けばいいのか。しばらくは鬱状態になりそうだ。
2003年01月13日
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最初から判っていたことだが、インターネットへの接続環境が、日本とタイではあまりにも違っている。日本ではブロードバンドが全盛で、8Mや12MのADSLが普通だ。もちろん日本の自宅でも使ってるし、年末の帰国の時には無線ルータを使えるようにした。現在のコンテンツ程度ならADSLで充分だし、将来インフラが進めば光ファイバも普及するだろう。100Mクラスの接続が当然となる時代は近いだろうと思う。それにひきかえ、タイはどうだろうか。ADSLは存在するらしいが、256k程度で提供地域も限られているようだ。それに高い。とても個人で利用できる代物ではない。ISDNもあるとは聞いたことがあるが使っているのは知らない。結局、ダイアルアップで接続するしかない。ISPはKSCやLAXINFOなど十社程度ある。日本の場合と同じようにISPと契約し、モデムを介して電話回線で接続する。時間売りのCD-ROMもあるそうだ。モデムは日本仕様でトラブったことはない。日本から持ってきたのは、そのまま使えた。自分の場合、会社のパソコンをネットに繋ぐときは会社が契約したIDを使い、個人の分はso-netの国際ローミングを利用している。so-netはローミング料がかからず、国内利用と同じ料金体系だから選んだ。問題は電話回線。ホテルでもアパートでも会社でも、PBXを通していても、外線に直接かけられる(初めに⑨とか)回線ならば、それを使って接続できる。しかしPBXを通すと、56kモデムを使っても20k程度でしか繋がらない場合もある。回線品質の問題だ。タイに戻ると、8Mから20kへ、あまりにも急激な変化に戸惑う。もう遅くて遅くて…街でふと電柱をみあげると、何十本もの電話線がだらしなく束ねられてくくりつけてあるのを見かける。まさか一本で一回線というわけじゃないだろうが、日本ではみかけない光景だ。タイの電話はやっと普及したばかりで、インフラが間に合わないのだろう。それに、個人でパソコンを持つ人も、そう多くない。インターネットが定着しブロードバンドが普及するには、あと何十年必要だろうか。
2003年01月12日
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パトゥムの町に昼飯を食べに行った帰り、妙な一団に遭遇した。パトゥムのメインストリートをラト・ルム・ケェウの方に歩いていく集団。なんだこりゃあ? 赤い服着た人や青い服着た人がゾロゾロと歩いていく。最初はデモかと思ったが、先頭にバトンガールと鼓笛隊がいるし、モトサイの後ろに横座りしたネエチャン(写真右上)とか、いったい何のためなのか意味がわからないが、どうも何かのパレードらしい。パレードだからといって、鼓笛隊の音楽に合わせて行進するでもなく、写真でわかるように、タイ人らしく、ただダラダラと歩くだけだ。人によっては何かプラカードのようなものを持っているが、小さすぎてよくわからない。妙な仮装をした人もいたりして、ますます判らない。パレードにしては華やかさも何も無いのが妙だ。この集団が通る間、当然のように道路は車両通行止めになっている。写真は信号待ちで写したのだが、この信号が10分間も赤だったりするわけで、交通は大混乱だ。パレードがこのまま進めばウチの工場の方角だが、ずっと通行止めになったら帰れなくなってしまう。まあ、5kmぐらいあるから、そこまで歩くとは思えないが。パレードは、すぐ先のパトゥムターニ病院の敷地に入っていった。どうやらそこで終わりらしい。やれやれ。冬とはいえ、カンカン照りの真昼に2kmぐらい歩いたようだ。タイ人としては限界なんだろうな。
2003年01月11日
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とにかく、あまりタイやカンボジアの知識もなく、頼るべき旅行代理店のJ○Bさえもあてにならず、それでもアンコールワットの素晴らしさを聞きつけて訪れようとする気持ちに対して、なぜか感動してしまった。自分達は年寄りの百姓だから何もわからないと言いながらも、その行動力は素晴らしいと思った。若者に負けてないよ。「あんたには世話になったな。」ということで、名刺を頂いた。 肩書きが「百姓」という名刺は初めて見た。農業という職業に対して、誇りと自信をもっているのが見て取れる。かなり年配の方だが、前向きな、ポジティブな生き方をされている。まあ、名刺にここまで書かなくてもいいだろうとも、少しだけ思うが。「あんた仕事は?」はい、タイの会社に勤めてます。単身です。僭越ではあるが自分の名刺を差し上げた。英語とタイ文字の名刺。名前だけ漢字だ。「ほー、ひとりとは大変だな。じゃあ、日本の御家族にりんごを送ってあげよう。」いや、結構ですよ。そんなお世話してませんから。「なあに、送るのはクズりんごだ。商売ものは送らんよ。」だから結構ですって。それでも名刺の裏に日本の住所を書かされた。「何も心配はいらんよ。」いや、心配してるわけじゃなくて…ドンムアン空港に到着した。荷物を棚からとってあげて、自分の荷物もつかんで通路を前方に詰める。もし彼らが自分のすぐ後ろを付いてくるならば、成り行きとして、迎えの人に会えるまで付き添ってやろうと思ってた。JL703はターミナル2側のゲートに到着する。ターミナル1への長い通路を歩きながら、すぐ後ろに彼らがいないことを感じていた。税関をぬけ、到着ロビーに出たときに気づいた。個人客の出迎えは左、ツアーの出迎えは右と決まっている。彼らはどちらに行けばよいのだろう。しまった。機内で気づけばひとこと注意しておけたものを。もう遅い。運転手のB君が迎えに来てるであろう左側に歩きながら、出迎えの人たちのカードを見ていたが、○T○も彼らの名前もそこに無かった。迎えに来たB君と彼の奥さんに会った。そのとき、老夫婦と別れの挨拶もしなかったことに気づいた。彼らの無事を、心から祈った。またどこかで会って話ができればいいと思った。
2003年01月10日
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そのときはまだ、隣席の方々はタイに観光旅行に行かれるのだとばかり思っていた。しかし、彼らの予定はそうではなかった。ところで、税関申告書も持ってるんでしょうか。こういう用紙です。「これか?」ん?あれ?似てるけど違いますねえ。カンボジアって書いてありますけど。「おれら、シュリムアップに行くんだ。」え、シュリムアップ?だからカンボジアの申告書持ってるんですか。アンコールワット観光ですか?「んだ。すっごく良いところだって聞いたからよ。ところでシュリムアップってカンボジアなのか?」そうです。「タイだと思ってた。ははあ、だからJ○Bで入国が二回あるって言ったんだな。」納得されるのは結構ですが、ちゃんと説明しろよ○T○。ところで、カンボジアのイミグレ・カードも持ってるんですか?「それがよ、書式が変わったからって、J○Bでくれなかったんだよ。」自分はカンボジアって行ったことないんで、どんなイミグレ・カードか知らないんですけど、書けますか?「○T○で書き方書いたのくれた。」これですか。氏名、生年月日、パスポート番号…まあ、どこの国でも基本的に同じなんですね。「だからこれ見りゃ書けるよ。」でも英語で書くんですよ。「わかんねえときは、また飛行機のネエチャン(客室乗務員のこと)に聞くからよ。」でも、それJALじゃないでしょ?ああ、PGですか。タイの飛行機ですから、日本語わかる人いないと思いますけど…「…。」もしかしたら、ひとりぐらいいるかもしれないけど(気休め)。「…。」しっかりせい、J○B!じゃあ、バンコクは今晩だけですか?「明日の飛行機でシュリムアップに行くんだ。」なるほど。「荷物は持ってかなくて良いしな。」え、荷物はシュリムアップまで直接行くんですか?「そうじゃないのか?」ちょっとバゲッジ・クレイムタグ、チケットに何か貼られたでしょ?見せてください。やっぱりBANGKOKって書いてあるから、バンコクで一旦受け取るんですよ。「えー、そうだったのか!」荷物無しでホテルに泊まるわけにもいかないでしょ?「んだな。」だんだんヤバい雰囲気になってきた。だれか空港に迎えにくるんですか?「このバッジ(○T○の)つけてればホテルに連れてってくれるそうだ。」明日のPGは朝7時ですね。5時前にはホテル出ないと間に合いませんよ。だれか送ってくれるんですか?「だと思うけどな。」失礼ですけど、外国で飛行機に乗れますか?「制服着た空港の人にチケット見せれば、何とかしてくれると言ってた。」誰が?「J○Bの××さん。」絶句。また長くなったんで明日につづく。(引っ張るなー)
2003年01月09日
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さて、JAL便はさすがに日本の飛行機だけあって、近頃は日本語が通じるようになってきた。以前は通じなくて苦労したものだ。ビール事件てのもあったし。福島の方々も不自由なく食事を楽しまれているようだ。しかし食事の後に御約束のイミグレ・カード記入が待っていた。イミグレ・カードと税関申告書が配られる。隣席の方々はいらないとおっしゃる。持ってるんですか?「J○Bで貰った。これと同じだよな。これ出せばいいと言われた。」なるほど、タイプで打ってある。ホッと胸をなでおろす。ここにサインしてください。でも出生地と職業は空欄だ。○T○ともあろうものが、中途半端な。「生まれは福島だ。ここにFUKUSHIMA,JAPANだな。」よくおわかりで。書けるんですね。ついでにご職業も。あ、「農業」ですか。でも漢字はダメかも。そこは英語じゃないと…「そうか?じゃあネエチャンに見てもらうからよ。おーい、ネエチャーン。」天下のJALスチュワーデス様をネエチャン呼ばわりするとは。福島県民恐るべし…今回のJL703の客室乗務員さん(いわゆるスチュワーデス)は、JALにしちゃあ気さくな方が多くて、ちょっと見直した。決してマイレージのクーポンで機内販売の時計を貰ったからじゃないぞ。オッチャンに呼ばれたネエチャン、じゃなく客室乗務員は、イミグレ・カードを見せられて、気さくに「すっごーい。完璧じゃないですかあ。」などと言ってる。漢字で書いてあんだぞ。ネエチャン呼ばわりされたのを根に持ってるのか?陰険なヤツだな。知らねえぞお。この人たちがイミグレでトラぶったらJALの責任だぞ。また明日につづく。
2003年01月08日
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何の因果か知らないが、タイに戻る飛行機ではロクなことがない。今回もそうだ。早めに乗り込んだJL703の、いつもと同じ通路側C席に座り、窓側に座るべき乗客を待っていた。「すいません」の声。自分の前に立った夫婦を見て、またかと思った。「くだものの里 ふくしま」と刺繍のある帽子を被った年配の夫婦。なぜか厚手の防寒着を着て着席している。この荷物はどうしたらいいべ。上の荷物棚が空いてますよ。はいはい、入れてあげましょう。いい人が隣でよかった、海外旅行は初めてなんで、宜しくおねげえします。あんまりお願いされたくないんですけど。通路をはさんだ席の女性が上着を脱ぎ、ノースリーブ姿になった。オッチャン、目を丸くして聞く。「飛行機は高いとこ飛ぶから無茶苦茶寒いって聞いたんだけど、あのネエチャンは寒くないのかねぇ」なるほど、だから防寒着なんですか。「うん、寒くて寝られねえっていうから、新しいの六千円で買ってきた。」だれがそんなこと言ったんですか?「J○B福島支店の××さん。」絶句。旅行会社最大手の○T○ともあろうものが、そんないい加減な…うそだろー。でも大体このぐらいの気温ですよ。「じゃ、寒くないのかねぇ」寒かったら客室乗務員に言えば何とかしてくれますって。「おれら、福島のりんご農家なもんだから、何も知らなくてよ」はいはい、お会いした瞬間にだいたいはわかりましたよ。自分も東北の出身ですし。でも飛行機で防寒着の心配までしたことはないです、さすがに。たった7時間のフライトの間に、いろんな出来事があって、とても一日では書けない。明日の日記につづく。
2003年01月07日
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正月休み明けの新幹線に乗った。覚悟はしていたが、普段の平日とは客層が違う。比べれば圧倒的に子供連れが多い。小さな子供を連れた夫婦が禁煙車に数組。そりゃあ子供のことだもの、大人しくしてろというほうが無理だと言うのは判る。理屈の通らない相手だ。しかし、絶えずワーとかキャーとか声をあげる。機嫌が良くても悪くても声を出す。はっきり言ってウルサイ。自分が思うに、小さい子供の甲高い声というのは、大人の注意を引くようになってるんじゃないだろうか。守られるべき存在である子供を周囲の大人が意識するように。眠くてウトウトしてると子供の声で起こされる。自分だけでなく隣席のオッサンも同じだ。子供の親はというと、子供の大声を注意するでもなく、いっしょになって遊んでいるようだ。時には母親の声の方がウルサかったりする。おいおい、新幹線は保育所じゃないんだけど。自分の家なら大声出そうが騒ごうが構わない。勝手にしてくれ。だが外に出たら同じというわけには行かないのは、考えるまでも無くわかるだろう。もし注意すれば(そんな度胸ないけど)、子供がウルサイのは当たり前だと反論されるだろう。子供の声に何の文句がある、ウチの子は可愛いんだ、それのどこが悪い。まったく信じられないほど自分勝手だ。もしそう思っていないのなら、他人の迷惑になるから大声出すなと子供を躾けるだろう。そうしないということは、「迷惑」などというものは存在しないと考えているからに違いない。逆に考えれば、新幹線の車中などは子供に社会性を身に付けさせるチャンスではないか。社会の中の自分、周囲の人間との関係。理屈では理解できなくても、自分がどういう態度でいるべきか判るのではないだろうか。もちろん躾けるべき親がそれを理解していればの話だが。子供なんか甘やかしたほうが楽だ。どうせ誰も注意なんかしないし、もしされても睨み返すか気にしなければいい。なにせ子供なんだから。騒ぐのが当たり前。かくして大人をなめた子供と、子供と自分に甘い大人を乗せて、保育所新幹線が走るわけだ。
2003年01月06日
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そろそろタイに戻る準備をしなければいけない。買い物に行ってきた。まず近所のTSUTAYA。部下のC君から頼まれた深田恭子のポスターカレンダーを見つけた。ついでに自分の卓上カレンダーも買った。J氏からは日本の風景カレンダーを所望されていたが、そんなものは、どこを探しても見つからない。仕方がないから、海外出張のたびに集めた外国コインのコレクションをあげることにする。あのオッチャンは何でも集めるのが好きだから。次はホームセンターで歯ブラシとシャンプー。タイの歯ブラシはブラシの部分が長すぎて、奥歯を磨くのに不自由だ。日本製の方が使いやすい。シャンプーはサクセスの薬用シャンプーで、これは三年間ぐらい愛用している。少しでも抜け毛を減らそうという努力。タイでは売っていないから、帰国したときに仕入れる。食品。キューピーマヨネーズ。タイの甘いマヨネーズは苦手だ。近くのスーパーでは日本のマヨネーズを売っていない。これも日本で仕入れる。レトルトのカレーと麻婆豆腐の素。カレーは夕食作るのが面倒なときに有効だろう。豆腐は簡単に手に入るから、麻婆豆腐も作れる。それぞれ五箱ずつ。最後に、会社のメンバーへの土産。タイ人は甘いものが好きだから、お菓子にした。いろいろ見て歩いて、最終的に決めたのは「仙台銘菓・萩の月」。近くに店舗がある。豪華化粧箱入り。一個ずつ箱に入っていて、その箱には日本的なデザインのイラストが書いてあるから、きっと受けると思う。もちろん味は文句ないはず。さて、みんながどんな顔して食べるのか、今から楽しみである。
2003年01月05日
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今年も年賀状が届いた。日本の会社に勤めていたときよりも枚数がだいぶ減っている。それでも前の会社の部下からも届いた。ちなみに22年間勤めた間、上司から年賀状が届いたことは、ただの一度もない。前の会社の関係者には、誰にも送らないことに決めていた。自分の年賀状は帰国してから作ったので、元旦には届かないはずだ。会社を辞める前から、毎年必ず年賀状を送ってくれる部下がいた。まだ小さい子供の写真。他人の子供のことなど全然興味がないが、縁がなくなった今年も送ってくれた。ただ単にリストに載っていたから送ったのか、それとも何か別の意味があるのか。どちらでもよいが、こちらからは送らない。年賀状をくれた別の元部下は、在職中は一度も貰ったことが無かった。会社を辞めて初めて貰った。子供を交えた家族の写真。手書きの一文が添えてあった。課長がいなくなってから大変なんですよー。知るか。大変なのは無能経営者の責任であって、自分には関係がない。それに、わざわざ送ったことも無い年賀状を送ってきて、泣き言を書かれるのも不愉快だ。泣き言は馬鹿上司に言えばよい。情けない。自分よりも二年ほど前に辞めた元部下からは、毎年年賀状が届く。こちらも欠かさず送っている。彼は自分がタイの会社に勤めているのを知っている。なぜなら彼の勤務する会社から入社の誘いがあったのを断ってタイに来たのだ。彼の強い推薦もあったと聞いている。でも断った。彼とはいずれ会うような予感がする。
2003年01月04日
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退屈なのでレンタルDVDを借りてきた。何が面白いのか判らないんで、新作の並んだ棚から適当に選んだ。それにしても、正月休みのせいか、残っている作品が少ない。同じタイトルのケースが30個も並んでいて、それが全部貸し出し中とか、まったくスゴイものだ。借りてきたのは「トータル・ファイアーズ」と「タイムマシーン」。実はまだ全然観ていない。DVDを借りてきて最初に考えたことは、DVDのコピー(リッピング)が出来るかどうか。愛機MG号はDVDを読めるが書き込むことは出来ないから、とりあえずHDへのコピーだ。たぶんフリーソフトがあるだろう。検索エンジンで探した。DVDリッパーはインターネットで簡単に見つかった。リッピングは違法なんだろうけど、あまりにも簡単に数種類のフリーソフトが見つかった。そのなかからDVD○○○というソフトをダウンロードした。親切な人が作った日本語化パッチも入手してインストールした。「トータル・ファイアーズ」をリッピングしてみた。二時間と少しのデータを一時間ちょっとで処理した。HDに書くんだからもっと短時間で済むのかと思っていたので意外だった。しかし、作成されたファイルをみて驚いた。なんと全部で7GB以上もある。DVD一枚分のデータ量から考えれば当然ではあるが、これじゃあ時間がかかるのも仕方が無い。ただデータをコピーするだけでなく、コピーガードの信号も解除してるらしい。結構スグレモノかもしれない。MG号のHDは30GBで、約20GBが残っていた。DVD一枚コピーして残りが14GB。まあもう一枚コピー出来ない訳じゃないけど、かなり厳しい。そのまま保存しておくわけにも行かないし。データを圧縮して何とかCD-Rにでも書きこめないか。またまたネットでソフトを探した。DVDからmpegやaviにデータを変換するソフトが簡単に見つかった。DVDxという。これもフリーにしてはスグレモノで、いろんな設定が可能だが、VCDとして書き込めるように設定した。Mpeg1である。一枚のCD-Rには収まらない場合はCD-Rのサイズにファイルを分割してくれるらしい。至れりつくせりだ。さっそく変換してみた。…遅い…。一秒間のデータを変換するのに5秒ぐらいかかる感じだ。変換はCPUパワーによって所要時間が違うんだが、この作業に対してMG号のセレ750は非力なのだ。メインマシンの自作機はもっとスペックが上だが、DVD-ROMが付いていない。MG号から7GBのデータを送るのも時間がかかりそうだ。仕方がない、そのまま変換を続けた。寝ても起きても変換は終わらない。結局、12時間ほどかかった。どうせ一度観れば十分なんだし、そこまでしてVCDを作っても意味がないような気がする。たぶんDVDのリッピングをすることはもうないと思う。それにしても、タイでいかにもコピーという感じの怪しいVCDを売ってるのを見かけるけど、やっぱりこうして作ってるんだろうな。時間はかかるけど費用はかからない。いい商売だなあ。
2003年01月03日
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昨夜から降りだした雪が、5cmほど積もった。雪の量はたいしたこと無いが、気温が低いせいか、道路が完全に圧雪になった。踏み固められて凍っている状態だ。車のタイヤで磨かれてツルツルに光っている。こうなれば、いくらスタッドレスタイヤといえども自由に走ることはできない。日当たりの良い道路は雪が少ないが、黒く光る部分は凍結している。雪が無いからといって油断はできない。そんな道路を車で走ってみた。まず発進。アクセルを強めに踏み込むと、後輪が空しく空転する。LSDが付いていても、左右両輪ともにトラクションがなければ、前には進まない。ATをスノーモードに切り替える。第一速を使わないモード。二速で発進。駆動力が与えられた瞬間に左後輪がスリップする。テールが左に流れる。LSDが機能し、右後輪に駆動力が伝わる。車が前進する。かるく左にハンドルを切ると、左後輪も駆動力を取り戻し、車はゆっくりと加速してゆく。次はブレーキ。強めに踏む。瞬間的にABSが働きブレーキペダルに軽いショックが伝わる。それでも減速感が無い。こりゃダメだ。だったらABSが効かない程度に踏むしかない。少しはマシな気がするが、効かないのには変わりない。時速20kmで30m以上の車間が必要だろう。要するに、ツルツルの道路ではノロノロ走るしかない。かくして、市内中が渋滞になる。それでも誰も焦らない。割り込まない。ホーンも鳴らさない。そんなことしても無駄だと判りきってるから。譲り合い、無理をせず。事故を起こしたくないのはお互い様だし、道路を走るドライバー全員が同じ気持ちなのだ。バンコクの渋滞とはちょっと違うのだ。
2003年01月02日
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サワッディー・ピー・マイ!朝六時半の友人からの電話で起こされた。迎えに来ると言う。元日の朝は、近くの神社に行く。毎年恒例だ。初詣ではない。その神社では、初詣客のために甘酒を振舞う。その係りを務めるのだ。近隣の町内会が四時間毎に交代で担当する。自分の町内会の分は自分たちのグループが努める。他に誰もやらないから。半年ぶりに仲間と顔をあわせる。交代の時間は午前七時だ。神社の半被を羽織る。今朝の最低気温は氷点下7℃、バンコクとの気温差は実に30℃以上になる。吐く息が白い。足元が凍り付いてる。少し御神酒を頂く。甘酒を温める釜がもうもうと白い湯気をあげる。初めのうちは少なかった初詣客も、九時すぎて日が差して、少し気温が上がってきてからは増えていった。境内に参拝の列が出来ている。気がつくと山門から外の道路にまで繋がっている。甘酒係もがぜん忙しくなる。甘酒の白い湯気。それを美味しそうに飲む人々。参拝の鈴の音。かしわ手。この光景を見たくて、毎年ここに来るような気がする。日本も捨てたもんじゃないと思う。午前十一時に交代の人たちが来た。簡単に引き継いで会場を去る。社務所で御神酒を頂く。破魔矢を貰って仲間と帰路についた。結局、参拝しなかったし甘酒も飲まなかった。今年の新年の儀式は終わった。
2003年01月01日
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